575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

11月句会の投句が集まりました。   遅足

2018-11-21 09:30:04 | Weblog
木枯しが吹きはじめました。サッポロからは雪のたより。冬本番です。
暖冬と言うことですが、どんな冬になるのでしょう?


題詠「冬はじめ」
①冬はじめヒートテックのまとめ買い
②瀬の音に目覚めし鏡花冬はじめ
③加減よく菜にふる塩や冬はじめ
④走り寄る頬紅き子の冬始め
⑤手帳買う空欄の未来(あす)冬はじめ
⑥耳で振るカセットボンベ冬はじめ
⑦木魚までとどく日差しや冬はじめ
⑧はや点る赤提灯や冬はじめ
⑨夕月のはやくも冴えて冬はじめ
⑩池の鳥くるを待ちをり冬はじめ
⑪冬はじめ子らも鎌手に歩道(みち)の草
⑫奈良坂や原生林の冬はじめ
⑬南座の顔見世興行冬はじめ

自由題
①虎落笛形見の筆の竜の彫
②手入れせぬ黄菊白菊薫る庭
③冬近し補聴器に鳴る風の音
④むず痒し肌粉をふく冬旱
⑤騒がしき重機小春のパーカッション
⑥柿紅葉レシピ教わる垣根ごし
⑦小春日や外泊許可の出たという
⑧路地折れて風も曲がりぬ寒暮かな
⑨眠られぬ枕に三すじ木の葉髪
⑩南天の色づきて婚ちかづけり
⑪からからと落葉に押され山降る
⑫粟津止む八百年を木曽檜
⑬おめかしをハロウイーンかと間違える

どの句に凩が集まるのでしょうか?

コメント

木枯しを父流水を母のこゑ   千代田葛彦

2018-11-20 12:33:01 | Weblog

父も母ももうこの世にはいません。
もし音として存在するのなら・・・・
父は木枯し。母は流れる水の音。

父は風。実体のない存在。きびしい風来坊。
これに対して、母は水。産む女性はやさしい実体。
その違いをあざやかに指摘した句です。

今の父親は木枯しからは遠いイメージでしょうか?
母の方がこわい存在かも・・・

  木枯しを母落水を父のこえ

かな?  遅足

コメント

まぼろしの手が月光に濡れている  遅足

2018-11-19 08:58:56 | Weblog

右手を骨折して2週間ギブスをはめていました。
すっかり手の動きがぎこちなくなり、リハビリに通っています。
週に2日くらいですが、これが痛い!
一度硬くなった筋肉はなかなか元に戻ってくれません。
これまで出来たことも出来ません。

幸い私は手を失わずに済みましたが、運が悪ければ、
右手は動かなくなっていたかも・・・。

事故などで失った手足が痛むことがあるとか。
あるはずのない四肢が存在するように感ずる。
幻影肢(げんえいし)というそうです。

今日もこれからリハビリです。

コメント (1)

山彦も又うちわりぬ大鉞   白梵庵

2018-11-18 08:42:09 | Weblog

時々散歩に行く名古屋市千種区の桃巌寺。
織田信長の父・信秀の菩提寺であり、緑色の大仏さんで知られています。
この境内に句碑があります。
大鉞は「おおまさかり」と読みます。

白梵庵(はくぼんあん)は、榎本馬州(えのもとばしゅう)の俳号。
馬州は、元禄14年生まれ。尾張藩の家老・成瀬家の家臣でした。
ある時、馬州は妻と子を失ってしまいます。
木曽川で遊んでいた子供が、川に転落。助けようとした母ともども
溺れ死んでしまったのです。
この後、馬州は、出家。俳句三昧の生活を送ったと言われます。

昨日、紅葉見物をかねて桃巌寺へ行ってきました。
この碑、以前に紹介したことがあるかも・・・    遅足
コメント

父、竹中 皆ニの短歌から ~ 「 湖北遊草 」③ ~竹中敬一

2018-11-17 08:45:12 | Weblog

父の第四歌集 「 永遠と木草 」( 昭和57年 ) より


 竹生島 遠くおぼろにかすみつつ 蒼深きかな琵琶のみづうみ


 みづうみは鈍く光りて影の如き 竹生の島はいつまでも見ゆ


竹生島 ( ちくぶしま ) は、湖北の沿岸沿いならどこからでも眺められます。

私は今回 、彦根から長浜まで湖岸道路を車で向かいましたが、長浜市の

尾上( おのうえ )という所から見た竹生島が気に入って、そこで写真を

撮ってきました。


「 永遠と木草 」より


 曇 ( どん ) 色にたたふる琵琶の みづうみは そのままくもれる空につらなる


 荒海のなぎさと矢張り異りて 琵琶のみづうみのなぎささざなみ


 琵琶のうみ空と水とのけじめなく 曇り光れり塩津過ぎれば


塩津は湖北の長浜市西浅井町 ( にしあざいちょう ) にある古くからの港町。

江戸時代まで琵琶湖水運の要所として栄えました。日本海で獲れた海産物

や物資は 敦賀で水揚げされ、深坂峠 ( 370 m ) を越えて塩津港に運ばれ

ました。ここで再び船積みして湖上を大津へ。

最後に陸路で京、大阪まで運んだそうです。

( インターネット「 塩津港 ~ 以内恵子 ~ 」を参考 )

若狭からの場合は小浜から若狭街道を通って今津へ運び、後は敦賀ルート

と同じコースを辿りました。

かっては、物資の中継地として栄えた塩津も今はその面影もなく、ひっそり

と静まりかえっていました。


   滋賀県長浜市尾上 ( おのうえ ) から見た竹生島 筆者 撮影

              

尾上の近くには野鳥観察館があって時々行きます。

そろそろ白鳥など渡り鳥の季節ですね。

竹生島がなかったらサミシイ景色でしょうね。遅足
コメント (1)

三年寝太郎の智恵    遅足

2018-11-16 08:52:03 | Weblog

先日、金石拓男さんの絵本展を、名古屋・栄のギャラリー
ごっと洞で見てきました。

金石さんは知人の息子さんで、1966年生まれ、中国に留学。
上海ビエンナーレに日本人としてただ一人入選。
中国を題材にした独特のスタイルの作品が印象的です。

絵本は、寝てばかりで働かない「三年寝太郎」のお話。
私の知っているのは、旱魃に悩む村人を救うお話ですが・・・
このお話は違います、どんな智恵を発揮しているのでしょう?

           

ある年の暮れ、餅つきに忙しい長者どんの家に、
寝太郎は、赤い紅を塗りたくった猫を送り込みました。
長者どんは、真っ赤になった餅など縁起が悪いと捨ててしまいます。
これを集めた寝太郎、しばらくは餅でお腹が一杯に。
さて、餅を食べてしまった寝太郎は・・・

夜、提灯を持って村人の崇拝するお地蔵様の杉の木にのぼります。
そして、こう言いふらしました。
「寝太郎は地蔵の生まれ変わりだ。
いまは食うに困っておられる。
酒、餅などを届よ」と。
作戦は見事に成功、寝太郎は何もせず安気に暮らしました。

            

村人は寝太郎の悪知恵に騙されたようなお話ですね。
これは昔の人が「智恵」をいい知恵、悪い智恵と別々のものとは
考えていなかったからでしょうか?
いつの間には悪知恵のお話は淘汰されていったのかも・・・

  さざんかや三年先のこと思う  遅足



コメント

ボヘミアン・ラプソディー   麗

2018-11-15 09:24:04 | Weblog
イギリスのロックバンド、クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの伝記映画「ボヘミアン・ラプソディー」を見て来ました。

フレディがエイズによる肺炎で亡くなったのは1991年のこと。
その頃はそんなにファンでもなかったのですが、その後「ボヘミアン・ラプソディー」という曲を知り、ロックとは思えないオペラ色のある斬新な6分にも渡る大曲を聴いてその才能に惹かれていました。

そして、今回の映画ではラスト20分が、伝説のライブを再現しているのですが、もう圧巻の一言でした。スターならではの孤独、葛藤、不安、絶望、祈り、そして愛が見事な音楽とともに味わえます。
45歳で亡くなったフレディが生きていたら今年72歳です。今の医療なら救えたかも知れませんが、その早すぎる死がますます彼を魅力的な伝説のスーパースターとして今も私の心を揺さぶります。

フレディだけでなく、他のメンバーもそっくりでまるでそこにクイーンがいるようでした。
「ラプソディ」は、狂詩曲と訳されますが、まさにボヘミアン、自由人のちょっと桁外れの感覚をぜひ、映画館でお楽しみください。

映画館から戻ってずっと「ボヘミアン・ラプソディーを聴いています。もちろん今も。

        小春空ボヘミアンらも眺めるか  麗
コメント (1)

11月句会がちかづきました。  遅足

2018-11-14 08:44:24 | Weblog
今回の題詠は「冬はじめ」です。
11月の7日が立冬でした。
冬とはいえ、まだ寒さはそれほどでもありません。
穏やかに晴れた日が続きます。
しかし風はひんやりとして、朝晩は結構冷えます。
やはり冬なんだと気持ちが引き締まります。
そんな今頃を表す季語です。

具体的なものではなく感覚的な季語です。
その気分を詠むか?
あるいは視覚的なものを取り入れて詠むか?

どんな句が詠まれるのでしょうか?
楽しみです。

  冬はじめ男のシャツを買ひ足して 斉藤淳子

  冬はじめ捨つべきものを捨て始む 三浦美知子
  
  身のうちにひとつの火種冬はじめ 丸山哲郎
コメント

さざんかやひとひら遠き訃のごとく  遅足

2018-11-13 09:13:43 | Weblog

サザンカの花は、何時の間にか咲いています。
最初の一輪二輪は全く気付きません。
散った花びらによって開花を知っています。

今年も庭のサザンカが散りはじめました・・・
昨日の朝、遠き訃の知らせがひとつ届きました。


コメント

動詞の数を減らす  遅足

2018-11-12 08:54:20 | Weblog
 
江戸時代の俳人・高井几董は、自分の句

  藤散るや猶さかのぼる淵の魚

を推敲して

  白藤や猶さかのぼる淵の鮎

と直したそうです。

淵の魚→淵の鮎に。たしかに鮎のほうが具体的でイメージもはっきりして良いですね。
もう一つが、藤散る→白藤、に。こちらは動詞を減らして名詞に。
散文から一歩抜け出した感じがしませんか?

子供のころ、毎日、日記を書く様にいわれて苦労しました。
そして、①起きて②顔を洗って③ご飯を食べました。
と、順々に起きたことを書いていたのを思い出しました。
つまり「叙述」していました。

この叙述に忠実であろうとすればするほど動詞が多くなります。
逆にいえば動詞を減らせば散文ではなくなるとも・・。

俳句も短歌も定型詩。つまり、藤散る、と叙述しなくても、
白藤と名詞によって提示するだけで十分なのです。

と、これは、歌人の高野公彦さんが「動詞の数を考える」のなかで
書いていることです。
参考になったらと思って引用してみました。





コメント