人生は五十からでも変えられる
新しいことを始めるのに、遅すぎることはない
外科医 平岩正樹
海竜社
にあった話である。
歴史学は、なぜか「異常な人間」ばかり扱っている
「面白い講義」が皆無だったわけではない。
たとえば深沢克己教授の「史学概論」だ。史学概論とは歴史学の
歴史である。
私は歴史学に興味があって今回専攻したものの、大学受験の歴史
が不満でならなかった。
東大の入試は、例外的にまっとうである。
多くの大学の入試問題は「○年に◇が△した」を覚えることを
要求するばかりなのだ。
日本史で言えば、それはまるで「天皇と将軍と総理大臣」の歴史
だ。
どうしてこれで日本の歴史と言えるのか。
たとえば人間ではなく、ライオンのことを調べたいとする。
一頭のいちばん大きなライオンだけを選んで、その行動を調べて
「これがライオンだ」と言えるだろうか。
あるいは、いちばん強そうなライオンー頭を調べて「これがライ
オンだ」と言えるだろうか。
それは、いわば異常なライオンだ。でも、私たちが知りたいのは
まず、正常な普通のライオンである。
「医学は異常を調べるのではないか」と言われても、先にも
書いたように、医学教育でもまず、正常な人間を知ることか
ら始まる。
正常な人間がわかるから、初めて異常な人間(病人)もわかる
のだ。
文系科目のいろんなところに、アリストテレスが出てくる。
彼はそれほどに時代を超えた偉大な人なのだろう。でも、何か
おかしい。
アリストテレスは、古代ギリシア人として明らかに「3シグマ
(平均的な人から見て0.3パーセントもいないごく稀な人物、
平均からシグマつまり標準偏差の三倍離れていること)」の
頭脳をもっている。
でも、なぜそんな異常な人間の異常な考えばかりに注目する
のか。
数学のような証明問題なら、たとえ3シグマの異常な研究者で
あっても、正しいものは正しいと受け入れるしかない。
しかし、いろいろな考え方、あるいは人生の意味、社会の意味と
なると、異常な人間の異常な考え方も考慮してよいとは思うが、
先に知りたいのは正常な、つまり、平均的な古代ギリシアの
人々の考え方だ。
問題は人類の長い歴史の中で、文字を操って記録を残す人も、
そもそも、3シグマに属していたことだ。
最古の歴史家ヘロドトスも司馬遷もよ〝3シグマ人間〟なのだ。
3シグマの人問は同類である3シグマの人間に強い関心を示し、
3シグマの視点から歴史を観察している。
ところが普通の人は記録を残さない。普通の人を、普通の人から
観察した記録もない。
普通の人が文字を操るようになって、まだ百年もたっていない
からだ(だから凡人の落書きは非常に面白い。ポンペイはベス
ビオス火山の噴火で一瞬のうちに埋もれた都市だが、ボンペイ
に残る落書きは二千年の時間の差を感じさせない)。
文系の学者の多くは、残念ながら普の3シグマの人たちが残した
記録しか研究の対象にできない。
そしてしばしば、それが3シグマであることを忘れ、3シグマ=
人間と勘違いし、人文科学と名乗っている。
でもそれは、本当は、〝3シグマ人文科学〟なのだ。「3シグマに
よる、3シグマのための、3シグマ科学」なのだ。
私が知りたいのは、異常な人間たちの歴史ではない。平凡な普通の
人間の歴史だ。
なぜか文系の人たちは、特殊なものに注目するのが犬好きだ。
それでは人間を本当に理解はできないだろう。普通の人間の中にこそ、
人間の性質があり、人間の歴史がある。
高校の歴史は、異常な人間、つまり目立つ人間の歴史ばかりに注目
する。
それは偏った人間の理解であり、偏った歴史学である。
今の日本社会を見ていて、総理大臣が歴史に特別に関わっているとは
とても思えない。
毎年のようにコロコロ変わっている総理大臣の名前を、百年後の
高校生は近代日本史の「超難問」として覚えさせられるのだろうか。
私は普通の人の歴史を知りたいと思うのだが、ここに大きな問題
がある。
先にも書いたように、普通の人は歴史を書いて残さないのだ。
有史以来長い間、文字を独占していたのは特殊な人たちだ。だから
歴史のほとんどは、特殊な人たちが眺めた特殊な世界像である。
考古学が歴史学に変わる瞬間、普通の人間の学問が異常な人間の
学問に変わる。
平安時代、数パーセントしかいなかった貴族が何を考えていた
よりも、90パーセントの人々が何を考えていたかに、私は興味
がある。
実は貴族のことなど、人数からして、歴史から切り捨ててもよい
くらいなのだ。
理系の発想かもしれない。でも歴史の教科書は、逆にほとんど
貴族のことしか伝えない。
貴族の歴史は日本の歴史ではないのだ。
日本のような農耕社会の農民は、ずっと二種類の〝寄生虫〟に悩ま
され続けてきた。
一種類は土の中にいる。医学が対象にする寄生虫だ。もう一種類は
地上にいて、農民の余剰作物を搾取する。征服者だ。
その征服者たちが自分勝手な歴史を書き残している。
それは征服者から見た偏った歴史であって、とても人間の歴史とは
言い難い。
生徒はみんな、征服者になったつもりで歴史を学んでいるが、ほとん
どの人間の先祖は庶民である。
以上。
平岩氏は、1953年生まれである。
東京大学工学部物理工学科を卒業し、再度東大に入学し、医学部を
卒業している。
そして、53歳にして、三度目、東大に入学し、文学部東洋史学科を
卒業している。
わたしなどが、一生かかって、一度も入学し得ない東大に、3回も
入学した頭脳は、羨望のまとである。
このようなプロフィール持ち主から、マルクス主義にでも、かぶれた
ことがあるような歴史観を語られるとは、思わなかった。
歴史は、権力者の歴史である。というのは、時折耳にすることである
が、そのうちに忘れてしまう。
ところで、若いころは、考えたこともなかったが。
歴史であげられる有名人が、あまり幸せな人生でなかったことに
気づくようになった。
織田信長は、非業の死を遂げる。あんなに有名になっても、あれでは、
引き合わない。と、凡愚は思うのだが。
彼をあそこまで、登り詰めさせたものが、彼を自身を滅ぼしている。
なんという皮肉だ。
彼が、野望の達成を目前にして、部下に裏切られ、命を絶たれる
状況にあって、どのような思いをしたかが、興味深く思われる。
「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻 の如くなり。
ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか。」という歌を
好んだが、人生をそのように思うから、生き急いだのか。
自分に対しても、部下に対しても、いわゆる「成果主義」で
生きて、その結果の死でもある。
彼は、自分の人生を、死を納得したのだろうか?
「おもしろきこともなき世をおもしろく」は、高杉晋作の
辞世の句だったが、
信長、あの時代を「おもしろくなった世を、おもしろく」生きようと
したのだろうか。そして、できたのだろうか?
彼の死は、死で、自分の人生に満足したのだろうか。取り敢えず
ここまでは来れたと。
どうだろう。
豊臣秀吉、天下統一をしたものの、自分の死後のことで、多くの
憂いを残して、死んでいったであろうと思っている。
徳川家康にとって変わられることを、気に病んでいたであろう。
「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」 と
歌ったが、自分の子孫の安泰が約束されない憂いに、苛まれたに、
違いない。
となると、歴史に残ったものの、必ずしも幸せでなかったのかも
しれない。その寂寥感たるもの、どれほどのものであったか。
もしかしたら、百姓のままの人生のほうが、幸せだったかも。
最後に残った徳川家康、彼は若いころ、人質生活をして暮らして
きた。
この不幸の上に、彼の人生が成立している。
確かに戦国の時代を生き延び、天下統一し、幕府を開いたのだが、
多くの権謀術数を駆使して、生きてきたはずだ。
彼は、どのような思いで、老後を過ごしたのだろう。
心安んじて、過ごすことができたろうか。
決して、幸せだったとは、勝手ながら思えないのだ。
とかなんとか、考えたりすると、いったい、誰が、幸せな人生を
おくったのだと、問いかけたくなってくるのだ。
しかし、歴史に残るような人で、人生を万々歳で、終わらしめる
ことができた人、なかなか捜し当てることができない。
ということで、庶民は?ということになるが、それは、記録に
残らない。知りようがないのだ。
すごく残念である。
平岩氏は、こう言っている。
ところが普通の人は記録を残さない。普通の人を、普通の人から
観察した記録もない。
普通の人が文字を操るようになって、まだ百年もたっていない
からだ。
である。
が、幸運かどうかは、分からないが、誰でも、ブログで、記録を
残せる時代になってきた。
もしかすると、数少ない幸せな庶民が、見出せる時がくるかも
しれない。
さらに、彼の文章を読んで、肯いてしまう箇所があった
以下、その抜粋である。
アリストテレスは、古代ギリシア人として明らかに「3シグマ
(平均的な人から見て0.3パーセントもいないごく稀な人物、
平均からシグマつまり標準偏差の三倍離れていること)」の
頭脳をもっている。
でも、なぜそんな異常な人間の異常な考えばかりに注目する
のか。
以上。
実は、この箇所を読んでいて、自分の心の中で、もやもやして
いたものが、見えだした。
平均的な人から見て0.3パーセントもいないごく稀な人物で
あるアリストテレスが、学校教育を通して、ややもすると、
ギリシャの平均値であるかのように受け止められ、その存在
が向かう目標の一つでもあるかのようなイメージを抱かされて
いる。
よく、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康等の特集が、サラリーマン
の啓発本に取り上げられる。
「一流になりたかったら、一流の人たちがいるところに行けばいい」
なんて、言うから。
すこしでも、自分ののびしろを生かそうと努力したくなるので、その
ような啓発本も読み出すのだが、身の程をわきまえない野心を抱いて
懊悩するという喜劇を生じてしまう。
平岩氏は、こうも言っている。
問題は人類の長い歴史の中で、文字を操って記録を残す人も、
そもそも、3シグマに属していたことだ。
最古の歴史家ヘロドトスも司馬遷もよ〝3シグマ人間〟なのだ。
3シグマの人問は同類である3シグマの人間に強い関心を示し、
3シグマの視点から歴史を観察している。
ところが普通の人は記録を残さない。普通の人を、普通の人から
観察した記録もない。
以上。
われわれは、学校教育を通して、普通の人間でしかない人間まで、
平均的な人から見て0.3パーセントもいないごく稀な人物の歴史
をあてがわれて、いつのまにか、見果てぬ夢を追いつづけて、
放浪する病気にとりつかれてしまう。
それが、身の程をわきまえない野心であったりして、多くの不幸
まみれの人生をあてがわれて、一生を終えかねない。
平岩氏の書かれた「歴史学は、なぜか「異常な人間」ばかり扱っ
ている」について、非常に示唆されるものがあって、いい勉強に
なった。