東京さまよい記

東京をあちこち彷徨う日々を、読書によるこころの彷徨いとともにつづります

綱の手引坂~赤羽橋

2010年11月03日 | 坂道

綱坂を上り平坦な道から、さきほどまでの日向坂からの通りにでると、通りの向こうに古めかしいが堅牢そうな建物が建っている。この古風な建物は、日本郵政公社の東京簡易保険事務センターのようである。昭和に建築されたのであろうか、高層ビルが多い現代に、こういった建物を見ると懐かしい感じがする。

通りを横断すると、綱の手引坂(綱が手引坂)の坂上である。坂上から撮った右の写真のように、まっすぐに下っており、桜田通りまでかなり長い坂である。勾配は中程度であるが、坂下側は緩やかになる。

坂上に標柱が立っているが、次の説明がある。

「つなのてびきざか 平安時代の勇士源頼光の四天王の一人渡辺綱にまつわる名称である。姥坂(うばざか)とも呼んだが、馬場坂との説もある。」

この坂名もまた、前回の綱坂と同じく、渡辺綱伝説によるものらしい。綱の子供時代、姥が手を引いて上ったり下りたりした坂の意味で、綱が手引坂と呼び、姥坂ともいったのであろうとされている(横関)。

左の写真は坂下から撮ったものである。坂下にも標柱が立っている。西の空は明るいが、だいぶ暮れかかってきた。

別名が小山坂であるが、この坂名について、横関は、この坂の頂上、いま簡易保険局のあるところ一帯の地は、かつて三田小山と汎称されたところで、自然に小山坂と呼ばれたのである、とする。また、別名の馬場坂は、綱には関係なく、この坂のふもとに馬場があったので、そう呼ばれた。この坂下に馬場があったことは江戸絵図や各地誌にも記してあるとのこと。

尾張屋板江戸切絵図では、この坂に坂マークはあるが、坂名はない。近江屋板も坂マークの△印だけである。北側一帯に筑後久留米藩有馬中務大輔の広い屋敷がある。明治地図をみると、この北側一帯は赤羽町で、明治5年創設で海軍の兵器の製造、修理、購買を行う海軍造兵廠があった。

永井荷風は「日和下駄 第八 閑地」に「芝赤羽根の海軍造兵廠の跡は現在何万坪という広い閑地になっている。これは誰も知っている通り有馬侯の屋敷跡で、現在蛎殻町にある水天宮は元この邸内にあったのである。」と記している。尾張屋板江戸切絵図をあらためてみると、確かに有馬邸の北西隅に、水天宮、とある。中ノ橋の近くである。

坂下を進み、桜田通りにでるが、ここを左折し、北に向かうと、右の写真のように、前方に東京タワーが見えてくる。暮れかかった空ににょっきりと立っていてよく目立つ。

中沢新一は「アースダイバー」で、東京タワーは縄文海進期に海原に突きだした大きな半島であったところに建てられたが、この芝の半島のミサキはここに住んだ縄文人たちにとって重要な聖地で、死者を埋葬し、死霊の棲む空間である海の彼方との交感地帯であったとし、このような場所に建てられた東京タワーは超越的領域とのあいだに掛け渡される橋で、いわば既知と未知とをつなぐものであるとする。人々は東京タワーに無意識のうちにミサキの機能を感じとっている。

東京タワーは、来年7月で地上アナログテレビ放送が終了すると、放送塔としての役割を終え、墨田区押上に建設中の東京スカイツリーから地上デジタル放送が送信されるというが、このとき、場所の変化はどのような変化をもたらすのであろうか。

桜田通りの歩道を進むと、東京タワーが大きくなってくる。古川にかかる赤羽橋の手前に、左の写真のように、赤羽橋と刻まれた大きな石柱が立っている。むかしの橋に使ったものであろうか。

荷風は、このあたりのことを「日和下駄 第六 水」で次のように書いている。

「麻布の古川は芝山内の裏手近くその名も赤羽川と名付けられるようになると、山内の樹木と五重塔の聳ゆる麓を巡って舟楫の便を与うるのみか、紅葉の頃は四条派の絵にあるような景色を見せる。」

また、赤羽橋の近くに江戸中期の儒者・漢詩人の服部南郭が住んだことがあったらしく、荷風は「断腸亭日乗」大正12年(1923)に次のように記している。

「十二月三十日。晴天旬に及ぶ。午後赤羽橋に服部南郭が旧居の跡を尋ねしが得ず。森元町新網町辺より新門前町の辺人家多く倒潰するを見る。赤羽川の沿岸土地柔きがためなるべし。夜執筆深更に至る。」

服部南郭の旧居跡は残念ながらわからなかったらしい。この年9月1日に関東大震災が起きているが、その被害の様子を書いている。なかなか観察が細かい。現代の調査結果はこれにあっていると思う(以前の記事参照)。

今回は、六本木の長垂坂から始まって六本木、元麻布、三田まで坂を巡り歩いたが、主に山野を参考にした。橋を渡って左折し、大江戸線赤羽橋駅へ。

今回の携帯による総歩行距離は14.5km。

参考文献
横関英一「江戸の坂 東京の坂」(中公文庫)
横関英一「続 江戸の坂 東京の坂」(中公文庫)
山野勝「江戸の坂 東京・歴史散歩ガイド」(朝日新聞社)
岡崎清記「今昔 東京の坂」(日本交通公社)
石川悌二「江戸東京坂道辞典」(新人物往来社)
市古夏生 鈴木健一 編「江戸切絵図 新訂 江戸名所図会 別巻1」(ちくま学芸文庫)
永井荷風「新版 断腸亭日乗」(岩波書店)
野口冨士男編「荷風随筆集(上)」(岩波文庫)
「古地図・現代図で歩く戦前昭和東京散歩」(人文社)
「古地図・現代図で歩く明治大正東京散歩」(人文社)

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