おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

「落語鑑賞教室」。その9。四代目三遊亭圓歌「やかん」。+三代目三遊亭圓歌「授業中」。

2021-08-10 18:40:07 | 落語の世界

こちらが聞き知っている「やかん」。「Wikipedia」風のものですが。(以下「Wikipedia」より)

岩田の隠居がおを飲んでいると、そこへ八五郎がやってくる。

        

「おぉ、現れたなグシャ」
「へぇ」
「マァ、上がれグシャ。お茶でもどうだグシャ」
「な、何ですか、その『グシャ・グシャ』っていうのは。ぬかるみを歩いているんじゃ無いんですから」
「あぁ、グシャとは愚か者の事だ、愚者」
「愚か者…そうですか。おれぁそんな事とは気づかず返事しちゃった」

カチンとなった八五郎。如何してやろうかと考え込み、あるアイディアが…。

「隠居は、何でも知っているんですねぇ」
「その通りだ。森羅万象・神社仏閣、この世に知らぬものは無い」
「そうですか。じゃあ聞きますがね…」

のっぴきらない状況に追い込み、八五郎の逆襲が始まった。

まずは、お魚の由来で小手調べ。

「じゃあ、魚の名前なんかどうです? まずはマグロ
「真っ黒だからマクロだ」

コチは?」
「こっちへ泳いでくるからコチだ」
「向こうへ行く事もあるでしょ?」
「お前が向こうに回ればコチになる」

「じゃあ、平目は?」
「平たいところに目が付いてるからヒラメだ」
「詰まんない事聞いちゃったな。じゃあは? カレーライスなんて言ったら怒りますよ?」
「うーん、あれはヒラメの家来で、家令をしている」

は?」
「昔はヌルヌルしていたのでヌルといった。あるときがヌルをのみ込んで、大きいので全部のめず四苦八苦」
「へぇ」
「鵜が難儀したから、鵜、難儀、鵜、難儀、鵜難儀でウナギだ」

「ウーン…。じゃあ、は?」
「イワシは『下魚』といわれるが、あれで魚仲間ではなかなか勢力がある。だから鰯が魚たちの名付け親になったんだ」
「ですから、その鰯自身は誰が名づけたんですか?」
「うー。ほかの魚が名をもらった礼に来て、「ところであなたの名は?」と尋ねられて「わしのことは、どうでも言わっし」と答えた。これでイワシだ」

「では、次は日用品ではどうでしょうか? まず土瓶
「土でこさえた瓶だから土瓶。鉄で作れば鉄瓶だ」
茶碗は?」
「置くとちゃわんと動かないから茶碗だ」

「手ごわいな。じゃあ薬缶は?」
「や()で出来て…いないか」 隠居はダンマリ。八五郎はニマニマ…。

「答えてやろう。昔は…」
「ノロと言いました?」
「いや、これは『水わかし』といった」
「それをいうなら『湯わかし』でしょ」
「水を沸かして、初めて湯になるのではないのか?」
「はあ、それで、なぜ水わかしがやかんになったんで?」
「これには物語がある」

川中島の合戦で、片方が夜討ちをかけた。
かけられた方は不意をつかれて大混乱。

ある若武者が自分のをかぶろうと、枕元を見たが何故かない。
あるのは水わかしだけ。そこで湯を捨て、兜の代わりにかぶった。

この若武者が強く、敵の直中に突っ込む。
敵が一斉に矢を放つと、水わかしに当たってカーンという音。

「矢があたって…」
「矢が当たってカーン…だから薬缶か」
「その通りだ」
「でも、蓋が邪魔になりませんか?」
「ボッチをくわえて面の代わりだ」
「つるは?」
「顎へかけて緒の代わり」
「じゃあ薬缶の口…」
「昔の合戦には『名乗り』があった。聞こえないと困るから、穴があったほうが好都合だ」
「あれ、かぶったら下を向きます。上を向かなきゃ聞こえない」
「その日は大雨。上を向いたら、が入ってきて中耳炎になる」
「耳なら両方ありそうなもんだ」
「ない方は、をつけて寝る方だ」

という具合で、「やかん」の話は実に面白いところでした。

しかし、当代の圓歌師匠。そんなパターンに添った(古典)落語ではありません。

 

             

イカとタコの違いは? ハブは冬眠しないのか? カメは万年、ツルは千年とは? 水洗トイレの起源は? ・・・

フランス語から韓国語までダジャレづくし。 

「やかん」にいたっては、夜間工事現場で、必ずカアンと音がするものにあたる。夜間工事のたびにだ、そこで「やかん」といった。というぐあいに、ダジャレもダジャレ、素人でも思いつきそうなダジャレが次々と。子どもが「してやったり」というような仕草、くりくり目玉が愛嬌があって、笑いを誘います。

先代の圓歌(歌奴)師匠は、『授業中』のくだり、「山のあな、あな、あな、あなたもう寝ましょうよ」のフレーズが今でも印象に残っています。但し、師匠自身が「吃音」を直すために落語家になった、とのこと(立川談志によれば、吃音ではなかった、と)です。

自らの生い立ち、新大久保駅員の頃の話し、同居していた爺さん、婆さんの話し(真偽はまったく不明)などを語った「中沢家の人々」も秀逸。

その後を継いだ現圓歌さん。独特の味わいで楽しめました。

コメント
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