575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

心に哀しみを抱いていない者は句に手を染めるな      愚足

2008年06月30日 | Weblog
 俳句雑誌に俳人名言集という特集があった。
 川名大氏が高柳重信のタイトルのような箴言を選んでいた。

 「心に深い哀しみを抱いていない者は安易に俳句に手を染めてはならない。本当にいい句というのは、ねらった的のもう一つ奥に思いがけなく命中しているような作品である。」
 そして補足として「人生をたった十七文字で言い止めようとするのに、如何なる
些細な手落ちといえども許される筈が無い。」という重信の言葉をあげている。

 さてさて、彼らが唾棄する観光俳句や趣味俳句に浮遊する当方としては雲の上の話である。
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命二つの中に生きたる桜かな           愚足

2008年06月29日 | Weblog
 
 芭蕉全句集というのをめくっていてこの句に出会った。
 この句は芭蕉が貞享二年四十二歳の時、奈良のお水取りなどを見物の帰路、近江の水口まで迎えに来てくれた同郷上野の青年「土芳」に二十年ぶりに会った時の句。
 少年の頃の面影しか覚えていない土芳が、上野藩槍術師範にたくましく成長した
姿に感動し、自分の命にも思いをはせた句であろう。

 今春、街角でずーっと気にかかっていた教え子と出会った時の気持ちと二重写しになって忘れがたい句になりそうである。
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ロクなこと考えてない夏帽子   朱露

2008年06月28日 | Weblog

     パナマ帽もカンカン帽も今はない。
     成り上がりの父が被っていたので。
     滑稽と嫌悪の象徴。私はゴルフ帽。
     歳時記から削除したい季語の一つ。

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山牛蒡               草女

2008年06月27日 | Weblog
 磐田市涌が谷沼の植物探訪に参加した。ここは環境絶滅危惧種のベッコウトンボの生息地として開発を免れた所。しかし、ビジターセンターの話では、周囲の開発や沼に人が近づき過ぎたりして、水位が下がったり、水草が減ったりして危機的状況がつづいているという。
 その地区の入り口の畑にヤマゴボウという標識を付けた植物があった。リーダーも30人の受講生も初めてお目にかかる植物であった。
 草丈は1m程もある大型の草で、ヨウシュヤマゴボウに似るが、違うのは花も実も直立している。ヤマゴボウ科ヤマゴボウ属の多年草で花がとても美しい。(ヨウシュヤマゴボウは、写真のヤマゴボウとよく似ているが、実や花は垂れていて、実は紫に熟し小学生の理科などで色染めの学習に使われ市内の空き地や草むら等にもよく生えている。)
 中国原産といわれ、巨大な根を薬用にする為に江戸時代に導入されたが、現在は栽培されておらず大変珍しい。一方同じ目的で明治時代に渡来したヨウシュヤマゴボウは全国にはびこっている。
 両方とも草全体に硝酸カリなどを含みかなりの有毒植物である。ところが、山牛蒡の味噌漬けが土産物として売れている。何故だろう?
 実は味噌漬け「山牛蒡」の原料は、キク科モリアザミの根であり、野菜の牛蒡と同じ仲間で毒性はなく食べることが出来るのである。
 ところがこのお土産のヤマゴボの名前が誤解されて、ヨウシュヤマゴボウなどの根を食べる人がいて事故が起きるのである。
 ヤマゴボウが日本に入って来た時、ゴボウでなく別の名前を付けておけば、事故も起きなかったかもしれない。
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力のことば

2008年06月26日 | Weblog
ことばの力ではなく
最近ちまたにあふれる力のことば。
本屋さんには「人間力」「会話力」「日本語力」「鈍感力」「患者力」など
などを高めるハウツウ本がずらり。「親力」というのもありましたね。

安易にこのような力を求める背景はなんでしょうか?
不安や自信のなさからつい惹かれてしまうのかも知れません。
本来、力が必要な「忍耐力」や「集中力」ではなく
訳のわからないものにも力が必要な今の時代。
ニュースでは「偽装力」ばかりであきれてしまいますが
不思議と「俳句力」というのはまだないですね。
皆さんはどんな力が欲しいですか?

         力なき者が求める力かな   麗

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けさのことば(岡井隆)より   

2008年06月25日 | Weblog
先日の中日新聞の「けさのことば」に荻原先生の歌が。


この世へとめざめる朝の不思議あり躯ひねつてベルを静める  荻原裕幸

昔風の目覚し時計でも携帯電話の音楽でも、
半ば無意識のうちに「躯ひねつてベルを静める」行為は同じだ。
「この世へとめざめる」とはなんという「不思議」な瞬間だろう
と毎朝思いながらしばらく目をつぶっている。

「盛装で朝がゆっくり来るやうな声を持つカナリアを飼いたい」(裕幸)
と併せて味わいたい。(岡井隆)

   

眠る時には、どこかに運ばれて、翌朝、また帰ってくる。
あの世へ行ってきたんでしょうかね?
まどろみの時間の心地よい時は幸せ。

                    遅足



 





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ハンゲショウ異聞   鳥野

2008年06月24日 | Weblog
6月21日は夏至でした。その日から数えて11日目が半夏生。
梅雨明けの標準時で、田植え終いの日とされています。

また半夏生とは半夏草。つまりカラスビシャクのこととも、片白草のこととも。カラスビシャクは不気味な姿で、鴉だって柄杓には使わないでしょうが7月初旬が出盛り。片白草は、花序に近い葉の半分が白くなるので名付けられたそうです。

私には、全く異なった、大切な思い出があります。

 奥美濃の里山を通りかかった時、斜面に茂っている低木の葉が、ところどころ絵 の具を塗ったような白色を見せて揺れていたのです。
 車を止めて、その美しさにしばらく見とれていると、村人らしい婦人が「あれは マタタビの木、ハンゲショウとも言うんだよ。半分だけ化粧してるみたいで、面 白いよね」と教えてくれました。
蔓をたぐって、枝を引き寄せてみると、ほんとうに葉の半分ほどが白粉で化粧し ています。どの解説書よりも図鑑よりも、言い得て妙。うれしい話でした。

おみやげにと持ち帰ったマタタビの葉を我がネコめは一瞥しただけ。可愛くない奴らです。

   ・ 半夏生の白は化粧の白ならめ  酒井土子
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痛いが綺麗じゃ。            愚足

2008年06月23日 | Weblog
 俳人の名言という随筆で夏井いつき氏が「墨汁一滴」にある「痛い事も痛いが、綺麗なことも綺麗じゃ。」という子規の言葉を取り上げていた。
 この時期の子規は、疼痛の激しさに泣くことで苦痛をまぎらし、寝返りも出来ず、天井から吊るした麻縄にすがって身動きしていたと言う。          この言葉は「ガラス玉に金魚を十ばかり入れて机の上に置いてある。余は痛をこらへながら病床つくづくと見て居る。」という文章に続けて「痛い事も痛いが、綺麗なことも綺麗じゃ。」の言葉が続くのだそうだ。
 こうした状況の中で「綺麗なことも綺麗じゃ。」と言える感性、対象の美を掴もうとする執念には流石に子規と思わされた。

★図は神坂雪佳の「金魚玉図」の一部です
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「いただきます」について  遅足

2008年06月22日 | Weblog
給食の時、我が子に「いただきます」と言わせないでほしい。
こんな親からの要望があるということ。
給食費を払っているのに、頂きます、
というのはオカシイというのが理由とか。
確かに理屈は通っている。

こうした親たちを育てたのは、今の高齢者である私たち。
私達のなかにも、こうした考え方があったから、
こうした子どもが育ってきたのかも。

この話を聞いて思い出したのが、中学の昼休み。
お弁当を食べる時に呪文のごとく唱えさせられたコトバ。
「ホントウニ生キンガタメニ、今、コノ食ヲイタダクマス・・・」
後を覚えていないのが残念。
同年輩の人も、子どもの頃、家で、
先祖や親、天に感謝するコトバを述べたという。

「いただきます」というコトバを、学校から給食をいただいている
としか理解できなくなったのは何故か?
天地から食をいただいている、という意味がスッポリと抜けてしまった。

これは私達の生活から「祈り」が消えていったことと深く関わっていそう。
自分や人間を越えた存在を想像する能力がなくては、
祈りは生まれてきません。
私達の世代は、人間中心のヒューマニズム、個を大切にすることを
第一に考えてきた。
それが新鮮だったのは、人間や個を抑圧する軍国主義などが存在していたから。
対抗するものが消えていった後に、ヒューマニズムが変質する可能性に気づかなかった。

子どもの世代は、そういう対抗する存在のないなかで、
人間中心、個の尊重を刷り込まれて来た。
人間を越えた存在を否定したために「祈り」は消えてしまった。
いただきます、の相手は見えなくなってしまったのでしょう。

もちろんバランス感覚がある人がほとんどですから
極端な行動に走るのは、ごく一部でしょうが、
根底には同じ考えがあるのではないでしょうか。

  昨日は夏至。時の流れの早いこと!
  今日は一日ということ。

  明日はに。
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青葉闇魑魅魍魎の大欠伸    朱露

2008年06月21日 | Weblog

   チミモウリョウは昔山川に住む化物。
   21世紀この化物はどこにいるのか。
   正体がバレて身の置き所がないのか。
   船場吉兆が最後の隠れ家だったのか。

 
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定家葛           草女

2008年06月20日 | Weblog
 能の「定家」では藤原定家が式子内親王に恋をし、彼女の死後もまとわる。
 そして、定家葛となって絡みつくのである。藤原定家がどんな人物かは知らないが、テイカカズラはなかなかの植物である。
 キョウチクトウ科テイカカズラ属のつる性木本で、五から六月ごろ小さなクリーム色のプロペラのような花をたくさん付ける。
 最近、名古屋市では街路樹の間の植え込みによく使っている。家の近くのテイカカズラの花は終わったが、森ではまだ咲いている。花の形も面白いが良い香りもする。 初秋には長さ15cm~20㎝ほどの細長い実になる。実は袋状になっていてこの中に大きな冠毛と種子がびっしり入っていて、熟すると袋が裂けて種子が飛び出しゆっくり風に乗って気持ち良さそうに森の中を旅している。たくさんの花なのに袋果は少ないから確実に繁殖を遂げる術を持っているのである。
 定家は想いを遂げたというわけである。
 だからその季節になると、森の床にはテイカズラがいっぱいに生え出てくる。
 幼いテイカカスラの葉は小さく白い斑入りで可愛く、林床を埋め尽くし、何かよじ登るものを見つけると気根を出して這い登る。
 日光が当たるところまで這い出ると、葉は幼い頃の何十倍にもなり、可愛い斑紋も消え別物に変身する。宿り主の樹木に全く日光が当たらないほどに繁り幹もどんどん太くなる。
 墓がテイカカズラに見初められ覆い尽くされたら・・・墓主はさぞ迷惑するだろうし、玉の緒も切れること必定である。
  玉の緒よ絶えなば絶ええね ながらへば忍ぶる事のよはりもぞする
 この歌の作者とテイカカズラを結びつけた能の作者の目の付けどころに感心するとともに、定家もこの植物にふさわしい能力豊かで生命力にあふれた人物であったのだろう。
 
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句会の結果です。   遅足

2008年06月19日 | Weblog
ちょっと蒸し暑い夜でした。
短夜は難しかったという声も。
でも力作がそろいました。

短夜
①短夜やオルガン弾きの誘うまま(朱露)遅・愚・亜・静
②能登の湯の友との出会い明け易し(立雄)遅
③岩燕騒ぐ山峡明け易し(静荷)能・愚・立・麗・鳥・童
④短夜の夢早まわしオムニバス(郁子)晴・麗
⑤短夜のサイレンの音遠ざかる(狗)童
⑥短夜や家計簿あわぬまま閉じて(晴代)朱・遅・郁・亜・静・狗・鳥・童
⑦短夜や病室にては長き夜に(光洋)郁・晴
⑧短夜に同床異夢の寝息かな(愚足)能・立
⑨短夜やサマータイムに異を唱え(麗子)亜・狗
⑩短夜や飲み続けたる日もありし(能登)朱・愚・鳥
⑪身を削る通夜のろうそく明易し(亜子)能・立
⑫明急ぐ箸のつかない夢の皿(遅足)朱・郁・静・晴・麗・狗

  

自由題
①梅雨晴れ間新築の家立ち上がり(麗子)遅・亜・立・静・狗・鳥・童
②登り詰め勝どき挙げし凌霄花 (愚足)
③紫陽花や世のなりゆきにさからひて(晴代)遅・郁・立
④青嵐植田ジャパンの男泣き(静荷)麗
⑤荒梅雨の空を魚が泳ぐ日々(狗)遅・晴・鳥
⑥久方の田に律儀にも蛙啼く(郁子)能・静・童
⑦殻を脱ぎ吹かれてふわり夏の蝶(立雄)能・朱・愚
⑧ニンゲンを壊した夏の素顔かな(朱露)亜・狗
⑨夏場所や病室で観る身を嘆き(光洋)愚・亜・麗
⑩死支度急かす声あり更衣(亜子)郁・静・晴・狗
⑪ホトトギス暁闇破りそこかしこ(能登)朱・立・鳥
⑫天の川はさんで蒲団ひきにけり(遅足)能・朱・愚・郁・晴・麗・童

  

次回は7月16日(水)午後6時 安田屋
題詠は「夏帽子」です。

  いよいよの季節。
  健康に留意して下さい。


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短夜句会   麗

2008年06月19日 | Weblog
蒸し暑さが増した中での「短夜句会」。
なかなか皆さん苦労されたようで俳句を考えるうちに
短い夜が明けてしまったというのが実感でした。

荻原先生には随分お目にかかっていないのですが、
随所に先生の教えが荻原教室の生徒さんから伝えられ、
第二次荻原教室となっていますね。
次回のお題も来週の荻原教室の宿題をとって
「夏帽子」と決まりました。

「短夜や家計簿あわぬまま閉じて」の
寸評で出てきた上5と下12の関係。
中心に引き寄せられる中7と下5の話をもっと分析して欲しかったのですが
それを理解するにはあまりにも時間が足りませんでした。まさに短夜。
でも奥の深い興味深いお話でした。

   短夜や俳句の重力引き寄せて   麗
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6月句会の句がそろいました。   遅足

2008年06月18日 | Weblog
6月の題詠は「短夜」

①短夜やオルガン弾きの誘うまま
②能登の湯の友との出会い明け易し
③岩燕騒ぐ山峡明け易し
④短夜の夢早まわしオムニバス
⑤短夜のサイレンの音遠ざかる
⑥短夜や家計簿あわぬまま閉じて
⑦短夜や病室にては長き夜に
⑧短夜に同床異夢の寝息かな
⑨短夜やサマータイムに異を唱え
⑩短夜や飲み続けたる日もありし
⑪身を削る通夜のろうそく明易し
⑫明急ぐ箸のつかない夢の皿

   

自由題です。

①梅雨晴れ間新築の家立ち上がり
②登り詰め勝どき挙げし凌霄花
③紫陽花や世のなりゆきにさからひて
④青嵐植田ジャパンの男泣き
⑤荒梅雨の空を魚が泳ぐ日々
⑥久方の田に律儀にも蛙啼く
⑦殻を脱ぎ吹かれてふわり夏の蝶
⑧ニンゲンを壊した夏の素顔かな
⑨夏場所や病室で観る身を嘆き
⑩死支度急かす声あり更衣
⑪ホトトギス暁闇破りそこかしこ
⑫天の川はさんで蒲団ひきにけり

今回は、ひとり新しい方の投句もあります。
どの句でしょうね。

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ゴキちゃんが来た    鳥野

2008年06月17日 | Weblog
ゴキブリ見参。やっとかめのことです。
マンションの5階は、ゴキブリどころか、蚊も蝿も訪れては来ません。

部屋の隅から姿を見せたゴキブリに、ネコどもは大喜び。姉貴は堂々とチビはその後ろから恐々。しばらく追いかけていましたが、結局は逃げられて残念。
狩りの本能の失せた甘ちゃんの手に負える相手ではありません。

ネコは歓迎しても、人には嫌われるゴキ。なぜなんだろう。
病原菌を運ぶから、格好が気に入らない、しぶとい、・・とは言っても、そんなのは他にいくらでもいるのに。

3億年前の古生代から生き続ける生きた化石。天敵は長い触角と、よく発達した尾毛で、いち早く察知するそうです。用心深く、素早く、しなやかに、叡智の限りをつくして種を継承してきたものでしょう。

「深夜の歩行音や、まれに奏でる羽音に、孤独感を和らげられる」と書いてあるのには、不承不承の納得です。

  ・ 背後より来るは油虫かも知れず  山口誓子

  ・ 髭の先までごきぶりでありにけり 行方克巳

    ・ ショコラよりなおショコラめくゴキブリの億年継ぎし生甘からず  鳥野 
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