杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

元彼の遺言状

2022年08月14日 | 

新川帆立(著) 宝島社文庫

「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」奇妙な遺言状を残して、大手製薬会社の御曹司・森川栄治が亡くなった。学生時代に彼と三ヶ月だけ交際していた弁護士の剣持麗子は、犯人候補に名乗り出た栄治の友人の代理人として、森川家主催の「犯人選考会」に参加することとなった。数百億円ともいわれる遺産の分け前を獲得すべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走する。
他方で、彼女は元カノの一人としても軽井沢の屋敷を譲り受けることになっていた。ところが、軽井沢を訪れて手続きを行ったその晩、くだんの遺書が保管されていた金庫が盗まれ、栄治の顧問弁護士であった町弁が何者かによって殺害されてしまう……。

 

宝島社主催「第19回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作で、TVドラマ化もされています。

放映当時、綾瀬はるか演じるヒロインのあまりの傲慢さに嫌気がさして1~2回見てリタイヤしてしまった記憶が

本の方も、初めのうち麗子の唯我独尊なタカビーキャラに閉口し、逆にドラマで演じたキャラは小説に忠実だったんだと納得するほどでしたが、読み進めていくうちに、ヒロインがただの金の亡者ではなく、本当は優しい女性なのだとわかってきて、印象が好転します。

お金大好きな敏腕弁護士の麗子は、恋人の信夫のプロポーズを婚約指輪が安過ぎるという理由で断ります。彼の収入に見合う値段なのですが、自分はもっと価値あると考える麗子は侮辱と受け取るんですね。 なんというタカビー女!!更に、山田川村・津々井弁護士事務所のボス・津々井にボーナスをカットされたことに腹を立て「辞めてやる!」と飛び出します。お金が欲しいという気持ちに素直過ぎてむしろあっぱれかも。

暇を持て余していた麗子に、篠田から連絡があり、元カレの栄治が亡くなったこと、彼が森川製薬の御曹司=大金持ちなこと。「財産は自分を殺した犯人に譲る。死後3カ月以内に犯人が特定できない時は遺産は全て国庫に帰属させる。」という奇妙な遺言状を残していたことを知らされます。栄治の死因はインフルエンザということでしたが、篠田は自分が感染させたと犯人に名乗り出ようと麗子に相談してきたのです。麗子は自分の取り分が150億になると計算して引き受けることにします。

犯人かどうかを判断するのは、栄治の父の森川金治社長と伯父の定之専務、平井副社長であり、「犯人選考会」とは名ばかりの「新株主選考会」だと推察した麗子は三者に利益のあるプランを提示して社長・副社長の賛同を得て一次選考を通過します。専務の娘で栄治の従妹の森川紗英に元カノなのに代理人になって金儲けしようとしてると非難された麗子ですが、彼女に近づくことで唯一態度を保留していた専務を懐柔できると考え、元カノの遺産分与の会に参加することにします。軽井沢の別荘に集まった元カノは、栄治付きの看護師の朝陽と栄治から彼のいとこの拓未に乗り換えて結婚した雪乃と麗子の3人だけで、他の元カノは連絡がつかなかったと栄治の顧問弁護士・村山に告げられます。
村山の事務所に同行した麗子ですが、事務所は荒らされ遺言書の入っていた金庫が盗まれていました。そこに金治が津々井を伴って現れ遺言書の無効を主張してきます。この時麗子は津々井のプライドを傷つけて怒らせてしまいます。

金庫を盗んだ犯人や栄治の死の真相は、麗子にとってはどうで良くて、依頼人の利益を優先させようとしますが、篠田はお金が欲しいのではなく、友人の死の真相が知りたいから依頼したのだと言って依頼人の気持ちがわからないと麗子をクビにします。篠田の思わぬ反応にショックを受ける麗子でしたが、次第に自分も事件の真相を知りたいと思うようになり調査を始めるんですね。

関わる人物の誰もが怪しく見える中、朝陽や雪乃と協力し核心に近づいていく麗子。散りばめられた伏線が徐々に回収されていき、真犯人が浮かび上がる展開が鮮やかです。

栄治の兄の富治が語るポトラッチ論(贈り物を何度もし合って、最終的に返せない贈り物で相手をつぶす方法)も推理を混乱させる役割を担っていました。富治は拓未を疑っていて、麗子の兄の雅俊との接点も出てきます。凡庸だと思っていた兄やその婚約者から聞かされる自分でも忘れていた過去の話に、読む側も彼女の性質の本質について再考していくことになります。

栄治の叔父の銀治に依頼され、川に棄てられた金庫の回収に力を貸した麗子は、金庫のロックも村山の死に際の言葉から類推して解除します。遺言書と一緒に入っていた銀治の「書類」がヒントとなって彼女は真犯人を特定しますが、命を狙われた紗英を助けるために彼女らしからぬ行動に出るんですね。一文の得にもならないのに彼女を駆り立てたものは「人の役に立ちたい」という思いだったのかも。警察の厄介になった麗子を保釈してくれたのは、津々井でした。彼女の言葉に怒りはしたが、そのおかげで妻の病気に気付けたと津々井は感謝していたのでした。

栄治の死は毒殺と判明し、捕まった犯人に遺産は渡らずに、遺留分を除く財産は国庫に帰属することになります。指定暴力団絡みの会社の株式を買った拓海のミスをカバーし、彼が推し進めているマッスルマスターゼットを無事に商品化するために、栄治・拓未・村山が考えた奇想天外な遺言状だったというわけです。彼が殺されたのは、善意と思ってしようとしたことが犯人にとっては何としても隠したいことだったから。いわば自業自得で、犯人の心情に同情の余地ありですが、二人も殺しては・・ねぇ。一方で平井副社長が銀治の息子だという事実も判明し、森川一族も何だか丸く収まってめでたしな結末です。

麗子はその鋭敏な頭脳と観察力で他人を冷徹に評価しますが、決して冷たい人間ではないようです。例え見下した相手でも、その美点は正しく認めています。栄治のことは忘れていた麗子ですが、その遺言に関わることになってから彼の人となりを思い出し心が温かく丸くなっていくようにも感じられました。彼女は元の事務所に戻ることになり、恋人にも連絡してみようかと考えます。それにしても栄治は女好きなのにどこか憎めない人の好さがにじみ出ていました。

麗子が主人公のお話には続きがあるようなのでいずれ読んでみようかな。

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