三十三帖【藤裏葉(ふじのうらは)の巻】
09.5/8 380回 その(8)
四月八日ですので、六条院では、誕生仏をお寺から持って来て、宮中の儀式にならって行われます。夕霧は何となく落ち着かず、身支度を整え化粧を念入りになさって女君(雲井の雁)の所へお出かけになります。
「わざとならねど、なさけだち給ふ若人は、うらめしと思ふもありけり」
――(夕霧が)特別の関係ではないものの、情けをかけておられた若い女房の中には、うらめしく思う者もいたようです――
内大臣は、
「いとどしき近勝を、うつくしきものに思して、いみじうもてかしづき聞こえ給ふ。負けぬる方の口惜しさはなほ思せど、過ぐし給へるなどを、あり難く、思しゆるす」
――(夕霧を)近くで見れば見るほど立派なので、可愛いとお思いになって、たいそう大切にもてなされます。とうとう負けたという口惜しさは残るものの、夕霧が真面目にこの長い年月を他にお心を移さず過ごされたことを有り難く、またとないこととお許しになっております――
このようなことがあって、明石の姫君のご入内は四月二十日ごろということになりました。
賀茂の祭りの日、六条院のそれぞれにお付きの女房たちが、車を連ねて見物の桟敷の前に場所を占めたご様子はものものしく、あれが紫の上一行だと遠目にも分かるほどの豪勢ぶりでした。
源氏は、昔、六条御息所が車を押し下げられなさった時のことを思い出されて、
「時による心おごりして、さやうなる事なむなさけなき事なりける。こよなく思ひ消ちたりし人も、歎き負ふやうにて亡くなりにき」
――いっときの権勢をたのんで、(葵の上が)あのような事をしたのは、まことに心ないやり方でした。この上なく相手をないがしろにした人も、間もなく恨みを負った形で亡くなってしまったのですよ――
と、葵の上に事よせて、物の怪のことには触れずこのようにおっしゃってから、
「残りとまれる人の、中将はかくただ人にて、わづかになりのぼるめり。宮はならびなき筋にておはするも、思へばいとこそあはれなれ。(……)残り給はむ末の世などの、たとしへなきおとろへなどをさへ、思ひはばからるれば」
――後に残る子女たちの中では、夕霧は並みの廷臣として少しづつ出世していくでしょう。あの時、車争いに敗れて恨みを呑まれた六条御息所の御息女が、今では秋好中宮として、並ぶ者のない地位に昇っていらっしゃるのも、思えばまことに感慨無量です。(すべて定めなき世の中ですから、生きている限りは、何に寄らず自分の好きなように過ごしたいと思うものの、私の亡くなった後)あなたがこの世に残って、見る影もなく落ちぶれたりなさりはしないかと、ついそれが案じられて――
と、紫の上にお話しになっていらっしゃるところへ、上達部たちが桟敷に集まってきましたので、源氏は、桟敷の方にお出でになります。
ではまた。
09.5/8 380回 その(8)
四月八日ですので、六条院では、誕生仏をお寺から持って来て、宮中の儀式にならって行われます。夕霧は何となく落ち着かず、身支度を整え化粧を念入りになさって女君(雲井の雁)の所へお出かけになります。
「わざとならねど、なさけだち給ふ若人は、うらめしと思ふもありけり」
――(夕霧が)特別の関係ではないものの、情けをかけておられた若い女房の中には、うらめしく思う者もいたようです――
内大臣は、
「いとどしき近勝を、うつくしきものに思して、いみじうもてかしづき聞こえ給ふ。負けぬる方の口惜しさはなほ思せど、過ぐし給へるなどを、あり難く、思しゆるす」
――(夕霧を)近くで見れば見るほど立派なので、可愛いとお思いになって、たいそう大切にもてなされます。とうとう負けたという口惜しさは残るものの、夕霧が真面目にこの長い年月を他にお心を移さず過ごされたことを有り難く、またとないこととお許しになっております――
このようなことがあって、明石の姫君のご入内は四月二十日ごろということになりました。
賀茂の祭りの日、六条院のそれぞれにお付きの女房たちが、車を連ねて見物の桟敷の前に場所を占めたご様子はものものしく、あれが紫の上一行だと遠目にも分かるほどの豪勢ぶりでした。
源氏は、昔、六条御息所が車を押し下げられなさった時のことを思い出されて、
「時による心おごりして、さやうなる事なむなさけなき事なりける。こよなく思ひ消ちたりし人も、歎き負ふやうにて亡くなりにき」
――いっときの権勢をたのんで、(葵の上が)あのような事をしたのは、まことに心ないやり方でした。この上なく相手をないがしろにした人も、間もなく恨みを負った形で亡くなってしまったのですよ――
と、葵の上に事よせて、物の怪のことには触れずこのようにおっしゃってから、
「残りとまれる人の、中将はかくただ人にて、わづかになりのぼるめり。宮はならびなき筋にておはするも、思へばいとこそあはれなれ。(……)残り給はむ末の世などの、たとしへなきおとろへなどをさへ、思ひはばからるれば」
――後に残る子女たちの中では、夕霧は並みの廷臣として少しづつ出世していくでしょう。あの時、車争いに敗れて恨みを呑まれた六条御息所の御息女が、今では秋好中宮として、並ぶ者のない地位に昇っていらっしゃるのも、思えばまことに感慨無量です。(すべて定めなき世の中ですから、生きている限りは、何に寄らず自分の好きなように過ごしたいと思うものの、私の亡くなった後)あなたがこの世に残って、見る影もなく落ちぶれたりなさりはしないかと、ついそれが案じられて――
と、紫の上にお話しになっていらっしゃるところへ、上達部たちが桟敷に集まってきましたので、源氏は、桟敷の方にお出でになります。
ではまた。