575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

荻原俳句教室より③   遅足

2008年04月30日 | Weblog

先日、レンゲの花を見かけました。
以前は畑一杯のレンゲ草でしたが、
最近はさみしくなりました。

さて、俳句教室。
前回の宿題は、「春の夜」と「春の夕焼」でした。


  生きている眼つむれる春の夜

主語が、「私」とも、「生あるもの全て」、とも両方に解釈が出来る。
生きとし生けるものが主語だと、面白いけれど、
この表現では曖昧な部分が残る。
この句は主語を私とした方がすっきりする。
その場合は、

  生きている眼をつむる春の夜

と散文的な表現にした方が良い。
当たり前なことを過剰な表現によって際立たせるのはテクニックの一つ。
生きている眼と、いう言い方は成功している。


    

  まわれ右して正面の春夕焼(はるゆやけ)

振り返ってみたら春の夕焼けだった、というだけのことを言っている。
この当たり前の言い方が季語を際立たせて、一句として成立している。
まわれ右して正面の、が、これまで、あることに
背を向けてきたことを止め、正面きって向かい合うという、
一つの人のあり方を連想させる点も上手く行っている。

今回は及第点をいただきました。
次回は5月7日、宿題は「五月」と「葉桜」です。

    


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藤の回廊が盛りに   鳥野

2008年04月29日 | Weblog
「藤波の花は盛りになりにけり平城の京(ならのみやこ)をおもほすや君」

万葉集に詠われていますが、わが名城外縁の<藤の回廊>も見ごろを迎えました。
大津通り沿いから左折してお濠端まで、歩くと疲れ果てるほどの長さで、棚は続いています。

種類が多く、色も花房の長さも花期もさまざま、香りもそれぞれで、楽しみは尽きません。

平安時代、権勢を欲しいままにした藤原氏のゆかりから、藤にちなむ紫は色の中の色とされ、冠位十二階おいても紫は最高位でした。

折から源氏物語千年。紫式部、藤壺、若紫などを想いながら、回廊を歩くのも一興かも。

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能ある鷹              愚足

2008年04月28日 | Weblog
 私が参加している「昭和区九条の会」というので「平和美術展」を開いた。今年で二回目、五日間で900人以上の人に観てもらうことができた。
 出展者は3才の保育園児から九十歳を越えた人まで幅広いが、主流は何と言っても前期・後期の高齢者である。
 絵画は小品が多かったが隣のギャラリーで開かれていた良く知られた公募展の大作より密度が濃く想いが詰まっているように思えた。
 作品の種類も多様でカラフルな草履から紙工芸、日本刺繍の力作、伝統のデザイン凧など思わず作り方を聞きたくなる物も多い。
 中でも90歳の方の能面・獅子口はその眼光に射られると身が竦むほどの迫力があり、65才から始められたとは信じがたい力作であった。

 観覧者も高齢者が多く同年代の人の力作に感嘆して帰られたようであった。
 絵画・書・写真・工芸などどの分野でもそれぞれの能力を遺憾なく発揮され才能があふれ出るものばかりであった。
 主催者側の一人として、会場で交わされ、会場を包む高齢者の方々の生き生きした会話や熱気を体感して、達成感と供に、こうした機会を広げることの大切さを痛感した次第である。

  春日永 能ある鷹が集まりて
  長生きの秘訣 能ある鷹に聞き

 
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樹の生命力          愚足

2008年04月27日 | Weblog
 狭い庭に不似合いなほど大木化し、冬の陽を遮り洗濯物の乾きを遅くしていた金木犀の伐採許可が妻から下りたのが2月の下旬。
 脚立にしがみ付きながら酷いほど枝を切り落とした。それまでこんもりと丸く無数の葉に囲まれ小鳥の巨大マンションになっていたのが、焼け跡の立ち枯れの樹となった。その余りの哀れな姿に近所の人も理由を問いかけてくる始末。みなさん再びの芽生えを心配してくださる。

 ところがである。この所の暖かさと慈雨のおかげで裸の幹のあちこちに赤みを帯びた新芽が芽吹き始め、日に日に無数に大きく育っているではないか。
 この樹を見上げるたびに罪悪感を抱いてきた妻と共犯者の私は、思わず安堵の胸を撫で下ろしているこの頃である。

    無慈悲なる伐採に血の新芽かな

 
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サドンデスクロガネモチの春落葉 朱露

2008年04月26日 | Weblog

    猫額の庭に屹立する五十年の黒金黐。
    春バラバラと青葉を降らすのは何故。
    昔バラバラと死んだ夥しい私の兄達。
    青落葉という矛盾を掻き寄せる日々。
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小鬼田平子           草女

2008年04月25日 | Weblog
 4月中旬、明治村入鹿池近くの善師野を仲間と歩いていた。観察会がよく行われる自然豊かな場所。
 昔ながらの農村風景と近代的な一戸建てがならぶ団地が混在していた。
 私たちは農村風景から山地に向かって観察を始めた。そこにはウルシの群落やノジスミレの群落がある中にコオニタビラコも何株かあった。
 キク科オニタビラコ属の二年草。この草ほど人間に玩ばれたものはないだろう。
 まず名前で、春の七草のホトケノザというのは本来この草のことでタビラコとも呼ばれていた。しかし現在のシソ科のホトケノザが幅を利かせ始めてくるとホトケノザという名前を譲らされた。しかしタビラコという名の植物がもう一つあったので(アカネ科のキウリグサ)またまた改名し花だけ似ているオニタビラコという草の名に因んで小オニタビラコになった。
 次は生活環境で、本来名前の通り水田が好みの場所。田にたくさんの根生葉を広げる様子から田平子と呼ばれていたいたのだ。ところが稲作のテンポが早くなり
種子になる前に田を耕し田植えをするようになり、かろうじて田の畔に生活の場を残していたのだが、圃場の整理で畔が急速に減らされ、やっと生活の場を得たコオニタビラコも見かけることが無くなったのである。
 葉茎も花茎も根元から四方八方に生え、真ん中にポッカリ茎ばかりの空間のあるこの草。小さな仏様が座るのにピッタリの草。やはりこの草そホトケノザの名が相応しい。
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言葉の揺れ  麗

2008年04月24日 | Weblog
ら抜き言葉が若者の間ではごく普通に話されています。
テレビ番組のインタビューなどのテロップでは「ら」を入れて訂正されていますが
いつまで続くでしょうか?

大学の食堂でも「食堂は11時から食べれます」との張り紙。
「ら」を入れて「食堂は11時から食べられます」と言い換えてもなんだか変。
食堂は食べられるものか??
「食堂は11時からご利用になれます」だったらいいのかな?
日本語は確実に動いてますが今朝のラジオニュースではなんと
「怒れて(おこれて)やってしまった」と言っていました。これにはちょっと笑ってしまいました。
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日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか。   遅足

2008年04月23日 | Weblog
日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか。
        (内山節  講談社現代新書)

子供の頃、母からキツネにだまされた話を聞いたことがある。
でも最近はトンとそんな話は聞かない。
この当たり前に思っていたことを採り上げた興味深い本でした。

    

著者によれば、1965年を境に、
日本人がキツネに騙される話が消えていったという。
その裏には、高度経済成長という日本の地殻変動があった。
学校教育やテレビの普及。非合理的な考えを排除する科学信仰など。

では、それまでは、なぜ騙されていたのか?
自然につつまれ、共同体につつまれた自分を感じていた日本人。
自分をみつめようとすれば、自ずから自然や共同体が出てくる。
たとえば生と死。
現在では生と死は個人のもの。
以前は自然と共同体につつまれた生と死であった。
自然との関わり方、生き物との関係が大きく変わったことが
キツネに騙されなくなった背景にあるという。

また変わったのは人間だけでなく、自然も変わったとも。
里山という人間を包み込んでいた自然のあり方が崩壊、
自然の一部であるキツネも騙す力を失ったのである。

   

我々が失ったものはなにだったのか?と、著者は問う。
物質の豊かさは手に入れたのに、こころは豊かになっていない。
むしろ貧しくなっている。

ここから著者の歴史観、
人々は、3つの歴史のなかで生きてきたという考えを展開。

知性によって捉えられた歴史。
身体によって受け継がれた歴史。
生命によって引き継がれた歴史。

私とは、この3つの歴史のなかに生きてきた個体のこと。

知性の歴史は時に過ちを犯す(人間の考えることは間違いもある)
これは人間には私があるから。
私があるから、私の欲も、私の目的も生れる。
それに囚われることから判断を誤る。
それ以前の日本人は、このバランスの崩れをケガレと認識、
清潔な自然に帰るという行動をとっていたと。

しかし私を持つことは避けられない。
この3つのバランスが1965年以降、大きく崩れ、
私が肥大化してきた。

   

1965年以降、日本人が身体と生命を疎かにしているという
指摘はとくに興味深かったです。






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リラ冷えのころ   鳥野

2008年04月22日 | Weblog
札幌の気温が24度を越えて、市民も急な暑さに戸惑っている様子です。
そんなニュースを聞きながら、<リラ冷え>という甘やかな言葉を想い起こしていました。

リラ、英名でライラックは、札幌の市の木。初夏のころ小花が集まって、房状に咲きます。
香りがよく、花色は紫、白、紅などいろいろ、なかでも薄紅紫が多いようです。

気温が急に上がり、北海道もようやく暑くなろうとしている矢先の、寒さに逆戻りした日々。それを<リラ冷え>というのだそうです。

俳人の榛谷(はんがい)美枝子さんが初めて用い、その後、作家の渡辺淳一氏が「リラ冷えの街」を発表して広まったと聞きました。

   ・ リラ冷えや睡眠剤はまだ効きて 榛谷美枝子

   ・ リラ冷えの香に快晴の朝あり 日夏緑影

   ・ リラ冷えや旅の鏡に灯を点す 西田純子

札幌発旭川行きのL特急”ライラック”・・乗り継げばオホーツクへ出る列車。しきりに誘われます。
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書を捨てて、五月の海へ       愚足

2008年04月21日 | Weblog
★「こころは超臨界」というブログに「吟行」についての一文があった。
 私も次回「575の会」の蒲郡初吟行で非日常の気を吸い感興を高め名句を目指したい?
**********************************************************************

私は旅に出かけた先でいろんな感興を得ようとする。部屋に閉じこもっていては感興は生まれない。また一方では、何かを注視することは出かけることと同じ効果があり、見つめることは考えることだ。

つまり吟行とは、出かけていき、見つめて、感興を高め、考えて句をつくる行為ということになり、芸術家と凡人の差は、どうやら感興感受性の差にあるようだ。

坪内捻典氏が、本年度の迢空賞を受賞した小池光の歌集『時のめぐりに』(歌人があちこちに出かけてゆく歌集)で次のように書いている。

 山が吐く大いなる気をば吸はむとて
 五月のやまにわれは入りゆく

これは小池氏が、山に出かけた歌。「山」が二度目には平仮名の「やま」になっている点に注目すべきだが、それはともかく、歌人は出かけた先でいろんな「気」を吸う。この「気」とは、面白いと思う何か。別の言葉で言えば、「感興」である。

『時のめぐりに』の後記には、「部屋に閉じこもっていては感興は生まれない」とある。歌人は休日に行き当たりばったりに用のない町などを歩き、「感興」を得ようとした。感興は何かに感激するいわゆる「感動」ではなく、微妙に心が動いたり揺れたりすることだ。この感興、自ら動かないと生じないのである。と

 感動ほど激しくなくとも、違った気を吸いまわりを見つめることによってきっと感興し、いつもと違ったより深い句が生まれるに違いない。
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荻原教室便り    遅足

2008年04月20日 | Weblog
荻原教室、先回の宿題は「四月」と「朧」
私の句と先生の診断を紹介します。


「四月」

 寡黙なる四月の雪の腐臭かな

四月の雪、といえば名古屋のような平野では珍しいもの。
四月の雪は寡黙というのは、二月の雪はおしゃべり、
というのに対して有り得るので問題はない。
問題は雪の腐臭。
抽象的な表現、それ自体は悪くない。
暖かくなって雪の賞味期限が切れてきたのかな?と
読めなくはないが、謎が残る。

四月の雪は寡黙ということで、読者は小さな謎をかけられる。
さらに雪に腐臭があるいう大きな謎が重なると、
読者は、なにが句の焦点なのか、分からなくなってしまう。

四月の雪が寡黙で、充分一句が成り立つ。
高山では、春になって、雪がぐしゃぐしゃになることを
雪が腐る、というのなら、それで一句つくるのが良い。

そこで、2句に分けてみました。

 寡黙なる四月の雪を待ってをり

 奥飛騨の里雪腐り始めたり

    

「朧」

 また一人朧童子となりにけり

朧童子という造語が句の鍵。
本当の子どものことと読むと、また一人、がよく分からない。
どういう景なのか、納得しにくい。
作者が、句を頭でつくって、具体的な裏づけを持っていないと、
読者も「読めた」という実感が持てない。

また一人、が謎。朧童子が2つ目の謎。
この句も読者に2つ謎をかけている。

そこで謎をひとつ消しました。

  ドアを開け朧童子となりにけり

推敲の結果はまだ不十分ですが、
おかげさまで、前よりスッキリとなったと思います。
先生ありがとうございます。



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青嵐セブンイレブン東海道   朱露

2008年04月19日 | Weblog

  東海道二川宿西の山裾を吉田宿へ。
  国1に化けた下らぬ東海道に別れ、
  鎌倉街道に分け入り我が家へ着く。
  そこにセブンイレブンがある妙味。


    写真は蓼科高原に現れた鹿。
    人のいない春の別荘地です。
    
             撮影  遅足

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鶯神楽            草女

2008年04月18日 | Weblog
 ウグイスカズラではなくてウグイスカグラである。スイカズラ科スイカズラ属の落葉低木で、日本固有の植物。見た目はほとんど変わらないが、花や花柄等に毛が散在するとヤマウグイスカグラ、もっと毛が多くなるとミヤマウグイスカクラとなる。
 私がよく行く海上の森に生えているのはヤマウグイスカグラ。
 4から5月に1から1.5cmの細い漏斗状で先端が5裂する花を下向きにつける。細い枝が沢山伸びていてカメラでピントを合わせるのには苦労させられる。
 しかし、このピンクの花が咲くと春が来たという気がして幸せになる。
 そして6月頃に1.5cmくらいの透きとおった楕円形の美しい赤い実をつける。同じ仲間のヒョウタンボクの実は有毒であるが、この実には毒はなく上品な甘味があって美味しい。鳥にとっても美味しいのであろう食べては撒き散らすので海上の森にはウグイスカグラが増えている。
 北海道土産にハスカップと言う菓子があるがこれはアイヌ語でクロミノウグイスカグラのことで、この実が使ってあり粉白色を帯びた黒紫で甘味があるという。

 ウグイスカグラという名前の由来には諸説あり、ウグイスが初めて鳴くころに花が咲くというものや、ウグイスカクレが転訛しというもの、ウグイスの「狩座」が訛った言うもの等。
 そして、別名をウグイスの木ともいい公園等にも植えられており、小さくて可愛い花と美しい宝石のような実をつける木なので、気をつけてご覧あれ。
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風船句会の結果です。    遅足

2008年04月17日 | Weblog
題詠「風船」

①濡れ縁に毒消し売りと紙風船(朱露)亜・立・鳥
②小さな手ゆれて風船放れけり(狗)遅
③風船やまた下の名で呼べるなら(童子)遅・狗・麗・静・亜・郁
④思索する風船ひとり青き空(郁子)朱・麗
⑤嬉々として風船回す車椅子(立雄)
⑥風船を買わなくなる日青が散る(麗子)童・晴・郁
⑦風船を引き止めてゐる梢かな(亜子)朱・狗・晴・静・郁・立
⑧ゴム風船ねじる数ごとひろがる輪(晴代)愚
⑨あくる朝大事な風船しぼみけり(能登)
⑩ワンパンチ幼子空振り紙風船(愚足)朱
⑪抽出しに折り目正しき紙風船(静荷)童・鳥・遅・狗・亜・愚・立
⑫風船をひとつ自由にして帰る(遅足)童・鳥・晴・麗・静・愚

    
自由題

①鳥曇抜き菜両手にあまるほど(晴代)遅・静・郁・愚
②掘割りの鯉のうのうと花の下(立雄)童・鳥・亜
③その不幸買いますという花の闇(静荷)童・朱・遅・狗・麗
④一本のチューリップ咲く空き屋かな(麗子)鳥・立
⑤使者として桜の中を帰りけり(遅足)狗・麗・亜・郁・愚
⑥描きかけの絵に入り日さし桜降る(郁子)晴・立
⑦ホームレス雀卓囲み花吹雪(能登)朱・静・郁・立
⑧蹲の龍居眠りて花筏(愚足)遅・狗・静
⑨春嵐つり鐘少し揺れてをり(狗)童・鳥・晴・亜
⑩身のうちに湧き立つものや花吹雪(亜子)朱・晴・麗・愚
⑪ダンロップシューズ暁天の朧月(朱露)

    

今回の句会では、麗子さんのおっしゃるとおり風船十色。
さまざまな風船が詠まれました。

懐かしい紙風船。
富山の薬屋さんが濡れ縁で家の人と世間話。
大切な情報源でもあった薬屋さん、そのお土産の紙風船。
子供にとっても眩しい町のシンボルだったのでしょう。

その懐かしい紙風船を買って孫と遊ぶ姿も。

夜店で買った大切な風船。
ふっと気を許すと、手を離れて、空へ。
大切に持ち帰った風船が、翌朝には、しぼんで部屋の隅っこに。

自由で破裂しやすい風船は、美しいはかなさから、青春の象徴にも。
風船に己のこころを託しもします。

そして風船を買わなくなる日がやってきます・・・

現代の風船も詠まれています。
風船のいのちの儚さをもてあそぶところに
大道芸人の芸が成り立っています。
風船が捻られていくたびに、見物の子供たちは半身を引いていきます。
お年寄りのリハビリのなかにも風船は姿を見せました。
手から手へ渡る風船は、人と人の心をつないでいくようです。

最高点は静荷さん。

 抽出しに折り目正しき紙風船

紙風船がひとつの時代を表現しているようでした。

   (写真は金沢美術館の作品のなかから見た空です。)



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風船十色   麗

2008年04月17日 | Weblog
昨夜は題して風船句会。

ふわふわといろんな風船が飛び交い楽しい一時でした。
なくても生活には困らない風船ですが
それぞれに思い入れや思い出がありなんだか映画「三丁目の夕日」の
ようでした。

トップ賞の静荷さんの

    抽出しに折り目正しき紙風船

曲線の風船を折り目正しく折った人は誰?
亡き人の遺品にも思い出にも思える秀句でした。

    その不幸買いますという花の闇

これまた静荷さんの自由句。そのシュールさに惹かれましたが
桜の闇とは!
まだまだ変化が続く575の会。来月の吟行も楽しみになってきました。
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