杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

烏の緑羽

2023年05月11日 | 
阿部 智里 (著) 文藝春秋

「なぜ、私の配下になった?」 生まれながらに山内を守ることを宿命づけられた皇子。葛藤と成長、彼らのその先には(あらすじ紹介より)


第一章 長束
長束は側近の路近の忠誠に疑問を感じて金烏であり弟でもある奈月彦に相談します。通常の人の感情からかけ離れた振る舞いをする路近への怖れを長束はずっと抱いていたのです。奈月彦から勁草院の清賢院士を訪ねるよう言われ、その清賢から側近にと推薦されたのが、かつて勁草院で院士で、猿との大戦の折に雪哉との確執で左遷された翠寛でした。
弟の懐刀の雪哉と敵対していた者を側近に迎えることに気乗りしない長束でしたが、断固として拒絶する翠寛に清賢から預かった手紙を渡すと、事態は一転します。手紙を読んだかと問う翠寛に長束は読んでいないと答え「それが私の誠意だから」と言い切ります。何が書いてあったのか大いに気になる長束でしたが、何と翠寛は申し出を受諾するのです。

第二章 清賢
清賢は中央城下の大店の次男として生まれ何不自由なく育ちます。家と関係ない世界で自分の力を試したいと勁草院に入り山内衆になりますが、日嗣の皇子となった捺美彦に失望します。山内衆を辞めた後は大貴族の南橘家のお抱えにでもなれないかと挨拶に行った際に路近と出会い、彼に勁草院で学んだことについて何気ない会話を交わすのですが、それをすっかり忘れていた頃、当主に呼び出されて、路近の行状に困り果てていることを聞かされます。親の責任を棚に上げた物言いに腹を立てた彼は、院士となって路近の教育をすることを引き受けます。優秀だが人格が破綻していると評価されている路近の同室の後輩・翠は南橘家の意を受けて路近の身の回りの世話をさせられていましたが、酷い虐待を受けていました。それを知った清賢は翠を守ろうとします。

第三章 羽緑
翠寛は『空棺の烏』に登場し当代髄一の戦術家と評されています。「兵術」「盤上訓練」で 雪哉を執拗に名指し徹底的にやり込める様は、ハリポタのスネイプ先生を連想させましたね。
そんな彼の出自と過去が明かされる章になっています。
彼は谷間で生まれ、ミドリと呼ばれていました。10歳になった頃、突然父親が現れて商家に引き取られます。父は愛人だった緑艶なす黒髪の母と同じ 羽緑という名を息子に付けていました。しかし、正妻に虐め抜かれた彼は寺に行くことになります。商家では奉公人としてこき使われましたが、文字を覚えることができました。神官見習いというのは名目で、神官のお稚児としてお手付きになることと悟った羽緑は抵抗し事件を起こします。その強情さを買われて南橘家の安近に引き取られた羽緑は翠と名を改めます。

第四章 翠
南橘家で峰入りの支度に励む翠に、路近の弟の国近が「殺すか殺されるかならば前者を選べ」と言い、不穏なものを感じながら入峰した翠は、路近からの「何のためにここへ来た」との質問に「貴族の身分が欲しいから」と正直に答えたことで気に入られますが、ひと月が過ぎた頃から酷い虐待が始まります。
翠から何としても殺意を引き出そうとする路近に対し、「人を殺したくない」「やろうとしても不可能」「路近の思い通りに動くのが癪」という3つの理由で頑なに拒む翠を救ったのが清賢院士でした。路近の問いにとことん付き合い彼から引き離してくれた上、清賢の部屋での自習を認め(路近からの逃げ場所になる)兵法研究会に誘ってくれました。ようやく同輩とも付き合えるようになり、花街にも出かけるようになった翠は鞠里という遊女と親しくなります。男女の関係ではなく兄妹のようなものでしたが、これを知った路近は鞠里を身請けした上で翠の反応を見て楽しみます。南橘家に唆された鞠里が路近に毒を盛ろうとしたことを察知した路近はその毒(の入った豆餅)を翠に与え、何もしらずに口にしたのを見ると「お前じゃないのか」と解毒剤を与えます。

第五章 路近
もうね~~ほんと外道な路近!でも彼なりの論理で動いていることは伝わってきます。問答に対して嘘や誤魔化しのない答えを求め、それが受け入れられないと暴力を振るう彼の、それが最善だと思っているところが問題なんですけどね。
母から「情が育っていない」と言われ、父から叱責されても、周りが自分より愚かなのだと考える彼は、父が自分を殺そうとしている理由がわからず「人はどういった時に人を殺したいと思うのか」悩み、その答えを翠に求めたのです。まっすぐに殺意を向けてきながらも決して殺そうとしない翠が路近には不思議でならなかったのです。

意識を取り戻した翠は南橘家に鞠里の保護を頼みます。その毒は貴族が使う毒で彼女が用意できるはずもないものでした。毒を渡したのは当主ではなく、温厚な性質と思っていた次男の国近でした。似ていないようでやはり酷薄さでは共通する部分がありますね。

逃げ出した鞠里を追って谷間にやってきた路近は大暴れをして捕らえられます。鞠里を案じて後を追ってきた翠は、彼女は胎に卵を抱えていると知ると自分の子として谷間で育てて欲しいとトビ親分に願い出ますが、そんな翠を鞠里は「勝手がことを言わないで」と突き放します。彼女は既に国近と取引していて例え騙されているとしても構わない覚悟をしていました。

路近は南橘家からの要請もあり、朔王から死を宣告されますが、それに異を唱えたのが勁草院の使いとして来ていた清賢と翠でした。
路近を殺すに相応しい資格を持つ翠(路近に受けた折檻の残る傷を見せています)に短剣が渡されますが、彼は拒否します。何故と問う路近に「殺せないんじゃない、殺さないんだ!貴様にはこの違いは一生わからないだろう」と言います。
清賢は死ななければならない者などこの世に存在しないと言って自分の腕を差し出します。自分を助けることで利益があるのかと問う路近に道楽だと答える清賢。翠が殺さない理由、自分が腕を差し出す理由考え続けなさいと。世界は広く人の心は深遠で簡単にわかるものじゃないから面白いのだと言う清賢の言葉が路近の何かを変えた瞬間でした。

以後、路近の乱暴は止み、下級生に慕われながら主席で卒業していきます。
山内衆になった翠は、幼い頃に自ら起こした事故で痛めた目を路近に突かれたことで更に悪化し、山内衆を辞めて勁草院院士になり、その際翠寛と名を改めました。
 
第六章 翠寛
「長束は赤ん坊です。あなたが育てて差し上げなさい」手紙にはそう書かれていました。態度を改めたとはいえ翠寛は路近が大嫌いで、その路近を側近にしている長束も同類だと思っていたのですが、彼が赤ん坊のように純粋無垢で理想論を信じていることを知り、考えを変えたのです。

翠寛は、金烏に「凌雲山を囮にしたのは、本意だったのか」と尋ねます。
真の金鳥とは八咫烏全ての親ですから、同胞を傷つける選択はあり得ません。雪哉は金烏ができないことを代わりにしたけれど、その責任は自分にあると答えた奈月彦に、現実を直視し目指す山内の在り方を見据える覚悟を見ます。
長束は古き善き美しき山内のための皇子だが、これからの山内を導くためには、変わらずにいてもらっては困るのだと語る真の金鳥奈月彦が、滅びゆく山内にそれでも絶望はしていないのだと感じた翠寛は、初めて尊敬の念を覚えます。

長束の教育は瓜を育てさせること、羽重を編むことから始まります。豪華な衣装をまとう貴族は一生編むこともない羽重に四苦八苦する姿を想像すると思わず笑みが😁 
小銭を与えて筍を買わせればろくに状態も見ずに言い値で有り金全部渡したり、谷間の賭場で身ぐるみ剝がされて皿洗いをしたりのエピソードも微笑ましい。庶民の暮らしを知らずにいた長束が初めて経験することばかりなのね。
明鏡院で民からの陳情書が手元に来るまでの実情を知った長束が訳知り顔で「運が良い」と口にした時、翠寛は貴族の怠慢を戒め、長束に「都合の良い大人」になるよう説きます。利用し利用される関係にあっても誠実であり続けるにはまずそれを受け入れることが必要なのだと。

突然の奈月彦の死で、事態は急変します。
彼を刺したのは藤波の宮で、その裏には長束の母がいました。彼女は「烏に単衣は~」で登場したきり表舞台から姿を消しますが、兄たちの無関心が彼女を壊したともいえるのかも。少なくとも長束は自責します。
しかし、日嗣の皇子となったのは長束ではなく、父の隠し子・凪彦でした。しかもその母は藤波が尼寺に行くきっかけを作った東家のあせびの君なの!
招陽宮へ立て籠った雪哉と皇后・浜木綿の間で意見の対立が起こります。そこに「全て皇后の思うように」と書かれた遺言が開封され、雪哉は出て行ってしまいます。

誰もが遺言を受け入れられずにいる中、路近が楽しそうに長束に決断を促します。彼は血筋や育ち、人格、人望の全てを持ち合わせ権力に一番近いところにいながらそれを避けてきた長束が、この局面で何を選択しどう行動するのかが知りたくて、それによって自分を楽しませてくれることを期待して、その一心で長束に仕えてきたのです。それこそが彼の忠誠であり即ち道楽なのですね。

ワクワク顔の彼をぶん殴って気絶させたのは翠寛でした。金属の台座で力任せに叩いても死なないのね~~😓 「あながが守りたいものは何か」と問われた長束は皇后に引くことを説き、紫苑の宮を翠寛に託します。

政変から6年後。明鏡院に貧しい身なりの父娘がやってきます。それは翠寛と美しく成長した紫苑の宮でした。明鏡院の手伝いをしたいという彼女に具体的に何をしたいのかと問うと「戦うこと以外に何がありましょう」と返ってきます。

 「楽園の烏」「追憶の烏」に続く本作は「空棺の烏」と対をなすようでもあります。これまでのシリーズで疑問に思ったことへの答えにもなっている気がしました。
雪哉と翠寛は頭脳明晰で早くから大人の思惑を読み取っていますが、その生まれや環境の違いが考え方に決定的な相違をもたらしています。翠寛の根底にあるのは優しさですが、雪哉のそれは冷徹さであり、誰も信じない点ではむしろ路近に近いのかもしれません。
この先、紫苑の宮とその陣営がどう戦いに挑んでいくのか、楽しみが増えました。
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