(新たに助太刀を送れるのは、たしかに冥界からだけじゃが、わしはこうした時にそなえて布石を打っておいた)
(ナオミの育ての父ケネスの背中のタトゥーでございますな・・・・・・)
(さすがかつての「うらなうもの」よ。前もって準備しておいたものを使うのなら、新たな助太刀を送ることにはならぬ)
ネプチュヌスが、今度はシンガパウムに顔を向けた。
(ケネスの背のタトゥーは、いざというときには海神界と人間界をつなぐチャンネルになる。一度限りじゃが、チャンネルを通してお主を人間界に送れるのじゃ。今のナオミでは、四人の魔女たちと勝負にはならぬ。たとえ、マクミラと共闘したとしてもじゃ。万が一の時は、ナオミを助けるために人間界に行くのじゃ)
(おそれながら、わたくしには親衛隊の仕事がございます。すでに、人間界に行ったナオミのために不在となるわけにはいきませぬ)シンガパウムが武人らしい思念を返す。
その時だった。
ネプチュヌスの息子で、王子トリトンが思念を発した。神殿の男たちのほとんどがマーライオンなのに対して、ネプチュヌス直系の神であるトリトンは美しい顔立ちに魚の下半身を持っていた。
(シンガパウム様、ご心配にはおよびません。わたくしをお忘れですか?)
親衛隊の一員として北門を守る責任者トリトンは、「助くるもの」であった。いつも遠くを見るような瞳からは、心の内は探れなかった。しかし、いったん剣を振るえば、流れる大河さえ切り裂かれたことを忘れて流れ続ける達人である。気品、威厳、高潔。そうした言葉が似合う神だった。
(王子よ、娘を救うのは、わたくしごと)
普段ならけっして親衛隊長のシンガパウムに逆らうことのないトリトンが、怒ったような思念を返す。(それは違いますぞ。神々のゲームが続いている以上、海神界にはナオミを助ける責任があります。いざというときには、「助くるもの」として不肖トリトンがシンガパウム様の代理をつとめさせていただきます)
本当は、トリトンは自分自身でナオミを助けに行くと伝えたかった。だが、あえてその気持ちを封印した。ネプチュヌスのお気に入りのナオミと幼少時からいつも共に遊んだトリトンは、気がつけば兄妹のような関係になっていた。ナオミにとってトリトンはなんでも話せて頼りがいのあるやさしい兄だったが、美しいマーメイドに成長したナオミにトリトンは兄妹以上の感情を持つようになった。だが、いつもトリトンの前で無防備に振る舞う「妹」に、絶対権力を持つ最高神の子である「兄」が愛の告白などできただろうか? 愛を告白出来ぬ立場なら、せめて兄として妹を助けてやりたいという一心であった。
(シンガパウムよ、王子の顔を立ててやってはくれぬか? それに、ひさびさにお主の戦いを見てみたいと思うのは、わしだけではあるまいて)ネプチュヌスが引き取って思念を送る。
(お主が人間界で、ナオミを助けることはすでに定められている。それに、わしもお主の戦いを見てみたいと思うものじゃ)トーミが思念を伝えた。
ネプチュヌスが決断を下す。(それでは、ナオミが危機を迎えたとき、シンガパウムは助けに人間界に降臨する。ただし、シンガパウムが降臨できるのは一度きりとする!)
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