財部剣人の館『マーメイド クロニクルズ』「第一部」幻冬舎より出版中!「第二部」朝日出版社より刊行!

(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第4章−6 シュリンプとウィンプ

2019-09-30 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 一九八〇年九月。

 ナオミはすでに七歳になっていた。

 つやつやした肌は健康そうに見えた。大きな目が見る者が見ればわかる常人とは違う意思の強さを感じさせた。

 マーメイドの記憶は断片的でも、使命を持って人間界に送り込まれたことは確信していた。寝床や白昼夢で、時々祖母トーミの声を聞いたからだ。

「元気かえ?」

「楽しくやってるわ、おばあ様」

「姿を見せるのはもう少し待っておくれ。まだ海の底で生きていられるようだ」

「会いたいけど、いつまでも生きていてくれた方がうれしいわ」

「よろこばせておくれでないか。でも心配はいらない。時間切れがだんだん近づいているようだ」

「ナオミは何をすればいいの?」

「わたしゃ方向は間違っていても前向きな奴が好きさ。正しいか間違っているか、やってみる前から決められる奴なんているのかい。すべては仲間に出会う時に知れる。ガイアを救うんだ。でも、あたしが間に合うかどうか心配だよ」

 夢はいつもそこで覚めるのだった。

 ほとんどのハワイの子どもたちはナオミの足の指の数など気にかけなかった。

 だが、ガキ大将のオーエンだけは別だった。猿顔の子分マークとびっくり顔のジムを引き連れて、暇があればちょっかいを出してきた。

「おい、六本指のシュリンプ!(注、口語でshrimpはちびの意味)」

「なぜかまうの。ナオミが何か悪いことした?」

 級友たちは見て見ぬ振りだったが、親友ケイティ・オムニマスだけは相手になっちゃダメと合図を送ってきた。

 不思議なことにいじめっ子には人気者が多い。彼らはいじめられる子どものわずかな「異質さ」を見つけ出した。それは、するどい臭覚を持った獣のようだった。

「お前の親は悪魔なのか? 六本指は悪魔の印だぜ」

「ケネスと夏海をばかにすると許さないわよ」

「どうするってんだ?」

「あやまりなさい。女をいじめるなんて男のクズよ」

「誰があやまるかよ。オー、コワイ。悪魔の顔になったぞ」

 時々ナオミは泣いて帰るようになった。

 泣いたのは悲しかったのではない。やりかえす術がなかったのがくやしかったのだ。

 いじめを知って夏海は整形手術を提案した。「多指症はありふれた奇形で簡単に直せるわ。ナオミがこのままいじめられていていいの?」

 夏海の言うことならなんでもきくケネスが、この時ばかりはノーと言った。

「ナオミは将来すごい奴になる。その時、六本指はシンボルじゃないか」

 手術を受けさせる代わりにケネスは海でマーシャルアーツを教えた。彼は最初ステップワークだけを根気よく練習させた。

「体力勝負は不利だ。攻撃は受け流せ。ディフェンスに磨きをかけたらカウンターを覚えるんだ」

「いつ強くなれるの?」

「強くなろうと思ったって強くなれるもんじゃない。オレは稽古が好きで気づいたら強くなっていた。だけど、他人より強いとか弱いで一喜一憂するのはくだらない」

「さあ、かかってこい」

「いくわよ」

 海軍で海中訓練にも明け暮れたケネスだけあって波に逆らわずに攻撃を次々と繰り出す。素人のはずのナオミの突きや蹴りにケネスは舌を巻いた。

 だが、それは序の口だった。

 姿が消えると、古(いにしえ)の剣豪が刀で湖水に写った月を切り裂いたように蹴りが波を裂いて真後ろから跳んできた。背中のタトゥーがナオミの位置を教えてくれたので、かわすことが出来たがケネスには信じられなかった。

 まさか?

 いや、気のせいじゃない。

 ナオミが波に合わせているのではなく、波の方でナオミに合わせていたのだ。彼女が右に回れば右に、左に回れば左に後を追うように波が流れた。

 その気になればモーゼのように海を割ることさえ出来るんじゃないか。

 やはりナオミはマーメイドなんだ。

 次の攻撃はどう来るかと考えるとケネスは興奮を抑えられなかった。

 ナオミを見失った刹那、蹴りが真下から来た。

 噴水のような海水が噴き上がった。

 次の瞬間、ケネスの身体は数メートルも跳ね上げられていた。

  イッポーン! 

 得意げなナオミの声が上がった。

 波間に叩きつけられたケネスは、やられたよとナオミに伝えた。

 しかし、こいつ海中の戦いなら無敵だな。

 

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第一部 第4章−5 一難去って・・・

2019-09-27 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

  夜中近くにもかかわらず電話が鳴った。恐る恐る受話器を取り上げる。

「社長、もう大丈夫です。集団起訴を起こした連中が訴えを取り下げると言ってます。被害者全員のむくみがすっかり取れて今までにないすがすがしい気分だと言うんです」

 あまりの興奮で最初はわからなかったが、電話の主は最後まで残っていた父の代からの忠臣ゴールウィンだった。

「それから裏切り者の役員たちと組んで訴えてきたグッテンバーグ弁護士ですが・・・・・・」

「ふん、示談でも持ちかけてきたか」

 話しながらジェフは自信満々だった頃の気分が戻ってくるのを感じていた。

「もう示談を持ちかけることは不可能でしょうな。別荘で首をくくっているのが見つかったそうです。遺書が発見されて、裏切り者たちと組んで資料をねつ造したことや起訴を起こした連中にあることないこと吹き込んだと告白したそうです。逆に、あいつらには損害賠償を請求できそうです」

 ジェフは、自然とほくそ笑むのを止められなかった。自分がついさっきまで飛び降り自殺を考えていたことは棚に上げて、フン、負け犬め、と吐き捨てる。明日、くわしい説明を聞くことにしたが、当面の危機は脱したようだ。

 

 フー、早まらなくてよかったとジェフはふと考えた。

 この赤ん坊マクミラのせいか? さっそく霊験あらたかってわけだ。それならそれで不満はない。ここ一年で人生で味わう不幸のすべてを味わったんだ。少しくらい運を取り戻させてもらっても、罰は当たるまい。この程度は奴にとっては、軽く指を鳴らして天罰を与える内にも入らないかもしれないし。

 腕を伸ばして赤ん坊を抱きあげた。

「ハロー、ベイベー! わたしがパパだよ」

 その時、マントに隠されていた赤ん坊の両腕が養父に向けて突き出された。

 鷹よりするどい爪が首筋に深々とくいこんだ。

 ジェフは大声を上げようとしたがうめき声さえあげられなかった。肺の中の空気は激痛とショックで吐き出された。大男のプロレスラーに捕まれたかのように、首がぐいっと赤ん坊に引き寄せられた。

 あっ、あっ、た、す、け、て・・・・・・

 ジェフが声にならない声で今晩何度目かの助けを求める。

 赤ん坊が、回りきらない舌でしゃべった。

「こわがることはないでちゅ。あなたは、わたちのさいちょのしもべ」

 彼はすでに意識を失っていて幸いだった。もしそうでなかったら、この後、赤ん坊の爪に掴まれた時以上の恐怖を経験しただろう。

 彼女のおちょぼ口が開かれるとすでに上下生えそろった歯があった。

 狼のようにとがった牙が首筋に突き立てられた。血をすする音が薄暗いオフィスにこだまするそれにつれてジェフの顔から血の気が失われて、逆に赤ん坊の頬に赤みがさしていく。

 魂の抜け殻になった男に抱かれたまま赤ん坊はつぶやいた。

「ワインあじのち、まじゅいでちゅ」

 

 

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第一部 第4章−4 赤子と三匹の子犬たち

2019-09-23 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 ジェフの目はすやすやと眠る赤子に釘付けになった。

 顔色は青白く死人のようだが唇はつやつやしていた。

 女だな、彼は直感した。かすかに麝香の香りが辺りに漂っていた。

 赤ん坊のあやしげな美しさに引きつけられてゆりかごに近づくと彼を睨みつける三匹の子犬を見つけた。毛並みのよいゴールデン・レトリーバーが一匹、あとの二匹は黄色と黒色のラブラドール・レトリーバーだ。彼らこそ魔犬ケルベロスの息子キルベロス、カルベロス、ルルベロスが変化を遂げた姿だった。人なつっこいはずのレトリーバー種の子犬たちが唸りを上げている。

 

「おい、ちびちゃんたち。何もしないったら」

 ジェフが声をかけても三匹は眠れる森の美女を守る衛兵のように今にも飛びかからんばかりになっている。

 彼が思わず逃げ出しそうになった時、蒼水晶のような目を持つ赤ん坊がニコリとした。プレイボーイとしてならした彼がドキリとするほどすごみのある笑いだった。

 将来はさぞかし男共を泣かすだろうなと彼は確信した。ただし、王女様というより魔女という雰囲気だが。

 赤ん坊の微笑みに気がついたのか、子犬たちは唸るのをやめて親しげな声を出し始めた。まるで王女のお許しが出たからにはお前も仲間と認めてやろうと言うかのように。

 ゆりかごの側でジェフは考えた。

 俺がこの子を育てるのか。まあ、いいか。あの帝王だか、低脳だか知らないが、赤ん坊の名前を何と言っていた。マクミラだと? こけおどし好きのマジシャン野郎め。言うことさえ聞けば褒美は望むがままだ? 

 いいだろう。「お気に召すまま」ってわけだ。ふん、もし救えるものならヌーヴェルヴァーグ製薬をなんとかして見ろと思った時だ。

 リーン、リーン!

 するどい音がしてジェフは飛び上がった。

 

 

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第一部 第4章−3 冥主との約束

2019-09-20 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 よく出来たホラー小説では、非日常が日常に入り込む。

 ドラキュラなら、吸血鬼伯爵がトランシルヴァニアの古城から大都会ロンドンにやってくる。フランケンシュタインなら、天才医学者がつなぎ合わせた遺体が雷の力で動き出す。オオカミ男なら、ルーマニアの銀狼にかまれた男が満月の夜に変身する。

 だが、これは不自然とか非現実的とかいう次元の話ではない。

 冥王が時空間の割れ目からニューヨークに現れて、ゲームだから赤ん坊を育てろだと?

 面倒くさいばかりか、不機嫌な顔も高飛車な調子も、何もかも気に入らない。なにしろ、すでにゲームセットが自分に宣告されているのを認めているのだから。

 ジェフは、にやりと笑うと窓から身を踊らせた。後は、これまでの人生がフラッシュバックしてジ・エンドのはずだった。

 しかし、彼の身体は真っ暗な闇に浮かんでいた。摩天楼から直行便で地上に向かうはずが、何も見えず何も聞こえない虚無の空間。

 酔いがいっぺんに醒めて恐怖が全身をつらぬいた。

「た、助けてくれ! 何でも言うことを聞く!」

(人間とは、愚かな存在じゃ。自ら命を絶てば人生をリセット出来るとでも思っているのか。己が肉体を滅ぼせば、魂は未来永劫煉獄につながれて何度でも死を再現せねばならぬのに)

 プルートゥが伝える。

(取引成立だな。受け取れ、マクミラを。お前の使命はこの赤ん坊を育てることじゃ。ゲームに勝てるようがんばるのじゃぞ)現れたときと同じ音を立ててドラゴンと共にプルートゥが時空間の裂け目に吸い込まれていく。

 気がつくとジェフは広いオフィスであえいでいた。死のダイブを試みたことはどうやら本当らしい。髪の毛がばさばさになって、服がはだけている。

 インターフォンから秘書の、あの、そろそろ帰りたいのですが、という声が聞こえてきた。時計を見ると、午後十時半を過ぎている。逢い引きもせずにダイアナをこんな時間まで居残りさせるのは初めてだった。

 今日はもう帰ってかまわないとジェフは面倒くさそうに答えた。自殺する気はもう失せていた。ブラインドがバタバタという音にあわてて窓を閉める。

 酔っぱらい直すしかないなと思った時、マホガニーのデスクに真っ黒なゆりかご寝かされた赤ん坊を見つけた。

     

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第一部 第4章−2 選ばれた男

2019-09-16 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 ジェフには何が起こっているのか皆目見当がつかなかった。

 目の前の時空間がゆがみ裂け始めていた。星空が消え去って景色が真っ暗になる。

 バキバキと焚き火に爆竹を投げ込んだような音を立てて裂け目が渦巻き冷たい炎が吹き出す。子どもの頃に絵本で見たファイヤー・ドラゴンが夜空に浮かび上がった。口から紫の煙をあげるドラゴンの背に乗るのは恐ろしく不機嫌な顔をした紅色に燃えたつ髪をした男。

(ジェフ、冥界の帝王プルートゥじゃ)

 彼の頭に強い思念がガンガンこだました。

 今の今まで自殺を考えていたのも忘れて自分の髪がプルートゥ以上に逆立つのを覚えた。その声にいっぺんの疑いも許さない響きを感じたからだ。

(怖ろしいか? 怖れずともよい。話がある。悪い話ではないぞ、これを見よ)

 そういったプルートゥの左手には真紅のマントにつつまれた赤子がいた。

(育てるのじゃ)

 一瞬何を言われたのか理解出来なかった。

(ヴラド・“ドラクール”・ツペシュとサラマンダーの女王の魂を持つ赤子。屈指の名門の家の出じゃ。赤子の名はマクミラ。我が命に従うならば褒美は望むままじゃ)

 ジェフは混乱していた。

 いったい全体何だ? マクミラ? 何者? なぜ、俺が? ワインの飲み過ぎで幻覚でも見ているのか?

「な、なぜ俺が?」 

(ようやく、口がきけたか。なぜじゃと? くだらぬ理由などはお主が望むのなら百万もくれてやろう。人間は物事の本質には目をつむるくせに、どうでもよい問題にはいつも理由を求めたがる。直面する状況に説明をほどこすことにいかほどの意味がある。なぜお前がじゃと? よかろう、教えてやろう。選ばれたのじゃ)

「え、選ばれた?」

(その通り。これ以上何を知る必要がある? ひとつだけ貴様の向こう見ずに免じて教えてやろう。お前もこの赤ん坊も神々のゲームのコマのひとつじゃ)

 プルートゥの高笑いの思念を聞いて気が狂いそうだった。震え出すほどの恐怖感があるにもかかわらず現実味がなさ過ぎた。

 ジェフには何が起こっているのか皆目見当がつかなかった。

 目の前の時空間がゆがみ裂け始めていた。星空が消え去って景色が真っ暗になる。

 バキバキと焚き火に爆竹を投げ込んだような音を立てて裂け目が渦巻き冷たい炎が吹き出す。子どもの頃に絵本で見たファイヤー・ドラゴンが夜空に浮かび上がった。口から紫の煙をあげるドラゴンの背に乗るのは恐ろしく不機嫌な顔をした紅色に燃えたつ髪をした男。

(ジェフ、冥界の帝王プルートゥじゃ)

 彼の頭に強い思念がガンガンこだました。

 今の今まで自殺を考えていたのも忘れて自分の髪がプルートゥ以上に逆立つのを覚えた。その声にいっぺんの疑いも許さない響きを感じたからだ。

(怖ろしいか? 怖れずともよい。話がある。悪い話ではないぞ、これを見よ)

 そういったプルートゥの左手には真紅のマントにつつまれた赤子がいた。

(育てるのじゃ)

 一瞬何を言われたのか理解出来なかった。

(ヴラド・“ドラクール”・ツペシュとサラマンダーの女王の魂を持つ赤子。屈指の名門の家の出じゃ。赤子の名はマクミラ。我が命に従うならば褒美は望むままじゃ)

 ジェフは混乱していた。

 いったい全体何だ? マクミラ? 何者? なぜ、俺が? ワインの飲み過ぎで幻覚でも見ているのか?

「な、なぜ俺が?」 

(ようやく、口がきけたか。なぜじゃと? くだらぬ理由などはお主が望むのなら百万もくれてやろう。人間は物事の本質には目をつむるくせに、どうでもよい問題にはいつも理由を求めたがる。直面する状況に説明をほどこすことにいかほどの意味がある。なぜお前がじゃと? よかろう、教えてやろう。選ばれたのじゃ)

「え、選ばれた?」

(その通り。これ以上何を知る必要がある? ひとつだけ貴様の向こう見ずに免じて教えてやろう。お前もこの赤ん坊も神々のゲームのコマのひとつじゃ)

 プルートゥの高笑いの思念を聞いて気が狂いそうだった。震え出すほどの恐怖感があるにもかかわらず現実味がなさ過ぎた。

 

     

 

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第一部 第4章−1 冥主、摩天楼に現る

2019-09-13 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 ある作家が言った。

「ニューヨークの摩天楼は成功を象徴する屹立した巨大な男根だ」 

 この比喩に従うなら、十九世紀には巨大船舶、二十世紀にはジャンボジェットに乗って「アメリカの夢」を求めてやってくる移民たちは港に吐き出される大量の精子かも知れない。

 しかし、彼らは知らない。

 ほとんどが外に出た瞬間に命を失いせいぜい数億個に一つか二つが生き残る運命なのだ。

 

 一九七二年二月二十九日。

 ニューヨークの摩天楼の中でもひときわ高くそびえ立つ、九十九階建てのヌーヴェルヴァーグ・タワー。全米は言うに及ばず一攫千金を夢見て世界中から集まってきたビジネスマン、ビジネスウーマンたちの最終目的地のひとつ。

 ヌーヴェルヴァーグ製薬が借り切る最上階フロアの窓から外を眺める一人の男。厳しい製薬業界のサバイバルレースに敗れて人生の舞台の幕を下ろそうとしている。開けられてはならないはずの窓ガラスが開いて強い風が吹き込んでいる。

 受付にいる社長秘書兼愛人のダイアナは、バタバタとたなびくブラインドの隣りで雇い主が一時間も窓下のアリのような車の動きを眺めていることを知らない。

 

 あのほら吹き共が。何が世紀の大発明だ・・・・・・

 摩天楼なんて墓標のそっくりさんコンテストに出れば優勝間違いなしだと毒づく。

 ワインをラッパ飲みしているのはジェフこと、ジェフェリー・R・ヌーヴェルヴァーグ・ジュニア。今夜、彼が奏でるのは勇敢な進軍マーチでなく、映画「死刑台のエレベーター」の主題歌になりそうだった。彼は、一代でヌーヴェルヴァーグ財閥を築き上げた偉大なるジェフェリー・A・ヌーヴェルヴァーグ・シニアの後継者のはずだった。つい、この間までは。

 名門ジョージタウン大学出身で、一年前までは擦れ違う女たちが思わず目を奪われる美貌の持ち主だった。それが今では三十代半ばとは思えないほどやつれ果ててしまい、かつて似ていると言われたハンサム俳優の面影はなく、絶体絶命の危機に出会ったヒッチコック映画の主人公ジェームス・スティワートに瓜二つ。

 社運をかけた健康薬品だったが、一年以上服用すると病気になったブタのように身体がむくむ、笑いのネタにもならない「不健康食品」。集団訴訟を起こされて自暴自棄になっていた。

 シェイプアップブームに乗って設備投資に走った矢先だけに数億ドルに上る賠償請求は致命的だった。見切りをつけた研究者たちは次々ヘッドハンティングされてしまいクズばかりが残った。業績の上がっていた時期には愛想のよかった銀行団も融資引き上げに走り、今月中に完済しなければすべての担保物件を巻き上げると言う。

 

 おぼっちゃまはウイスキーは飲まないのだよとばかりに、最高級フランスワインをボトル二本も空けながらまだ踏ん切りがつかない。高層ビルから眺める地上の車の明かりが自分を誘っているような気がしてようやく窓に引き寄せられる。

 ああ、眼鏡をはずしておこう、落ちたときに割れるとあぶないからなと独り言をつぶやく。震える手でゆっくり眼鏡をはずした。あたりの景色がぼやけて、これなら行けるかと決断した彼がさあ飛び込むぞと身構えた時だった。

 いったい、あれは何だ?

 

     

 

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第一部 序章と1〜3章のバックナンバー

2019-09-09 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 
 財部剣人です! 第三部の完結に向けてがんばっていきますので、どうか乞うご期待!

「マーメイド クロニクルズ」第一部神々がダイスを振る刻篇あらすじ

 深い海の底。海主ネプチュヌスの城では、地球を汚し滅亡させかねない人類絶滅を主張する天主ユピテルと、不干渉を主張する冥主プルートゥの議論が続いていた。今にも議論を打ち切って、神界大戦を始めかねない二人を調停するために、ネプチュヌスは「神々のゲーム」を提案する。マーメイドの娘ナオミがよき人 間たちを助けて、地球の運命を救えればよし。悪しき人間たちが勝つようなら、人類は絶滅させられ、すべてはカオスに戻る。しかし、プルートゥの追加提案によって、悪しき人間たちの側にはドラキュラの娘で冥界の神官マクミラがつき、ナオミの助太刀には天使たちがつくことになる。人間界に送り込まれたナオミ は、一人の人間として成長していく内、使命を果たすための仲間たちと出会う。一方、盲目の美少女マクミラは、天才科学者の魔道斎人と手を組みゾンビー・ソルジャー計画を進める。ナオミが通うカンザス州聖ローレンス大学の深夜のキャンパスで、ついに双方が雌雄を決する闘いが始まる。

海神界関係者
ネプチュヌス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 海主。「揺るがすもの」
トリトン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ネプチュヌスの息子。「助くるもの」
シンガパウム ・・・・・・・・・・ 親衛隊長のマーライオン。「忠義をつくすもの」
ユーカ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 第一次神界大戦で死んだシンガパウムの妻
アフロンディーヌ ・・・・・・ シンガパウムの長女で最高位の巫女のマーメイド
アレギザンダー ・・・・・・・・・・ 同次女でユピテルの玄孫ムーの妻のマーメイド
ジュリア ・・・・・・・・ 同三女でネプチュヌスの玄孫レムリアの妻のマーメイド
サラ ・・・・・・・・・・ 同四女でプルートゥの玄孫アトランチスの妻のマーメイド
ノーマ ・・・・・・ 同五女で人間界に行ったが、不幸な一生を送ったマーメイド
ナオミ ・・・・・・・ 同末娘で人間界へ送り込まれるマーメイド。「旅立つもの」
トーミ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミの祖母で齢数千年のマーメイド。
ケネス ・・・・・・・・・ 元ネイビー・シールズ隊員。人間界でのナオミの育ての父
夏海 ・・・・・・・・・・・・ 人間界でのナオミの育ての母。その後、ニューヨークに
ケイティ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナオミのハワイ時代からの幼なじみ
ナンシー ・・・・・・・・・・・・・・・・ 聖ローレンス大学コミュニケーション学部教授

天界関係者
ユピテル ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「天翔るもの」で天主
アスクレピオス ・・・・・・・ 太陽神アポロンの兄。アポロノミカンを書き下ろす
アポロニア ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの娘で親衛隊長。「継ぐもの」
ケイト ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ アポロンの未亡人。「森にすむもの」
シリウス ・・・・・・・・・・・・・・ アポロニアの長男で光の軍団長。「光り輝くもの」
               で天界では美しい銀狼。人間界ではチャック
アンタレス ・・・・・・・ 同次男で雷の軍団長。「対抗するもの」で天界では雷獣。
                            人間界ではビル
ペルセリアス ・・・・・・・ 同三男で天使長。「率いるもの」で天界では金色の鷲。
                         人間界ではクリストフ
コーネリアス ・・・・・・・・・・・・・ 同末っ子で「舞うもの」。天界では真紅の龍。
   人間界では孔明

冥界関係者
プルートゥ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「裁くもの」で冥主
ケルベロス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3つ首の魔犬。「監視するもの」で
  キルベロス、ルルベロス、カルベロスの父
ヴラド・“ドラクール”・ツェペシュ ・・ 親衛隊の大将軍。「吸い取るもの」で
       人間時代は、「串刺し公」とおそれられたワラキア地方の支配者
ローラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・“ドラクール”の妻で、サラマンダーの女王。
「燃やし尽くすもの」
アストロラーベ ・・・・・・・・・・・・・・ ヴラドとローラの長男で、親衛隊の軍師。
                            「あやつるもの」
スカルラーベ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次男で、親衛隊の将軍。「荒ぶるもの」
マクミラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同長女で、人間界に送り込まれる冥界最高位の
神官でヴァンパイア。「鍵を開くもの」
ミスティラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同次女で、冥界の神官。「鍵を守るもの」
ジェフエリー・ヌーヴェルヴァーグ・シニア ・・・パラケルススの世を忍ぶ仮の姿
ジェフエリー(ジェフ)・ヌーヴェルヴァーグ・ジュニア … マクミラの育ての父

「第一部序章 わたしの名はナオミ」

「第一部第1章−1 神々のディベート」
「第一部第1章−2 ゲームの始まり」
「第一部第1章−3 シンガパウムの娘たち」
「第一部第1章−4 末娘ナオミ」
「第一部第1章−5 父と娘」
「第一部第1章−6 シンガパウムの別れの言葉」
「第一部第1章−7 老マーメイド、トーミ」
「第一部第1章−8 ナオミが旅立つ時」

「第一部第2章−1 天界の召集令状」
「第一部第2章−2 神導書アポロノミカン」
「第一部第2章−3 アポロン最後の神託」
「第一部第2章−4 歴史の正体」
「第一部第2章−5 冥界の審判」
「第一部第2章−6 "ドラクール"とサラマンダーの女王」
「第一部第2章−7 神官マクミラ」
「第一部第2章−8 人生の目的」

第一部 第3章−1 ドラクールの目覚め

第一部 第3章−2 仮面の男

第一部 第3章−3 マクミラ降臨

第一部 第3章−4 マクミラの旅立ち

第一部 第3章−5 海主現る

第一部 第3章−6 ネプチュヌス

第一部 第3章−7 マーメイドの赤ん坊

第一部 第3章−8 ナオミの名はナオミ

第一部 第3章−9 父と娘

第一部 第3章−10 透明人間


  

「第一部 神々がダイスを振る刻」をお読みになりたい方へ

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第一部 第3章−10 透明人間

2019-09-06 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

「自分がどうしても受け入れることが出来ない人間だよ。そんな人間は相手から見たら透明人間さ」

「透明人間?」

「目の前に存在していてもいないのと同じ。誰かに腹を立てるのは何かを期待してかまってもらいたいと思っているからだよ。でも、透明人間は回りから何も期待されないから腹を立てられることもない。お前だってどうでもいいと思っている人がどうなろうと関係ないだろう?」

「誰からも関心を持たれない、俺はそんな奴にだけはなりたくない」

「それには心のバランスを取ることが大切さ。でなけりゃ自分で自分を嫌いになっちまう。そんな人間は他人を好きになることも出来ない。でもあまりつらいことがあると、そこまでの力が湧いてこないこともあるさ」

「どういうことだい?」

「たとえば、ろくでなしに置き去りにされたシングルマザー。おっと、あたしがそれを言っちゃシャレにならないね。でもね、一度傷ついた人間は誰かに救いを求めるようになる。それが自分の子どもだった時には過度の期待を負わせてしまう。子どもにそれを望むのは要求が大きすぎるってもんさ」

「傷を負ってつらかったら他人にはやさしくしようと思わないのか」

「それができるのはやさしくされたことがある人間だけさ。難儀なもんで、いじめられて育った子どもは自分の子供をいじめるようになる。愛情を注がれて育った子どもは自分の子どもにも愛情をかけられるようになる」

「俺には他人を愛せない人間はまるで愛を知らないように見える。だけど、他人を愛せる人間が必ずしも憎しみを知らない風にも見えない」

「話はもっと複雑さ。子どもをいじめる親は自分がイヤでしかたがない。その原因を作った子どももイヤでしかたがない。それなら、子どもをかわいがればいいのに、それが出来ない自分がよけいイヤになる。イヤになればよけい子どもをいじめるのさ。お前も親になったらわかるかも知れないね」

「俺は人の親になんかなりたくない。俺は親父の愛情を知らないし、もっと許せないのはあいつは俺に憎ませさえしなかったんだ」

「だけど、ケネス、そうした子どもたちが揃いも揃って親をかばうんだよ」

 ケネスは黙り込んだ。

 

     

 

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第一部 第3章−9 父と娘

2019-09-02 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 ナオミが育つにつれてケネスは午前中を海で過ごすのが日課になった。

 彼女が海で泳ぐことを好んだからだ。ナオミが泳ぐ姿は巨大な一匹の魚の優雅さを持っていた。黒髪をゆらゆらと揺らしながら泳ぐのが、ナオミには至福のひと時だった。

 人混みの中にいてさえもと言うより、人混みの中にいるとかえって疎外感を強く感じるケネスにとって、ナオミと遊んでいる時だけはすべての生命との一体感を感じられた。

 ナオミは深い海の底まで泳いでいっては宝探しをし、潮の流れを友人にしては鬼ごっこを楽しんだ。あまりにも海になじんでいるナオミを見て夏海は、シーモンキーとあだ名を付けた。

 実の子ども以上の愛情を二人はそそぎ、ナオミも二人を実の親以上に愛した。

 俺のようなやつは子孫をのこしちゃいけねえと20代でパイプカットをしてしまったケネスには子種がなかった。

 ケネスの母マリアは、ニューヨークで性的虐待を受けた児童カウンセラーのボランティアをしていた。変質者に、さらにやりきれないケースとしては実の親に、心と体に傷をおわされた子どもたちがどれだけつらい人生を送るかを聞かされ続けたケネスが子どもを作ることに複雑な感情を持つようになったのは想像に難くない。

 父親から折檻を受けて育つうちに「自分が悪い子だから、父親が嫌うのだ」と思いこむようになった女性。その結果、大人になってからも自分を虐待してくれる「人間のくず」のような男にばかり惹かれてしまう。夜泣きばかりして思い通りにならない息子に、かんしゃくを起こすたびにかみつく母親に育てられた男性。彼の心と身体の傷が癒やされることは一生ない。

 ある日、ケネスとマリアは、こんな会話をした。

「なぜそいつらは実の子をいじめたんだ? 自分の子どもが憎かったのか?」

「逆さ。彼らは子どもがかわいくってしかたなかったのさ」

「それなら、なぜ?」

「回りの誰でもいいから観察してごらん。好きな部分と嫌いな部分の両方があるはずさ。誰かを好きでたまらないのも嫌いでたまらないのもおかしさことさ。相手を好きになり過ぎても人はどうしていいかわからなくなっちまうんだ」

「でも俺は母さんが好きだよ。母さんだって俺が好きじゃないのかい?」

「もちろん、あたしゃお前が大好きさ。あんなに苦労させたのに立派に育って自慢の息子さ。でも、出来の悪い子ほどかわいいと言うじゃないか。お前が小さい頃、きかん坊をするたびにこっぴどく叱っただろう? どんなにお前がかわいくても悪いことには腹を立てた。それはあたしがお前に腹を立てながらも根っこでお前のことを大切な息子として受け入れていたからさ。相手のいろんな部分をひっくるめて理解して初めて人と人はちゃんとした付き合いが出来る。人間なんて喜怒哀楽のすべてを持ってるのが普通さ。そのすべてを持てる相手が自分に大切な人間なのさ」

「大切じゃない相手ってのは、じゃあどんな奴なんだい」

 

     

 

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