永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(397)

2009年05月25日 | Weblog
09.5/25   397回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(6)

 中納言(夕霧)の君は、

「過ぎ侍りにけむ方は、ともかくも思う給へわき難く侍り。(……)いにしへのうれはしき事ありてなむなど、うちかすめ申さるる折は侍らずなむ。」
――過去の事は何とも私には判断できかねます。(私が成人し、世間を見て歩きます時分から、父とは大小の世事から内輪の事を話し合うことがありましても)父が、昔辛いことがありましたことを仄めかされることもございません――

 夕霧は、父上の思いを、代わってさらに申し上げます、

「かく朝廷の御後見を仕うまつりさして、静かなる思ひをかなへんと、ひとえに籠り居し後は、何事をも知らぬやうにて、故院の御遺言のごともえ仕うまつらず、御位におはしましし世には、齢の程も、身の器も及ばず、かしこき上の人々多くて、その志を遂げて、御覧ぜらるる事もなかりき」
――こうして朝廷のお世話も辞して、出家の望みを果たそうとすっかり引退しましてからは、世事いっさいに関わらぬようにして、桐壷帝の御遺言通りお仕えすることもできずにおります。朱雀院御在位中は、自分もまだ歳が若く手腕も至らず、その上目上の賢臣も多くて、志どうりにご奉公申し上げることもなかったのです――

「今かく政をさりて、しづかにおはします頃ほひ、心のうちをも隔てなく、参り承らまほしきを、さすがに何となく所狭き身のよそほひにて、自から月日を過ごすこと、となむ、折々歎き申し給ふ」
――今こうして院も政治をお譲りになって、静かにお暮らしを楽しんでおいでになる時でございますから、折々参上して心の内を遠慮なく申し上げたり、承ったりしたいものと思いながら、さすがに何となく、今は窮屈な身分柄、自然と月日をすごしていることは残念なことです、と、折々嘆息しております――

と申し上げます。

二十歳前ながら、夕霧のすっかり整って、ご容貌も艶やかに美しいのを、朱雀院はしげしげとお眺めになりながら、今お心を悩ましていらっしゃる女三宮をお世話申すのに、この人などどうであろうと、人知れずお思いになるのでした。

写真:朱雀院と夕霧。奥が朱雀院

ではまた。


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