575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

秋の声   麗

2017年08月31日 | Weblog
今日で8月も終わりです。日中の残暑は厳しいですが、あちらこちらから秋の声が聞こえ始めました。
今朝の空は高く、薄い秋の雲がでていました。夕飯には初サンマがお目見えし、夜、トイレの窓から虫の声が聞こえてくるようになりました。

来月のお題は「秋の声」です。
調べてみましたら、なんと2012年の8月の句会で「秋の声」をやっていました。
すっかり忘れていましたね!

トップ賞は今は亡き、朱露さんの

  缶ビールゆっくりあける秋の声

でした。夏には急いで開ける缶ビール。秋には急ぐこともなく余裕をもってゆっくりと開ける缶ビール。
毎日、晩酌をされていた朱露さんならではの目のつけどころ。いや耳のつけどころでしょうか?



  調律の音の一つに秋の声  遅足

  片方だけ浜にゴム草履秋の声  郁子

  村暮れて一本道の秋の声  亜子

どの句もしみじみといい句ばかりです。

もうこれ以上の句はできない気がしますね(笑)
私はと言えば

  ロンドンの聖火は消えて秋の声  麗子

という句を作っていました。ロンドン五輪の終わった淋しさを詠んでいました。

ところで、最近、昔のブログを読み返しています。特に朱露さんが身辺雑記のように毎日のように投稿されていたのを懐かしく読んでいます。まもなく朱露さんが亡くなられて2年です。合掌。

亡き人の声が聞こえるようなブログ。小林麻央さんのブログも亡くなってからもずっと読み続けられているそうです。
閉鎖しなければいつまでもネットの世界を漂うあまたのブログ。
虚空をさまようかのようにどこかに存在する今は亡き人の思い。
デジタルの箱の中にこんな不思議な世界がいつの間にか生まれているのですね。


           デジタルの箱の中から秋の声  麗子

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縄文の風に吹かれて蓮めぐり  麗子

2017年08月30日 | Weblog
季語は蓮。「はちす」とも読みます。夏の季語です。
「蓮見」という傍題もあります。

この句は、花を見ようと、あちこちの蓮池を訪れた様子を詠んでいます。
どんな状況かと言えば「縄文の風に吹かれて」。
きっと縄文に縁のある場所、縄文遺跡に近い蓮池ではないでしょうか。

いま一つの読み方は、蓮そのものから縄文の風が、というもの。
戦後まもなく千葉県の縄文遺跡から発見された2000年前のハスの実。
その実は発芽し、見事に古代の花を咲かせました。
発見した人の名前をとって「大賀ハス」と呼ばれています。
この大賀ハス、今では日本各地で見られます。

この句は、八ヶ岳山麓の井戸尻遺跡公園でつくったそうです。

写真は大賀ハスです。(遅足)



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産まぬ性であることの虚しさ。   遅足

2017年08月29日 | Weblog
先日、奥さんと一緒に富山へ行ってきました。
目的は、観光にあらず、未来短歌会のシンポジューム。
今年のテーマは「家族詠の現在」
短歌の世界で家族がどのように詠まれているのか?
介護・男子による子育て・家族と暴力など・・・
佐伯裕子さんら4人の歌人が活発な討論を。

私が一番びっくりしたのは次の歌です。

  吾児の歯を真先に知る乳首羨し南瓜(バターナッツ)を裏漉ししつつ

奥さんが子供の歯が生えるようよ、と作者に告げました。
女性のような乳房のないことを残念に感じたという歌。
産まない性であることをマイナス・イメージでとらえる感覚。
思わず「うーん」と考え込んでしまいました。
作者は黒瀬珂瀾さん。(現在NHK短歌の選者)
黒瀬さんの歌を紹介した高島裕さんの歌。

  一滴の乳を生(な)さざる男の身寂しきままに梅も過ぎたり

同じ虚しさを詠っています。
みなさんはどのように思われます?

        

富山は城下町。路面電車の走る街。
美味しい食べ物にめぐりあう街。
もう一日滞在したいと思わせる街でした。
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鶉衣を読む   結宇

2017年08月28日 | Weblog
横井也有の”鶉衣“を拾い読みしてます。
江戸時代後期の尾張の俳人ですが、相当な人気だったようです。
本の中に、也有が、名古屋にあった本屋・風月堂を訪問し、
芭蕉の「雪見」の句の色紙を見たことが出ていました。
芭蕉は也有より百年ほど前の時代の人ですが、彼が名古屋で詠んだ句です。

  いざ出でむ雪見にころぶ所まで

私もこの色紙はどっかで見た記憶があり、その時、
大切に保存されてるのだなあ、と思いました。

也有に関心を持ったのは、ひとつには彼の末裔が、
私の前津中学の国語の教師だったこともあります。
鶉衣のなかで私の気にいった句は

  夢をのせて飛ぶ翅あり夜着の袖

夜着を取り上げた文末にあるものです。
今とは異なり着物の袖のようなものついた布団です。
袖を翅と見立てた機知の句でしょうか。 
也有は、尾張藩の武士で名古屋にはゆかりの地が多く、
愛知県図書館のあたりに屋敷があったそうです。



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馬鈴薯句会の結果です。  遅足

2017年08月27日 | Weblog
8月句会の結果です。
題詠の馬鈴薯は身近すぎたのか、発想に飛躍のある句がありませんでした。
結果的に似たような句が集り、難しさを噛みしめました。

題詠「馬鈴薯」
①菜園の馬鈴薯掘れば数珠のごと(立雄)狗子・晴代
②じゃがいもに落しバターの小昼かな(晴代)能登・佐保子・すみ・遅足・結宇・亜子
③馬鈴薯にも顔あり土の意気地あり(郁子)すみ・亜子
④じゃがいもの小さきも捨てず我が家産(佐保子)等・狗子・晴代・郁子
⑤玉のごと馬鈴薯買ひて煮転がし(等)
⑥馬鈴薯や畝に忘らる北大地(結宇)佐保子・すみ・麗子・郁子
⑦馬鈴薯の小さきありて遠山郷(能登)結宇
⑧じゃがいもの一荷を解けば土匂ふ(亜子)佐保子・等・遅足・狗子・晴代・麗子
⑨スキヤキにジャガイモ入れて悼む御巣鷹(智恵)
⑩馬鈴薯は北の大地の香を運び(麗子)等
⑪ジャガイモにはしの立たない母の朝(すみ)能登・遅足・結宇・麗子・郁子
⑫じゃがいもを食む亡き人と話す日は(遅足)能登・亜子

自由題
①縄文の風に吹かれて蓮めぐり(麗子)佐保子・等・遅足・結宇・亜子・晴代
②憲法という希望あり敗戦日(亜子)郁子
③盆提灯掲げて(かかげて)休め鵜飼舟(結宇)狗子
④北米のチキンレースか夏空に鐘(智恵)
⑤黙祷のうなりたる鐘芙蓉咲く(能登)麗子
⑥緑陰に猫の親子はパンダの真似(等)すみ・郁子
⑦百合ひらく月のちからを得て開く(遅足)佐保子・すみ・等・亜子・麗子
⑧こはしとて花火手離す男の子(佐保子)能登・遅足・狗子
⑨人の輪を外れて浴衣の少女かな(立雄)すみ・遅足・結宇・晴代
⑩蜩や地蔵の頬に夕の風(郁子)能登
⑪ひとつずつやる気の失せる炎暑かな(晴代)能登・狗子・結宇・亜子・麗子・郁子
⑫処暑の風迎え安堵の風呂上がり(すみ)佐保子・等・晴代

次回は9月20日(水)午後1時半 芸文センター12階D
題詠は「秋の声」です。
馬鈴薯とはまったく逆で、これはこれで難題となるか?
実力が試されることに・・・






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父、竹中皆二の短歌から 〜赤い花、アイノカゼ〜竹中敬一

2017年08月25日 | Weblog

 わが父が我に残せし 明治版牧野図鑑を至宝とぞする

 にしきまんさく牧野図鑑に示したり 捻(ひね)れて小さく華麗なる花

父はいつも書斎の机の脇に大言海と牧野図鑑をおいて、日がな一日、覗いていました。
「日本植物図鑑」(牧野富太郎著・北隆館)。私も父から貰い受けて今も持っていますが、
初版は大正14年とあり、明治版というのは父の思い違いかもしれません。

どの歌集にもよく出てくる植物は仏桑華(ハイビスカス) 、曼珠沙華など。
父は版画歌集「朱(あけ)」を出版するなど原色の赤に魅かれていました。

 朱の花弁燃ゆるが如き仏桑華 うつうつとせる曇りなれども

 光浴み朝朝ひらく仏桑華 眺めつつ過ぎし一夏(いちげ)なりにき

 曼珠沙華曇天下この土手に咲き 妖気帯びたる深きくれなゐ

 曼珠沙華ひときは深きくれなゐが草むらに見ゆ曇天の下

 晩秋の光を浴びてくれなゐの黒きまでなる鶏頭の花

昭和9年 (1934)9月21日の室戸台風で、建って間もない「いるかや」は
暴風雨と高潮に見舞われ、大きな被害を受けました。
両親はまだ一歳の私を抱きかかえて、命からがら高台の家に避難したそうです。
台風の襲来に懲りた父は入江に面した家のまわりに風除けの松を何本も植える
など、風に関心を持つようになりました。
お祭りなどの神事で漁村に出かけた折は風に関する方言を聞き出して、メモに
残していました。例えば…
 アイノカゼ…北北東の冷風である。また、強風に近い場合もある。終日吹く。
 風のたちは北風とはちがう。北風はむしろ北北西から吹き荒れる。風の方位考は
 大切であるが、風の「たち」を考える事が必要であろう。略して「アイ」。
 タバカゼ…漁夫が海上で最も警戒する風の一つ。突風で台風並みに強い。

父は特にアイノカゼの歌を多く詠んでいます。

 絶え間なきひびきとなりてこころよし 立冬すぎて吹くアイノカゼ

 ひょうひょうと彼方(あちら)の稲木も此方(こちら)も鳴る アイノカゼ吹きある時は弱く

 路傍の草 黄の花花の輝ける晴天にして吹くアイノカゼ

 アイノカゼ岬を越えて吹き来り いよいよ紺の色深き入江

昭和40年代まで「いるかや」前は舗装されておらず、風が吹いたり車が通る度に
土埃が舞い上がりました。

 わが家の前の街道に埃あがりアイノカゼ吹く一日なりき

「自分は自然の一部である。また、自分は自然の裡(うち)にある」という牧水の考えに共鳴。
晩年、父は歌友の車に乗せてもらって、若狭から琵琶湖周辺へよく出かけていましたが、
その歌友に「同じ道でも四季によって感動が違う。去年と今年、昨日と今日、又
朝と夕暮とでも異なる。毎日毎日が新鮮である。」と語っていたそうです。







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処暑なのに猛暑句会    麗子

2017年08月24日 | Weblog
8月後半になってまた猛暑がぶり返してきました。
そんな中昨日行われた「じゃがいも句会」。
家庭菜園の句あり。おやつの句あり。亡き人をしのぶ句あり。7人の参加でしたが、楽しい一時を過ごせました。
では恒例の一言講評です。

1,家庭菜園の馬鈴薯は数珠のように小粒でした。ちょっとがっかり。でもいとおしさがあります。戦時中の思い出か?
2,「小昼」は「こびる」と読みます。おやつに熱々のバターを落とし込む。食べ物俳句の得意な作者の秀句。
3,「も」がない方がいいという声あり。でも確かにじゃがいもにも顔がありますね。
4,これまたいとおしい我が家の庭でとれたじゃがいも。自分で育てたものは味が違いますね。
5,玉のような小振りのじゃがいもの煮っ転がし。おいしそうです。
6,北海道では霜の降りる前にじゃがいもを機械で掘り出します。あまりの量に捨て置かれるものも。うーん。もったいない。
7,飯田下栗の里の遠山郷(とうやまごう)。斜面に作られた馬鈴薯は小さくて。でも人々の命をつなぎました。落人論議も。
8,北海道から毎年届く小包。荷をほどけば北の大地の土の匂いがします。
9、これはもしかして「スキヤキソング」を歌った坂本九さんの追悼の句では?
10,8番の句のように詠みたかったです。完敗!!
11,弱ったお母様にとっては軟らかいゃがいもにお箸を入れるのも意外に力が必要で。介護されている作者の優しいまなざし。「はし」は漢字の方がいいとのアドバイスあり。
12,亡き人はどうやらお父様のようです。亡き人のじゃがいものような飾り気のない暖かい人柄がしのばれるしみじみとした一句。

自由句の晴代さんの

    ひとつずつやる気の失せる炎暑かな

共感を呼ぶ一句でした。本当にこう暑くては何もできません。

すみさんの
    処暑の風迎え安堵の風呂上がり

のようにお風呂上がりに涼しい風に吹かれてぐっすり眠りたいものですね。
来月には皆さん体調を調え、やる気も出してまた俳句を作りましょう。

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8月句会の投句が集りました。

2017年08月23日 | Weblog
今回の題詠は「馬鈴薯」「じゃがいも」です。

題詠「馬鈴薯」
①菜園の馬鈴薯掘れば数珠のごと
②じゃがいもに落しバターの小昼かな
③馬鈴薯にも顔あり土の意気地あり
④じゃがいもの小さきも捨てず我が家(や)産
⑤玉のごと馬鈴薯買ひて煮転がし
⑥馬鈴薯や畝に忘らる北大地
⑦馬鈴薯の小さきありて遠山郷
⑧じゃがいもの一荷を解けば土匂ふ
⑨スキヤキにジャガイモ入れて悼む御巣鷹
⑩馬鈴薯は北の大地の香を運び
⑪ジャガイモにはしの立たない母の朝
⑫じゃがいもを食む亡き人と話す日は

自由題
①縄文の風に吹かれて蓮めぐり
②憲法という希望あり敗戦日
③盆提灯掲げて(かかげて)休め鵜飼舟
④北米のチキンレースか夏空に鐘
⑤黙祷のうなりたる鐘芙蓉咲く
⑥緑陰に猫の親子はパンダの真似
⑦百合ひらく月のちからを得て開く
⑧こはしとて花火手離す男の子
⑨人の輪を外れて浴衣の少女かな
⑩蜩や地蔵の頬に夕の風
⑪ひとつずつやる気の失せる炎暑かな
⑫処暑の風迎え安堵の風呂上がり
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夜の秋赤子に乳首かむ力   遅足

2017年08月22日 | Weblog
あすなろ句会に出した一句です。季語は夜の秋。
夏の終わり、まだ秋は来ていないが、夜には秋らしい気配が。
季節の変わり目の繊細な感覚を捉えた季語です。

取り合わせに、乳を飲む赤子の姿。
まだ生まれたばかりと思っていた母親。
乳首をかまれた痛さにびっくり。
もう歯が生えようとしているのです。
そんな我が子の成長に驚いています。

季節は夏から秋へ。衰える方向へ。
赤子のごくささやかな成長の証。
その対比が良いという評を頂きました。


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天と地と喋喋喃喃日雷   遅足

2017年08月21日 | Weblog
船団の星野ドクターの診断です。

  喋喋喃喃(ちょうちょうなんなん)は、男女が楽しげに話す様。
  天と地は隔たっていることの例えにも使われますが、
  実は男女のように遠くて近い関係なのかも知れません。
  部厚い雲が明滅したかと思うと天と地がごろごろ低くささやき合う、
  そんな日雷だったのでしょう。

こんな風に直してみました。どちらが良いでしょうね?

  喋喋として喃喃として日雷

        

このところ日本列島は雷さまの天下。
すこしおとなしくしていただきたいものですね。

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俳句の楽しさ   遅足

2017年08月20日 | Weblog
昨日、俳人・夏井いつきさんのインタビューを紹介しました。
そのお話のなかに、これまで私が意識してこなかった点がありました。
それは俳句はゲームだということです。

敷居が低く、簡単にできることは長所ですが、飽きが来るのも早い。
それが長続きするのは句会という場があり、競争があるから。
良い点が採れれば嬉しいし、ダメでも次回を、と・・・。
わずか17文字。短いから次回こそは、と挑戦できる。
もちろん俳句は文芸ですから奥は深いものですが、
このゲーム性こそ、俳句の楽しさを支えているのではないでしょうか?

俳句は座の文芸と呼ばれてきた由縁でしょうか。


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今日は俳句の日    遅足

2017年08月19日 | Weblog
8月19日は「俳句(ハイク)の日」だそうです。
恥ずかしながら、まったく知りませんでした。
1992年に俳人の坪内稔典さんらが提唱して決まったとか。

「俳句」という言葉は意外に遅く、明治時代から。
発案者は正岡子規。「俳諧の発句」を縮めたものだそうです。
発句だけでは独立した文芸とは認められていなかったようです。

俳句番組「プレバト」で活躍中の夏井いつきさん。
毎日新聞のインタビューで、17文字の魅力をこう述べています。

 俳句で自分の中のもやもやしているものをはき出したら、
 心が休まったり、すっきりしたりします。
 上手下手は関係なく、ひとまず、はき出す手立てを手にすることができます。
 できた俳句を句会で出す。句会では、名前を伏せてお互いに選び合います。
 名前が分かると名前で判断してしまう。名前がないと作品だけで判断します。
 作品だけで自分の句を選んでくれ、他人が認めてくれると、
 自分を肯定できるようになります。
 俳句をやり出すと、客観的に物事をみることができ、自己肯定しやすくなります。
 ほめられることって普段、あんまりないでしょう。
 「プレバト!!」でもほめられるという快感を手に入れるから、
 熱心にやれるのではないでしょうか。
 それが俳句という、世界でもっとも短い文学の持つ力かなと思います。

               

久しぶりのお日さまです。まだ梅雨が続いているような気分です。


 
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父、竹中皆二の短歌から 〜冬瓜(とうがん)〜竹中敬一

2017年08月18日 | Weblog
父の書斎には梅原龍三郎や岸田劉生の画集があり、子供の頃よく眺めていて、
馴染みがありました。書斎にあった「劉生畫集及芸術観」(聚英閣・大正9年) 、
「初期肉筆浮世繪」(岩波書店・大正15年) は今でも持っています。
(因みに、私の早大の卒論はこれらの資料をもとにた岸田劉生論です。)
岸田劉生は西洋の模倣から脱して、西洋と東洋の融合という難しい課題を
模索しながら39歳で夭折した洋画家で、「麗子像」などで今も人気があります。

父は「内なる美」、「写実の欠如」、「在るということの不思議さ」といった
劉生の画論にしきりに感心していたのを覚えています。
書斎には劉生の油絵「冬瓜図」の複製(カラー) が飾られていました。

 若き日に見し劉生の冬瓜図 忘れかねつ冬瓜みれば

 空間を確かに占めて 皿の上に大き冬瓜しずまりかえる

私は高校卒業以後、郷里を離れていて、父の日常をよく知りませんが、冬瓜が
食べ頃になると、歌友を招いて、母のつくる冬瓜鍋をかこんで歌会を開いていたようです。
歌友の話によりますと、冬瓜が白い粉をふいて限界まで熟した 時が一番美味しいと
いうのが父の持論。冬瓜を小口に切って、骨つきのかしわと一緒に昆布の出し汁で
コトコトと煮たのを食べながら、父の放談を聞くのが楽しみだったそうです。

父は昭和7年(1932)に斎藤泰全(母の兄)らと短歌誌「風」を創刊。歌友によって
今も年一回、発行。父を偲んで冬瓜忌も毎年、続けられています。

 秋風の吹きそめしころ 冬瓜は熟して白き粉ふきにけり

 床の間の白瓷(じ)の皿の上にして 年を超えつつ大き冬瓜

 現世とは何のかかはりなき如し 皿の上なる大き冬瓜

 ゆく夏の暑き室内卓上に 冬瓜一つ豊かけるもあるか

 長崎の泉州の型枕にて 丸く平たきは越の冬瓜

 越後より去年とり寄せ煮て食うべ その種がこの大き冬瓜

父は母の故郷、新潟から冬瓜の種子を取り寄せて栽培し、実が熟するのを、
毎年、楽しみにしていました。
私も時々、名古屋から帰省すると、床の間に陶芸家の弟がつくった白磁の大皿に
白く粉をふいた冬瓜が置かれているのを見たことがあります。
これと思った対象を飽きることなく観察して、何首もつくる。それが父の歌には
多く見られます。

  写真は、父が自作の歌を揮毫して、障害のある私の息子に贈った歌集

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じゃがいも   麗子

2017年08月17日 | Weblog
来週の句会のお題は「じゃがいも」「馬鈴薯」です。
どんなじゃがいもの俳句が集まるか楽しみです。レシピ大会になるかな?

母の味を受け継いだじゃがいも料理といえば、やはり「ポテトサラダ」。
それぞれの家庭にそれぞれのポテサラが存在すると思います。

うちのポテトサラダはいたってシンプルです。

①キュウリを薄くスライスし塩もみして水分をしぼっておく。
②じゃがいもは粉ふきいもにしてつぶして粗熱をとる。
③ゆで卵を二個を細かく刻んでおく。

このじゃがいも・きゅうり・卵をマヨネーズであえて塩こしょうで味を調えるだけです。
きゅうりのしゃきしゃき感とじゃがいものほっこり感がよく合います。

母が教えてくれたこのポテトサラダを今まで何回作ったことでしょう。
認知症で今は全く料理が出来なくなった母のもとへ帰る度に、このポテサラを私が作ります。

思えば子供の頃は母の手作りのコロッケにカレー、肉じゃがとじゃがいも料理が食卓を彩りました。
それらの味を今私が受け継いでいます。
豪華ではないけれど何気ない家庭料理にじゃがいもはかかせませんね。

        じゃがいものゴロゴロカレー母の味  麗子
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8月句会近づく 遅足

2017年08月16日 | Weblog
今回の題詠は「じゃがいも」「馬鈴薯」です。
新じゃが、や、じゃがいもの花は、夏の季語になります。

  茹であがる馬鈴薯塩をふきあげて  大野雑草子

  馬鈴薯のゑくぼ大きは男爵か  千葉 仁
  
  馬鈴薯を掘りて積みゆく二頭馬車  鈴木洋々子

私が思い浮かべる句はコレ。

  万有引力あり馬鈴薯にくぼみあり  奥坂まや

不思議な句です。

          

じゃがいもは、子どものころは口の中でパサついて
オイシイと思ったことはなかったのですが、
肉じゃがあたりから「美味しい」と感じるようになりました。
いまでは食事制限で、牛肉ぬきの肉じゃがを賞味。
わが食卓に欠かせないものとなっています。


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