永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(889)

2011年01月31日 | Weblog
2011.1/31  889

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(66)

 薫は匂宮の御事などをお聞きになって、どうしようもなくご心配で、あちこち掛けづり回っておられます。それにしても、と、お心の内で、

「我れが、あまり異様なるぞや、さるべき契りやありけむ、親王のうしろめたしとおぼしたりし様もあはれに忘れ難く、この君達の御ありさまけはひも、ことなる事なく、世におとろへ給はむ事の、惜しくもおぼゆるあまりに、人々しうもてなさばやと、あやしきまでもて扱はるるに」
――だいたい自分が世間と余りにも違いすぎるのだろうか。前世の因縁からか、故八の宮が姫君たちのことを、とても気懸りにお思いになっていらしたご様子が身に沁みて忘れられず、この姫君たちの美しいご容姿や感じも、格別の御運がなく落ちぶれて行かれることが、残念に思われるその余りに、人並みにして差し上げたいと、妙なくらいお世話せずにいられず――

「宮もあやにくにとりもちて責め給ひしかば、わが思ふかたは異なるに、譲らるる有様もあいなくて、かくもてなしてしを思へば、くやしくもありけるかな、いづれも我が物にて見たてまつらむに、とがむべき人も無しかし」
――匂宮もひどくご執心に仲立ちのことをお責めになりましたので、自分が思いを掛ける方は大君の方ですのに、大君からは中の君に、と言われたことも心外で、つい片意地を張って、このように中の君を匂宮にお世話申したのだった。考えてみれば何とも残念なことをしたものだ。大君と中の君のどちらを自分のものとしてお世話しようと、咎めだてする人などいなかったのに、(どちらも取り逃がして)――

 と、今更悔いてもどうにもならないけれども、愚かしいことだったと、お心一つに思い悩んでいらっしゃる。
 匂宮はましてや、中の君のことをお忘れになることが出来ず、恋い焦がれて、もしや宇治の方では、これ切りだと思っておいでではないかと、気が気ではないご様子です。

 明石中宮は、匂宮に、

「御こころにつきておぼす人あらば、ここにまゐらせて、例ざまにのどやかにもてなし給へ。筋ことに思ひきこえ給へるに、軽びたるやうに人のきこゆべかめるも、いとなむ口惜しき」
――お気に召した女性がいるならば、お邸に引きとって、気安い形で(側女として)ご寵愛なさったらよいでしょう。帝がゆくゆくはあなたを東宮にもと思っておいでなのに、軽率なお振舞いと人が申し上げるらしいのは、本当に困ったことですこと――

 と、朝に夕にやかましくご意見なさるのでした。

◆人々しうもてなさばや=人並みに扱う

◆かくもてなしてしを思へば=このように(中の君を匂宮に)お逢わせ申したことを思うと。

では2/1に。

源氏物語を読んできて(888)

2011年01月29日 | Weblog
2011.1/29  888

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(65)

 大君はお食事を全くお取りにならず、

「ただ亡からむ後のあらましごとを、明け暮れ思ひ続け給ふに、もの心細くて、この君を見奉り給ふもいと心苦しく、我にさへ後れ給ひて、いかにいみじく慰むかたなからむ、あたらしくをかしき様を、あけくれの見ものにて、いかで人々しくも見なし奉らむ、と、思ひ扱ふをこそ、人知れぬ行く先のたのみにも思ひつれ」
――ただひたすら、ご自分が亡くなられてから後の事をあれこれと朝夕考え続けていらっしゃると、なんとも心細くなって、妹君をご覧になるにつけても、たいそうおいたわしく、まして姉の自分にまで先立たれては、どんなにかひどく気落ちなさることであろう、惜しいほど美しいご容姿を、朝夕の慰めとして、何とかして世間並みに縁づけて差し上げようと骨を折る事を、私はひそかに将来の頼みとも思ったものだったのに――

「かぎりなき人にものし給ふとも、かばかり人笑へなる目を見てむ人の、世の中に立ちまじり、例の人ざまにて経給はむは、類少なく心憂からむ、などおぼし続くるに、いふかひもなく、この世にはいささか思ひ慰むかたなくて過ぎぬべき見どもなりけり、と心細くおぼす」
――匂宮がどれほど高貴なお方であろうとも、これほど中の君が物笑いになりそうな目に遇わされてしまった上では、世間に出て人並みに過ごされることも難しく、さぞや肩身も狭いことでしょう、などと思い続けていきますと、身も世もなく、私たち姉妹は何ひとつ楽しみもなくこの世を終わる宿縁なのだと、さらに一層お心細く悲しくお思いになるのでした――

 さて、

 「宮は、立ちかへり、例のやうにしのびて、と出で立ち給ひけるを、『かかる御しのび言により、山里の御ありきも、ゆくりかにおぼし立つなりけり。軽々しき御ありさまと、世人も下に誹り申すなり』と衛門の督のもらし申し給ひければ、中宮もここしめし歎き、上もいとど許さぬ御けしきにて、『大方心に任せ給へる御里ずみのあしきなり』ときびしき事ども出で来て、内裏につとさぶらはせ奉り給ふ」
――匂宮はすぐさま、いつものようにお忍びで宇治へ行こうと計画されましたのを、「このような秘密のことがおありになって、山里への紅葉狩りを急に仰せになられたのです。軽々しい御振る舞いと、世間でも陰では非難申し上げております」と、衛門の督(えもんのかみ)が、そっと御所の方にお知らせになりましたので、母君の明石中宮もたいそうお嘆きになり、帝ももってのほかの御気色で、「大体あなたが、気ままな里住いをお許しになったのが悪いのだ」との、お咎めもありまして、それからは匂宮をずっと内裏に引きつけてお置きになります――

「左の大臣殿の六の君を、うけひかず思したる事なれど、おしたちて参らせ給ふべく、みな定めらる」
――夕霧左大臣の六の君を、匂宮はご結婚をご承諾されないでいられたのですが、無理にもご縁づけなさるように、周りで一切が取り決められました――

◆ゆくりかに=おもいがけなく。にわかなさま。

◆衛門の督(えもんのかみ)=夕霧の子息で宇治遊覧の際、中宮の使いとして参った人

◆うけひかず思したる事=承け引かず=承諾したくないと思っていること

◆おしたちて=押し立ちて=立ちはだかる。無理にする。

では1/31に。


源氏物語を読んできて(887)

2011年01月27日 | Weblog
2011.1/27  887

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(64)

 中の君の口惜しいご様子に、大君は、

「人なみなみにもてなして、例の人めきたる住ひならば、かうやうにもてなし給ふまじきを、など、姉君はいとどしくあはれと見奉り給ふ」
――中の君を人並み以上にかしづきお世話もして、住居も世間並みであったならば、匂宮もこのようにひどいお扱いはなさいますまいに、と、姉の大君は前より一層中の君をお可哀そうにお思いになるのでした――

 そしてつくづくと、

「われも世にながらへば、かうやうなる事見つべきにこそはあめれ、中納言の、とざまかうざまに言ひありき給ふも、人の心を見むとなりけり、心ひとつにもて離れて思ふとも、こしらへやるかぎりこそあれ、在る人のこりずまに、かかる筋のことをのみ、いかで、と思ひためれば、心より外に、遂にもてなされぬべかめり」
――もし自分も生き長らえるならば、きっとこういう目に遇うに違いない。薫が何やかや言い寄られるのも、私の気を引いてみようとのお考えに違いない。自分一人でいくら無関心を装っても、なだめすかすには限りがあるというものでしょうし、側の老女たちが性懲りも無くこのような事(結婚)ばかり、何とかしようと思っているようなので、思いがけず私もいつか結婚させられてしまうかもしれない――

「これこそは、返す返す、さる心して世をすぐせ、とのたまひおきしは、かかる事もやあらむのいさめなりけり、さもこそは憂き身どもにて、さるべき人々にも後れたてまつるらめ、やうのものと人笑へなる事を添ふる有様にて、なき御影をさへ悩まし奉らむがいみじさ、なほ我だに、さるものおもひにしづまず、罪などいと深からぬ前に、いかで亡くなりなむ」
――(亡き父君が)この事こそ繰り返し繰り返し、そのつもりで用心して世を送りなさいと遺言されたのは、このような事もあろうかとのお諌めだったのでした。このように不幸な身の上で、頼みとする両親にも先立たれ申されたのでしょうか。姉も妹と同類だと世間の物笑いの種を重ねるようなことになって、亡きご両親にまで、ご迷惑をおかけする悲しさ、やはり自分だけはそのような苦労をせず、罪などあまり深くないうちに、どうにか死んでしまいたい――

 と悩み沈んで、お心持もひどくお辛そうで、お食事もまったくお取りになりません。

◆こしらへやる=こしらふ=なだめすかす、機嫌をとる。

◆(在る人の)こりずまに=(ここの老女たちが)懲りずまに=性懲りもなく

◆やうのもの=やうなり=他のものと同じである意を表す。

では1/29に。

源氏物語を読んできて(886)

2011年01月25日 | Weblog
2011.1/25  886

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(63)

なおも、大君はお辛くて、

「何事も筋ことなる際になりぬれば、人の聞き思ふことつつましう、所せかるべきものと思ひしは、さしもあるまじきわざなりけり、あだめき給へるやうに、故宮も聞き伝へ給ひて、かやうに気近きほどまでは、おぼし寄らざりしものを、怪しきまで、心深げにのたまひわたり、おもひの外にみ奉るにつけてさへ、身の憂さを思ひ添ふるが、味気なきもあるかな」
――しかし、尊いお方ともなれば、世間の聞こえや思惑も憚られて、よもやそのような軽はずみなこともないであろうと安心していましたのは、とんでもない思い違いでした。父宮が匂宮の好色々々(すきずき)しくていらっしゃるとは、お耳になさっておいででしたので、このように家にお迎えしようなどとはお考えになりませんでしたのに、薫が妙なくらいに、匂宮の志が深いように言ってこられ、思いがけず中の君の結婚ということにまでなってしまい、その事までもわが身の辛さに加えられた気がして、なんと侘しいことであろうか――

「かく見劣りする御心を、かつはかの中納言も、いかに思ひ給ふらむ、ここにもことに恥づかしげなる人はうち交じらねど、おのおの思ふらむが、人わらへにをこがましきこと」
――このように思ってもおりませんでした匂宮のお仕打ちを、しきりにお取り持ちなさったあの薫中納言は、いったいどう思われておいででしょうか。ここには格別気のおけるような者も居りませんけれど、侍女たちはお腹の中では、何と思っていることやら、愚かしく物笑いなことになったことよ――

 と、次から次へとお考えになられる内にご気分も悪くなられて、ひとしお打ちひしがれていらっしゃる。

 ご当人の中の君は

「たまさかに対面し給ふ時、かぎりなく深きことを頼め契り給へれば、さりともこよなうはおぼし変はらじ、と、おぼつかなきも、わりなき障りこそは物し給ふらめ」
――時折りご対面の折に、匂宮がこの上なく深いご愛情を示され、お約束なさいましたので、まさか全くお心変わりをなさる筈はありますまい、きっとよんどころないご事情がおありなのでしょう――

 と、お心の内で一人慰めておられます。それでも、なまじお近くにお見えになりながら、素通りしてしまわれたことが辛くも口惜しくも思われて、やはり切ないお気持でいらっしゃるのでした。

では1/27に。


源氏物語を読んできて(885)

2011年01月23日 | Weblog
2011.1/23  885

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(62)

 匂宮も、

(歌)「秋はててさびしさまさる木のもとを吹きなすぐしそ峰の松風」
――秋が去って、ますます寂しくなる山荘のあたりを、峰の松風よ、余り強く吹いてくれるな――(木に子をかけて姫君たちを暗示する)

 と、ひどく涙ぐまれますのを、ご心中を少し知る人々は心の内に、

「けにふかくおぼすなりけり、今日のたよりを過ぐし給ふ御心ぐるしさ」
――なるほど匂宮は、姫君をよほど深くお思いになっておられるのだな。折角の今日の機会を逃してしまわれるとはお気の毒な――

と、お察し申し上げるのですが、

「ことごとしく引き続きて、えおはしまし寄らず。作りける文どもの、おもしろき所々うち誦し、やまと歌もことにつけて多かれど、かやうの酔泣きのまぎれに、ましてはかばかしき事あらむやは。かたはし書きとどめてだに、見ぐるしくなむ」
――仰山にお供を引き連らねてはお立ち寄りなど思いもよらないこと。作られた漢詩の趣深いところどころを、人々が口ずさみ、また和歌なども事にふれてかなりの数が詠まれましたが、こうした酔い泣き騒ぎに、ましてこれという佳作ができよう筈もなく、その一部を書き残すことさえ、見ぐるしい次第でしたよ――

 山荘の姫君たちは、

「過ぎ給ひぬるけはひを、遠くなるまできこゆるさきの声々、ただならずおぼえ給ふ。心まうけしつる人々も、いとくちをし、と思えり」
――匂宮の御一行が素通りしてしまわれたらしいご様子の、前駆の声々が次第に遠ざかってゆくのに耳をとめて、胸を痛めていらっしゃいます。心づもりをしていた侍女たちも口惜しく、張り合い抜けした心地でいます――

 ましてや大君は、

「なほ音に聞く月草の色なる御心なりけり、ほのかに人のいふを聞けば、男といふものは、虚言をこそいとよくすなれ、思はぬ人を思ひ顔にとりなす言の葉多かるものと、この人数ならぬ女ばらの、昔物語に言ふを、さるなほなほしき中にこそは、けしからぬ心あるもまじるらめ」
――やはり匂宮という御方は、噂に高い移り気な方なのであった、侍女たちがひそひそ話をしているのを聞いていますと、男というものは、よく嘘をつくものだそうで、愛してもいないのに愛している風にみせる言葉が多いものだと、ここのつまらぬ侍女たちが過去の経験談を言っているのを、そのようなはしたない者たちの世界には、そのような怪しからぬ男も交じっているのだろうが、高貴なお方ならば――

 と、口惜しくてなりません。

◆さきの声々=前駆の声々=前駆払いの声々

では1/25に。

源氏物語を読んできて(884)

2011年01月21日 | Weblog
2011.1/21  884

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(61)

「かう忍び忍びにかよひ給ふ、と、ほの聞きたるもあるべし。心知らぬもまじりて、大方に、とやかくやと、人の御上は、かかる山がくれなれど、おのづからきこゆるものなれば、人々『いとをかしげにこそものし給ふなれ。筝の琴上手にて、故宮の明け暮れ遊びならはし給ひければ』など、口々にいふ」
――(匂宮が山荘に)こう度々忍んで通われることを何となく耳にしている者もあるようですが、事情を全く知らない者も交じっていて、いったいに何やかやと人の噂は、このような山奥であっても自然に流れていくものらしく、世の人々は「姫君たちはたいそうお美しくていらっしゃるそうだ。筝の琴がお上手で、故八の宮が始終お稽古をおさせになられたそうで」などと、口々に言っています。

 宰相の中将(元蔵人の少将・夕霧の子息)が歌を作られます。

(歌)「いつぞやも花のさかりにひとめ見し木の本さへや秋はさびしき」
――いつかも花の盛りに人目拝見した姫君たちまでも、父宮が亡くなられたこの秋は、寂しくお暮らしでしょうか――(木に子をかける)

 と、薫を姫君方のゆかりの人と見て言いますと、薫は、

(歌)「桜こそおもひ知らすれさきにほふ花ももみぢもつねならぬ世を」
――咲きにおう花も紅葉もやがては散る無情な世の習いを、桜こそは思い知らせてくれます――

 次いで衛門の督(宰相中将の兄・夕霧の子息)が、

(歌)「いづこよりあきはゆきけむ山里の紅葉のかげは過ぎ憂きものを」
――どこから秋は立ち去ったのでしょう、この山里の紅葉のかげは過ぎにくいほど美しいものを――

 宮の大夫は、

(歌)「見し人もなき山里のいはがきにこころながくも這えるくずかな」
――かつて、これをご覧になった八の宮も既に亡く、この山荘の岩垣に気長にも葛だけは這いまわっていることよ――

 と、中でも老いぼれているこの人は、泣いています。八の宮のお若い頃の世の中の事などを思い出しているのでしょう。

では1/23に。

源氏物語を読んできて(883)

2011年01月19日 | Weblog
2011.1/19  883

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(60)

 中の君は、さらにお思いになります。

「よそにてへだたる月日は、おぼつかなさもことわりに、さりともなど慰め給ふを、近き程にののしりおはして、つれなく過ぎ給ふなむ」
――遠く離れて久しくお逢い出来ないときは、気懸りなことも当然で、きっとそのうちになどとお慰めになりますが、すぐ近くで大騒ぎなさっていながら、知らぬ顔で素通りなさるとは――

 と、お心は千々に乱れていらっしゃいます。匂宮はましてや、胸がいっぱいですが、どうしようもありません。

「網代の氷魚も心寄せ奉りて、いろいろの木の葉にかきまぜてもてあそぶを、下人などはいとをかしき事に思へれば、人に従ひつつ、心ゆく御ありきに、みづからの御心地は、胸のみつとふたがりて、空をのみ眺め給ふに」
――匂宮にお心を寄せ、氷魚の沢山捕れたものを、色様々な紅葉に盛って興じたりして、人それぞれに皆満足げな遊びに時を過ごしていますが、匂宮御自身は、胸がいっぱいで、嘆息がちに空ばかり眺めていらっしゃいます――

「この古宮の梢は、いとことに面白く、常盤木にはひまじれる蔦の色なども、物ふかげに見えて、遠目さへすごげなるを、中納言の君も、なかなかたのめ聞こえけるを、うれはしきわざかな、とおぼゆ」
――あちらの八の宮のお邸の、古木の梢は殊更に紅葉が見事で、常盤木に這いまつわっている蔦の色なども、どことなく深みがあって、遠目にさえも寂しげであるのを、薫も匂宮に、なまじ姫君たちのところにお立ち寄りになられるなどと、あてにおさせしてしまって、これは困ったことだと、お気の毒に思うのでした――

「去年の春、御供なりし君達は、花の色を思ひ出でて、後れてここにながめ給ふらむ心細さをいふ」
――去年の春、初瀬詣でのお供をした者たちは、父宮に先立たれてここにわびしく暮らしておられる筈の、姫君たちのひっそりとお暮らしの心細さを話題にし合っています――

◆いろいろの木の葉=氷魚は紅葉を敷いて供するのが故実にあるという。

◆うれはしきわざ=憂れはしきわざ=困ったことだ

◆後れてここに=(父宮に先立たれて)死に後れて

では1/21に。

源氏物語を読んできて(882)

2011年01月17日 | Weblog
2011.1/17  882

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(59)

 明石中宮は、

「かうやうの御ありきは、しのび給ふとすれど、おのづから事ひろごりて、のちの例にもなるわざなるを、重々しき人数あまたもなくて、にはかにおはしましにけるを、きこしめしおどろきて、殿上人あまた具して参りたるに、はしたなくなりぬ」
――このような皇子の御外出は、内密のおつもりでも、自然に世の中に広がって、後世の例にも引かれるものであるのに、上達部の数も少なく、軽々しい突然のお出ましとお聞きになり、驚いて殿上人の人数を整えて、早速に馳せ参じさせられたのでした――

「宮も中納言も、苦し、とおぼして、物の興もなくなりぬ。御心のうちをば知らず、酔ひみだれて、遊びあかしつ」
――匂宮も薫も、このような成り行きになった以上は、今更山荘にお渡りになるわけにもいかず、具合悪いことになってしまい、すっかり折からの興もお醒めになってしまわれました。殿上人たちは匂宮や薫の御心中も知らず、酔い痴れて一夜を遊び暮らしたのでした――

 匂宮は、

「今日はかくて、とおぼすに、又、宮の大夫、さらぬ殿上人など、あまた奉れ給へり。心あわただしくて、くちをしく、かへり給はむそらなし。かしこには御文ぞ奉れ給ふ」
――今日はこのまま宇治に留まりたいとお思いのところ、御所からはまたまた中宮の大夫やそのほかの殿上人を大勢差し向けておいでになります。匂宮はお心も落ち着かず、いかにも残念で、京にお帰りになるお気持にもなれません。中の君にはお手紙を差し上げられます――

 その御文には、

「をかしやかなる事もなく、いとまめだちて、おぼしける事どもを細々と書き続け給へれど、人目しげく騒がしからむに、とて、御かへりなし」
――風流めいた洒落っ気のこもった書きぶりの余裕もおありにならないらしく、ただ生真面目にお心の内を細々と書き連ねてはありますが、中の君は、人目も多くお取り込みであろうからと、お返事差し上げられません――

 中の君はお心の内で、

「数ならぬ有様にては、めでたき御あたりに交じらはむ、かひなきわざかな」
――自分のようなつまらぬ身では、あのようなご立派な匂宮のお側に立ち交じるのは、所詮無理というものなのでしょう――

 と、しみじみ悟られるのでした。

では1/19に。

源氏物語を読んできて(881)

2011年01月15日 | Weblog
2011.1/15  881

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(58)

「船にてのぼりくだり、おもしろく遊び給ふもきこゆ。ほのぼの有様見ゆるを、そなたに立ち出でて、若き人々見たてまつる」
――お船で上ったり下ったり漕ぎめぐりながら、面白く管弦を奏するのが聞こえます。趣き深い御遊びの模様がちらほらと見えますのを、若い侍女たちは、そちらの端近に出て拝見しています――

「正身の御ありさまはそれと見わかねども、紅葉を葺きたる船の飾りの、錦と見ゆるに、声々吹き出づる物の音ども、風につきておどろおどろしきまで覚ゆ」
――当の匂宮のご様子はそれとは見分けがつきませんが、紅葉を葺いた船の飾りが錦かとも見え、思い思いに吹き鳴らす笛の音が、風のまにまに賑やかに響き渡ってきます――

「世の人のなびきかしづき奉るさま、かくしのび給へる道にも、いとことにいつくしきを見給ふにも、げに七夕ばかりにても、かかる彦星の光をこそ待ち出でめ、などおぼえたり」
――世の人の慕い靡いてお仕えする厳めしさが、こうしたお忍びの行く先でも実に格別で晴れがましいのを、姫君たちはご覧になるにつけても、まったく年に一度の七夕でも良い、こういう素晴らしい立派な彦星(夫)の光をこそお待ち受けしたいものだとお思いになるのでした――

 漢詩をお作らせになるおつもりで、博士なども連れておいでになり、お船を岸に寄せて楽を奏しながら匂宮も詩をお作りになります。人々は紅葉の濃い枝、薄い枝を挿頭にし、海仙楽という曲を吹いて、誰もが満ち足りている様子の中で、匂宮は、

「『あふみの海』の心地して、遠方人のうらみいかにとのみ、御心さらなり。時につけたる題出だして、うそぶき誦しあへり」
――「あふみの海」(思う人に逢えないのが辛い)の心地で、遠方人(おちかたびと)あちらの中の君が、待ちかねておられるお気持はどんなであろう、と思ってはお心も上の空でいらっしゃる。折りも折り、この場にふさわしいお題などを出しては、人々は小声で吟じ合っています――

 薫は、皆の興が一段落したところを見計らって、匂宮に山荘へお出ましになられては、と、お思いになり、その旨を申し上げておりますところに、

「内裏より、中宮の仰せ言にて、宰相の兄の衛門の督、ことごとしき随身ひき連れて、うるはしきさまして参り給へり」
――宮中から明石中宮の仰せ言で、夕霧左大臣の御子息で宰相の御兄の衛門の督が、大仰に随身を引き連れ、威儀を正して参上されました――

では1/17に。


源氏物語を読んできて(880)

2011年01月13日 | Weblog
2011.1/13  880

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(57)

 冬への衣替えなど、いったい誰が姫君たちのお世話をして差し上げるであろうと、薫は、御帳の帷子(みちょうのかたびら)や、壁代(かべしろ=間仕切りに垂らす布)など、三條の宮の再建後に大君を移り住まわせる時に使用しようと作っておかれた物を、母君に「さし当たって必要なことがありまして…」とお願いなさって、宇治にお上げになりました。もちろん侍女や御乳母などにもわざわざ新調してどっさり差し上げました。

さて、十月一日頃、薫は、

「網代もをかしき程ならむ、と、そそのかしきこえ給ひて、紅葉御らんずべく申し定め給ふ」
――網代も趣深い頃でございましょう、などと、匂宮におすすめ申し上げて、紅葉狩の段取りをつけて差し上げます――

「親しき宮人ども、殿上人のむつまじくおぼすかぎり、いとしのびて、とおぼせど、所せき御いきほひなれば、おのづから事ひろごりて、左の大殿の宰相中将も参り給ふ。さてはこの中納言ばかりぞ、上達部は仕うまつり給ふ。ただ人は多かり」
――匂宮に仕える人々や、殿上人で親しくお思いになる人ばかりをと、薫はごく内輪にして、お出かけになりたいとお思いになりますが、今や匂宮の大きな御権勢に、この事が自然に広がって、夕霧左大臣のご子息の、宰相中将(かつての蔵人の少将)もお供に加わられます。その外には、この薫中納言殿だけが公卿としてはお供されて、結局、殿上人以下はかなりの人数になったのでした――

 薫はあちらの山里へ、

「論なう中宿りし給はむを、さるべきさまにおぼせ。さきの春も、花見に尋ね参り来しこれかれ、かかる便りにことよせて、時雨のまぎれに見奉りあらはすやうもぞ侍る」
――匂宮のご一行は、もちろん中休みなさるでしょうから、その御つもりでご用意ください。いつぞやの春も花見の折りに花を求めて参上しました誰彼が、こうしたついでに言寄せて、時雨の雨宿りに紛れて、姫君たちのお姿を垣間見ないとも限りませんから、ご注意ください――

 などと、細々とお知らせ申し上げます。山荘では、

「御簾かけかへ、ここかしこかき払ひ、岩がくれにつもれる紅葉の朽ち葉すこしはるけ、遣水の水草はらはせなどし給ふ」
――御簾を掛け替え、あちらこちらを掃除し、岩陰に積もっている紅葉の朽葉を払い、遣水の水草を捨てさせなどなさる――

 結構な果物や御肴など、また当日の手伝いの人数なども、薫は用意して差し上げます。
大君は薫を何とも差し出がましいとはお思いになるものの、これも大方の因縁というものであろうと、思い諦めて、万事手ぬかりなく準備なさったのでした。

◆網代(あじろ)=冬に、竹や木を編んで川瀬に渡し、魚を捕ること。宇治川はその名所

◆はるけ=払いのけ

では1/15に。