575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

空白の時をするりと蛇の行く   郁子

2016-05-31 09:31:20 | Weblog

難解句ですが、空白の時と、するりがうまい、と麗子さん。
蛇は時空の隙間に現れるようです、と能登さん。
蛇はどんな細いところへでも行きそうだが、
”空白の時”まで行ってくれるとは・・・、
インディジョーンズの話か、と等さん。

蛇を見たとたん、驚いて心がどこかへ・・・
小さな空白の時間が出現しました。
その間に蛇は姿を消してしまいました、と作者。

とても新鮮。さまざまな読みも可能な句です。遅足



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出逢うたび目をそらしそっと去る蛇   能登

2016-05-30 15:34:53 | Weblog
蛇と人が出逢った時、蛇の方が目をそらして姿を消してゆく。
蛇は心やさしき生きもの、と作者は考えています。

  とぐろ巻く青大将の眼のやさし   静荷

この句についても、姿形が嫌われてかわいそうな奴です、
との感想。

夫婦で山歩きをしている時も、大抵、私が第一発見者です。
出るかも?と思っているからでしょうか・・・
幽霊の正体みたり、で長いものなら何でも蛇に見えてきます。
たしかに、蛇の方から避けている気配はありますね。

                       遅足
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あじさいの色にあそべる三室戸寺   遅足

2016-05-29 12:26:35 | Weblog
京都・宇治の三室戸寺。
ひろい庭園には、一万本の紫陽花。
まだ咲き始めたばかりでした。
雨上がりの庭は緑が一段とあざやかに。
様々なあじさいの花を見て回りました。

境内にあった芭蕉さんの句碑。

  山吹や宇治の焙炉(ほいろ)のにほふ時

焙炉とは製茶用の乾燥炉。
木の枠に厚手の和紙を張ったもの。
蒸した茶の葉を炭火で乾燥させながら揉む道具。
春の季語だそうです。

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とぐろ巻く蛇酒眠る冷暗所   すみ

2016-05-27 09:29:35 | Weblog
怖いですよね。冷暗所にあると、なおさら、と麗子さん。

作者のご主人が蛇酒をもらってきました。
とても飲めないと、他の方に回しました。
そこの冷蔵庫にしばらくはあったそうです。
その姿を詠んだ句。
蛇酒のその後はご存じないとのこと。

その昔、名古屋・金山の近くに蛇屋さんがありました。
店先には、ガラス瓶に入った蛇が。多分マムシ酒でしょうね。
精がつくと言われますが、飲みたいとは思いませんでした。

ここを訪れたことがあるのが亜子さん。
血や酒を飲み、ピクピクと動く心臓を食べたそうです。
これはラジオの取材。
マイクを持つと人格が変わるのでしょうか?

         

サミットは2日目に。
三重県知事さんが「一日目を何事もなく終えて安堵」と、
言っていたのが印象的でした。
これから、ちょっと京都に行ってきます。
                    遅足


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初夏や嬰児重くなりにけり     麗

2016-05-26 08:58:53 | Weblog
以前、「金木犀の道赤ちゃんに会いに行く」という俳句を作りました。その続きの俳句です。

夏めいたある日、一歳になった赤ちゃんを抱っこさせてもらいました。友人のお孫さんです。
女の子ですが半年ぶりに抱っこしたら、ずしりと重くなっていてその健やかな成長が嬉しくて作った句です。
初夏という季語に合うかな?と思いました。

投句後、「嬰児はなんと読むのですか?」
と遅足さんから尋ねられました。私は赤ちゃんという意味で「みどりご」を使いたかったので、辞書で調べたら嬰児とあったのでそのまま使ってしまいました。「緑児」や「みどりご」の方が夏らしかったかも知れません。

嬰児は三歳ぐらいまでの子供、赤児、幼児と辞書にはあります。
その昔、大宝令では三歳以下の子供を「緑」と称すると規定されており、奈良時代の戸籍には男児を緑児と記しているそうです。
女の赤ちゃんはなんと記されていたのでしょうか?

半袖姿になっているみどりごは本当に愛らしいです。エネルギーいっぱいの赤ちゃん、また抱っこしたいな~。
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「姿先情後」とは??  (等)

2016-05-25 14:35:55 | Weblog
括弧のなかは「しせんじょうご」と読みます。先日ある勉強会でこのことが話題になりましたので、今日はこれについてお話しします。

私もそうでしたが、俳句を始めた時は先ず「入門書」を読みます。そこには①五七五の定型にあてはめる②季語を入れる③今日いまのことを題材にする・・などと書かれ、ある程度慣れて来たら、生活やもの、風景をあるがままに写生しなさい。と書いてありました。

初めは何も分からず、言われる通り一生懸命詠み続けましたが、やがて”いくら文字で表現しても、絵や写真のように上手く表現することは出来ない”ことを知り、先ず最初に悩むことになります。そこでまた本を開くと、”単に対象をなぞるのではなく、ものの内面・魂を見つけてそれを表現しなさい”とありました。そして次の名句が載っていました。
 桃青し赤きところのすこしあり(高野素十)
 白牡丹といふといへども紅ほのか(高浜虚子)

そう言われても我々初心者にそんな魂を見つけることは出来ません。そしてまた”俳句は世界一短い文芸”と言われ、水原秋桜子は”俳句は自己の感情を詠嘆する詩である”とも言っています。一体もののの姿を大切にするのか、感情を大切にするのかどっちなの??とまた悩みます。

そこで問題になるのが冒頭の”姿先情後”(”景先情後”とも言います)です。私が読んだ本によりますと”俳句は先ず句の姿を整え、自分の考えや意見はその後に・・”と書いてあったように思います。
ところが問題はそう簡単ではなく、芭蕉の”俳句論”にもさかのぼり、現代でも秋桜子や石田波郷が論争を戦わせています。秋桜子の主張は”外に景色を描いて内に感情を込める”というもので、一方波郷は”独断的な心情の句より、発見のある写生の句が生きている”と主張しています。

理屈ぽいお話になりましたが、結局のところ俳句にとって大切なのは、客観写生が基本で、これに主観がにじみ出てくるような句が一番良いそうですが、これまた難しい・・・。”俳句はともかく難しい”ものです。
 虚子庵は六畳二間秋落暉(等)
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鴨居這う蛇は追うなと母言えり   立雄

2016-05-25 10:34:26 | Weblog
這う、追う、言えり、と一句の中に動詞が3つ。
普通は、失敗することが多いですが、
この句は動詞を連ねることで成功しています。

作者は広島県尾道生まれ。実家は山陽道に面した大きな商家。
家には青大将が棲んでいたそうです。
昔の木造住宅の天井裏からはネズミが駆け回る音がしていました。
このネズミを狙って蛇がやっています。
人間にとっては蛇は有難い存在でした。
母は生活の知恵を幼い我が子に教えていたんですね。

  三輪山の神とし穴を出でし蛇  栗山渓村

大昔の人は蛇を神様と考えていました。
その後も、家の守り神として大切にされてきました。
近年の生活スタイルの変化。
蛇との関係も大きく変わってきているのでしょうね。

           

名古屋のテレビは連日、伊勢志摩サミットの報道が中心。
あまり私たちには関係がない気もしています。
関係があるとしたら、ソフト・ターゲットになることくらい。
人の多い所へはいかないようにしますか。
                      遅足


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蛇(くちなわ)の鱗うごきてみな動く  遅足

2016-05-24 09:18:45 | Weblog
蛇をじっと観察する機会がありました。
止まっていた蛇が動き出す時、最初にお腹の鱗が動きます。
次いで尻尾、頭と全身が動きだしました。
お腹の下にある鱗を伸ばしたり、縮めたりして前進するそうです。

この句の下五の「みな」は全身がという意味で使いましたが、
見ていた皆が動いた、とも読めてしまう、という意見も。
まだ推敲が必要ですね。

           

句会に出席すると毎回発見があります。
今回、痛感したのは句会は生きもの、ということ。
生鮮食料品を品定めするように句を品定めする楽しみ。
自分の句は鮮度が落ちていることも一目で・・・
改めて、句会の怖さを感じました。     遅足


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笛の音や閃光放つ蛇の舌   亜子

2016-05-23 09:50:56 | Weblog
デザイン博の時に見た蛇使いを思い出して詠んだ句。
インドの蛇使いでしょうね。
舌が光のような速さで出てきます。
閃光放つ、と表現しました。

蛇は舌を使って匂いを嗅ぐそうです。
舌を出し入れして、匂いの粒子をキャッチ。
口の中の嗅覚を司る器官に送っているのです。
この器官が二つあるので、舌も二つ。

         

ちょっと違う読み方をしたのが郁子さん。
今の世、誰かが笛を吹いて人々を操っているのでは?
と読みました。

  若衆を踊らす笛に桜散る

この句、日頃、郁子さんが目にしていたもの。
作者は祖父の桐生悠々さん。同じころの作に。

  桜植えて舎利礼文を読む忠魂碑

満州事変のころ、慰霊祭の式典を詠んだ句。
若者の戦死に心を痛めていた悠々さん。
式典の後、禁酒の誓いをやぶって、大失態を見せた、とか・・・
若人たちが、踊らされて戦場へ向かっていく時勢に
耐えがたいものを感じていらしたのでしょうね。

そんな日本にならないように。   遅足

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ふところに蛇をいだきて美少年   静荷

2016-05-22 08:58:50 | Weblog
不気味な蛇をふところにする、美しくも妖しき少年・・・、
劇画の世界です、と等さん。

作者のお舅さんは絵に描いたような校長先生。
生徒たちにも慕われていたそうです。
旧家で、主のような青大将が棲みついていました。
作者がお茶を揉んでいた時、頭の上に落ちてきて、
ビックリさせたことも。
そんな作者が、お舅さんの若かりし頃を想像して詠んだ句です。

私は、江戸川乱歩の小説「少年探偵団」の挿絵に
登場する美少年を想像しました。
                   遅足



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