三十三帖【藤裏葉(ふじのうらは)の巻】
09.5/9 381回 その(9)
近衛司(このえづかさ)の勅使は、頭の中将(柏木)で、
「かの大殿にて、出で立つ所よりぞ人々は参り給ふける。籐典侍も使いなりけり」
―父大臣の邸から勅使が立つので人々は集まって、そこから源氏の桟敷に参上されます。
籐典侍(とうないしのすけ)も勅使です――
「覚えことにて、内裏、東宮より初め奉りて、六条の院などよりも、御とぶらひども所狭きまで、御心よせいとめでたし」
――(この籐典侍は)格別に人望のある方で、帝、東宮を初め、源氏からも沢山の贈り物で、置場もないくらいの重んぜられようです――
夕霧と籐典侍は、
「うちとけずあはれを交はし給ふ御中なれば、かくやむごとなき方に定まり給ひぬるを、ただならずうち思ひけり」
――二人は忍び合う相思の御仲ですので、夕霧が内大臣の婿として定まってしまわれましたので、籐典侍はとても穏やかな気持ちではいられないのでした――
その籐典侍に夕霧は使いをおやりになって、その歌、
「何とかや今日のかざしよかつ見つつおぼめく迄もなりにけるかな」
――今日の祭りのかざしを見ながら、何という名であったか忘れるくらい、逢う日(葵)のない仲となってしまったことよ――
こんな折を逃さず文を頂いたことに籐典侍はうれしく思って、お返事に、
「かざしてもかつたどらるる草の名はかつらを折りし人や知るらむ」
――私も自分で髪にかざしていながら、何という名か思い出せません。あなたほどの学者ならご存知でしょう――
夕霧は、
「はかなけれど、ねたき答と思す。なほこの典侍にぞ思ひ離れず、はひ紛れ給ふべき」
――ちょっとした歌ですが、心憎い返事だとお思いになります。やはりこの籐典侍にはお心がとまっていて、これからもきっと人目を忍んでお逢いになることでしょう――
◆近衛司=賀茂の祭り、春日祭には東遊びを奉ずる。その舞人や陪従(べいじゅう)は近衛府の所管なので、その官人が勅使に立つ。
◆写真・籐典侍=源氏の従者である惟光の娘で、五節の舞姫であった人。風俗博物館
ではまた。
09.5/9 381回 その(9)
近衛司(このえづかさ)の勅使は、頭の中将(柏木)で、
「かの大殿にて、出で立つ所よりぞ人々は参り給ふける。籐典侍も使いなりけり」
―父大臣の邸から勅使が立つので人々は集まって、そこから源氏の桟敷に参上されます。
籐典侍(とうないしのすけ)も勅使です――
「覚えことにて、内裏、東宮より初め奉りて、六条の院などよりも、御とぶらひども所狭きまで、御心よせいとめでたし」
――(この籐典侍は)格別に人望のある方で、帝、東宮を初め、源氏からも沢山の贈り物で、置場もないくらいの重んぜられようです――
夕霧と籐典侍は、
「うちとけずあはれを交はし給ふ御中なれば、かくやむごとなき方に定まり給ひぬるを、ただならずうち思ひけり」
――二人は忍び合う相思の御仲ですので、夕霧が内大臣の婿として定まってしまわれましたので、籐典侍はとても穏やかな気持ちではいられないのでした――
その籐典侍に夕霧は使いをおやりになって、その歌、
「何とかや今日のかざしよかつ見つつおぼめく迄もなりにけるかな」
――今日の祭りのかざしを見ながら、何という名であったか忘れるくらい、逢う日(葵)のない仲となってしまったことよ――
こんな折を逃さず文を頂いたことに籐典侍はうれしく思って、お返事に、
「かざしてもかつたどらるる草の名はかつらを折りし人や知るらむ」
――私も自分で髪にかざしていながら、何という名か思い出せません。あなたほどの学者ならご存知でしょう――
夕霧は、
「はかなけれど、ねたき答と思す。なほこの典侍にぞ思ひ離れず、はひ紛れ給ふべき」
――ちょっとした歌ですが、心憎い返事だとお思いになります。やはりこの籐典侍にはお心がとまっていて、これからもきっと人目を忍んでお逢いになることでしょう――
◆近衛司=賀茂の祭り、春日祭には東遊びを奉ずる。その舞人や陪従(べいじゅう)は近衛府の所管なので、その官人が勅使に立つ。
◆写真・籐典侍=源氏の従者である惟光の娘で、五節の舞姫であった人。風俗博物館
ではまた。