575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

柴田勝家の生誕地をたずねて    遅足

2010年02月28日 | Weblog
先日、名古屋市名東区の歴史散歩の地図を手に
地下鉄の一社駅から春のウォーキングに。

最初の目的地は神蔵寺。
途中の公園では、母と子のペアーが集まってサッカー遊び。
なかにはポツンと取り残されたような母子も。

汗ばむような良い天気。
植田川を渡って、といっても、都市河川、
コンクリートで固められて昔を偲ぶよすがもありません。
植田川と平行して走っている高速道路の高架をくぐって
坂を登ると神蔵寺。

小高い丘のうえに黒松の大木のあるお寺。
住宅地のなかの緑のオアシス。
本堂の横に古いお墓が。
柴田源六のもの、勝家のおじいさんのようです。
神蔵寺は、もともと一色城のあった所。

ここから南へ。目指すは明徳寺。
高速道路を横へ見て。やがて左手に小高い丘が見えてきます。
住宅地のなかに、昔ながらの大きな家が現れます。
表札を見ると「柴田」さん。
注意してみると、あちらこちらに「柴田」さんが・・・

ちょっと急な坂を犬に吠えられながら登ると明徳寺。
ここは、下社城(しもやしろじょう)の跡。
柴田勝家が生まれた城です。

丘陵地の端にあたり、西南にむかって開けており、
城をつくるには絶好の場所です。
西を流れる植田川を天然の堀とし、
内側を一重堀で囲まれた方形のお城であったと伝わっています。
城といっても、天守閣はなく、館があったくらいでしょうか?

ここでお昼。コンビニで買ったお弁当を。
南には、新興住宅地が春霞のなかにひろがっていました。

  戦国の世を渡り来る春の風

勝家は当初、織田信長ではなく、弟の信勝に使えていました。
しかし稲生ヶ原の合戦で、信勝が敗れてからは
信長に仕える様になりました。
その後、越前(福井県)北ノ庄城主となりましたが、
信長が本能寺で討たれた後、羽柴秀吉との争いに敗れて討ち死に。

勝家の辞世の歌

 夏の夜の 夢路はかなき あとの名を 雲井にあげよ 山ほととぎす

お市の方の辞世の歌

 さらぬだに うちぬる程も 夏の夜の わかれを誘う ほととぎすかな

おしどり夫婦だったんですね。

帰路は、北へ。
500年の時空から一気に現代に。
ところどころに畑の残ってる新興住宅地のなかを歩き、
地下鉄の上社駅へ。

半日のウォーキングでした。
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春雨や日の出辺りの山煙る    朱露

2010年02月28日 | Weblog

       昨夜からの本格的な雨なので水浸し。
       日曜の朝だから民草たちの車も眠る。
       夜明け前から俳句を作るのは私だけ。
       威張るわけじゃなくすることがない。   

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北前船ふところに抱く春社 ~室津・賀茂神社~  能登

2010年02月27日 | Weblog
 播磨風土記にも登場する古代からの良港・室津、
瀬戸内海を航行するほとんどの船が立ち寄った
という港町を訪れた。
 町は細い路地が複雑に入り組んでいて、車社会
には恐ろしく不便なところである。港の水域も
予想外に狭い。ただ、その開口部が播磨灘に向
かって直線的に開いてはいない。90度折れ曲
がって開いている。このため、古代から有数の
風待ち港として利用されてきた。その播磨灘に
向けて築かれた天然の防波堤の役割を為すのは、
港の南側に位置する小高い丘のような小さな半
島である。たぶん沖を行く船にとってこの丘
自体が大事な目印だったに違いない。
 こんな場合、丘自体が信仰の対象になる。
案の定、丘には神社があった。賀茂神社という。
登ってみて驚いた。桧皮葺の壮大な社殿が何の
てらいもなくひっそりと建っていた。
 港町の規模とこの社の規模では全く釣り合いが
取れないではないか。傍らの案内板によると平
安時代後期からこの規模の社がこの地にあった
らしい。また、シーボルトもここを訪れていて、
随伴した絵師に社殿の様子を描かせたという絵
の模写も掲示してあった。
 さらに驚いたのは、突然訪れた我々を見つけて、
手伝いのおばさんが番茶をふるまってくれたこ
と。そして極めつけは、その朝、赤ちゃんの初
詣りのための氏子の家族の登場であった。
この神社が今もしっかりと室津の氏子と繋がっ
ていることの証であった。
 写真の右の小さな丘の中に、予想外に壮大
な賀茂神社が座す。
                    能登
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蛤が家剥がされる痛みかな   朱露

2010年02月27日 | Weblog


      浅蜊では物が小さいし蚫は屋根だけだ。
      栄螺は排他的だが蛤様には気品が漂う。
      マルスダレカイ科の二枚貝という豪邸。
      むき身・葱・焼き豆腐の「蛤鍋」で酒。

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コガネノウゼン 草女

2010年02月26日 | Weblog
 森の仲間と沖縄本島を旅行した。自分で写真を撮るようになって、初めての沖縄本島である。どんな植物に会えるのか多いに期待していた。ただ本島の場合亜熱帯の国々から導入された植物が多いから、どこまで分かるか心配であった。
 名護のホテルから、ヤンバルの森へ向かう途中、黄色で拳位の大きさの花を付けている街路樹があった。「イペー」と私が言っても誰も本当にしない。浜松市で花博が開らかれた折、目にしたことがある。ブラジルかメキシコ辺りの樹木でノウゼンカズラ科と記憶している。
 「いっぺー? いっぺー咲いてないよ。」何年も前のことで自信はない。
 夜、仲間が空港で買った沖縄の都市緑化の本によれば、コガネノウゼンと言われ、別名、キバナイペーと呼ばれているがピンク色が本来のイペーであるとのこと。一件落着したが、これでいいの?という思いは、帰ったいまもある。
 ブーゲンビルア、ハイビスカスが極普通に咲ているし、東山植物園の温室で大切にされているヒカゲヘゴ、タコノキが海辺に続いている。夢のような光景だが、美しいブ-ゲンビリア、ハイビスカスは沖縄本来の植物ではない。私達の目を奪う色とりどりの花の多くは、渡来したまたは導入された植物なのだ。これでいいの?の思いは、都市緑化の本を発行しそれを進めているのが、海洋博公園であることにある。沖縄の人はそのことを望みますか?
 沖縄を苦しめ、今なお基地を押し付けているうえに植物の上でもこんなに無原則に侵略されていいのかな。 

  
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碁盤見て腕組みのまま春更ける    朱露

2010年02月26日 | Weblog

      新聞の棋譜を並べて戦いの跡をたどる。
      名人上手が考えている事は分からない。  
      分からない事をやるのは無駄に見える。
      しかし分かる事をやるのはバカらしい。

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風光る本買込んでひた走る   朱露

2010年02月25日 | Weblog
 
      田舎のこととて本屋まで車で二十分。
      山裾の直線道路を適当にぶっ飛ばす。
      本は読むより買うのが楽しくて困る。
      年に何度か持っている本を買う馬鹿。

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初めての食材   麗

2010年02月25日 | Weblog

昨夜、初めて独活を調理しました。

早春の頃、よく母が作っていた独活のすまし汁。
子供の頃は独特の苦みが苦手でした。

ところが、昨日スーパーで「山独活」が売られているのを
発見。あんなに産毛がはえていて先っぽはゼンマイのような形を
しているとは知りませんでした。

袋には「独活は捨てるところはありません」と書いてあり
山独活はアクも少ないとのこと。
皮はきんぴらにし、穂先は天ぷらにいいそうです。
私は母の味をまねて溶き卵入りのすまし汁を作ったところ、
絶品。私もようやく大人の味覚になったようです。
皮で作ったきんぴらも香り高く春の味がしました。

独活の俳句を探してみると

山独活の土つくままに逞しき(坊城としあつ)


という句がありました。

それにしてもウドとは「独りで活きる」と書くのですね。やはり逞しい。
「ウドの大木」とあまりいい意味で使われないウドでしたが
これからはタラの芽と同様、我が家の春の味になりました。麗

     
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蜆汁正しき人に異をとなえ   遅足

2010年02月24日 | Weblog
船団・南村健治ドクターの診断です。

なににつけても自分は正しいと思っている人ほど
厄介な人はいない。
ましてや、互いに正しいと思っている
人どうしの衝突はもっと厄介。

で、この「蜆汁」は味噌仕立てなのか、澄まし汁なのか。
いずれにしても「正しき人」の正しさを
保障するほどの澄み具合ではない。
つまり、「蜆汁」ほどの濁りを持った正しさなのだ。
一方が濁りを持った人なら、勝負として見応えがある。

  ありがとうございます。

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落第は春の季語なりむべなるか    朱露

2010年02月24日 | Weblog

        合格が春の季語になれないのは何故か。
        当り前のことでオモムキがないからだ。
        人生の苦味・恨み・わびしさはこっち。
        「むべなるか」は「もっともだ」の意。

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猫草とは翁草の愛称です  鳥野

2010年02月23日 | Weblog
20余年を共棲みしていたネコが逝きました。
それも、ふたり連れ立って。むなしい日々です。
ワタシの歳から考えて、もう生き物は飼えません。

そんな時、猫草と呼ばれる植物があることを知りました。
これならいけそう。

翁草の別名です。春たけなわの頃、銀色の絹毛をまとった花を開き、やがて実は長く
白い毛に覆われるのがネコグサの所以。

調べてみると、かつては畑地の脇にいくらでも見られたものが、今では「絶滅危惧種」。
レッドリストの植物とあれば、素人に手出しはできません。

ところが、なんのことはない、園芸店では鉢花として売っているそです。

野生種と栽培種との区別はあるというものの、この矛盾。
解説は草女さんの領域のようです。

                 

                 
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言葉のサーカス   遅足

2010年02月22日 | Weblog
狗子さんから摂津幸彦の句集をお借りして読んでいます。
難解句ばかりが並んでいます。
そのなかから、ごく稀に分かりやすい句があります。
その一句。

  一月の弦楽一弦亡命す

一月の音楽会、弦楽四重奏でしょうか?
年の初めの音楽会、ヴァイオリンでしょうか、
楽器の弦一本の音程が狂っているようです。
「亡命」という言葉が少し曲芸っぽい。
音楽にも政治的な意味がある。
政治と関わらざるを得ないようですね。

  もう人間の今三名の葱刈りぬ

転生の句か?
もう今は人間になった3人の葱。
この句では、葱がキーワードのようです。
葱坊主のことでしょうか?
その葱を、「刈りぬ」です。
曲芸につぐ曲芸ですね。
葱坊主よ、人間になどならずに葱に戻れ、
ということでしょうか?

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真鶴の磯に風立つ海苔の缶    朱露

2010年02月22日 | Weblog

      国民学校四年で疎開した父母の在所。
      所がグラマンの機銃掃射で逃げ廻る。
      戦争が終わったら海兵隊が上陸する。
      こんな漁師町占領してどうするんだ。


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スズカカンアオイ 草女

2010年02月22日 | Weblog
 地面にへばりつくように花を、それもチョコレート色で、柿の蔕みたいな花を咲かせ始めたスズカカンアオイ。ウマノスズクサ科カンアオイ属の常緑の多年草である。
 この草の仲間は多く、葵の御紋になったフタバアオイや花を縦に切って見ないと区別がつかないカンアオイ、イワタカンアオイなどある。海上の森に生えているものはスズカカンアオイということになっている。花がないこの時期落ち葉をのけて花を探すのは森歩きの楽しみになっている。スズカカンアオイをみかけると必ず思い出されることがあり、何年もたっているのに怒りが治まらない。
 カンアオイ類はギフチョウの食草で、海上の森でギフチョウに出会うことができるのは、スズカカンアオイが森に生息しているからだ。ギフチョウは近年数を減らし
「まぼろしの蝶」と言われている。生息地域が限られているうえに成虫であるチョウである期間が短い。「春の女神」といわれように3~4月蝶になって出現したあと、2か月のの間に卵と幼虫になり、6月ごろから蛹になり次の3月まで過ごす。その卵はスズカカンアオイの葉の裏に小さなちいさな真珠のように産み付けられる。

 地面を這うようにして、その卵を見つけ、スズカカンアオイの葉ごと採集し家に持ち帰り灰皿いっぱいにいるギフチョウの幼虫の写真を見せられた仲間がいる。みせた女性は私も知る人で、東山植物園のグリーンボランティアをやっている。以来植物園のグリーンボランティアへは不信のみを感じている。多数いるわけで、全ての人が悪いわけではないと思いつつ、彼女を採用しているシステムが信頼できないのだ。
 海上の森の三角点はギフチョウの出会いの場らしく、よく見かけることができる。バードウオッチング仲間の話では、ここで捕虫網でギフチョウを捕まえ1頭500円で売るアルバイトをしている人にあったことがあるそうだ。このような人々をどうにかすることができないものか。
 
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カンアオイの花    遅足

2010年02月21日 | Weblog
先日、名古屋の平和公園の自然観察会に。
冬木立のなかを落葉を踏んで・・・
やがてカンアオイがあるという地点に。

どこに?
そっと、落葉をのけていくと・・・
みどりの葉に下に花が・・・
でも、色は目立たないし、これって花?
という位、地味な花です。

これじゃ蝶々が見つけることもないし。
誰が交配を手伝っているのかな?
実はアリが運んでくれるそうですが・・・

カンアオイといえばギフチョウの好物。
ギフチョウもいるのでしょうか?

以前は居たそうですが、
いまは姿を消してしまったとのこと。

ギフチョウにとって恋の相手を探す
明るい広場がないのが原因では、ということでした。

現在、ここは、新しい里山公園として
着々と整備が進んでいます。

いつかギフチョウの姿が見られるといいですね。

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