永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(264)

2008年12月27日 | Weblog
12/27   264回

【胡蝶(こてふ)】の巻】  その(12)

 さらに、源氏は、箱のくだものの中から橘をお取りになって、(歌)

「橘のかをりし袖によそふればかはれる身ともおもほえぬかな」
――昔の香をとめた夕顔の袖の匂いに較べてみると、あなたを別人とも思われません――

「世とともの心にかけて忘れ難きに、なぐさむことなくて過ぎつる年頃を、かくて見たてまつるは、夢にやとのみ思ひなすを、なほえこそ忍ぶまじけれ。おぼしうとむなよ」
――亡くなった夕顔のことはいつまでも忘れられませんのに、このように、あなたのお世話の出来るのは、夢ではないかと思うばかりです。夢にしましても、あなたに寄せる思いは辛抱できないでしょう。私をお嫌いにならないでくださいね――

とおっしゃって、玉鬘の手をお取りになります。姫君はこのようなことは、生まれてはじめてですので、ひどく気味悪くお思いになりますが、さりげない様子でご返事をなさいます。

(歌)
「袖の香をよそふるからに橘のみさへはかなくなりもこそすれ」
――亡き母にお較べになるからには、私も同じように、はかないく消えてゆくかも知れません――
(橘の実に身をかける)

玉鬘のご様子は、

「むつかしと思ひてうつぶし給へるさま、いみじうなつかしう、手つきのつぶつぶと肥え給へる、身なり肌つきのこまやかに、うつくしげなるに、なかなかなるもの思ひ添ふ心地し給うて、今日はすこし思ふことこえしらせ給ひける。」
――困ったこととお思いになってうち伏していらっしゃるご様子は、たいそう好ましく、手つきのふっくらと肥えて、身体つき肌つきも華奢にきめ細やかなのが、いかにも可愛らしく、見れば見るほどいっそう物思いが添うように思われて、今日は少し日頃恋い慕っていらっしゃる思いを、お漏らしになるのでした。――

 玉鬘は辛くてどうしてよいか分からず、震えていらっしゃるのも源氏は分かりますが、

「何かかくうとましとは思いたる。いとよくもてかくして、人に咎めらるべくもあらぬ心の程ぞよ。さりげなくてを、もて隠し給へ。(……)いとかう深き心ある人は、世にありがたかるべきわざなれば、うしろめたくのみこそ」
――どうしてそうお嫌いになるのですか。私は実に上手に秘密にして、人に見咎められそうにない用意があるのですよ。あなたも何気ない風に装っていてください。(今までもあなたを浅くは思っておりませんでしたが、こうなればいっそう情愛が増すのですから、私の気持ちは譬えようもないくらいですのに、あの手紙を送って寄こす人々以下に思われてよいものでしょうか。)私ほど情け深い人間は世間にそうある筈もないのですから。あなたのことがただただ心配なのです。――

と、おっしゃる。

「いとさかしらなる御親心なりかし」
――まったく行き過ぎた親心もあればあるものー―


◆おぼしうとむなよ=思し疎むなよ=お嫌いにならないでくださいね
◆さかしら=賢しら=利口ぶること。差し出たことをするさま。

明日28~1/3までお休みします。
来年が皆様にとって、良き年でありますように。

源氏物語を読んできて(263)

2008年12月26日 | Weblog
12/26   263回

【胡蝶(こてふ)】の巻】  その(11)

紫の上は、
「いでや、われにても、また忍び難う、物思はしき折々ありし御心ざまの、思ひ出でらるるふしぶしなくやは」
――さあ、私の身の上にしましても、随分我慢しきれぬほど苦労いたしましたあなたのご性分が、思いだされないことでもありませんもの――

 と、始めは親のように頼りにしていましたのが、思いがけない、なされ方を……ほのめかされて、源氏は、おやおやこれは勘の早いことと、

「うたても思しゆるかな。いと見知らずしもあらじ」
――つまらない邪推をなさいますね。そんなことだったら、あの人が気付かぬ筈はないでしょう――

と、これは面倒なことになりそうなので、この話を打ち切って、お心の内で思いますには、
「人のかうおしはかり給ふにも、如何はあべからむ、と思し乱れ、かつは若若しう、けしからぬわが心の程も、思ひ知られ給ひにけり。」
――紫の上がこんな邪推をなさるようでは、この先どうしたものかと思いは乱れ、かつまた一方では、いくつになっても、曲ったけしからぬ事を考えるわが心にも、お気づきになるのでした。――

 しかし、源氏は玉鬘のことが、お心から離れないので、しきりに西の対にお出でになっては、いろいろとお世話をされます。
 ある日の一雨上がった、しめやかな夕暮れ時、庭さきの楓や柏木などの青々と茂り合って、何となく快い空を見上げておいでになっていらっしゃるうちに、あの若く艶やかな玉鬘を思い出され、いつものように、そっとお出かけになります。
姫君は手習いなどをしていらしたのが、起き直って恥じらっていらっしゃるお顔も、ご様子もまことにお美しい。昔の夕顔がふと思い出されて、お気持ちを抑えきれなくなられて、

「見そめたてまつりしは、いとかうしも覚え給はずと思ひしを、あやしうただそれかと思ひまがへらるる折々こそあれ。」
――お会いしたての頃は、これほど母君に似ていらっしゃるとは思いませんでしたが、この頃は不思議にも、まったく夕顔かと間違いそうな時がありますよ――

と、源氏は涙ぐまれるのでした。

◆うたて=ますます。ひどく。

ではまた。

源氏物語を読んできて(262)

2008年12月25日 | Weblog
12/25   262回

【胡蝶(こてふ)】の巻】  その(10)

玉鬘のこのご様子は、素直でもっともなことと、源氏はうなづかれて、それならば、と、

「さらば、世の譬の、後の親をそれと思ひて、疎かならぬ志の程も、見あらはしはて給ひてんや。」
――それでは、世間に言う後の親と思って、私の並々ならぬ心を認めてくださいませんか――

 心の内にこの姫君を愛おしくお思いになっておいでのことは、打ち明けかねていらっしゃるけれども、玉鬘は気づかぬご様子で振舞われていられるので、溜息がちにお帰りになるのでした。
玉鬘は、何時になったら、父君にお会いできるのかしらと、気が気ではないものの、源氏のご親切なお心づかいに、気兼ねもあって、この世の中は思い通りにはならないものとお思いになります。

 源氏は、玉鬘をいよいよ可愛いとお思いになって、こらえきれず、紫の上にもお話しになります。

「あやしうなつかしき人の有様にもあるかな。かのいにしへのは、あまりはるけ所なくぞありし。この君は、ものの有様も見知りぬべく、気近き心ざま添ひて、うしろめたからずこそ見ゆれ」
――妙に心を惹きつけるあの人の様子だなあ。あの死んだ夕顔はあまり明朗なところのない人だった。玉鬘は物分かりも良いだろうと見えるし、親しみやすい気性も持ち合わせていて、とても信頼できる人だ――

 と、たいそうお褒めになります。紫の上は、源氏が玉鬘に無関心では居られないことを見抜いていらっしゃいますので、さては、とお思いになって、

「ものの心えつべくはものし給ふめるを、うらなくしもうちとけ、頼み聞こえ給ふらむこそ心苦しけれ」
――ものの分かった人のようですが、あなたを心から打ち解けて、信頼しておられるとは、お気の毒ですこと――

源氏は、
「など、たのもしげなくやはあるべき」
――どうして私が信頼するに足りないことがあるでしょうか――

◆はるけ所・晴るけ所=思いの晴れるところ。気晴らしできる。
◆うらなく=心のうちを隠さない。ざっくばらん。

ではまた。

源氏物語を読んできて(261)

2008年12月24日 | Weblog
12/24   261回

【胡蝶(こてふ)】の巻】  その(9)

 源氏はつづけて、

「かう何やかやと聞こゆるをも、思す所やあらむとややましきを、かのおとどに知られ奉り給はむことも、まだ若々しう何となき程に、ここら年経給へる御中にさし出で給はむことは如何、と、思ひめぐらし侍る。(……)」
――こう色々と申しますと、あなたが邪推なさらないかと気が咎めますが、実父の内大臣にお知らせするにしても、あなたがまだ若々しくて、何も経験のないお身で、長年離れておいでになった御一族の中に入って行かれるのは、いかがなものかと思案しているのですよ。(やはり、世間並みの女のように、身の決まりがついた上で、一人前に名乗る折もあろうかと、思うのですよ)――

 兵部卿の宮については、こうおっしゃる。

「宮は一人ものし給ふやうなれど、人柄いといたうあだめいて、通ひ給ふ所あまた聞こゆる。さやうならむことは、憎げなうて見直い給はむ人は、いとやうなだらかにもて消ちてむ。(……)」
――宮は、独身のようですが、お人柄が好色めいていて、妾とか面白くない名のつく女が大勢いると聞きます。夫に妾など居ても大目に見過ごすような女なら、穏便にすませてしまうでしょう。(でも、少しでも嫉妬心のある方では、夫に飽きられてしまうでしょうから、そこは注意が大切です)――

 次に、髭黒の大将については、

 「大将は、年経たる人の、いたうねびすぎたるを厭ひがてらに、求むなれど、それも人々わづらはしがるなり」
――大将は、長年連れ添った夫人が大そう老けてしまったのを嫌いながら、一方でこちらにお申し込みがあると聞きます。当然夫人のゆかりの方々が良くは言わないでしょう――

 源氏は、色々と考えて決めかねていらっしゃることを、姫君にしんみりと仰せになります。「私を亡き母親と思ってください。」ともおっしゃるので、姫君はお困りになりますが、子供のように黙っていても味気ないことと、

「何事も思ひ知り侍らざりける程より、親などは見ぬものにならひ侍りて、ともかくも思う給へられずなむ」
――何のわきまえもない子供の頃から、親などは居ないものだということに慣らされておりまして、今さら親とお思いするもしないも、思案がつきかねますー―

◆ややましき=心苦しい、不安

◆ねびすぎたる・ねびまさる=年齢より老けて

ではまた。

源氏物語を読んできて(260)

2008年12月23日 | Weblog

12/23   260回
【胡蝶(こてふ)】の巻】  その(8)

 右近は、

「さらに人の御消息などは聞こえ伝ふる事侍らず。さきざきもしろしめしご覧じたる、三つ、四つは、引き返し、はしたなめ聞こえむも如何とて、(……)」
――私は、人さまのお手紙などは、決して姫君にお取次ぎしたことはございません。先の三、四通は、付き返して失礼してもどうかと、(お手紙だけは受け取ったのですが、お返事は全く、殿のお指図のあった折だけしておられます。それさえも、姫君は迷惑にお思いです)――

さて、と源氏は、

「この若やかに結ぼほれたるは誰がぞ。いといたう書いたる気色かな」
――この若々しい様子に結んだままの文は誰からのか。ひどく一生懸命書いたらしいね――

と、微笑んでご覧にご覧になります。右近が、

「かれは、しうねうとどめて罷りにけるにこそ。内の大殿の中将の、この侍ふみるこをぞ、もとより見知り給へりける伝へにて侍りける。(……)」
――それは、お使いが、無理やり置いて行ったものでございます。内大臣のご子息の柏木中将が、姫君に仕えています童女の「みる子」を、以前からご存じであった、つてによるもので、他に承る人が居なかったのでございます――

と、事情をお話しになりますと、源氏は、

「いとらうたきことかな。下なりとも、かの主たちをば、如何いとさははしたなめむ。公卿といへど、この人のおぼえに、必ずしも並ぶまじきこそ多かれ。(……)」
――可愛いことをするものだな。官位がまだ低くても、あの人たちを恥ずかしがられて良いことはあるまい。公卿でさえ、柏木ほどの人望を持たぬ人も多いのだから。(内大臣の子息の中でも、あの人はまことに落ち着いた人です。姫との間柄は自然に分かる時がくるだろうから、今のところは、はっきりさせずに紛らわしておこう。――

ではまた。


源氏物語を読んできて(259)

2008年12月22日 | Weblog
12/22   259回

【胡蝶(こてふ)】の巻】  その(7)

 源氏は右近をお呼びになって、「こうして手紙を寄こす人には、よく選んでから返事を書かせなさい。一体に浮気な当世男が不都合なことをしでかすのも、男の罪とばかりではないものだ。」

「私の経験では、女が返事をしないときには、ああ無情な、何という恨めしい仕打ちかと思ったこともありました。女がじらすように返事をしないと、かえって男は熱中してくるものです。一方返事がなくて男が忘れてしまうのは少しも女の罪ではありませんよ」

さらに、

「物の便りばかりのなほざりごとに、口とう心得たるも、さらでありぬべかりける、後の難とありぬべきわざなり。」
――何かのついでのような男の言葉に、すぐ返事をするのは不必要な、また必ず後の
煩いとなることなのです。――

「すべて女のものづつみせず、心のままに、もののあはれも知り顔つくり、をかしき事をも見知らむなむ、そのつもりあぢきなかるべきを」
――たいてい、女が遠慮なく気ままに、ひとかどの通人ぶった顔をして、風情を見逃さぬというのは良い結果をもたらさないものだが――

 と、源氏はつづけて右近に「兵部卿の宮や、髭黒の大将には、そのお心の程度によって、判断し、その熱心さも察した上でお返事のことなども、姫君に教えてあげてください」と、仰せられますのを、傍で玉鬘は、恥ずかしそうにお聞きになっていらっしゃる横顔が、まことにお美しい。

 なでしこ(表紅梅、裏青)の細長に、この頃の花の色の御小袿を着た玉鬘は、この六条院に来てからいっそう、洗練されて上品にしかもしとやかなご様子は、華やかでお美しく、源氏は、

「他人と見なさむは、いとくちをしかべう思さる。右近もうち笑みつつ見奉りて、親と聞こえむには、似げなう若くおはしますめり、さし並び給へらむはしも、あはひめでたしかし、と思ひ居たり。」
――この美しい人を、他人の妻にしてしまうのは、どんなに残念であろうと源氏はお思いになるようです。右近もお二人をほほえましくお見上げして、殿は親と申し上げるには、ふさわしくない若さでいらっしゃる。夫婦としてお並びになった方がお似合いなのに、と思っています。――

ではまた。

源氏物語を読んできて(蹲落(らくそん))

2008年12月22日 | Weblog
◆蹲落(らくそん)

 右舞(うまい)。左舞の蘭陵王に対する答舞(とうぶ)。両者は番舞(つがい舞)になっている。
 ふつうはふたりで舞い、「納曽利(なそり)」が正式な名称であるが、現行では一人で舞うときにかぎって「落蹲」とよぶ。雌雄の龍が遊ぶ姿といわれ、双龍舞の別称がある。

源氏物語を読んできて(258)

2008年12月21日 | Weblog
12/21   258回

【胡蝶(こてふ)】の巻】  その(6)

右大将  髭黒(ひげぐろ)の大将。承香殿女御の兄で、春宮の伯父に当たる。

 兵部卿の宮が、玉鬘に言い寄られて幾ほどにもなりませんのに、もうじれて恨み事を書き並べているお文をご覧になって、源氏はにんまりと、しかし複雑なお顔で、

「(……)ただかやうの筋のことなむ、いみじう隔て思う給ひてやみにしを、世の末にかく好き給へる心ばへを見るが、をかしうもあはれにも覚ゆるかな。」

――(兵部卿の宮とは小さい時から、大勢の親王たちの中でも、特に親しんで仲良くしてきましたが、)ただ、女のことに関しては、宮は私に隠し切っていまわれたしたので、今になってこうして色めいた気持ちを見るのは、面白くもあるし、しみじみともすることだなあ――

 やはり、宮にはお返事をなさい。まことに風格のあるかたですよ、と源氏は強くおっしゃいますが、玉鬘は恥ずかしくお思いになるばかりです。

「右大将の、いとまめやかにことごとしきさましたる人の、恋の山には孔子もたふれまねびつべき気色に憂へたるも、さる方にをかしと皆身くらべ給ふ中に、唐の縹の紙の、いとなつかしう、しみ深うにほえるを、いと細くちひさく結びたるあり。」
――髭黒の大将で、ごく真面目でしかめつらしい様子をしている人が、恋の道には孔子も倒れるという諺どおりになりそうな風で、想いを訴えているのもまた興味を覚えられていらっしゃる様子です。また、ご覧になる中に、舶来の花色の紙で、ごく魅力的な香をたきしめたものを、細く小さく結ばれたものがあります。――

 源氏は、どうすればこのように結べるなかな、などとおっしゃってお開けになりますと、手蹟はまことに立派で、(歌)

「思ふとも君は知らじなわきかへりいはもる水に色し見えなば」
――胸に湧きかえる私の想いは、岩を漏る水のように色にあらわれぬゆえ、どんなに思ってもあなたはご存じないでしょう――

 なかなか、現代風で洒落ているが、これは、どういう文なのか、と、源氏は玉鬘に聞きますが、はっきりとはご返事なさらないのでした。
歌は、柏木からのもので、内大臣のご長男、玉鬘とは血縁なのです。

ではまた。

源氏物語を読んできて(蘭陵王)

2008年12月21日 | Weblog
◆蘭陵王(らんりょうおう)

左舞(さまい)。北斉の蘭陵王長恭は、武勇の誉れが高い将軍であったが、容貌(ようぼう)が美しかったので、味方の兵士が彼に見とれて戦さをしようとしなかった。そこで恐ろしい仮面を着て勝利したという。その故事に基づく。

 龍を頭に戴き、顎(あご)を吊った仮面が特徴。走舞(はしりまい)という勇壮な舞で、一人で舞

写真と参考:風俗博物館