三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

チャイタニヤ・タームハネー『裁き』

2017年11月01日 | 映画

チャイタニヤ・タームハネー『裁き』は最初に、野外の舞台で老いた歌手が政治批判の歌を歌っていると、警察官がやって来て逮捕します。
丁々発止の裁判劇になるのかと思ってたら、弁護士や女検事の日常が長々映し出され、それが伏線というわけでもありません。

チャイタニヤ・タームハネー監督はインタビューでこう語っています。

カーストは目に見えない無意識の力として、この映画全体に作用している。インドのカースト制度は、この場で説明するにはあまりにも複雑過ぎるので言及を控えるけど、映画の中に人の姓を読むシーンをたくさん入れたということだけ言っておく。この映画の登場人物の姓は社会階層を表しているんだ。(略)食べ物もカーストや階級を表現する重要なメタファーになった。その人がどこに住み、何を食べるかは、社会におけるその人の場所を理解するための重要なツールになると思う。

http://eiga.com/news/20170707/16/

『裁き』は、裁判を通してインド社会、カースト制度や民族・言語の違い、職業差別などを描いているのでしょう。
でも、どうもよくわからないので、インドに詳しい人の解説が聞きたいと思ってたら、「アジア映画巡礼」というブログがあり、すごく詳しく説明してありました。
http://blog.goo.ne.jp/cinemaasia/s/%E8%A3%81%E3%81%8D

65歳の歌手カンブレが「ワドガオン虐殺抗議集会」(字幕での説明はない)で、「社会はこんなにも混乱し、矛盾している」「その中で重圧は最下層にいる我らへ押し寄せる」「立て、反乱の時はきた」「己の敵を知る時だ」と歌っている途中で逮捕されます。


舞台の横断幕の左右に写真が貼ってあり、この写真で被差別カースト、つまり「ダリト」(「抑圧された者」という意味、指定カースト)の集会だとわかるそうです。

左側の写真がアンベードカル(インド憲法の父)で、右側が被差別カースト出身のアンナーバーウー・サーテー)とムスリムのアマルシェークという民衆詩人。
http://blog.goo.ne.jp/cinemaasia/e/4049790e00217c1567bdede6eb365cee

弁護士とスボードが警察(?)で尋ねると、自殺幇助罪の容疑だと言われます。

カンブレが歌う「下水清掃人は下水道で窒息しろ」という趣旨の歌を聴いた下水清掃人が自殺したからだと言うのです。

カンブレの裁判で、弁護士がマラーティー語ではなく英語かヒンディー語で話してほしいと裁判長に頼みます。

ムンバイに住んでいるのにマラーティー語が聞き取れないわけです。
弁護士のヴォーラーという姓は、パンフレットの石田英明先生の説明によると、グジャラート州の商人カーストに多い名前だそうです。
http://blog.goo.ne.jp/cinemaasia/e/e740bb6826325fdb838d7aa2e6593ebc

この弁護士は父がマンションの所有者で、裕福な家庭です。

高級食品スーパーで買い物をしたり、ナイトライフを楽しむ独身貴族でもあります。
http://blog.goo.ne.jp/cinemaasia/e/ae0ffd23aa514882e106ea9ebc8b874c

それに対して、女性検事は中流(の下ぐらい)家庭だそうで、つつましい生活を送っています。

休日に検事一家4人は食堂でランチを食べます。
弁護士一家4人が食べる場所はレストラン。
食堂とレストランの違いは、真っ白なテーブルクロスが敷かれているかどうかだそうです。
http://blog.goo.ne.jp/cinemaasia/e/93e7a7452dfbcbc973365530b39b6f9d

食事の後、検事一家は芝居を見にいきます。

どんな内容かというと、娘が北インドからムンバイに来た男と結婚したいと連れてきますが、父親は男を追い出し、移民は出て行け、マハーラーシュトラ州はマラーター人のものだみたいなことを言っておしまい、観客は拍手喝采。

移民といっても外国人ではなく、国内の他の州から移ってきた人のことです。

検事にとって、グジャラート州出身の弁護士は追い出されるべき移民なわけです。

カーストのことに話は戻って、スボードは弁護士の助手かと思ってたら、依頼人で、ダリト(不可触民)だそうです。

弁護士の家に行くと、弁護士の両親から「テーブルに座って一緒に食べて」と言われ、スボードは断るのですが、結局は母親に押し切られてテーブルにつきます。

「アジア映画巡礼」には、この場面は冷や汗シーンだとあります。

カースト制度を厳格に守っている人にとって、ダリトの人と同じテーブルで食事をするのは何よりも避けたいことだからです。

しかし、監督のインタビューを読むと、インドの観客は名前や言葉でこの人はどのカーストで、どの出身で、職業は何かが分かるんじゃないかと思います。

ですから、弁護士の両親はスボートに名前や出身地などを聞いているので、スボードがダリトだとバレてるんじゃないでしょうか。
http://blog.goo.ne.jp/cinemaasia/e/85b67de6cf31127b3d8596dba2dcef32

インドにはジャーティと呼ばれる職業別の身分差別があり、ジャーティの数は数千にも分類されているそうです。

汚れを扱う洗濯屋やごみ拾い、清掃人などは特に汚い存在として差別されています。

検事は、下水清掃人は下水道で発生するガスの危険性を熟知しているため、装備なしに入ることはない、安全装備を身につけていなかったから自殺だと主張します。

しかし弁護士は故人の妻から、夫が普段から安全装備なしで清掃作業をしていた、毎日酒を飲んで下水に入っていったが、においをごまかすためだという証言を引き出します。

大場正明氏によると、チャイタニヤ・タームハネー監督は下水清掃人の過酷な環境について書いた記事に触発されたそうです。

2007年の時点で、インド全土で毎年少なくとも22,327人の男女が公衆衛生に関わる仕事で命を落としており、マンホールで毎日少なくとも2~3人の労働者が死亡している。
http://www.newsweekjapan.jp/ooba/2017/07/post-40_1.php
『裁き』の裁判では、下水清掃人の置かれた状況が明らかにされますが、裁判ではまったく問題にされていません。

裁判は毎回、短時間の審理で、「次は1カ月後に」でおしまい。

検事はカンブレが100年前の禁書を持っていることを問題にするし、目撃証人は1人だけで、しかも他の裁判でも証人になっている、いわばプロ証人。
検事は同僚との会話で、「(カンブレは)懲役20年でいいのよ」と無茶なことを言う。
弁護士が被告は病を抱えているので保釈してほしいと願い出ても、裁判官はカンブレが支払うことのできない高額の保釈金を宣告します。

下水清掃人の妻がやっと裁判に出廷し、夫は自殺するようには見えなかったと証言。

カンブレは無罪になったのか、保釈で出たのか、そこらはよくわかりませんが、冊子を印刷する工場から警察に再び連行されます。

映画の初めのほうで、弁護士がムンバイ報道協会での講演で、警察によるでっち上げ事件と、別件を口実にした再逮捕の連鎖について語りますが、カンブレも同じ。
カンブレの逮捕は反体制派への不当弾圧なわけです。

今度の罪状はテロ活動をしているという容疑です。

長々とどうでもいいことを読み上げる検事に対して、弁護士が「どこに爆弾や殺人兵器があるんですか」とか質問すると、検事は「爆弾や兵器を含む全てのものです」とか、わけの分からない説明(忘れた)をします。

裁判官は地裁は1カ月の休暇だと宣言し、人々が法廷から出て、電気が消されます。

これで映画が終わるのかと思ったら、休暇をリゾート地で過ごす裁判官の話になります。
若い父親に子供のことを裁判官が聞くと、男性は子供がしゃべることができない、療法士に期待していると答え、裁判官は「いい占い師に相談して名前を変えなさい」と言い、そして中指に黄瑪瑙(だったと思う)の指輪をしなさいと勧めます。

「アジア映画巡礼」によると、インドのほとんどの人は占星術を使う占い師に何かにつけて頼るのが常で
、どの石をどの指にはめるかも占い師に教えてもらうそうです。
http://blog.goo.ne.jp/cinemaasia/e/15d94d9d7d0058cfc6c744a363ba89a5
こんな脱力シーンで『裁き』は終わります。

先日、初めて裁判の傍聴に行きました。

判決の言い渡しが3件、いずれも判決文を読み上げ、被告に説明して、5分程度でおしまい。
部屋が明るくて、映画で見る法廷とは印象が違ってました。

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