行雲流水

阿島征夫、一生活者として、自由に現代の世相を評す。時には旅の記録や郷土東京の郊外昭島を紹介する。

ODA(政府開発援助)による貧困脱出への道

2019-10-11 18:52:51 | 海外
9日、国際労働財団の30周年記念行事が行われ、前段のシンポジウムでODAによる草の根支援事業の10年の歴史と成果が実施各国から報告があった。限られたODAでもやり方によって少しづつではあるが確実に成果を上げられることが分かった。

実施に当たっては、タイに事務所を開設し、そこをハブとしてラオス、バングラディッシュ、スリランカ、ネパールへと支援事業を拡大している。最初タイで行って、事業を成功させ、その成果を見せて各国に展開されている。

タイは日本では想像できないくらい貧富の格差が大きい。1%の層が66%の富を占めている。スラムには200万人が居住し、そこの労働者はインフォーマルセクターで働いている。少しでも賃金を増やしたいなら、先ず職業訓練ということから出発し、同時に日本の共済組織を参考に共済の輪を広げていった。医療費、葬儀費、融資などの恩恵を共済を結成することにより実現できることが共感を呼び、ゴム園労働者やホームワーカーへも職業訓練を実施しつつ、共済組織を発展させた。
タイでも日本米の人気が高まり、日本米生産へのチャレンジを行う支援も開始した。
 
タイをモデルにネパールではインフォーマル労働者を対象に、まず識字訓練から始まった。交通標識も読めない人もいるからだ。少しでも現金収入を得たいという女性には美容師訓練を行い、女性の自立に役立っている。そして共済組合の設立へと発展する。バングラディッシュでも職業訓練により、自立した女性オーダーメイドテーラーが1000人近く実現した。ほかに家計簿のつけ方など日常のライフサポート事業も行い、すでに13の協同組合3000名の組織になっている。
 
以上みたように、中国の超大型ハード支援に対極をなすODA支援だが、確実に現地に根を張って、感謝されている。要は貧困からの脱出にどうすればよいか?少しでも現金収入を得るには職業訓練を継続的に行っていくことが必要だということだ。そして共済組織を設立し、互助と少額融資による事業サポートなど草の根支援事業は貧困がなくなるまで続けることがこのシンポジウムでも確認された。
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