575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

草がくれ野中の杜のうすもみじ染めはじめたる秋の色かな

2011-10-31 10:13:35 | Weblog
岡谷インターを降りてすぐの所に出早雄(いずはやお)神社があります。
紅葉の名所だということで、先日、行ってみました。
大正の頃から、楓の植栽が始まり、今では1000本ほども。
見ごろは、10月の下旬ということですから、期待していました。
しかし、ここも塩尻峠と同様、例年ほど綺麗ではないとのこと。
ちょっと残念でした。
オオモミジ、ヤマモミジなどが中心だからでしょうか?
京などの紅葉の名所とは、どこか違って野生味を感じました。

この歌の作者は、後醍醐天皇の皇子のひとり宗良親王。
親王は、南北朝の動乱のなか、父の命に従って全国各地を転戦。
戦い利あらず敗れて、信濃の出早の里に身を潜めていたこともあり、
その時に詠んだ歌とされています。

草深い信濃の地。野の真ん中にある杜、そこに私は潜んでいる。
もみじが色づき始めた。ああ、もう秋なのだ。
皇子は、都の紅葉を思い出していたのでしょうか・・・

春にはカタクリの花が咲くということです。
その時も訪ねてみたいと思いました。
                         遅足

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祭終えお供へ(おそなえ)配る十三夜   立雄

2011-10-31 10:06:20 | Weblog
☆鳥野・9月13日は後の月。芋か栗かの楽しみ。

遅足・作者の説明によりますと、町内のお祭が終わり、
   神前のお供えのお菓子などを、子供たちに配ったそうです。
   その日は丁度、十三夜とのことです。
   旧暦の9月13日が『十三夜』。今年は10月9日。
   子供たちの祭と天上の祭が重なりました。

   十五夜のお月見は、中国から伝わったとされていますが、
   十三夜は鳥野さんのご指摘のように「後の月(のちのつき)」
   とも呼ばれ、日本独自の風習と言われています。
   お供えは大豆や栗などで、豆名月、または栗名月とも呼ばれます。
   このお供えも、子供たちの楽しみだったようです。
   私も、毎年、芋のカタチをした月見団子を頂きます。

               

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塩尻峠(塩嶺峠)      遅足

2011-10-30 10:00:49 | Weblog
旧中仙道が塩尻から岡谷に入る峠が塩尻峠。
地元では塩嶺峠といいます。
峠は分水嶺になっており、岡谷側は天竜川が太平洋へ。
塩尻側は信濃川となって日本海へ。

写真は峠の展望台から諏訪湖を見下ろしたものです。
左が八ヶ岳、右に北岳。
写真には写っていませんが、富士山も見えていました。

  みづうみに突出て豊の稲田哉   高浜虚子

虚子の句に詠まれた稲田はみな街になってしまったようです。
この周囲一帯が塩嶺御野立公園です。
御野立とは、明治天皇がお立ちになった峠という意味もあるようです。
ここは、また小鳥の森としても有名で、日本の音風景百選にもなっています。
毎年5月から6月の毎週日曜日、小鳥バスが運行され、
東京などからも、バード・ウオッチングを楽しみに人が訪れるそうです。
このイベント、まだ戦後間もない昭和29年に始まったもので、
小鳥バスは、季語にもなっていたとか。

  おのかしし朝光にたつ木々ありて
       奥処はふかしもろとりのこゑ   中西悟堂

目的は紅葉見物でしたが・・・
今年はあまり綺麗には紅葉していませんでした。
峠からの景色は一見の価値がありますよ。      遅足 


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相聞の三十一文字や秋灯   亜子

2011-10-30 09:57:22 | Weblog
☆能登・うまい句。でも、もしかしたら、おさまりすぎ?
☆値遇
☆静苛・「十」という数字を上手に詠んであるので感心しました。
☆狗子
☆郁子・大人の句ですね。
☆晴代・春に始まった恋。秋になっても続いています。
    灯の下で文を読んでいる。家族に知られないように。

作者・あこがれの世界を詠みました。

遅足の感想・こんな風にアコガレの世界が詠めるのは良いですね。
      生き方の問題かな・・・
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我が秋思昭和九年のほの暗さ    朱露

2011-10-30 09:56:14 | Weblog
    昭和九年八月二十日に生まれたらしい。
    ゴミ箱を「兵隊乞食」があさっている。
    ボロボロの軍服を着た男を見て逃げた。
    昭和二十年八月へ日本はひたすら急ぐ。

               



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十三夜少女は膝を揃え座す    静荷

2011-10-29 09:04:40 | Weblog
☆鳥野・昭和の幻想でしょうか。
☆朱露
☆能登・このような月見をする子は今いるのでしょうか。
    いたらいいなの期待もこめて。
☆郁子・こんな少女は身近にはいません。
    成熟した大人の女には、まだなっていない、
    ちょっと手前の少女。恥じらいのある少女と十三夜が
    よく響きあっている。
☆亜子・十三夜と少女は付きすぎかとも。
    でも長い膝を揃えた「青い・カタイ」お色気。
☆晴代・少女がお祖父さんのような年長者から、膝を正して話を聞いている。
    そんな様子を思い浮かべます。
☆智恵・まるで絵のように景が思い浮かぶ。
☆狗子・少女も良いが、少年でも面白いかも。少年だと叱られていることに?

遅足・これは畳の上なんでしょうね。
   十三夜には椅子は似合いませんもの。
   ということは正座・・・
   もう一人の人は誰なのか?
   一体、どういう関係なのか?
   想像が膨らみます。
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戦争が終わってべい独楽ぶつけあう     朱露

2011-10-29 09:02:56 | Weblog
   横須賀へ米海軍が上陸した六十六年前の秋。
   何故か突然べい独楽がはやり毎日廻し合う。
   あれだけ巻き上げた独楽はどこへ消えたか。
   べい独楽は秋の季語だが理由が分からない。 

              


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十月に3・11(さんてんいちいち)の雲流る  能登

2011-10-28 10:34:02 | Weblog
作者・3・11から時は無為に過ぎ早十月。元句:十月の空に三月の雲流る
   の方が分かり易かったのかも。

遅足の蛇足
  
   日々去りてはや木犀の香に出合ふ  静荷

   この句も、あの日から、・・・という思いですね。
 
   以前、広島市の図書館に行った時、ビックリしたことがあります。
   それは、広島市史が、原爆の投下された1945年8月6日から
   始まっていたことです。
   広島の歴史が始まったのは「あの日」から、という考え方は
   驚きでした。
   広島では、今も原爆で消えてしまった町の記憶を
   取り戻す作業が続いています。

   大津波や原発事故のあった東北の人々にとって
   3・11は、広島の8・6にも匹敵する出来事かも
   知れません。
   

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留守二日三河の秋は深まりぬ    朱露

2011-10-27 17:16:04 | Weblog
   相棒が品川の妹の所へ遊びに出掛けた。
   自分の飯を自分で支度だとは情けない。
   こういう時戦争中の惨めさを思い出す。
   一年生の弟と二人で疎開した惨めさを。

             



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十月の乾いた空にトランペット  麗子

2011-10-26 08:45:59 | Weblog
☆鳥野・ようやく訪れた今年の秋。朗々の音色が聞こえてきそう。
☆朱露・一見平凡だが、中々作れない句。
☆値遇
☆亜子・青空にはトランペットが似合う。連れ合いが入院していた時、
    青空にトランペットの音が響いていたのを聞いたことが。
☆晴代・映画の一シーンを見ている様。孤独な男にはトランペットが似合う。
☆遅足・秋の空を敢えて「乾いた」と表現したことで、
    一句が成り立ったと感じました。

作者・とって下さった方ありがとうございました。湿気のないさわやかな青空。
   ブラスバンドの練習か、時折管楽器の音色が聞こえてきます。
   視覚ではなく空気感と聴覚を心がけました。



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