夢が始まったのは、カンザスの早い夏が始まった6月上旬だった。
「ナオミや、元気かい? よろこぶがよい。わしもプルートゥ様の元へ行く日が近づいたようじゃ」
「それって、おばあさまが亡くなるってことでしょ! よろこんだりなんて、できないわ。ずっと生きていて欲しかったのに」
「おやおや、亡くなるなんて、人間の使うような言葉を使うじゃないよ。魂は不滅じゃ。わしにも生まれ変わりの時期が来たのじゃ」
「生まれ変わり?」
「そうじゃ。しばらくは霊界で過ごし、その後、転生するのじゃ。わしは神々のように果てしない時を生きたいとは思わないし、これまでの数千年間は十分すぎるほど長かったわい」
「おばあさまに、もう連絡は取れなくなるの?」
「まず人間界で守護霊として過ごして、いつかどこかで生まれ変わる」
「そうしたら、おばあさまに会えるの?」
「さあ、プルートゥ様の閻魔帳でものぞき見ればわかるかも知れんが、どこに行くかわかってしまっては興ざめじゃわい」
いつも、そこで夢は覚めるのであった。
湾岸戦争以来、ケネスからは学費と生活費分の小切手が海軍から送られてきたが、たまに電話が来るだけで会っていなかった。
ケネス以外に家族と言える存在を持たないナオミは、ケイティに誘われてハワイに1週間帰っただけで、例によって7月は高校生向けディベート・セミナーの講師を務めて過ごした。
2年前はお子ちゃま相手に3週間も過ごすなんて地獄だと思ったが、段取りが分かってきてトラブルにもスムーズに対応できるようになった。なにより高校生たちが「この人がカンザスの竜巻娘の一人か」と憧れの眼差しで見てくれるので、言うことを素直に聞くようになったのも大きかった。
1993年8月、ナオミはディベート部の先輩ゴードン・ガーフィンケルと部室の前でばったり出会った。ゴードンはカリフォルニア出身で高校生時代には2人チーム制政策論争ディベートではなく、資料を使わない1対1でスピーチスキルを中心に勝負するリンカーン・ダグラス式ディベートでならしていた。聖ローレンス大学に進学後は政策論争ディベートにも対応して、昨年ナオミたち同様に全米選手権ベスト8まで進んだ優秀なディベーターだった。
9月からの新シーズンには、4年生としてキャプテンを務めることになっていた。ゴードンの牛乳瓶の底のようなめがねの奥の目が、ニコニコしていた。
「やあ、ナオミ、おめでとう!」
前年度全米選手権ベスト8のことなら昔すぎるし、ナオミにはおめでとうと言われる心当たりがなかった。
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