永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(875)

2010年12月31日 | Weblog
2010.12/31  875

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(52)

 宇治では、中の君がどんなに匂宮を待ち焦がれておいでであろうと、薫はご自分の思わぬ過まちからお気の毒で、匂宮にご意見を申し上げては絶えずご様子を伺っておいでになりますと、心から中の君を恋しく思っておられるご様子ですので、一応は胸をなでおろしておいでになります。

「九月十日の程なれば、野山のけしきも思ひやらるるに、時雨めきてかきくらし、空の村雲おそろしげなる夕暮れ、宮いとど静心なくながめ給ひて、いかにせむ、と、御心ひとつを出で立ちかね給ふ」
――九月十日の頃なので、あわれ深い野山の景色も思いやられ、時雨模様にかき曇って村雲の様子も恐ろしげな夕暮れ、匂宮はそぞろにお心が波立ち、思い乱れていらっしゃいます。今宵はどうしたものか、と、心ひとつに決めかねておいででした――

 そうした匂宮の御心を見透かしたかのように、薫が参上して、

「ふるの里山いかならむ」
――雨もよいの山里はいかがでございましょう――

 と、水をむけられますと、宮は渡りに船とお喜びになって、是非一緒にとお誘いになりましたので、例のように一つの車でお出かけになりました。
宇治の山里に分け入られるにつれて、おそらく姫君たちの思い沈んでおられるであろう胸のうちがお労しく、その身の上ばかりを語りつづけていらっしゃいます。

「黄昏時のいみじく心細げなるに、雨冷やかにうちそそぎて、秋はつるけしきのすごきに、うちしめり濡れ給へるにほひどもは、世のものに似ずえんにて、うち連れ給へるを、山がつどもは、いかが心まどひもせざらむ」
――黄昏時の心細く暗い道を、雨が冷やかに降りそそいで、秋の末の気配が深くものすごいほどですのに、濡れそぼったお二方の匂いがこの世ならず、えも言われぬなまめかしさで漂っていて、お迎えした山荘の人々は驚き慌てています――

「女ばら、日頃うちつぶやきつる名残なく笑みさかえつつ、御座ひきつくろひなどす。京に、さるべき所々に行き散りたるむすめども、姪だつ人二三人尋ねよせて、参らせたり」
――侍女たちは、今まで匂宮が来られぬことを、ぶつぶつ言っていたことなどすっかり忘れたように、満面に笑みをたたえてお席を調えたりしています。京に何かの縁故先へとそれぞれ奉公に散っている老女たちの娘や姪などをニ三人呼び寄せて、中の君のお付きとさせるのでした――

◆九月十日=現在の十月半ば

◆雨もよいの山里=古歌「初時雨ふるの山里いかならし住む人さへや袖の濡るらむ」をふまえている。

*みなさま、今年もご愛読いただき有り難うございました。来年もどうぞよろしく。
1/1~4はお休み。では1/5に。


源氏物語を読んできて(874)

2010年12月29日 | Weblog
2010.12/29  874

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(51)

「若き人の御心にしみぬべく、類すくなげなるあさけの御姿を見送りて、名残りとまれる御移り香なども、人知れずものあはれなるは、されたる御心かな」
――若い女のお心にはさぞかし深く染むであろう、匂宮の類なき後朝(きぬぎぬ)の別れのお姿をお見送りして、後に漂う御移り香を人知れず懐かしんでいらっしゃるのは、中の君もなまめいたお心になられたのでしょうか――

 今までは暗いうちにお帰りになられた匂宮でしたが、今朝は物の見分けもつく時分ですので、侍女たちは物の透き間から覗き見て、

「中納言殿は、なつかしくはづかしげなるさまぞ添ひ給へりける。思ひなしの今一際にや、この御さまは、いとことに」
――中納言殿(薫)は、お優しくてはいらっしゃるけれど、どこか堅苦しいところがあおりになります。でもこの匂宮は、もう一段ご身分が高くていらっしゃると思いますせいか、何と言っても格別にご立派でいらっしゃる――

 などと、お賛め申し上げています。

 匂宮はお帰りの道すがら、中の君の痛々しいご様子を思い出されて、このまま又、戻りたいとも思われましたが、やはりそれは外聞が悪いと、結局そのまま世間を憚ってお帰りになったのでした。その後、容易に宇治へ行く折りを見出すことがおできになれず、御文だけは毎日何度も何度も差し上げてはいらっしゃいましたが、中の君をご心配になる大君は、

「疎かにはあらぬにや、と思ひながら、おぼつかなき日数のつもるを、いと心づくしに見じと思ひしものを、身にまさりて心ぐるしくもあるかな」
――中の君に対する匂宮のお心は、並み一通りでは無い筈、と思いながらも、不安な日々がつのってくるのでした。これほど辛く心配な目に遇うまいと初めから警戒していましたのに、と、ご自分のこと以上に心ぐるしくて、歎いていらっしゃるのでした――

 けれども、

「いとどこの君の思ひしづみ給はむにより、つれなくもてなして、自らだになほかかること思ひ加へじ、と、いよいよ深くおぼす」
――自分が歎き悲しんでは、いっそう中の君が沈み込まれるとおもわれ、何気ない風に装っておいでになります。そしてやはり自分は結婚などして、このような歎きを持つまいと、いよいよ深くお心に決めるのでした――

では12/31に。


源氏物語を読んできて(873)

2010年12月27日 | Weblog
2010.12/27  873

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(50)

「男の御さまのかぎりなくなまめかしくきよらにて、この世のみならず契り頼めきこえ給へば、思ひ寄らざりし事、とは思ひながら、なかなか、かの目馴れたりし中納言のはづかしさよりは、と覚え給ふ」
――匂宮の、えも言われぬ優雅で清らかな男君が、この世ばかりでなく来世までもご一緒に、と、お誓いになりますので、中の君としては、このようなことになろうとは思いもかけなかったことでしたが、却って、あのよく知りあっている薫の堅苦しさよりは、とお思いになります――

 さらに、

「かれは思ふかた異にて、いといたく澄みたるけしきの、見えにくくはづかしげなりしに、よそに思ひきこえしは、ましてこよなく遥かに、一行書き出で給ふ御返事だに、つつましく覚えしを、久しくとだえ給はむは、心細からむ、と思ひならるるも、われながらうたて、と思ひ知り給ふ」
――あの薫中納言の方では、本当は私ではなく、姉君を思っておられて、ひどく取り澄ましたご様子が気づまりでした。噂にお聞きしていた匂宮は、ましてこの上なく遠い感じで、ただ一行のお文のお返事さえ気後れのすることでしたのに、これから匂宮が久しくお出でにならないとしたならば、どんなに心細いことでしょうと思われてきますのも、われながら浅ましい変わりようだと、つくづくとお考えになるのでした――

 供人たちが、盛んに咳払いをしてご帰京をお促し申し上げますので、京にお帰りの頃が日中になっては人目について具合がわるいと、お心が急きます。匂宮は、「ここに来られぬ夜があっても、私の心からではないのですから」としきりに言い訳をなさって、

(匂宮の歌)「中絶えむものならなくにはし姫のかたしく袖や夜半にむらさむ」
――二人の仲が絶えるものではないのに、あなたは独り寝のさびしさに夜半泣きぬれることでしょう――

 匂宮は後ろ髪を引かれる思いで、なかなか立ち去り難くていらっしゃいます。

(中の君の返歌)
「たえせじのわがたのみにや宇治橋のはるけき中を待ちわたるべき」
――御仲の切れませんのを私の頼みとして、長い絶え間をお待ちし続けなければならないのでしょうか――(「宇治橋の」は「はるけき」の序ことば。「たえ」「わたる」は橋
の縁語。

「言には出でねど、物歎かしき御けはひ、限りなくおぼされけり」
――恨み言は胸におさめて悲しげな中の君のご様子を、匂宮はたまらなくいとおしくお思いになるのでした――

◆男(おとこ)=男女の実事があったことを描写するときに、「男」、「女」と表現を変える。ここでは匂宮のこと。

◆一行書き出で給ふ御返事だに(ひとくだりかきいでたもう御かえりごとだに)=ただ一行のお文へのお返事でさえも。

では12/29に。

源氏物語を読んできて(872)

2010年12月25日 | Weblog
2010.12/25  872

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(49)

中の君は、

「絶え間あるべくおぼさるらむは、音に聞きし御心の程しるきにや、と、心おかれて、わが御ありさまから、さまざま物嘆かしくてなむありける」
――今から、ご無沙汰の理由をおっしゃるのは、やはり評判の浮気心の現れであろうかと、疎ましく、このような山里の頼りない身の上を思い知らされて、何やかやと物思いに沈んでいらっしゃるようです――

「明けゆく程の空に、妻戸おしあけ給ひて、もろともに誘ひ出でて見給へば、霧わたれるさま、所がらのあはれ多く添ひて、例の、柴積む船のかすかに行き交ふ、あとの白浪、目馴れずもあるすまひのさまかな、と、色なる御心にはをかしくおぼしなさる」
――ようやく明け初める空の様子に、匂宮は妻戸を押し開けて、「ご一緒に」とお誘いになって外をご覧になりますと、霧が晴れていくさまが、宇治という場所ならではの趣を添え、例のように柴舟が行き来しているのがかすかに見え、その後のはかない白波がそぞろにあわれ深く、見馴れぬ住いの景色よ、と、この匂宮の色めかしいお心には、興をそそられるようです――

「山の端の光やうやう見ゆるに、女君の御容貌のまほにうつくしげにて、限りなくいつきすゑたらむ姫宮も、かばかりこそはおはすべかめれ、思ひなしの、わが方ざまのいといつくしきぞかし、こまやかなる匂ひなど、うちとけて見まほしう、なかなかなる心地す」
――山の端にさす夜明けの光がだんだんはっきりしてきますに従って、中の君のご器量の美しく良く整って愛らしいご様子に、匂宮は、この上なく大切に養育された姫君でも、きっとこれ以上ということはあるまい、御姉の女一の宮のことが思い合わされ、身びいきでこそご立派にも見えるのであろう、この美しい中の君のお肌の艶やかさなど、いっそう打ち解けて見てみたい、と思われると、なまじ逢わなかった方が良かったという気さえなさるのでした――

 川瀬の音が物騒がしく、ひどく古びた宇治橋がのぞまれるなど、霧が晴れていくにしたがい、ひとしお荒れ果てた岸辺の風景に、匂宮が、

「かかる処にいかで年を経給ふらむ」
――このような荒れ果てた所に、どうして長の年月を過ごされたのでしょう――

 と、つぶやいて涙ぐんでおいでになるのを、中の君はたいそう恥ずかしそうにお聞きになっております。

◆女君(おんなぎみ)=男性を知った女性を表現するときに言う。
◆限りなくいつきすゑたらむ姫宮=この上なく大事に育てられた姫宮。姉の女一の宮のような
こと。
◆いといつくしきぞ=非常にご立派

では12/27に。


源氏物語を読んできて(871)

2010年12月23日 | Weblog
2010.12/23  871

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(48)

 大君はつくづくとお心の内で、

「われもやうやう盛り過ぎぬる身ぞかし、鏡を見れば、やせやせになりもてゆく、おのがじしは、この人どもも、われあしとやは思へる、うしろでは知らず顔に、額髪をひきかけつつ、色どりたる顔づくりをよくして、うちふるまふめり」
――自分もそろそろ盛りを過ぎてしまう年頃、鏡を見れば、だんだん痩せ衰えていっているのが分かるというもの。あの老女たちにしても、自分が醜いなどとは思ってもいまい。肌の艶もなく、少ない髪に気が付かず、前髪ばかりを顔に垂らしては、白粉や紅で厚化粧をして振る舞っているのですもの――

「わが身にては、まだいとあれが程にはあらず、目も鼻もなほしとおぼゆるは、心のなしにやあらむ」
――(では自分は)私はまだあれほどではない、それに目鼻立ちもまず人並みと思っているのは、実は自分を知らぬということなのだろうか――

 と、物思わしげに外を眺めながら寄り臥していらっしゃる。

「はづかしげならむ人に見えむことは、いよいよ片腹いたく、今一年二年あらば、おとろへまさりなむ、はかなげなる身の有様を、と、御手つきの細やかに、か弱く、あはれなるをさし出でても、世の中を思ひつづけ給ふ」
――薫のような、こちらが恥ずかしくなる程ご立派な人にお逢いすることは、やはり極まりが悪く、もう一、二年も経てば、自分はさらに容貌も衰えて行くに違いない、ひ弱な心細いこのような身体なのだから、と、か細く痛々しげな御手を袖からそっと出して、じっとご覧になるにつけても、薫とのことをとめどもなく思い出されておられるのでした――

一方、匂宮は、

「あり難かりつる御暇の程をおぼしめぐらすに、なほ心安かるまじき事にこそは、と、胸ふたがりて覚え給ひけり。大宮のきこえ給ひしさまなど語りきこえ給ひて」
――母の明石中宮から、容易にお暇を得られなかったことなどを思い出されて、今後も宇治に通うことは、そう気軽にはできそうもないと、胸が塞がるような気がなさって、中の君に、中宮が厳しく仰せになったことなどをお話になって――

「思ひながらとだへあらむを、いかなるにか、とおぼすな。夢にてもおろかならむに、かくまでも参り来まじきを、心の程やいかがと疑ひて、思ひみだれ給はむが心苦しさに、身を棄ててなむ、常にかくはえ惑ひありかじ。さるべきさまにて近く渡し奉らむ」
――貴女のことを気に掛けながらも、これからご無沙汰することがあるかもしれませんが、どうしてなのかと心配なさるな。ゆめにも貴女を粗略にしますならば、こうまでしてお訪ねしませんでしょうに。わたしの真意がどうかとお疑いになってお悩みになるのがお気の毒で、身を棄てた気で参ったのですよ。いつもこのように出歩く訳にはいかないでしょう。そのうち、貴女のお住いを私の近くにお移ししましょう――

 と、思いを込めておっしゃるのですが……。

では12/25に。


源氏物語を読んできて(870)

2010年12月21日 | Weblog
2010.12/21  870

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(47)

「正身もいささかうちなびきて、思ひ知り給ふ事あるべし。いみじくをかしげに盛りと見えて、引き繕ひ給へるさまは、まして類あらじはや、とおぼゆ」
――中の君ご本人も少しはお心も折れて、打ち解けられているご様子です。ご容姿を調えていらっしゃるそのお姿は、たいそう艶やかで今がお美しい盛りと見え、並ぶ人もあるまい、と思われます――

「さばかりよき人を多く見給ふ御目にだに、けしうはあらず、容貌よりはじめて、多く近まさりしたり」
――(匂宮としても)あれほど周りに美人を見ておられる御目にさえ、中の君は、どこという欠点もなく、ご器量も姿形もすべてが、近づいてなお一層美しく見えてご満足のご様子に――

 山里の老婆たちも、醜くすぼんだ口元をほころばせて、

「かくあたらしき御有様を、なのめなる際の人の見奉り給はしかば、いかにくちをしからまし。思ふやうなる御宿世」
――このようにお美しい中の君のご様子ですのに、もしも、いい加減なご身分の方がお逢いもうされますなら、それこそどんなに残念だったでしょう。この御方とは、本当に申し分のないご縁ですこと――

 と、うなずき合いながら、それに引き換え、

「姫君の御心を、あやしくひがひがしくもてなし給ふを、もどき口ひそみきこゆ」
――大君の、薫に対して妙に肩肘を張っておられるお心持ちを、口をゆがめて悪しざまにお噂申すのでした――

「盛りすぎたるさまどもに、あざやかなる花のいろいろ、似つかはしからむをさし縫ひきつつ、ありつかず取り繕ひたる姿どもの、罪ゆるされたるもなきを」
――(老女たちの)盛りを過ぎた身に、派手な花の様々の色の似つかわしくないのを、縫い付けた衣裳を着込んでいて、この晴れがましい時にこそふさわしいとばかり装っている様子はまことに見ぐるしい――

 と、大君は見渡されて思いながら……。

では12/23に。

源氏物語を読んできて(869)

2010年12月19日 | Weblog
2010.12/19  869

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(46)

 薫はまたお心の内で、

「好いたる人の、思ふまじき心つかふらむも、かうやうなる御中らひの、さすがに気遠からず、入り立ちて心にかなはぬ折りの事ならむかし、わが心のやうに、ひがひがしき心の類やは、また世にあんべかめる、それだに、なほ動きそめぬるあたりは、えこそ思ひ耐へね」
――好色がましい男が、あるまじき恋の虜になるというのも、女一の宮と自分のような間柄で、と言って、遠くも無く近くもなくて思い通りにならぬ場合のことだろうか。まったく自分のような偏屈者が他にいるだろうか。そんな自分でさえ、一旦思い初めたお方をとうてい諦めることなどできない――

 と、思いは募るのでした。

「さぶらふ限りの女房の容貌こころざま、何れとなく悪びたるなく、めやすくとりどりに乱れそめじの心にて、いときすぐにもてなし給へり。ことさらに見えしらがふ人もあり」
――明石中宮にご奉仕している女房達はみな、器量も人柄も、だれ一人見劣りするような者もなく、それぞれに取り柄もあり美しい中にあって、高貴で立派な人として目に止まる人もいるにはいますが、薫は絶対に女に心を動かすまいとの決心で、たいそう気まじめに振る舞っておられます。それをまた、思わせぶりに気を引いてみせたりする女もいます――

「大方はづかしげにもてしづめ給へるあたりなれば、上べこそ心ばかりもてしづめたれ、心々なる世の中なりければ、色めかしげにすすみたる、下の心もりて見ゆるもあるを、さまざまにをかしくもあはれにもあるかな、と、立ちても居ても、ただ常なきありさまを、思ひありき給ふ」
――中宮のあたりは、こちらが恥ずかしくなるような奥ゆかしさのある所ゆえ、女房達たちもうわべだけは淑やかに振る舞ってはいるものの、人の心はさまざまな世の中ですから、色めかしい下心が見え透いたりするのもあって、薫はそうした風情をそれぞれに面白くもあわれにも眺めては、何につけてもただこの世の無常を思い続けておられるのでした――
 
さて、

「かしこには、中納言殿のことごとしげに言ひなし給へりつるを、夜更くるまでおはしまさで、御文のあるを、さればよ、と、胸つぶれておはするに、夜中近うなりて、荒ましき風のきほひに、いともなまめかしくきよらにて、にほひおはしたるも、いかがおろかに覚え給はむ」
――宇治の山荘では、薫が手紙で三日夜のお祝いを仰々しく言ってこられましたのに、肝心の匂宮は夜更けてまでにもお出でにならず、お文だけが届きましたので、大君は、案の定、匂宮は移り気な方であったと、胸もつぶれる思いでいらっしゃいますと、夜中近くになって、荒々しい風を冒して、匂宮が何ともなまめかしく、あでやかなお姿で、匂い高く入って来られたのでした。これに対しては、大君もどうして疎かにお思いになれましょうか――

では12/21に。


源氏物語を読んできて(868)

2010年12月17日 | Weblog
2010.12/17  868

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(45)

 匂宮のご様子に薫はお気の毒に思い、

「同じ御騒がれにこそはおはすなれ。今宵の罪にはかはりきこえて、身をもいたづらになし侍りなむかし。木幡の山に馬はいかが侍るべき。いとど物のきこえや、さはり所なからむ」
――行かれても残られても、いずれにしても騒がれ、問題になることでしょう。今夜のお咎めには、私がお代わり申し上げて、一身を棄てても致しましょう。木幡山にふさわしく馬ではいかがでしょうか。それなら、人目も紛れ、差し障りありませんでしょう――

 と、おすすめ申し上げます。夜もとっぷりと暮れてきましたので、匂宮は思いあぐねた末に、お馬でお出ましになられました。薫は、

「御供にはなかなか使うまつらじ。御後見を」
――私は今夜はご一緒いたしません。後のお世話を申し上げましょう――

 と、薫は内裏で替わって宿直申し上げます。薫が明石中宮のお部屋にお伺いしますと、

「宮は出で給ひぬなり。あさましくいとほしき御様かな。いかに人見奉らむ。上きこしめしては、諫め聞こえぬ言ふかひなきと、おぼしのたまふこそわりなけれ」
――匂宮はお出かけになった様子です。本当に困ったお心癖ですこと。人は何と思うことでしょう。帝のお耳にでも入りましたなら、私がお諌めしないのがいけないと、きついお叱りを蒙るのが辛くて――

 と、たいそうお嘆きでいらっしゃいます。明石中宮にはそれぞれご立派に成長された宮たちがおいでになりますが、今でも若々しく人を惹きつける匂い美しさをたたえておいでになります。薫はお心の中で、

「女一の宮も、かくぞおはしますべかめる、いかならむ折りに、かばかりにてももの近く、御声をだに聞き奉らむ」
――女一の宮もきっとこのようにお美しいに違いない。何かの折に、この位の近さでお側に上がって、せめてお声だけでも伺ってみたいものだ――

 と、しみじみ思うのでした。

◆木幡の山に馬=古歌「山科の木幡の里に馬はあれど徒歩よりぞ来る君を思へば」

◆女一の宮=明石中宮腹の第一皇女。匂宮の一番上の姉君。

では12/19に。


源氏物語を読んできて(867)

2010年12月15日 | Weblog
2010.12/15  867

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(44)

 その内裏で、匂宮の母君でいらっしゃる明石中宮が、

「なほ、かく一人おはしまして、世の中に、好い給へる御名のやうやうきこゆる、なほいと悪しきことなり。何事も物好ましく、立てたる心なつかひ給ひそ。上もうしろめたげにおぼしのたまふ」
――まだこうして独身でおられて、世間に色好みのご評判が次第に広がっていきますのは全く困ったことです。色好みの風なご態度はお慎みなさい。帝も殊のほかご心配のようにお見受けしますよ――

 と、内裏ではなく六条院をはじめ他に寝泊まりされることが多い事を、お諌めになりますので、匂宮はひとしおお辛くて、ご自分のお部屋に下がられますと、すぐに宇治にお文をお出しになります。そこに薫が参上しましたのを頼みに、

「いかがすべき、いとかく暗くなりぬめるを、心もみだれてなむ」
――どうしよう、こんなに暗くなってしまって。気が気ではないのだが――

 と、すっかり困りきっておいでになります。薫はこの際、匂宮のお心の内をしっかり
伺っておこうとお考えになって、

「日頃経てかく参り給へるを、今宵さぶらはせ給はで、いそぎまかで給ひなむ、いとどよろしからぬ事にや、おぼしきこえさせ給はむ。台盤所の方にて承りつれば、人知れず、わづらはしき宮仕へのしるしに、あいなき勘当や侍らむ、と、顔の色違ひ侍りつる」
――久しぶりでこうして参内なさったものを、今夜宿直なさらずに早々ご退出なさっては、中宮もなおさら怪しからぬことと思われましょう。台盤所でちょっと承りましたが、内緒のとんだご案内役を勤めましたおかげで、私までお叱りを蒙るのではと、思わず青くなってしまいましたよ――

 と、申し上げますと、匂宮は、

「いと聞き憎くぞおぼしのたまふや。多くは人のとりなす事なるべし。世に咎あるばかりの心は、何事にかはつかふらむ。ところせき身の程こそ、なかなかなるわざなりけれ」
――母上(中宮)がたいそうご機嫌が悪いのですよ。大抵は人が何かと告げ口しているからだと思うが、世間から非難される程の浮気心など私がするものか。窮屈な身分が却って恨めしい――

 と、自由にお振舞いになれないお身の上を、心から厭わしくお思いのご様子です。

◆台盤所(だいばんどころ)=宮中では清涼殿の一室で女房の詰所。

では12/17に。

源氏物語を読んできて(866)

2010年12月13日 | Weblog
2010.12/13  866

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(43)

 これらのお品物は、

「宮の御方にさぶらひけるに従ひて、いと多くもえ取り集め給はざるにやあらむ、ただなる絹綾など、下には入れ隠しつつ、御料とおぼしき二領、いときよらにしたるを、単衣の御衣の袖に、古代のことなれど」
――(多分)母君女三宮の許に有り合わせたままのを、そう充分にはお集めになれなかったのでしょうか、織ったままの生地で染めも練りもしない絹や綾などを下に納めて、
美しく仕立て上がった姫君たちのお召し料らしい二重ねが上に置いてあります。その単衣のお袖に古風ななされかたですが――

 お歌が添えてあって、

「さよ衣きてなれきとはいはずともかごとばかりはかけずしもあらじ」
――あなた方は私と馴れ親しんだことを否定なさるとしても、私の方では口実として言い触らさないとはかぎりませんよ――

 と、脅しじみた恨み事がしたためてあります。

 大君は、

「こなたかなたゆかしげなき御事を、はづかしくいとど見給ひて、御かへりもいかがはきこえむ、とおぼしわづらふほど、御使ひかたへは逃げかくれにけり。あやしき下人をひかへてぞ、御かへり給ふ」
――こちらもあちらも(ご自分も中の君も)薫に見られてしまい、奥ゆかしさのなくなってしまわれたことを、たいそう恥ずかしく思われて、大君はお返事をどうしたものかと、途方に暮れていらっしゃいます。そのうちにお使いの何人かは逃げ帰ってしまいました。賤しい下人を呼びとめて、やっとのことで、お返事を御言付けになります――

(大君の返歌)
「へだてなき心ばかりはかよふともなれし袖とはかけじとぞおもふ」
――あなたと親しく心だけは通わしましても、逢った仲だとはおっしゃっていただきたくありません――

 心も落ち着かず、思い乱れていらっしゃったからでしょうか、大君の返歌はまったく平凡で、待ちかねておいでになった薫は、急いで手にとってご覧になります。確かに大君のお心のごとくであったよと、薫もお気持をお受け取りになったのでした。

一方、

「宮はその夜内裏に参り給ひて、えまかで給ふまじけるを、人知れず御心もそらにておぼし歎きたるに」
――匂宮は、(今宵が中の君への三日目の夜になる)内裏に参内なさったのですが、すぐには退出もできそうになく、人知れず、心も空に気が気でなく、恨めしがっていらっしゃいます――

では12/15に。