永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(403)

2009年05月31日 | Weblog
09.5/31   403回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(12)

なおも、朱雀院のお言葉が続きます。

「昨日まで高き親の家に崇められかしづかれし人の女(むすめ)の、今日はなほなほしく下れる際の好き者どもに名を立ち欺かれて、なき親の面を伏せ、影をはづかしむる類多く聞こゆる、言ひもて行けば皆同じことなり」
――昨日まで、身分高き家で崇められ、大切にされていた人のむすめが、今日は平凡で身分の低い浮気者に欺かれて浮名を立て、亡き親の顔をつぶして名誉を傷つける例が多いのも、みな同じ事の結果なのだ――

 「身分身分につけて運命などということは、はかり難いことだから、万事不安でならない」とおっしゃって、だから、

「すべて悪しくも良くも、さるべき人の心にゆるし置きたるままにて世の中を過ぐすは、宿世宿世にて、後の世に衰えあるときも、自らのあやまちにはならず」
――すべて良かれ悪しかれ、親兄弟の指図どおりに世の中を送れば、運命によって後に落ちぶれたとしても、自分の過失にはならない――

「あやしくものはかなき心ざまにやと、見ゆめる御様なるを、これかれの心にまかせ、もてなし聞こゆな。さやうなる事の世に漏り出でむ事、いと憂き事なり」
――(姫宮は)妙に頼りない性質のように見えるご様子なのに、あれこれと周囲が勝手に指図申すな。そんなことが世間に聞こえては、とんでもないことです――

 などと、ご出家なされた後の憂き世の事を不安にお思いになって仰いますので、乳母たちは一層面倒に思い合っております。

朱雀院は、源氏について話されます。

「かの六条の大臣は、げに、さりとも物の心えて、後安き方はこよなかりなむを、方々にあまたものせらるべき人々を、知るべきにもあらずかし。とてもかくても人の心からなり」
――源氏は、なるほど、やはり万事心得ておいでで、安心な点ではこの上ないだろうから、あちらこちらに数多おられる女方の事は、気に掛けないでもよいことだ。いずれにせよ、問題は夫の心次第なのだから――

ではまた。


源氏物語を読んできて(402)

2009年05月30日 | Weblog
9.5/30   402回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(11)

 このことがあって、それから乳母が朱雀院の御前に参上して奏しますには、
「しかじかなむ、なにがしの朝臣にほのめかしはべしかば、かの院には必ずうけひき申させ給ひてむ、年頃の御本意かなひて思しぬべき事なるを、こなたの御許しまことにありぬべくは伝へ聞こえむ、たなむ申し侍りしを、いかなるべき事にか侍らむ」
――しかじかの御事(姫宮の源氏への御降嫁)を、兄に仄めかしましたところ、きっと源氏の大臣はご承知になるでしょう。それは年来のご希望が叶うことでいらっしゃるので、院のお許しがありますならば、御伝え申しましょうと、こう申しましたが、如何いたしましょう――

乳母はさらに、

「御後見望み給ふ人々は、あまたものし給ふめり。よく思し定めてこそよく侍らめ。限りなき人と聞こゆれど、今の世のやうとては、皆ほがらかに、あるべかしくて、世の中を御心と過し給ひつべきも、(……)取り立てたる御後見ものし給はざらむは、名細きわざになむ侍るべき」
――姫宮のお世話を望まれる方々は他にも大勢いらっしゃいましょう。よくよくお見定めいただきとうございます。いくら高貴な方でも、今どきはご夫婦の中なども、それぞれがわだかまりなく楽しく過ごしておいでになる向きも多いようでございますが、(姫宮はまだまだ頼りなげでいらっしゃいますし、側に仕える者たちにも限界がありましょう)しっかりしたお世話役がいらっしゃらないのは、まことに心細うございます――

 と、申し上げます。朱雀院もそのことについてはお悩みになっておられ、

「御子達の世づきたる有様は、うたてあはあはしきやうにもあり、また高き際といへども、女は男に見ゆるにつけてこそ、悔しげなる事も、めざましき思いも自ずからうち交るわざなめれと、(……)今の世には、好き好きしく乱りがはしき事も類に触れて聞こゆめりかし」
――皇女たちが夫を持った様子は厭なもので、何となく軽々しいように世の人からも見られよう。そうかといって尊い身分といっても、女は結局男に連れ添うことで、口惜しい事も腹立たしいことも様々に味わうものであるし、(かと言って、頼りの親にも先立たれ、一人身で世を送っていくのもどうかと思われる。これが昔なら、人の心も穏やかで、世間で許さぬ恋などは出来ないものと定めていたが)今どきは、浮気で濫りがましいことも何かのついでには聞こえてくるようだしね――

ではまた。



源氏物語を読んできて(401)

2009年05月29日 | Weblog
09.5/29   401回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(10)

 この乳母の兄で、左中弁(さちゅうべん)という者は、長年源氏にお仕えしており、また女三宮にも特別にお仕えしておりますところから、乳母がそれとなく話をします。乳母は女三宮の行く末をご案じ申し上げることしきりで、

「わが心一つにしもあらで、自から思いの外のこともおはしまし、軽々しき聞こえもあらむときには、いかさまにかは、わづらはしからむ。……かしこき筋と聞こゆれど、女はいと宿世定め難くおはしますものなれば……」
――(お仕えしている侍女は)私一人ではないゆえ、万一思いの外の過ちでもあって、軽薄な噂でも立ちましたら、どんなに厄介なことになりましょう。……高貴な御血筋と申しましても、女というものは運の定めにくいものですから――

 何とか疵の無いうちに、どなたかにお頼みしたいのです、と申します。
左中弁は「源氏という方は、お気に召さない女人でも、手元に引き取られて気を長く持たれる方です。けれども、その中でも歴とした地位の方は紫の上お一人で、他の方はお寂しいもののようでございます」続けて、

「御宿世ありて、若しわやうにおはしますやうもあらば、いみじき人と聞こゆとも、立ち並びておしたち給ふことはえあらじ、とこそはおしはからるれど、なほ如何と憚るる事ありてなむ覚ゆ」
――もし御縁があって、姫宮(女三宮)が源氏に御降嫁なさったならば、紫の上がいくらご立派でも、肩を並べて対立なさることなどご無理の筈とはお察しいたしますが、それでもどうでしょうか。案ぜられるところもありそうな気もいたします――

「さるは、この世の栄末の世に過ぎて、身に心もとなきことはなきを、女の筋にてなむ、人のもどきをも負ひ、わが心にも飽かぬ事もある」
――源氏ご自身は、現在の栄華が末世には過ぎるほどで、意に叶わぬことなどないが、女の問題で人の非難も受け、自分でも意に満たぬものよ――

 と、ご冗談にまかせておっしゃることもありますが、たしかに源氏の御身分にふさわしい女人はいらっしゃらないようでございますからね、とつづけて、

「それに、同じくは、げに然もおはしまさば、いかに類ひたる御あはひならむ」
――そこに同じことなら、姫宮が御降嫁されましたなら、どんなにお似合いのご夫婦でしょう――

◆自から思いの外=予期せぬ男女の悪しき関係

ではまた。


源氏物語を読んできて(400)

2009年05月28日 | Weblog
09.5/28   400回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(9)

 朱雀院は、分別のある御乳母どもを召して、姫宮の御裳著の準備をおさせになりながら、
「六条の大臣の、式部卿の親王の女生ほし立てけむやうに、この宮をあづかりてはぐくまむ人もがな。ただ人の中にはあり難し。内裏には中宮侍ひ給ふ。(……)」
――六条の大臣(源氏)が、式部卿の宮の姫(紫の上)を立派に養育されたように、女三宮を預かって養育する人が欲しいね。臣下の中には見当たらない。冷泉帝には秋好中宮がおられるし、(それに次ぐ女御たちも、高位の人ばかりで、女三宮が後ろ楯もなくて後宮に出仕することはみじめであろうし)――

「この権中納言の朝臣の一人ありつる程に、うちかすめてこそこころみるべかりけれ。若けれどいときやうざくに、生ひ先頼もしげなる人にこそあめるを」
――あの夕霧が一人身のうちに、ほのめかしてみるのだった。若いが大そう優秀で、将来ある人らしいのに――

 冷泉院のお言葉に、乳母は「中納言(夕霧)は、元来真面目で、雲井の雁に心を寄せて浮気もなさいませんでした。思いが叶った今ではお心変わりなどありませんでしょう。」と、つづけて、

「かの院こそ、なかなかなほ、いかなるにつけても、人をゆかしく思したる心は、絶えずものせさせ給ふなれ。その中にも、やむごとなき御願ひ深くて、前斎院などをも今に忘れ難くこそ聞こえ給ふなれ」
――源氏の方こそ、却って今でも何かにつけて、女に心惹かれるお癖はお止みにならないそうでございます。その中でも御身分が高く難しい女人をお望みになるお心が深く、前斎院(朝顔の君)へは今も忘れかねてお文を差し上げていらっしゃるようですよ――


と、申し上げます。朱雀院は、

「いで、その旧りせぬあだけこそは、いと後めたけれ」
――それです、その変わらぬ浮気心が実に不安なのだけれどね――

とはおっしゃるものの、乳母の言う通り源氏に預けようとの、お心のようです。

ではまた。


源氏物語を読んできて(399)

2009年05月27日 | Weblog
09.5/27   399回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(8)

女房たちの話をお聞きになって、朱雀院は、

「まことに、彼はいと様異なりし人ぞかし。今はまたその世にもねびまさりて、光るとはこれを言ふべきにやと見ゆるにほひなむ、いとど加はりにたる。(……)何事にも前の世おしはかられて、めづらかなる人の有様なり。」
――実際彼は、異常なほど美しい方だった。それが今では、若い頃以上に美しくなられて、光るというのはこういうことを言うのだろうかと思う程の、輝きが増してこられた。(政治では手腕を振るわれ、一方、打ち解けては遊びにも愛敬があって、人なつこく、好きにならずにはいられないようなのは、世にも不思議なことだ)何事にも前世の果報が推しはかられて、世にも稀な人というべきでしょう――

「宮の内に生ひ出でて、帝王の限りなくかなしき者にし給ひ、さばかり撫でかしづき、身にかへて思したりしかど、心のままにも驕らず、卑下して、二十がうちには、納言にもならずなりにしかし。一つあまりてや、宰相にて大将かけ給へりけむ。」
――源氏は宮中で成長して、桐壷帝がこの上なく可愛い者とされて、ご寵愛され、御身に代えるほどにお思いになりましたが、源氏は心のままにも驕らず、自からへりくだって、二十歳前には納言の位にも昇らなかった。二十一歳になって大将に宰相を兼任されたと思うが――

「それにこれは、いとこよなく進みにためるは、次々の子のおぼえのまさるなめりかし。あやまりてもおよずけまさりたるおぼえ、いと異なめり。」
――それにしては、今の夕霧が非常に出世しているのは、源氏の子孫に対する人望が高まっているからかも知れない――

 と、しきりにお褒めになります。

そして、朱雀院は女三宮の愛らしく成長なさっているご様子をご覧になるにつけ、

「見はやし奉り、かつはまた片生ひならむことをば、見隠し教へ聞こえつべからむ人の、後やすからむにあづけ聞こえばや」
――あなたを大切にし、また未熟な点はそっとしておいて、お教え申すような人で、安心の行く人にお預けしたいものです――

 と仰るのでした。

ではまた。


源氏物語を読んできて(398)

2009年05月26日 | Weblog
09.5/26   398回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(7)

(夕霧の好ましい様子をご覧になりながら)朱雀院は、

「太政大臣のわたりに、今は住みつかれにたりとな。年頃心得ぬさまに聞きしが、いとほしかりしを、耳やすきものから、さすがに妬たく思ふことこそあれ」
――あなたは、今は太政大臣家の婿君になられたそうですね。年来妙な具合だったように聞いて気の毒でしたが、今は安心のようですが、(私には)しかし残念に思うことがあるんですよ――

 夕霧は、どのようなお積りでおっしゃっるのかと、思いめぐらして、そういえば、

「この姫君をかく思しあつかひて、さるべきひとあらばあづけて、心安くよをも思ひ離ればや、となむ思し宣はする、と、おのづから漏り聞き給ふ便りありければ、さやうの筋にやとは思ひぬれど、」
――朱雀院は女三宮をご案じになって、適当な人があったらそれに預け、安心して出家もしたいとのお望みであると、自然と漏れ聞くついでもありましたので、夕霧はそういう意味なのかとは思いましたが――

 咄嗟に、いかにも心得た風にお答でできることでしょうか、

「はかばかしくも侍らぬ身には、寄るべも侍ひ難くのみなむ」
――いっこうに取柄どころもございません身には、なかなか頃合いの縁とてもございませんで――

 と、申上げるだけになさった。

女房たちは覗き見をして、夕霧のご容貌やお人柄を褒めておりますと、昔を知っている老女房たちは、

「いで然りとも、かの院のかばかりにおはせし御有様には、え准ひ聞こえ給はざめり。いと目もあやにこそ清らにものし給ひしか」
――さあ、それでも、源氏の君のあの御年頃のご様子には、較べものになりますまい。本当に、もう眩しいほどお美しかったのですもの――

ではまた。
 

源氏物語を読んできて(397)

2009年05月25日 | Weblog
09.5/25   397回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(6)

 中納言(夕霧)の君は、

「過ぎ侍りにけむ方は、ともかくも思う給へわき難く侍り。(……)いにしへのうれはしき事ありてなむなど、うちかすめ申さるる折は侍らずなむ。」
――過去の事は何とも私には判断できかねます。(私が成人し、世間を見て歩きます時分から、父とは大小の世事から内輪の事を話し合うことがありましても)父が、昔辛いことがありましたことを仄めかされることもございません――

 夕霧は、父上の思いを、代わってさらに申し上げます、

「かく朝廷の御後見を仕うまつりさして、静かなる思ひをかなへんと、ひとえに籠り居し後は、何事をも知らぬやうにて、故院の御遺言のごともえ仕うまつらず、御位におはしましし世には、齢の程も、身の器も及ばず、かしこき上の人々多くて、その志を遂げて、御覧ぜらるる事もなかりき」
――こうして朝廷のお世話も辞して、出家の望みを果たそうとすっかり引退しましてからは、世事いっさいに関わらぬようにして、桐壷帝の御遺言通りお仕えすることもできずにおります。朱雀院御在位中は、自分もまだ歳が若く手腕も至らず、その上目上の賢臣も多くて、志どうりにご奉公申し上げることもなかったのです――

「今かく政をさりて、しづかにおはします頃ほひ、心のうちをも隔てなく、参り承らまほしきを、さすがに何となく所狭き身のよそほひにて、自から月日を過ごすこと、となむ、折々歎き申し給ふ」
――今こうして院も政治をお譲りになって、静かにお暮らしを楽しんでおいでになる時でございますから、折々参上して心の内を遠慮なく申し上げたり、承ったりしたいものと思いながら、さすがに何となく、今は窮屈な身分柄、自然と月日をすごしていることは残念なことです、と、折々嘆息しております――

と申し上げます。

二十歳前ながら、夕霧のすっかり整って、ご容貌も艶やかに美しいのを、朱雀院はしげしげとお眺めになりながら、今お心を悩ましていらっしゃる女三宮をお世話申すのに、この人などどうであろうと、人知れずお思いになるのでした。

写真:朱雀院と夕霧。奥が朱雀院

ではまた。


源氏物語を読んできて(396)

2009年05月24日 | Weblog
09.5/24   396回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(5)

朱雀院のお話がつづきます。

「いかならむ折にか、その御心ばへほころぶべからむと、世の人もおもむけ疑ひけるを、つひに忍び過し給ひて、東宮などにも心をよせ聞こえ給ふ」
――いつかは源氏にも復讐心が覗くことだろうと、世間の人も大方疑っておりましたが、とうとう堪え通されて、東宮にも好意を寄せておられます――

「今はたまたなく親しかるべき中となり、睦び交はし給へるも、限りなく心には思ひながら、本性の愚かなるに添へて、子の道の闇にたち交じり、かたくななるさまにやとて、なかなか余所のことに聞こえ放ちたるさまにて侍る」
――今では、明石の姫君入内などして、又とない親しい筈の間柄となり、好意を寄せてくださっていますのを内心嬉しく思いながらも、元来愚かな性分の上に、子故の闇に迷って見苦しい振る舞いでもありはしないかと思って、かえって余所ごとのように無関心を装っているのです――

「内裏の御事は、かの御遺言違へず、仕うまつり掟てしかば、かく末の世の明らけき君として、来し方の御面をもおこし給ふ。本意のごと、いとうれしくなむ」
――帝のことについては、桐壷帝の御遺言通りに取り計らいましたので、末の世にもこれほどの名君として、先代の私の不面目を取り返してくださるのは、望通り誠に嬉しいことです――

「この秋の行幸の後、いにしへのこととり添へて、ゆかしくおぼつかなくなむ覚え給ふ。対面に聞こゆべき事ども侍り。必ず自らとぶらひものし給ふべき由、催し申し給へ」
――さる十月の六条院への行幸の後、昔の事も思い出されて、源氏に早くお目にかかりたく思います。対面して申し上げたいことがあるのです。必ずご自身でお訪ねくださるようにすすめてはくださらぬか――

 などと涙をこぼしながら、仰せになります。

◆子故の闇=子供可愛さに自分を失って闇の世界に惑う。

ではまた。


源氏物語を読んできて(公事屏風1-6月)

2009年05月24日 | Weblog
◆財団法人風俗博物館の蔵品のなかに「公事屏風」と箱題された六曲屏風一双がある。絵絹を用い、軟錦で縁取りし、一扇ごとに一場面の宮廷行事を繊細に描いている。
款記はないが御所周辺の画師の手になるとみられ、作期には江戸後期が想定される。右双の右端から

「正月・子の日の小松引」
「二月・列見」
「三月・曲水流觴」
「四月・孟旬」
「五月・献菖蒲」
「六月・大祓」

 風俗博物館