永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(136)その3

2020年03月18日 | 枕草子を読んできて
124 正月寺に籠りたるは  (136)その3

 誦経の鐘の音、「わがなンなり」と聞くは、たのもしく聞こゆ。かたはらによろしき男の、いとのびやかに額づく。立ち居のほども心あらむと聞こえたるが、いたく思ひ入りたるけしきにて、寝も寝ずおこなふこそ、いとあはれなれ。うちやすむほどは、経高くは聞こえぬほどによみたるも、たふとげなり。高くうち出でさせまほしきに、まして鼻などを、けざやかに聞きにくくはあらで、すこしのびてかみたるは、何事を思ふらむ、かれをかなへばやとこそおぼゆれ。
◆◆誦経の鐘の音を、「あれは私のためのものだ」と聞くのは、頼もしく聞こえる。隣の部屋でかなりの身分の男が、たいへんひっそりと額をつけて拝んでいる。立ったり座ったりする様子もたしなみがあるように聞こえる、その人が、ひどく思い悩んでいる様子で、寝もしないで勤行に励んでいるのこそは、しみじみと感じられる。礼拝をやめて休む間は、お経を声高には聞こえぬほどに読んでいるのも、尊い感じがする。高い声を出してお経を唱えてほしいと思っているときに、まして鼻などを、音高くはあってもそう不愉快なようではなく、すこし遠慮がちにかんでいるのは、何を思っているのだろう、その願い事をかなえさせたいと感じられる。◆◆

■誦経の鐘の音=僧に誦経させるときにつく鐘。


 日ごろ籠りたるに、昼はすこしのどかにぞ、はやうはありし。法師の坊に、をのこども、童べなど行きて、つれづれなるに、ただかたはらに、貝をいと高く、にはかに咲き出でたるこそおどろかるれ。清げなる立て文持たせたる男の、誦経の物うち置きて、堂童子など呼ぶ声は、山ひびき合ひて、きらきらしう聞こゆ。
◆◆何日も続けて籠っていると、日中はすこしのんびりと、以前はしていた。下にあるお坊さんの宿坊に、供の男たちや、子供たちなどが行って、わたしはお堂の部屋で一人で所在ない気持ちでいると、すぐそばで、午の時の法螺貝をたいそう高く、急に吹き出したのにはびっくりしたものだった。きれいな立文を供の者に持たせた男が、誦経のお布施の物をそこに置いて、堂童子などを呼ぶ声は、山がこだまし合って、きらきら輝かしいまでに聞こえる。◆◆

■貝をいと高く=時刻の合図に法螺貝を吹く
■立て文=願文を包んだ立文。書状の正式な包み方。
■誦経の物=誦経の布施。装束・布など。



 鐘の声ひびきまさりて、いづこならむと聞くほどに、やむごとなき所の名うち言ひて、御産たひらかに教化などする、所いかならむと、おぼつかなく念ぜまほしく。これはただなるをりの事なンめり。正月などには、ただ物さわがしく、物のぞみなどする人の、ひまなく詣づる見るほどに、行なひもしやられず。
◆◆誦経の鐘の音が一段と高く響いて、この誦経はどこの御方があげるのだろうと思って聞くうちに、お坊さんが高貴な所の名を言って、お産が平らかであるように祈祷するのは、(お産の安否の心配が不安で祈るのだろう)。こうした昼の騒がしさは、普通のことであるらしい。正月などには、ただもう物騒がしく、何かの望み事の立願などする人が、絶え間なく参詣する人を見ているので、勤行も十分することができない。◆◆

■教化などする……=不詳
■物のぞみ=一説に、正月の県召除目(あがためしじもく)に任官を望む人。



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