永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(121)その3

2019年06月10日 | 枕草子を読んできて
一〇八  淑景舎、東宮にまゐりたまふほどの事など (121)その3  2019.6.10
  
 殿、薄色の御直衣、萌黄の織物の御指貫、紅の御衣ども、御紐さして、廂の柱にうしろをあてて、こなたざまに向きておはします。めでたき御ありさまどもをうちゑみて、例のたはぶれ言どもをせさせたまふ。淑景舎の、絵にかきたるやうにうつくしげにてゐさせたまへるに、宮はいとやすらかに、いますこし大人びさせたまへる御けしきの、紅の御衣ににほひ合はせたまひて、なほたぐひはいかがでかと見えさせたまふ。
◆◆殿は、薄い紫色の御直衣、萌黄の織物の御指貫、下に紅の御内着を何枚か召され、直衣の御紐をきちんとしめて、廂の間の柱に背を当てて、こちらの方を向いておいでになる。中宮様と淑景舎の女御とのすばらしいご様子をにこにこして、いつものように冗談を仰っていらっしゃる。淑景舎が、絵に描いてあるようにかわいらしげなご様子でお座りあそばしていらっしゃるのに対して、中宮様はたいへん落ち着いて、もうすこし大人びておいであそばされるお顔のご様子が、紅のお召し物にうつくしく映え合っていらっしゃって、やはり匹敵するお方はどうしてあろうかと素晴らしくお見えあそばされる。◆◆

■紅の御衣ども(くれないのおんぞども)=紅色の内衣。直衣の下に着る。
■御紐さして=直衣の襟の紐をさし入れて入れ紐にした状態。寛いだ時は外しておく。ここは敬意を表わしたもの。


 御手水まゐる。かの御方は、宣耀殿、貞観殿を通りて、童二人、下仕へ四人して持てまゐるめり。唐廂のこなたの廊にぞ、女房六人ばかり候ふ。せばしとて、かたへは御送りして、みな帰りにけり。桜の汗衫、萌黄、紅梅などいみじく、汗衫長く尻引きて、取り次ぎまゐらす、いとなまめかし。織物の唐衣どもこぼれ出でて、相尹の馬頭のすむめ少将の君、北野の三位のむすめ宰相の君などぞ近くはある。あなをかしと見るほどに、この御方の御手水、番の采女、青裾濃の裳、唐衣、裙帯、領巾などして、面などいと白くて、下仕へなど取り次ぎて、まゐるほど、これはたおほやけしく、唐めいてをかし。
◆◆朝の御手水を差し上げる。あちらの淑景舎の御方のは、御手水は宣耀殿、貞観殿をとおって、童二人、下仕へ四人で持って参上するようだ。女房六人ほどが伺候している。廊が狭いということなので、半分は淑景舎をお送り申し上げて、皆帰ってしまったのだった。童女の桜の汗衫やその下に着た萌黄色、紅梅色などの着物が素晴らしく、汗衫の裾を後ろに長く引いて、御手水を取り次いで差し上げるのが、大層優美だ。織物の唐衣がいくつか、御簾からこぼれ出ていて、相尹(すけまさ)の馬の頭の娘である少将の君、北野の三位の娘である宰相の君などが廊近くにいる。「ああおもしろいこと」とみているうちに、こちらの中宮様の御方の御手水は、番に当たっている采女が青裾濃の裳、唐衣、裙帯、領巾などを着けて、顔などを真っ白に塗って、下仕えなどが取り次いで、差し上げるときの様子、これはまたさすがに公事らしく、唐風でおもしろい。◆◆

*写真は女童(めわらわ)の汗衫(かざみ)姿。