永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(859)

2010年11月29日 | Weblog
2010.11/29  859

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(36)

 大君は、何と押しつけがましいと御不快ではありますものの、何とか宥めすかそうと、お心を静めて、

「こののたまふ宿世といふらむ方は、目にも見えぬ事にて、いかにもいかにも思ひたどられず。知らぬ涙のみ霧ふたがる心地してなむ。こはいかにもてなし給ふぞ、と、夢のやうにあさましきに、のちの世の例にいひ出づる人もあらば、昔物語などに、ことさらにをこめきて作り出でたるものの例にこそは、なりぬべかめれ」
――いま仰せになりました宿世とかいうものは、目にも見えぬ事でどうだとも見当もつきません。ただもう行く末も分からぬ涙で、目の前がぼおっと塞がるような気がしております。これはいったいどうなさるおつもりかと、何もかもただ夢のようで、呆れるばかりです。後々話の種に持ちだす人でもあれば、昔物語の中で殊更面白可笑しく作り上げた愚か者とそっくりで、きっと格好な慰みものとなるでしょう――

「かくおぼし構ふる心の程をも、いかなりけるとかはおしはかり給はむ。なほいとかくおどろおどろしく心憂く、な取り集めまどはし給ひそ。心より外にながらへば、すこし思ひのどまりてきこえむ。心地もさらにかきくらすやうにて、いとなやましきを、ここにうち休まむ、ゆるし給へ」
――あなたのこうした御真意を匂宮は一体どうしたことかとご不審に思われるでしょう。私をこのように胸も張り裂けるような目に遇わせて、もうこれ以上あれこれと困らせないでください。思いのほか生き長らえ、心も落ち着きましたなら、ゆっくりお話申しあげましょう。いまはすっかり取り乱して気分もすぐれませんので、ここでしばらく休みとうございます。袖をお離しください――

 とたいそう辛そうにおっしゃいます。薫は大君がとりわけ道理を説かれるので恥ずかしくなり、またおいたわしくもあって、

「あが君、御心に従ふことの類なければこそ、かくまでかたくなしくなり侍れ。言ひ知らず憎くうとましきものにおぼしなすめれば、きこえむ方なし。いとど世に跡とどむべくなむ覚えぬ」
――どうぞお聞きください。あなたの御こころに背くまいと、ひたすら心しておりますからこそ、これほどまでに律儀に辛抱もしているのでございます。それを余りと言えばあまりにも私をお疎みのご様子なので、もう言葉もございません。いよいよ生きていられそうな気もしません――

 とおっしゃりながら、

「『さらば、へだてながらもきこえさせむ。ひたぶるになうち棄てさせ給ひそ』とて、ゆるし奉り給へれば、這い入りて、さすがに入りも果て給はぬを、いとあはれと思ひて、
『かばかりの御けはひをなぐさめにて明かし侍らむ。ゆめゆめ』ときこえて、うちもまどろまず」
――「では、障子ごしにでもお話申し上げましょう。一途に私をお棄てくださいますな」と、袖をお離しになります。大君は奥に這い入って行こうとなさるものの、さすがに振り棄て難くためらっていらっしゃる風情が、いかにもいじらしくお優しいので、「この程度の御対面を慰めとして夜を明かしましょう。決して御無体なことは…」とおっしゃって、まんじりともなさらない――

◆をこめきて=痴めく=ばかげて見える。愚かしいようす。

では12/1に。


源氏物語を読んできて(858)

2010年11月27日 | Weblog
2010.11/27  858

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(35)

 薫が、

「宮の慕ひ給ひつれば、えきこえいなびて、ここにおはしつる。音もせでこそ紛れ給ひぬれ。このさかしらだつめる人や、かたらはれ奉りぬらむ。中空に人わらへにもなり侍りぬべきかな」
――(実は)匂宮が私の行くところに是非に、とついて来られましたので、お断りもできませんで、もうこちらにいらっしゃるのです。何のお断りもなく忍びやかに中の君のお部屋にお入りになりました。きっとあのお節介な弁の君が、宮から頼み込まれたのでしょう。私はまったく中途半端なことで、きっと世の笑い者になるでしょうね――

 とおっしゃるので、大君は今までに無い意外な事に、目も昏むほど不愉快になられて、

「かくよろづにめづらかなりける御心の程も知らで、いふかひなき心幼さも見え奉りにけるおこたりに、おぼしあなづるにこそは」
――そのような万事に怪しからぬ企みをなさるあなたのお心の程にも気が付かず、お話にもならない私の幼稚さをお見せしてしまった油断のありさまを、きっと軽蔑なさっていらっしゃるのでしょう――

 と、言いようも無く怒っていらっしゃる。 薫は、

「今はいふかひなし。ことわりは、返す返すきこえさせてもあまりあらば、抓みも捻らせ給へ。やむごとなき方におぼし寄るめるを、宿世などいふめるもの、さらに心にかなはぬものに侍るめれば、かの御志はことに侍りけるを、いとほしく思ひ給ふるに、かなはぬ身こそおき所なく心憂く侍りけれ」
――何とおっしゃっても、今は詮無いことです。お詫びは幾重にも申し上げます。それでも足りなければ、ぶったり抓ったりなさい。あなたは身分の高い匂宮の方にお心を寄せておいでのようですが、宿世というものは、まったくままにならないもので、匂宮のお望みは中の君にありましたのを、あなたのためにはお気の毒に存じますけれど、望みの叶わぬ私の身こそ、置きどころもなく辛くてなりません――

「なほ、いかがはせむに、おぼし弱りね。この御障子のかためばかりいと強きも、まことに物清くおしはかりきこゆる人も侍らじ。しるべと誘ひ給へる人の御心にも、まさにかく胸ふたがりて、明かすらむとは思しなむや」
――かくなるうえは、どうにもならないと気持ちを柔らげて私に従ってください。いくらこの障子を固くなさったところで、何事もなかった間柄だとは、誰も信じる人はいませんよ。私を道しるべとなさった匂宮にしても、私がこうもやるせない気持ちで夜を明かしているなんて思っていらっしゃるでしょうか――

 と、障子をも引き破りかねない薫のご様子です。

◆えきこえいなびて=え聞こえ否びて=お断りもできず

◆このさかしらだつめる人=この賢しらだつめる人=あの賢ぶったお節介な者=ここでは弁の君のこと。

◆抓みも捻らせ給へ=つねったりひねったりなさい。

では11/29に。



源氏物語を読んできて(857)

2010年11月25日 | Weblog
2010.11/25  857

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(34)

 大君は、お心の中で、

「今はと移ろひなむを、ただならじとて言ふべきにや、何かは、例ならぬ対面にもあらず、人にくく答へで、夜もふかさじ」
――いざ、薫のお心が中の君へ思い移るというときに、ただ黙っていては私にすまないと思って何かおっしゃるつもりなのでしょう。それなら何の、初めての対面では無し、
素っ気なさも程々にして、夜も更けないうちに中の君の方へお立たせしよう――

 とお思いになって、

「かばかりも出で給へるに、障子の中より御袖をとらへて、引きよせて、いみじくうるむれば、いとうたてもあるわざかな、何に聞き入れつらむ、と、くやしくむつかしけれど、こしらへて出だしてむ、とおぼして、他人と思ひわき給ふまじきさまに、かすめつつかたらひ給へる、心ばへなど、いとあはれなり」
――ほんの少しにじり出ますと、薫が障子の隙間から、つとお袖を捉えて引き寄せて、ひどく恨み事を言い続けます。大君はまあなんて厭なことをなさる、どうしておっしゃるとおりにしたのだろうと、口惜しくてなりませんが、ここは何とか宥めすかして、お帰ししなければとお考えになり、中の君をご自分同様に思ってくださるようにと、それとなくお話になる大君のお心遣いは、ほんとうにおいたわしい――

一方、

「宮は、教へきこえつるままに、一夜の戸口によりて、扇をならし給へば、弁参りきて導ききこゆ。前々も馴れにける道のしるべ、をかしとおぼしつつ入り給ひぬるをも、姫宮は知り給はで、こしらへいれむ、とおぼしたり」
――匂宮は薫がお教えなさったとおり、先夜薫が忍び入った戸口に寄って、扇をお鳴らしになりますと、弁の君が参ってご案内申し上げます。この弁の君が、今までも何度かここからあの中納言(薫)の道しるべをしたに違いないと、匂宮は可笑しく思いながらお入りになられたのも、大君はご存知なく、とにかく何とか薫をなだめて早くあちらへと思っていらっしゃる――

「をかしくもいとほしくも覚えて、内々に心も知らざりける、うらみおかれむも、罪さり所なき心地すべければ」
――(薫は)大君をおかしくもお気の毒でもあり、匂宮を手引きしたことについて内々何の事情も知らなかったこと、と、のちのち恨まれても弁解のしようもない気がして――

では11/27に。


源氏物語を読んできて(856)

2010年11月23日 | Weblog
2010.11/23  856

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(33)

 さて、薫は匂宮を御馬にて、暗闇にまぎれて姫君たちの邸にご案内なさって、弁の君をお呼び出しになって、

「ここもとにただ一言きこえさすべき言なむ侍るを、おぼし放つさま見奉りてしに、いとはづかしけれど、ひたやごもりにては、えやむまじきを、今しばしふかしてを、ありしさまには導き給ひてむや」
――(私としては)大君にただ一言申し上げたいことがございますが、私を嫌っていらっしゃるように拝しましたので、たいそう極まりが悪く恥ずかしいことですが、引っ込んでばかりもいられませんでね。もう少し夜が更けてから、先夜のように大君のお部屋に案内してくれませんか――

 などと、心を隠すこともなく相談なさいますと、弁の君は、「大君でも中の君でも、もうどちらでも同じこと」と思って、引きさがって参りました。

「さなむ、ときこゆれば、さればよ、思ひ移りにけり、とうれしくて心おちゐて、かの入り給ふべき道にはあらぬ廂の障子を、いとよくさして、対面し給へり」
――(弁の君が)薫のお言葉を、こうこうと大君に申し上げますと、大君は思い通りに中の君にお心が移られたのだと、うれしくなって心も落ち着いて、中の君のお部屋への通路では無い方の廂の間の障子を厳重に錠を下ろして、薫とご対面になります――

 薫は、

「一言きこえさすべきが、また人聞くばかりののしらむは、あやなきを、いささか掛けさせ給へ。いといぶせし」
――ひと言申し上げたいのですが、人に聞かれるほどの大声を出すのも間が悪うございます。もう少しお開けください。これではあまりに鬱陶しうございます――

 と申し上げますが、大君は、

「いとよく聞こえぬべし」
――いいえ、このままで良くお聞きになれる筈です――

 とおっしゃって、お開けになりません。


では11/25に。

源氏物語を読んできて(855)

2010年11月21日 | Weblog
2010.11/21  855
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(32)

「二十六日彼岸の果てにて、よき日なりければ、人知れず心づかいひして、いみじくしのびて率て奉る。后の宮などきこしましいでては、かかる御ありきいみじく制し聞こえ給へば、いとわづらはしきを、切におぼしたる事なれば、さりげなく、と、もて扱ふもわりなくなむ」
――二十六日は彼岸明けの吉日に当たっていましたので、中納言(薫)は、人目につかぬように細心のご用意をなさって、匂宮を宇治にお連れ申します。匂宮の母宮の明石中宮などにお聞き出されては、匂宮のこうしたお忍び歩きを切にお止め申されますので、薫としては、はなはだ煩わしく思いますが、匂宮のたってのお望みなので、何気ない風に工夫しますのも、並大抵のことではありません――

「船渡りなどもところせければ、ことごとしき御宿りなども借り給はず、そのわたりいと近き御庄の人の家に、いとしのびて、宮をばおろし奉り給ひて、おはしぬ」
――(宇治川を船で)対岸に渡るのも大袈裟で、うるさそうな夕霧の別荘をお借りするのも止めて、八の宮邸に近い薫の荘園の人の家に、ひとまず目立たぬように、宮を御車からお降ろし申して、薫は一人で八の宮邸に行かれました――

 匂宮をすぐお連れしても、見咎め申すような人とてもないとは思いますものの、時々見回る宿直人にもそれと知られぬ用心なのでしょう。

「例の中納言おはします、とて経営しあへり。君達なまわづらはしく聞き給へど、うつろふ方ことににほはし置きてしかば、と、姫宮はおぼす」
――いつものとおり、薫の御来訪だと皆があれこれ御接待に奔走してします。姫君たちは何となく厄介な気持ちで人々の動きをお聞きになりますが、大君は、いつぞや薫に中の君へ思い移ってくださるように仄めかして置いたことでもあるからと、安心していらっしゃる。――

 一方、中の君は、

「思ふ方ことなめりしかば、さりとも、と思ひながら、心憂かりし後は、ありしやうに姉宮をも思ひ聞こえ給はず、心おかれてものし給ふ。何やかやと御消息のみきこえ通ひて、いかなるべき事にか、と、人々も心ぐるしがる」
――薫の目的は自分ではなく大君らしかったので、薫がまさかご自分のところにはお出でになるまいと思いながら、あの忌まわしいことの後は、今までのようには姉君をお信じにはなれず、用心していらっしゃいます。姉君とは何やかやとお取り次ぎばかりで、直接ご対面なさらないので、お二人の姫君たちに何があったのでしょうと、侍女たちは気が気ではありません――

◆経営(けいめい)する=(けいえい)の転化か。あれこれ設えること。駆け回って世話をすること。

◆なまわづらはしく=何となく厄介な

では11/23に。


源氏物語を読んできて(854)

2010年11月19日 | Weblog
2010.11/19  854

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(31)

 薫はお心の内で、

「年頃かくのたまへど、人の御ありさまを、うしろめたく思ひしに、容貌なども見おとし給ふまじくおしはからるる、心ばせの近おとりするやうもや、などぞ、あやふく思ひ渡りしを、何事もくちをしくはものし給ふまじかめり」
――(匂宮が)年来このように取り持ちを私に頼まれておいででしたが、今までは肝心の、中の君のお人柄が気懸りでならなかったことも、先夜間近でお目にかかって、ご器量なども決して匂宮の方にご不満なことは無いに違いないとおもわれますし、気だてが、近づいてみると劣ってみえるようなこともありはしないかと、不安に思ってきましたが、それも残念なことにはならないでありましょう――

 と、お思いになって、

「かの、いとほしく、内々に思ひたばかり給ふ有様も、違ふやうならむも、情なきやうなるを、さりとて、さはた、え思ひ改むまじく覚ゆれば、ゆづりきこえて、いづかたのうらみをも負はじ」
――(中の君がなかなかに好ましい方であってみれば)大君が内々中の君を私に、とのおお心づもりを無にするのは、いかにも情け知らずのようではあるものの、とはいっても、そのような心変わりなどできそうもない。やはりここのところは、中の君を匂宮にお譲り申して、匂宮からも中の君からも恨みは買うまい――

「など下に思ひ構ふる心をも知り給はで、心せばくとりなし給ふもをかしけれど」
――このように、内心薫が思い巡らしているとも匂宮はご存知なくて、薫の態度をなんと狭量なと思っておられるのは、いささか可笑しいのですが――

 薫が、

「例の軽らかなる御心ざまに、物思はせむこそ心ぐるしかるべけれ」
――いつもの浮気な御気性で、中の君に気苦労させるのがお気の毒というものです――

 などと、まるで親代わりのような口ぶりで申し上げます。すると匂宮は、

「よし、見給へ。かばかり心にとまる事なむまだなかりつる」
――よろしい、長い目で御覧なさい。今まで、これ程心を惹かれたことは一度もなかったのだから――

 と、たいそう真面目におっしゃるので、薫は、

「かの心どもには、さもやとうちなびきぬべきけしきは見えずなむ侍る。仕うまつりにくき宮仕へにぞ侍るや」
――姫君たちのお心では、そう簡単に靡きそうには見えないのでございます。まったくこれは骨の折れるお取り持ちですね――

 と、恩着せがましく、宇治にお出かけになる時のご注意など、細々とお教え申し上げます。

では11/21に


源氏物語を読んできて(853)

2010年11月17日 | Weblog
2010.11/17  853

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(30)

 「風につきて吹き来る匂ひの、いとしるくうち薫るに、ふとそれとおどろかれて、御直衣をたてまつり、みだれぬさまに引きつくろひて、出で給ふ」
――風のまにまに漂ってくる香りが、まさしく薫のそれなので、匂宮はすぐに気付かれて、御直衣をお召しになると、身だしなみを整えてお部屋をお出になります――

 薫が階を昇りきれぬうちに膝まづかれると、匂宮はそのまま高欄にもたれてお迎えになり、打ち解けてよもやま話などをなさいます。

「かのわたりの事をも、物のついでにおぼし出でて、よろづにうらみ給ふもわりなしや。みづからの心にだにかなひ難きを、と思ふ思ふ、さもおはせなむ、と思ひなるやうのあれば、例よりはまめやかに、あるべきさまなど申し給ふ」
――匂宮が何かにつけてあの山里に思いを馳せて、この私の取り持ちの足りないことを、お恨みなるのは無理なことよ。この自分の恋さえ成就できないのに、と、薫は思い思いするものの、匂宮の思いが実れば、こちらの首尾も自然に運ぶであろうとの下心もあって、いつになく身を入れて、あれこれと手段をお教えになります――

 折からの景色は、まだ明けやらぬ空にあいにく霧が立ち込め、あたりは冷え冷えと月も影を潜め、木の下も小暗く、何となく恋のあはれさを感じさせます。匂宮はあの宇治の山里をおもいだされたのでしょうか、「近いうちに、必ず連れて行ってくださいよ」と、お頼みになりますが、薫はそれでも億劫そうにためらっていますので、

(匂宮の歌)「女郎花さけるおほ野をふせぎつつ心せばくやしめを結ふらむ」
――女郎花(おみなえし)の咲いている野に立ち入らせまいと、あなたは心狭くも縄を張るのでしょう。(姫君たちを自分だけ独占して、私に見せない気でしょう)

 と、戯れておっしゃるので、薫は、

(薫の歌)「霧ふかきあしたのはらの女郎花こころをよせて見る人ぞみる」
――霧深いあしたの原の女郎花のように、宇治の姫君たちは篤い志を寄せる人だけにしかお逢いにならないのです。(ひととおりのことではとても、とても)――

 などと匂宮をいらいらおさせになりますので、

「『あなかしがまし』とはてはては腹立ち給ひぬ」
――「ああ、うるさい」と終いには腹を立てておしまいになりました。

◆女郎花(おみなえし)=女性に譬えることが多い。
◆はてはては=終いには、その挙句には、

では11/19に。

源氏物語を読んできて(852)

2010年11月15日 | Weblog
2010.11/15  852

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(29)

何気ない風にかかれている返歌に、薫は、やはり大君を恨みきってしまえない気がなさるのでした。そしてつくづくお考えになるには、

「身をわけてなど、ゆづり給ふけしきは度々見えしかど、うけひかぬにわびて、構へ給へるなり、そのかひなく、かくつれなからむもいとほしく、情けなきものに思ひ置かれて、いよいよはじめの思ひかなひ難くやあらむ」
――大君が中の君を、身は二つでなどと、自分との結婚を中の君にゆずるようなご様子が度々見えたが、私が承知しないのを困っての、あのように計画なさったのであろう。その甲斐もなく自分がこう中の君に無関心でいるのも、大君にはお気の毒で、情を解せぬ者よと疎んじられ、いよいよ元よりの望みが叶いにくくなるだろう――

「とかく言ひ伝えなどすめる老人の思はむ所もかろがろしく、とにかくに心を染めけむだに悔しく、かばかりの、世の中を思ひ棄てむの心に、みづからもかなはざりけり、と、人わろく思ひ知らるるを」
――あちらこちらに取り次ぎをするらしい老人(おいびと)の弁の君の思惑も軽々しく、あれやこれやにつけても、大君に恋を抱いただけでも悔しく、これだけの遁世したい気持ちであるのに、自分でも不可能なのだったと、人聞き悪く思い知らされるのに――

「ましておしなべたる好き者のまねに、同じあたり返す返す漕ぎめぐらむ、いと人わらへなる棚なし小船めきたるべし」
――まして、世間普通の浮気者流に、同じ女に何回でも言い寄るとしたら、それは実に人聞きの悪い、「棚なし小船(おぶね)」に似たことだろう――

 などと、ひと晩中まんじりともせず思い明かして、まだ夜も明けぬ時刻に兵部卿の宮(匂宮)のお住いに参上したのでした。
三條の宮(母女三宮のお住い)が火災で焼けてからは、薫は六条院に移っておられましたので、度々参上されていました。(六条院に匂宮の曹司があるので)匂宮は、公務と言ってもそれほどお忙しくもなく、お住いのご様子も優雅で理想的でいらっしゃいます。
 
◆うけひかぬにわびて=承け退かぬに思い悩んで=承諾しないのに困って

◆棚なし小船めきたる=古今集「掘江漕ぐ棚無し小船漕ぎ返り同じ人にや恋ひ渡りなむ」左右の船ばたの内側に踏み板のない小さな舟。

では11/17に。


源氏物語を読んできて(851)

2010年11月13日 | Weblog
2010.11/13  851

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(28)

 薫はつづけて、

「宮などの、はづかしげなく聞え給ふめるを、同じくは心高く、と思ふ方ぞ、ことにものし給ふらむ、と心得はてつれば、いとことわりはづかしくて、また参りて人々に見え奉らむ事もねたくなむ。よし、かくをこがましき身の上、また人にだに漏らし給ふな」
――匂宮が恥ずかしげも無く姫君方へお便りなさるらしいのを、同じ事なら理想を高く匂宮の方へとのお気持らしいと、はっきりと分かりましたよ。そうお考えになるのも尤もで、まったく恥ずかしくて、私がまたこちらに参上して、みなさんにお目にかかるのも癪でね。とにかく、こんな馬鹿げた私の身の上を、せめて誰にも漏らさないでくれ――

 と、恨みおかれて、いつもより急いでお発ちになりました。侍女たちが、「お二人ともにお気の毒なこと」と、囁き合っています。

 大君も、

「いかにしつることぞ、もしおろかなる心ものし給はば、と胸つぶれて心ぐるしければ、すべて、うちあはぬ人々のさかしら、にくし、とおぼす」
――いったいどうしたことでしょう。もしも薫に冷淡なお心が生じたならば、中の君がお可哀そうと、胸もつぶれるほどの御心労で、すべては自分と考えの違う侍女たちの出過ぎた計らいを憎いとお思いになります――

「さまざまに思ひ給ふに、御文あり。例よりはうれしと覚え給ふも、かつはあやし」
――大君がいろいろ思い悩んでおられるところに、薫から御文がありました。いつもよりも嬉しいとお思いになるなんて、随分矛盾していますこと――

 薫のお手紙には、秋の気配も知らぬげな青い楓の、片枝だけがたいそう色濃く紅葉しているのを添えて、

「(歌)おなじ枝をわきてそめける山姫にいづれかふかき色ととはばや」
――同じ枝を特に分けて染めた山姫に、青と紅とどちらが深い色か聞いてみたいものです(同じ姉妹のうちの、どちらを深く私が思い染めているかおわかりでしょう)――

 と、それほど恨みがましい言葉もなく、おっしゃりたい事も略して、包み文にしてあるのをご覧になって、大君は昨夜のことは何気なく紛らわしてしまおうとのお心かと、
胸がしきりに騒ぐのでした。
侍女が、「早くお返事を」とうるさく申し上げます。

「ゆづらむも、うたて覚えて、さすがに書きにくく思ひみだれ給ふ」
――(お返事を中の君に)お譲りするのも、わざとらしくて気が染まず、そうかと言って御自分でもさすがに書きにくく、思い乱れていらっしゃる――

「(返歌)山姫のそむるこころはわかねどもうつろふ方やふかきなるらむ」
――山姫が枝を染める気持は分かりませんが、多分紅に色移った方が深いのでしょう(山が、緑と紅に染め分けた心は分かりませんが、あなたのお心は中の君に深くお寄りのことと存じます)――

◆心ゆるいすべく=心弛びすべく=気をゆるめては。「ゆるい」は「ゆるび」の音便。

では11/15に。


源氏物語を読んできて(850)

2010年11月11日 | Weblog
2010.11/11  850

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(27)

 弁の君が中の君はいったいどちらにおいででしょうか、と探している声がきこえてきて、中の君は恥ずかしく、思いがけない成り行きが不審でならないのでした。そういえば、昨日の大君の言葉を思い出して、姉君の辛いお気持をお察しなさるのでした。
(別の訳:昨日の大君のお話はこの事だったのかと、姉君のなさり方を恨んでいらっしゃる)

「明けにける光につきてぞ、壁の中のきりぎりす、はひ出で給へる。おぼすらむ事のいといとほしければ、かたみに物もいはれ給はず。ゆかしげなく、心憂くもあるかな、今より後も、心ゆるいすべくもあらぬ世にこそ、と思ひみだれ給へり」
――すっかり明けた光にほっとして、壁の中のきりぎりす(大君を譬えた)が這い出ていらっしゃいます。大君は中の君のご心中がたいそうお気の毒なので、お互いに物もおっしゃれない。大君は、中の君を薫にお逢わせしてしまい、なんと情けない事よ、これから後も、(差し出がましい老女房もいることなので)男については決して油断してはならないものと、お心は思い乱れるのでした――

 「弁はあなたに参りて、あさましかりける御心強さを聞きあらはして、いとあまり深く、人にくかりける事、と、いとほしく思ひほれ居たり」
――弁の君は、薫のお居間に参上して、大君の呆れるほどの気強さをすっかり聞いて、余りにも思慮深過ぎて、愛想のないなさりかたよ、薫の為にもお気の毒にと、気落ちして座り込んでしまいました――

 薫は、

「来し方のつらさは、なほ残りある心地して、よろづに思ひ慰めつるを、今宵なむ、まことにはづかしく、身も投げつべき心地する。棄て難くおとし置き奉り給へりけむ、心苦しさを思ひきこゆる方こそ、またひたぶるに、身をもえ思ひ棄てまじけれ」
――今までのお仕打ちの辛さは、それでもまだ望みがあるような気がして、あれこれと心を紛らわしてきたが、今夜という今夜はみっともなく恥ずかしく、川瀬に身を投げたい気持ちだ。(八の宮)が見棄て難くこの世に留め置かれた思いをお気の毒に思えばこそ、決して私の身勝手で世を棄てまい、と思ってきたのに――

「かけかけしき筋は、いづかたにも思ひきこえじ。憂きもつらきも、かたがたに忘られ給ふまじくなむ」
――懸想めいた思いの筋は、御姉妹のお二人には決して持つまい。だが、こんな悲しい、辛い事は忘れられそうにもない――

では11/13に。