杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

ファーザー

2021年06月11日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)

2021年5月14日公開 イギリス=フランス 97分 G

ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニー(アンソニー・ホプキンス)は記憶が薄れ始めていたが、娘のアン(オリビア・コールマン)が手配する介護人を拒否していた。そんな中、アンから新しい恋人とパリで暮らすと告げられショックを受ける。だが、それが事実なら、アンソニーの自宅に突然現れ、アンと結婚して10年以上になると語る、この見知らぬ男(ルーファス・シーウェル)は誰だ? なぜ彼はここが自分とアンの家だと主張するのか? ひょっとして財産を奪う気か? そして、アンソニーのもう一人の娘、最愛のルーシーはどこに消えたのか? 現実と幻想の境界が崩れていく中、最後にアンソニーがたどり着いた〈真実〉とは――?(公式HPより)

 

世界30カ国以上で上演された舞台「Le Pere 父」(日本でも橋爪功が主演)を基に、老いによる喪失と親子の揺れる絆を、記憶と時間が混迷していく父親の視点から描き出した作品です。第93回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、助演女優賞など計6部門にノミネートされ、ホプキンスの主演男優賞のほか、脚色賞を受賞しています。

名優アンソニー・ホプキンスが認知症の父親役を演じているということで、とても観たかった作品を上映終了前週でやっと観ることができました。

映画は認知症の父親の視点で描かれているため、観ている側もどれが現実でどれが幻想の出来事なのか咄嗟に判断がつかず、その迷宮のような世界を父親と一緒にスリリングに体験し、混乱することになります。老いて病を患い記憶を失っていくことって、こういうことなんだなという「現実」を突きつけられた感がありました。

アンソニーにはアンとルーシーという二人の娘がいますが、どうやらルーシーは事故死しているようです。「母親似」のアンよりルーシーがお気に入りで自慢の娘だったアンソニーは、ルーシーの死が理解できずに「画家の娘は世界を旅しているから滅多に会えない」と思い込んでいるのね。 自分の生活を犠牲にして父親の介護を続けているアンにしてみれば、傍にいる自分より妹の方を溺愛している父親の態度はとても切なく、時に虚しく映ったことでしょう。また、自分のことを他人を見るような目で見て娘だと認識できない父に、病気だとわかっていても辛く悲しい気持ちに襲われたことでしょう。

それでも、介護する立場の娘の眼差しには父親への愛情があり救われます。一瞬、眠っている父親の首を絞めているようなシーンが登場するのだけれど、これは彼女と父親どちらの視点?妄想それとも現実? どちらともとれる解釈の幅の広いエピソードです。

アンソニーが自分の「フラット=家」だと主張する場所は、彼の頭の中では常に一緒ですが、現実には独り暮らしをしていた場所と、施設が見つかるまで一時的に住んでいたアンの家、そして施設の個室と変わっていきます。

彼の妄想の中に出てくるのはルーシー似の介護人ローラ(イモージェンプーツ)ですが、次のシーンではローラではない女性キャサリン(オリヴィア・ウィリアムズ)になっていて、更に謎の男ビル(マーク・ゲイティス)が現れ、いつまでアンを苦しめるのかと詰問してきます。実はキャサリンもビルも施設の職員だと後に明らかになるのですが。

アンの夫だというポール(ルーファス・シーウェル)の存在も、離婚した夫なのか、アンが父を施設に預けて自分の人生を始めることになったパートナーなのか、一回観ただけでは私には判断がつかなかったのですが、娘を奪った男として認識されているため、アンソニーの彼への印象は一貫して悪いのかも。 真実は再婚相手らしい

自分の周囲で物事や人物が少しずつ変わっていく不安、自分は正常だと思いたい一方でふとした瞬間に湧き上がる疑念と混乱を抱える老人を、ホプキンズは見事に演じています。

施設で自分の状況に混乱し、幼児のように母を求めて泣くアンソニーは、「葉っぱや木がどんどん消えていくようだ」と訴えます。記憶が失われていく状況を例えているセリフですね そんな彼に寄り添う女性職員が、穏やかに諭すように「着替えて公園に散歩に行きましょう。散歩から帰ったらお昼を食べて、元気ならまた散歩に行きましょう」と話しかけます。

アンソニーは常に腕時計を身に着け、時間を気にしていますが、腕時計は彼の失われつつある記憶を繋ぎとめる象徴だったのかもしれないなぁ。

しょっちゅう腕時計を失くす(盗まれたと主張する)のも同様です。

自分が何者か、どこにいるのか、やがてすっかり忘れてしまうだろうアンソニーですが、娘のアンや施設の職員に手厚く介護されているという面では幸運な老人なのかもしれないなと思いました。

アルツハイマー病(初期)の画期的な治療薬が発売されるかもというニュースもありますが、年間600万もするような新薬は一部の富裕層には需要有りそうだけど庶民には手が届かない夢の薬。せめて、発病した時は周囲の温かな支援を願いたいものです

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