2010.5/31 751回
四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(12)
阿闇梨の話が続きます。
「出家の志はもとよりものし給へるを、はかなきことに思ひとどこほり、今となりては、心苦しき女子どもの御上を、え思ひ棄てぬとなむ、歎き侍りたうぶ」
――(八の宮は)出家の御意志は昔からおありですのに、ちょっとした事がありまして果たせずにおりまし上に、今となっては、このような幼い者たちを見棄てて行くのが心がかりなばかりに、ひと思いに出家することも出来ずにいらっしゃるのです――
と、申し上げます。僧とは言っても音楽好きの阿闇梨ですので、お話は、
「げにはた、この姫君たちの、琴弾き合せて遊び給へる、河浪にきほひて聞こえ侍るは、いと面白く、極楽思ひやられ侍るや」
――まったくもって、この姫君たちが合奏なさる音楽は、宇治川の川音と競い合って、
趣き深く、まさに極楽の心地がいたしますよ――
と、古風な誉め方をしますので、冷泉院は苦笑交じりに、ちょっと真剣な面持ちで、
「さる聖のあたりに生ひ出でて、この世の方ざまは、たどたどしからむとおしはからるるを、をかしの事や。うしろめたく思ひ棄て難く、もてわづらひ給ふらむを、もししばしも後れむ程は、ゆづりやはし給はぬ」
――そのような聖に似た生活の許で育ったので、世間の事には疎いだろうと思われるのに、琴が上手とは感心なことだな。八の宮が姫君達が心配で見棄てられず、苦にしているようなら、もしも私の方が少しでも後まで生き残れるなら、その間でも私に預けてくださらないかしら――
などと、おっしゃいます。
「この院の帝は、十の御子にぞおはしましける。朱雀院の、故六条の院にあづけ聞こえ給ひし、入道の宮の御例を思ほし出でて、かの君達をがな、つれづれなる遊び敵に、など、うち思しけり」
――この冷泉院は、桐壺帝の十番目の御子でいらっしゃいます。その昔、朱雀院がご自分の御子の女三宮を、源氏に降嫁された例を思い出されて、八の宮の姫君たちを預って(入内させて)つれづれの時の遊び相手に、などとお思いになるのでした――
◆きほひて=競って
ではまた。
四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(12)
阿闇梨の話が続きます。
「出家の志はもとよりものし給へるを、はかなきことに思ひとどこほり、今となりては、心苦しき女子どもの御上を、え思ひ棄てぬとなむ、歎き侍りたうぶ」
――(八の宮は)出家の御意志は昔からおありですのに、ちょっとした事がありまして果たせずにおりまし上に、今となっては、このような幼い者たちを見棄てて行くのが心がかりなばかりに、ひと思いに出家することも出来ずにいらっしゃるのです――
と、申し上げます。僧とは言っても音楽好きの阿闇梨ですので、お話は、
「げにはた、この姫君たちの、琴弾き合せて遊び給へる、河浪にきほひて聞こえ侍るは、いと面白く、極楽思ひやられ侍るや」
――まったくもって、この姫君たちが合奏なさる音楽は、宇治川の川音と競い合って、
趣き深く、まさに極楽の心地がいたしますよ――
と、古風な誉め方をしますので、冷泉院は苦笑交じりに、ちょっと真剣な面持ちで、
「さる聖のあたりに生ひ出でて、この世の方ざまは、たどたどしからむとおしはからるるを、をかしの事や。うしろめたく思ひ棄て難く、もてわづらひ給ふらむを、もししばしも後れむ程は、ゆづりやはし給はぬ」
――そのような聖に似た生活の許で育ったので、世間の事には疎いだろうと思われるのに、琴が上手とは感心なことだな。八の宮が姫君達が心配で見棄てられず、苦にしているようなら、もしも私の方が少しでも後まで生き残れるなら、その間でも私に預けてくださらないかしら――
などと、おっしゃいます。
「この院の帝は、十の御子にぞおはしましける。朱雀院の、故六条の院にあづけ聞こえ給ひし、入道の宮の御例を思ほし出でて、かの君達をがな、つれづれなる遊び敵に、など、うち思しけり」
――この冷泉院は、桐壺帝の十番目の御子でいらっしゃいます。その昔、朱雀院がご自分の御子の女三宮を、源氏に降嫁された例を思い出されて、八の宮の姫君たちを預って(入内させて)つれづれの時の遊び相手に、などとお思いになるのでした――
◆きほひて=競って
ではまた。