永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(376)

2009年05月04日 | Weblog
三十三帖【藤裏葉(ふじのうらは)の巻】

09.5/4   376回   その(4)

 内大臣邸の主人役の公達が夕霧をお出迎えになります。ご列席の方々はどなたもご立派ですが、やはり何といっても夕霧が一段と美しく、人付き合いがよく、味わい深いお人柄です。内大臣の気の使いようは並々でなく、内大臣ご自身も身だしなみを整えられて、改めて冠をつけて、お出でになるとき、お側の北の方や、若い女房たちに、

「のぞきて見給へ。いとかうざくにねびまさる人なり。用意などいと静かに、ものものしや。あざやかにぬけ出でおよずけたる方は、父大臣にもまさりざまにこそあめれ。かれはただいと切になまめかしう愛敬づきて、見るに笑ましく、世の中忘るる心地ぞし給ふ。おほやけざまは、すこしたはれて、あざれたる方なりし、道理ぞかし」
――ほら、覗いてごらんなさい。夕霧は年とともにますます立派になられる方だ。態度なども落ち着いて重々しい。すっきりと群を抜いて老成された点では、父の源氏より優れているかも知れない。父君の方はただただあでやかで愛嬌があって、見ているだけで微笑ましく、世の中の憂さも忘れるようなご様子であった。公の席では少しくだけて、洒落た方だったが、それも無理はない――

 「しかし」、とお続けになって、

「これは才の際もまさり、心もちゐ男々しく、すくよかに足らひたりと、世に覚えためり」
――こちらの夕霧は学才の程も優れ、心持も男性的で、真面目で欠点がないとの評判らしい――

 などとおっしゃって、対面なさいます。真面目なお話はちょっとで、花の美しさへ興が移っていきます。藤の花は藤原氏のゆかりの紫で、なにやら雲井の雁を仄めかしておられるようでもあります。

 夜になって、盃がめぐり、管弦のお遊びがはじまります。内大臣は間もなく空酔いなさって、しきりに夕霧に盃をお進めになりながら、

「君は、末の世にはあまるまで天の下の有職にいものし給ふめるを、齢旧りぬる人思ひ棄て給ふなむつらかりける。文籍にも家禮といふことあるべくや。(……)」
――あなたは末世には過ぎる程の天下の教養人のようですのに、私のような老人をお見捨てになるとは恨めしい。典籍にも父子の禮ということがあるそうです。(良くご存じでしょうに、私の心を悩ませないでくださいよ)――

 と、ご自分を父と見てほしいということでしょうか、酔い泣きに心の内を仄めかされるのでした。
 
◆すこしたはれて、あざれたる方=少し戯れ言を言って色好みでふざける

◆藤原氏のゆかりの紫=藤原の「藤」が、藤原氏のゆかりの木。今でも春日大社には、見事な藤がある。

◆写真:山藤

ではまた。