三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

光市事件とメディアの責任 1

2012年02月28日 | 死刑

光市事件の死刑判決にはメディアの助力が大きかったと思います。
たとえば、メディアによる弁護団へのバッシングもひどいものでした。
本村洋氏は判決後の記者会見で、弁護団へのバッシングについて、「私の事件を弁護されることになってから、たくさんの嫌がらせだとか、いろんな被害があったりしたということで、非常にご心労が耐えなかったと思います。これは法治国家であってはならないことだと思います。ただ、そういった逆風の中でも最後まで熱心に弁論されたということは立派なことだというふうに思いますし」と話しています。
この批判にはメディアも含まれるわけですが、この本村洋氏の発言は報道されていないようです。

2月16日の「NEWS23」で、司会者が「最高裁で死刑判決が出されます」と言って、後で訂正していました。
このミスはともかくとして、20日のニュースで驚いたのが、実名だけでなく、本人の写真まで出していたということ。
大手の新聞社で実名報道をしなかったのは毎日新聞と中日新聞、西日本新聞だけではないでしょうか。
メディアは率先して少年法の精神をなし崩しにし、厳罰化に貢献しているわけです。

◇実名、法の趣旨無視--沢登俊雄国学院大名誉教授(少年法)の話
 実名報道の理由を「更生の可能性が閉ざされた」とする報道機関があるが、少年法61条は、どうひっくり返しても、そのような解釈で実名が許される条文にはなっていない。厳罰化のムードに押され、なし崩しで実名化してしまったのではないか。61条に罰則規定がないのは、立法府が表現の自由を尊重したから。その信義則にあまりに無自覚だ。
 今回は元少年の顔写真を掲載するメディアも多くみられた。名前は変えられても、風貌を変えるのは難しく、少年法の理念が以前に増してないがしろにされてしまった。法律の趣旨を無視して、メディアが自ら「裁き」を下してしまったと言えるのではないか。(毎日新聞2月25日)

養子縁組をした人の名前や職業などがネットに出ていましたが、誰がもらしたのか。
法務省やマスコミではないでしょうか。

本村洋氏は「20歳に満たない少年が人を殺めてしまった時に もう一度社会でやり直すチャンスを与えてあげることが社会正義なのか、命をもって罪の償いをさせることが社会正義なのか、どっちが正しいことなのか、とても悩みました。きっとその答えはないんだと思います」と言っていますが、答えはあります。

少年法の理念は「やり直すチャンスを与えてあげることが社会正義」だということです。
その意味でも、やり直す機会を与えたいという次の記事は大切だと思いました。

光市母子殺害:「彼の気持ち知りたい」…元教諭
 「今でも私は本当にあの子がやったのか分からない。これで更生の機会が失われてしまった」。高校3年生の元少年を教えた元教諭の男性(67)は、最高裁判決をそう悔やんだ。
 元少年の「冷めた目」が印象深いという。「何も感じていないという感じの目で、出会ったことがないような目だった」。自分から物事に積極的に取り組むタイプではなかった元少年は一方、授業中にいくつも席が離れている生徒に大きな声で話しかけるなど「場をわきまえずにその時の感情を出したり、かまってほしいという気持ちが出る面もあった」。
 元少年は度々父親から暴力を受けたといわれ、母親は中学1年の時に自殺した。担任だった同僚は元少年を支えようと何度も家庭訪問をしたという。「それでも事件が起きる。量刑は司法が決めることだが、もう少し彼に時間を与え、事件の真相や彼の気持ちを知りたい。可能なら、もう一度事件の解明をやり直してほしい」。元教諭はそう話した。(毎日新聞2月20日)

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光市母子殺害 本村さん会見 2

2012年02月25日 | 死刑

本村洋氏の記者会見を聞いて疑問に思ったこと。
「主文を聞かれたときの思いは」という質問に、本村洋氏はこのように答えています。
「裁判官の方が、被告人が不合理な弁解を続けているということ言及されて、反省の情が見られないという判断をされたと理解しています。最高裁判所も非常に悩まれた今回の判決だったろうなというふうに思っております。18歳の少年に対して生きるチャンスを与えるべきか、どうすべきかということで、反省の情があれば私は死刑は下らなかったと思っています。しかし残念ながら、被告人には反省の情が見られないということを理由に、今回、死刑が科したということが一番重いと思っております。
今まではことさら被害者の数を基準にですね、被害者の数が3人以上だったら死刑、2人だったら無期というような機械的にされていた判例主義じゃなくて、一つの事件を見て、一つの被告をしっかり見て、反省しているのかどうなのか、社会に出て再犯しないかということをしっかり見極めた上での判決だったということで、(略)一つひとつの事案を見て、被告人を見て、悩まれた判断だったということで、それは非常によかったというふう思っております」

本村洋氏は本当に「反省の情があれば私は死刑は下らなかった」と思っているのでしょうか。
反省の情のあるなしに関係なく、一審、二審は無期懲役の判決でした。

2005年に最高裁が弁護人に弁論を開きたいと連絡した時点で、死刑になることは決まっていたと、今にしてそう思います。
死刑のハードルを下げたい、少年法を改正したい(つまり厳罰化推進)という法務省の意向があって、弁論を行うことにしたのではないでしょうか。

また本村洋氏は、判決は「社会に出て再犯しないか」ということをも見きわめていると言っています。
しかし、今回の判決文「被告人が犯行時少年であったこと,被害者らの殺害を当初から計画していたものではないこと,被告人には前科がなく,更生の可能性もないとはいえないこと,遺族に対し謝罪文と窃盗被害の弁償金等を送付したことなどの被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,被告人の刑事責任は余りにも重大であり,原判決の死刑の科刑は,当裁判所も是認せざるを得ない」とあります。
更生の可能性があると、判決では言っているのです。

1,犯行時少年であったこと
2,被害者らの殺害を当初から計画していたものではないこと
3,被告人には前科がなく,更生の可能性もないとはいえないこと
4,遺族に対し謝罪文と窃盗被害の弁償金等を送付したこと
本来、この四点は「死刑を回避するに足りる」事情になるはずだと思うのですが。
◇「なぜ死刑」分からず--本庄武・一橋大大学院准教授(刑事法)の話
 第1次上告審判決は「死刑を回避するに足りる特に酌量すべき事情が認められない」と高裁に差し戻したが、今回の判決は元少年の「特に酌量すべき事情」の有無がどう検討されたかが具体的に書かれていない。なぜ死刑になるのか分からず、肩すかしの判決だ。また補足意見は「18歳程度の精神的成熟度を判断する客観的基準はない」としたが、実質的に見て成人より精神的成熟度が劣っているかが問題であるから、この点も的外れと言える。(毎日新聞2月20日)

安田好弘氏が講演で、永山則夫第一次上告審判決と光市事件第一次上告審判決を紹介し、その違いを説明しています。
永山則夫事件と光市事件は、どちらも高裁で無期懲役の判決が出ていますが、最高裁で差し戻し、そして差し戻し審で死刑判決になっています。

永山則夫第一次上告審判決
犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない。

光市事件第一次上告審判決
犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択をするほかないものといわなければならない。

ほとんど同じなのですがが、最後がちょっと違います。
この違いが大きいそうです。
永山裁判では「死刑の選択も許されるものといわなければならない」(死刑は例外。死刑を選択しなければならない理由を検察が証明しないといけない)となっていますが、光市事件裁判は「死刑の選択をするほかないものといわなければならない」(原則死刑。死刑を回避する合理的な説明が弁護側に求められる)へと変わっています。
安田好弘氏によると、光市事件第一次上告審の差し戻し判決は裁判員制度が始まる前年であり、クギを刺したんだとのこと。
たしかに、裁判員裁判では死刑判決が続出しています。

安田好弘「私は、日本の死刑存置の最大の勢力は、世論ではなく、検察なんだと思っています。検察が政治性を持って、法務省を完全に動かしてる。彼らは、無答責、つまり政治的に責任を問われない立場にいて、法務省の官僚となって法務省全体を支配していて、強力に死刑存置の政策を遂行している。しかも、彼らに対する指令は、法務大臣ではなく、彼らのトップ、つまり検事総長にあるんですね。これがなくならない限り、検察庁と法務省を完全に分離しない限り、つまり検察官が法務省官僚になるというシステムを壊さない限り、死刑廃止は困難だと思うんです」
(「フォーラム90」Vol.115)

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光市母子殺害 本村さん会見 1

2012年02月22日 | 死刑

「今回、私たち遺族が求める死刑という判決が下されたことに関しては、遺族としては大変満足しております。ただ決して、うれしいとか喜びとか、そういった感情は一切ありません。厳粛な気持ちで受け止めなければならないというふうに思っております。
事件からずっと死刑を科すということについて考え、悩んできたこの13年間でした。20歳に満たない少年が人を殺めてしまった時に もう一度社会でやり直すチャンスを与えてあげることが社会正義なのか、命をもって罪の償いをさせることが社会正義なのか、どっちが正しいことなのか、とても悩みました。きっとその答えはないんだと思います。絶対的正義など誰も定義できないと思います。
ただ、この日本は法治国家であり、法治という社会契約で成り立っています。そして、この国には死刑という刑罰を存置している国だということを踏まえると、18歳の少年であっても、身勝手な理由で人を殺め、そして反省しなければ死刑が科されると。日本という国はそのくらい人の命について尊厳を持って重く考えているということを示すことが死刑だと思います。(略)
死刑判決というものが下されて、社会正義が、この日本の社会正義が示されたことは大変よかったというふうに思っております。
ただ、これが絶対的な回答ではないと思いますし、この判決を受けて、またいろいろと議論があると思います。死刑を存置すべきだとか、廃止すべきだとか、いろいろな考えが出ると思いますけれど、これをきっかけにこの国が死刑を存置していることを今一度みなさんが考えていただいて、(略)」

本村洋氏の会見を聞いて思ったのは、もしも死刑以外の判決が出たとしても、本村洋氏はその判決を批判することはなかったのではないかということです。
殺人者にやり直す機会を与えるか、死刑にすべきか、どちらが正しいのか、その答えはない、と言われているわけですから。
判決文に「遺族の被害感情はしゅん烈を極めている」とありますが、現在の本村洋氏は違うように思います。

娘さんを殺され、被告の死刑を求めた木下建一氏は加害者の無期懲役が確定した後、このように語っています。
「あいりのことを思うと、『許せない』という気持ちは強い。しかし、人の命を奪う主張をすることは非常に苦しかった」
「人の命を左右するようなことにかかわらなくなり、非常にほっとしている」
本村洋氏は「うれしいとか喜びとか、そういった感情は一切ありません」と語っているのですから、木下建一氏が感じた苦しみを抱いているのではないでしょうか。

記者会見で「この13年間、どのような年月だったか」という質問に、本村洋氏は答えの中で、このように語っています。

「やはり時間というのは最良の相談相手だったと思いました。長い年月の中で私自身も年を重ね、怒りも少しずつ収まり、いろいろなことを冷静に見られるようになってきました」
無期懲役であっても、本村洋氏も木下建一氏のようにほっとしたかもしれないと思ったわけです。

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水子供養と間引き

2012年02月18日 | あやしい教え・考え

『原田実の日本霊能史講座』に、増上寺の住職だった祐天(1637~1718)のこんな話が載っている。

元禄ごろ、江戸の大きな商家の娘に怨霊が憑いた。
商家の主人が下女に手を出して妊娠させ、堕胎薬を飲んで死んだ下女の霊である。
主人が下女に手を出して堕ろした水子が15人いて、水子の霊はみんな主人を恨んでいる。
そこで、祐天は下女だけでなく、堕ろされた子供にも戒名を与えて供養した。

どうもこのことが水子供養の始まりらしい。
原田「ここで重要なのは、胎児に戒名を与えたということ、つまり、そこに人格を見出している。これは前近代の農村社会ではありえない現象なんです」
というのも、江戸時代には子どもを堕したり、生まれてすぐに殺すという間引きが行われていた。
原田「間引きに罪の意識を持ち続けていては暮らしてはいけません。だから、胎児や生まれたばかりの赤子の人格を認めるわけにはいかなかった。
ところが、都会人は自分の子供を労働力としてではなく、庇護する対象としてみる余裕があるわけです。だから、生まれたばかりの赤子や胎児にも人格を見出すことができる」
そこで江戸では水子供養が始まるようになったというわけです。

太田素子『江戸の親子』は土佐藩の下級武士楠瀬大枝の日記を中心として、江戸時代後期の家族について書かれた本。
楠瀬大枝は長女の死(文化2年)の時には葬儀は簡潔にしたが、長男の死(天保5年)では大人と同じ葬礼を行なった。
「四十歳の大枝は五歳で亡くなった長女に葬式を出すことが、未練がましいと思われないかを心配しているが、五十代の大枝は長男と甥の供養を、先祖の供養と同じように年々積み重ねて行く」
ということは、土佐では文化年間以前には子どもの葬儀もしなかったらしい。

この変化は、一つは土佐藩の間引き対策の強化を契機としている。
乳幼児の死亡率は17世紀末に3~4割だったのが、18世紀後半には1割に減り、19世紀に入って少し上昇する。
間引き対策の効果だけではなく、医療の発達ということもあるだろうが。

折口信夫によると、水子や子どもの霊は「其に殆浮かぶことなき無縁霊」である。
だから、水子供養は不成仏霊を祀る日本古来の方法の一つだと思っていたが、どうもそうではなく、江戸中期、地域によっては江戸時代末期から行われるようになったらしい。

ところが、大村英昭『現代社会と宗教』には、「とくに我が国の民俗宗教については、筆者はかねてから、それが〈おかげとたたりのコンプレックス〉から成る、というふうに言い表してきた」とある。
見田宗介が、欧米の「原罪の意識」に対比して「原恩の意識」が重要なポイントであり、「これがアニミズムに由来する〝おかげさま〟の心情である」と示唆しているそうだ。
「今のこの「あるがまま」の日常性を天地の恩と感じる」感覚は、日本人が好む宗教感情である。

しかし、「時折襲いくる災厄(→変事)に際して、なおかつ「天地の恩」を喜んでばかりはいられなかったはずである」
変事の際にはたたりを鎮めることが行われた。
「ユダヤ=キリスト教圏に、愛ないしゆるしと罪ないし裁きの間にモチーフ変更がくり返しあったように、我が国では、〈おかげとたたり〉の間を揺れ動き、「相変わらない」時には前者が、「変事」の折には後者が、交互に噴出してくるといった具合に考えたほうがいい」

堕胎、間引きという汚れ仕事を担ったのは女性であり、女性の地位の低さと無関係ではない。
男たちはケガレを嫌う「〝きれいごと〟の祖先祭祀」を行うが、女たちは「疎外されたワタクシ(個別の霊)に共鳴する、よりシャーマニズムに近い形の宗教に魅かれる」
「この構図は、1973年頃から急に騒がれだした我が国の、いわゆる「水子供養」ブームにまで持ち越されたものだと見て間違いあるまい」
このように大村英昭氏は言っていて、ずうっと昔からたたりを恐れて水子供養をしていた、ということだと思う(たぶん)。


堕胎、間引きしても何もしなかったのか、あるいはひとまとめにして祀っていたのか、それとも個別に供養していたのか。
原田実氏の霊魂論に従うなら、江戸時代中期から後期までは水子の供養はされなかったが、堕胎、間引きの減少とともに水子供養がされるようになったのではないかと思う。
だから、水子のたたりと
は明治以降の話ではないかと、これは思いつきです。

大村英昭『現代社会と宗教』を読んで思いついたのがもう一つあって、それは海への散骨である。
海へ散骨すると、どこに撒いたのか、北緯と東経をきちんと教えられ、遺族は後日その地点を訪れる。
しかし、骨は海流に流されるのだから、撒いた地点にとどまってはいない。
にもかかわらず、遺骨を撒いた場所にこだわるのは、そこに死者がいると思うからだろう。
通常の死に方だと、死者の霊は一定の期間を経たら先祖霊と一体化する。
ところが、いつまでも個別な存在として一定の場所(死んだ場所など)にとどまる霊は、交通事故などの不慮の事故によって死んだ地縛霊である。
これも霊魂観の変化の一例ではないかと考えた次第です。

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『原田実の日本霊能史講座』

2012年02月14日 | あやしい教え・考え

日本人の宗教観は霊信仰だと思っていたが、『原田実の日本霊能史講座』によると、霊魂観は時代とともに変遷している。
原田実氏によると、霊の概念を四種類に分類することができる。

1,その姿が誰にもまったく見えない霊(得体の知れない恐るべき霊)
たとえば『源氏物語』で、六条御息所が生霊となるが、誰かが見たわけではない。

「日本の古代~中世の霊能者にとって、霊は見るものではなく、鎮めたり使役したりするための存在だった」
たとえば安倍晴明。
原田「この時代の貴族社会の生活は陰陽道なくして成り立ち得ないものだった。呪術的な支配力を有しているわけです。たとえばこれも『宇治拾遺物語』にあるエピソードですが、暦を作る人がいたずらで、はこすべからずという日を暦の中に設けたという話がある」
杉並「はこすべからず?」
原田「大便をしてはいけない日、を暦に入れてしまうんですね。で、暦に従って行動する貴族の女房が青い顔をしているのを見て、人々が笑っていたというふうな話が出てくるわけです」

2,生前に因縁があった人に向けて現れ、その人だけに見える霊

霊に怨みを持たれている人、因縁がある人だけ見えて、他の人には見えない。

3,その姿が誰にでも見える霊
印刷技術の発達によって18世紀以降に広まる。

4,特殊な技術/操作によって見えるようになる霊
写真の普及と心霊写真の登場によって、「肉眼で見えない霊を写す写真機のような目を持った人間=霊能者」という発想が生まれた。

18世紀半ばの印刷技術の発展、出版物の普及以前には「霊能者だけにしか見えない霊」というのはなかった。

原田「古代には、霊という概念はあったとしても、いったん死んでしまった人の霊が個性(姿や人格)を持つとは考えられていなかったと思われるわけです」

「死んでからも生前の個性を持ち越している人間の霊」という概念はなく、霊は「生前の個性から切り離された、得体の知れない恐るべきもの」だった。
原田「どんなに愛した人であっても、死んでしまったら、「個性を失った、得体の知れない怖いもの」になってしまうから、それは生き返ってもらっては困る」
たとえば菅原道真の霊。
原田「生前の個性を持ち越した人格を帯びた幽霊として出てきたのではなくて、火雷天神として現れた。つまり、怨念や妄執だけがこの世に残っているわけです」

ところが、印刷技術の発展、出版物の普及により、おばけや化け物の概念が変わってくる。
原田「印刷物の中で人間の霊が絵に書かれるようになってくると、まず他の化け物と人間の霊(幽霊)との区別が問題になってくるわけです。人間の霊は人間の名残をとどめているはずだから、他の化け物より人間らしいはずだ、というわけです」

化け物と幽霊の区別/分化が進み、幽霊は「生前の個性を持ち越して現れる」ものであり、基本的には「因縁のある人だけでなく誰に対しても現れる」ものであるという認識が広まっていく。
原田「きちんと生前の人としての個性(姿・人格)を保っているものが幽霊で、そうではないものが化け物だということになってくる」

写真の普及も霊魂観を変えることになる。
原田「写真の普及と心霊写真の登場によって、ここに新しい種類の霊が付け加えられるわけです。それはいわば、「特殊な技術/操作によって見えるようになる霊」です」
肉眼では見えないが、カメラによって写される霊、つまり心霊写真である。

原田「この、「特殊な技術/操作によって見えるようになる霊」という概念の延長線上に、「普通の人の肉眼では見えないけれども、それが見えるような、写真と同じような特殊な技術/能力を持った人がいるにちがいない」という発想が出てくるんですよ」
肉眼では見えないものを見る能力を持つ人=霊能者の登場。
それ以前には、「霊能者だけにしか見えない霊」というのはなかった。

さらには、X線という、肉眼では見えないものを透視する光線。
原田「これからなにか未知の光線、未知の透視能力、そういうものがあるはずだという発想が出てくるんですね」
原田「X線のような透視技能を持った人間=透視能力者/超能力者がいるに違いない、という発想につながっていく」

そして念写。
原田「X線のように物を通過し乾板を感光させることができて、しかも人の目には見えない、特殊な光線なり物理現象なりがあるにちがいないという思い込みが強められる」

大蔵貢怪談映画の影響も大きいそうだ。
原田「それによって何が起きるかというと、大衆が、幽霊を具体的なイメージとして見るという経験を積んでしまうわけですね」
原田「たとえば映画に、幽霊が見える人物が登場する。そしてその霊がどういう状況でどのように見えるのか、ということが映画の中で描かれる。するとその認識が、霊というのはそういうふうに見えるものなのかという暗黙の了解として人々の間に定着していくわけです」
映画界で大蔵貢をよく言う人はいないと、何かの本で読んだが、こんなところで貢献しているとは知らなかった。
そして、テレビの普及で霊の視覚化が定着するということです。

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土井隆義『人間失格?』4

2012年02月10日 | 厳罰化

なぜ犯罪が起きるのか、その原因として犯罪者の生まれもった資質を強調するのはなぜかと言うと、私が考えるに、自分は犯罪や犯罪者とは関係ない、だから責任はない、ということにしたいからだと思う。

社会が原因→社会の一員である私も無関係ではない→罪悪感
個人の資質が原因→無関係→被害者意識・不安感→犯罪者への非難・攻撃・厳罰指向
犯罪が個人の資質によって起こるのなら、社会に責任はないし、私は無関係。

「非行少年に対して一般の人びとが「厳罰化」を求めているのも、それによって加害者が改心することを願ってのことでもなければ、そのことで復讐感情を満たそうとしているわけでもないことが分かります。そうではなくて、厳罰を科すことによって、加害者というモンスターをこの社会から徹底的に排除してしまおうとしているのです」

生まれもった資質なら、いくら矯正教育しても更生などできないことになる。
だったら犯罪を防ぐにはそういう人間を排除するしかない、という発想が広がり、一般の人は、加害者に厳罰を科すという名目で自分たちの生活圏から追い払ってしまいたいと考える。
私たちの邪魔しないでね、というわけである。

我が家の近くの中学校では、髪を染めた生徒を教室に入れないそうだ。
ルールを守る生徒に悪影響を与えないためらしい。

では、中学校から閉め出した生徒に学校はどういう対応をしているかというと、髪を黒くするなら授業を受けさせるが、拒む生徒は単に切り捨てておしまい。
に親との三者懇談や補習を行うといったことはまったくしない。

これも自己責任ということか。

「皮肉なことですが、昨今の「心の教育」の振興、それをさらに後押ししているともいえます。だってそうでしょう。社会では、学校では、できるだけ「心の教育」を充実させて予防策を施してきたはずなのに、それでもあえて非行に走ってしまった少年には、もう打つ手がないと考えてもおかしくないではありませんか。その後に残されているのは、自分の行為には自分で責任をとってもらうことだけです」

では、中学校から閉め出された子どもたちはどこに行くのか、何をするのか。

こうした排除の論理は死刑や無期懲役が増加していることにも関係していると思うし、排除指向は貧困問題やホームレス問題などでも強まっている。

だけども、ひょっとしたら自分の子どもがマスコミをにぎわす事件を起こすかもしれないという不安、この不安が加害者家族への思いやりに結びつかないのはなぜか、いつも不思議に思う。

土井隆義氏の考えは、「加害者を強く非難することは、そのような人物と自分がまったく異なった人種であることを自他ともに示す証拠となります。自分はあんなモンスターではない、あいつらと自分は違うのだと。もし加害者に同情など示せば、自分もその同類とみなされ、排除される側に回ってしまうかもしれません」ということ。
下手に加害者をかばうようなことを言うと、加害者の仲間みたいな扱いをされ、自分自身も排除されるのでは、という恐れ。
これはイジメの構造と似ている。

しかし、犯罪者や非行少年たちを排除しようとすることは、逆に「社会の安全性を低め、さらなる危険にさらす」ことになると土井隆義氏は言う。
矯正教育を充実させる施策は「人道主義的な思想にもとづいた判断によるものというより、結局のところは逸脱者を包摂するほうが、社会治安の向上に大きく寄与しうるとの合理的な判断によるものです。平たくいえば、加害者の人権を尊重してきた結果ではなく、それが皆無だったとはいいませんが、むしろ自分たちの社会の安全を冷静に追求してきた結果なのです」
犯罪者を排除しないことは、結局は自分のため、社会のためになるのである。

『人間失格?』は最後にニート問題について触れている。

「まともに働こうとしない怠惰な若者たちが増えている、向上心や意欲を持ちあわせずに親や社会に寄生している、などといった若者批判の言論がしばらく相次ぎました。それに対して、いや、そんなことはない、若者たちは必死で働こうとしているのに、その場を提供できない社会の側に問題がある、本来は社会構造上の欠陥であるはずなのに、それをあたかも若者の心の問題であるかのように語るのは欺瞞である、などといった反バッシングの言論が噴き出したのです。
その後の長引く不況の下で、中高年層のなかにも職を失う人が増えていくなか、また、経済格差をめぐる論議や反貧困の運動が高まっていくなか、ニートは若者の心の問題などではなく、日本社会の構造上の問題なのだとの認識がしだいに広がり、いまではこの認識がかなり一般的になってきました」
近ごろの若い者は働こうとしない、だからニートになるんだ、という非難は勘違いだということである。
同じように、少年非行も個人の資質だという考えは間違っているのではないかと思う。

「進化した社会とは、不完全なものや欠陥のあるもの、あるいは予想外のものともきちんと向き合い、それらを受け入れることで、かえって魅力溢れる素晴らしい特徴を生み出す社会だ」(マイケル・S・ガザニガ『脳のなかの倫理』)

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土井隆義『人間失格?』3

2012年02月07日 | 厳罰化

少年犯罪は、後天的なもの(社会のひずみや環境)が原因か、それとも先天的なもの(少年の生まれもった資質)の問題か。
土井隆義『人間失格?』に、「かつては「社会の病理」と認識されていた少年非行が、昨今では「個人の病理」と認識される傾向を強めてきたのです」とある。

少年法の理念(保護主義)は、適切な生育環境が与えられていたら非行などしなかった、社会の責任である、だから更生のために援助をしなければならない、ということだった。
「社会的な成育過程で非行の原因が形成されるのであれば、その成育過程をやり直すことで、非行の原因を除去してしまうことも可能なはずだと考えられます。従来の矯正教育とは、そういうものでした」

ところが「今日の社会では、少年たちの未熟な半人前の存在としてではなく、その人格を尊重すべき一人前の存在とみなす傾向が強まっています」
保護主義(少年は半人前の未熟な存在)から責任主義(少年も大人と同じ一人前の存在)へと、ということである。

そして、犯罪の原因を加害者の個人的な「心の問題」とみなす。
「しかし、少年非行を「心の問題」の現われと捉える風潮が強まってきたというのに、その一方では加害少年に対する教育的な姿勢は弱まり、むしろ「厳罰化」の傾向が強まっています。少年非行が「心の問題」の現われだとしたら、教育的な対応はむしろ強められてもよいはずですが、現実にはそうなっていません。なぜなら、その「心の問題」を社会的な成育過程において形成されたものと捉えるのではなく、生まれもった資質が発現したものと捉える傾向が強まっているからです」

犯罪を個人の問題として片づけることがことができるのか。
土井隆義氏は光市事件の被告を例に挙げる。
「光市母子殺害事件を起こした少年の家庭はすさまじく崩壊しており、そのなかで彼自身も父親から数々の虐待を受けていました。(略)母親が首つり自殺をした現場を最初に発見したのも、じつはその彼でした。皆さんは、もしこの少年と同じような家庭環境に育ったとしても、現在と同様に真っ当な人生を歩んでこられたと言いきれる自信がありますか。そう言いきれる人は、きっと強い人だと思います。あるいは、じつは想像力が欠如しているだけなのかもしれません」

2008年の光市事件死刑判決で死刑のハードルが下がり、十代であっても、大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件で3人が死刑確定、石巻3人殺傷事件でも死刑判決が出ている。
彼らの生育歴はいずれも悲惨なものである。

こんなことを言うと、虐待されてもぐれることなく成長する人が大勢いると反論する人がいる。
それに対して、土井隆義氏はこのように答える。

「強い人たちは、よくこう言います。「環境なんかに屈してはだめだ、ひたすら努力していくべきだ」と。それは、確かに一面では正論です。その正しさを否定するつもりはありません。しかし、ひたすら努力していくその能力も、その恵まれた資質も、じつは環境のなかで育まれていく側面をもっています、私たちは、たまたま良い環境に恵まれたおかげで真っ当な生活を送っていられるだけかもしれないのに、たまたま環境に恵まれなかったために道を踏み外してしまった人びとを、それはあなたの自己責任だと切り捨ててしまってよいのでしょうか。生まれた環境は、自分で選んだ結果でもないのに、そこに自己責任を負わせるのは理不尽だといえないでしょうか」
土井隆義氏の言うとおりだと思う。

親が刑務所に入ったので児童養護施設で育った子ども、親から暴力を受けて育った子ども、親がアルコール依存や薬物依存の子どもは、人生のスタートで大きなハンデを背負っている。
あるいは障害のある人。
新受刑者の知能検査結果(「矯正統計年報」2010年)
 知能指数相当値 割合(%)
 テスト不能    4.33
 49以下      4.12
 50~59      6.24
 60~69     12.25
 70~79     21.58
 80~89     25.82
 90~99     18.14
 100~109     6.51
 110~119     0.87
 120以上      0.14
知的障害者は22.61%、80未満のボーダーと合わせると約44%になる。
まわりからの支援が必要な人が犯罪を犯したら、社会(私も含めて)に責任がないとは言えないと思う。

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キネマ旬報ベストテン入賞監督ベストテン

2012年02月04日 | 映画

2011年の「キネマ旬報」ベストテン予想は、邦画が6本(ベスト20は15本)、洋画が5本(ベスト20は11本)正解でした。
ちなみに「スクリーン」のベストテン(洋画のみ)は7本(ベスト20だと10本)の正解。(『エンジェル・ウォーズ』が20位とは! キネ旬では106位)

それにしても感心するのはクリント・イーストウッドです。
今回は8位でしたが、毎年のように入賞しており、1位は6回もあります。
今年も『J・エドガー』がベストテンに入るでしょう。

そこでキネマ旬報ベストテンの入賞回数が多い監督を調べてみました。

キネマ旬報ベストテン入賞監督ベストテンです。(カッコは1位、同数は1位が多いほうを上位に)
数え間違いがあるかもしれませんが、ご容赦を。

1 山田洋次 25(4)

2 黒澤明 25(3)
3 今井正 22(5)
4 小津安二郎 20(6)
5 木下恵介 20(3)
6 山本薩夫 20(1)
7 新藤兼人 19(3)
8 市川崑 18(2)
9 溝口健二 18(1)
10 今村昌平 15(5)
10 成瀬巳喜男 15(2)

12 伊藤大輔 13(2)

12 内田吐夢 13(2)
14 五所平之助 12(1)
14 田坂具隆 12(1)
14 大島渚 12(1)
17 吉村公三郎 11(1)
17 深作欣二 11(1)
19 豊田四郎 10(1)
19 阪本順治 10(1)

21 衣笠貞之助 10

21 島津保次郎 10
23 篠田正浩 9(1)
24 稲垣浩 9
25 熊井啓 8(3)
26 黒木和雄 8(1)
26 北野武 8(1)
28 山中貞雄 8
28 大林宣彦 8
28 根岸吉太郎 8

これから順位を上げそうなのは阪本順治と根岸吉太郎の二人でしょうか。

あと宮崎駿7(1)、東陽一6(1)、崔洋一6(1)、井筒和幸5(1)。
そして若松孝二、柳町光男、平山秀幸は5本、滝田洋二郎、是枝裕和、原田眞人、山下敦弘が4本、周防正行、石井隆、青山真治が3本です。

洋画です。

1 ウィリアム・ワイラー 14(1)
2 ジュリアン・デュヴィヴィエ 13(3)
3 クリント・イーストウッド 11(6)
4 フェデリコ・フェリーニ 10(3)
5 ウディ・アレン 10
6 イングマール・ベルイマン 9(2)
7 エルンスト・ルビッチ 9
8 チャールズ・チャップリン 8(3)
9 ルネ・クレール 8(2)
10 デヴィッド・リーン 8(1)

11 フランソワ・トリュフォー 8

12 ジョーゼフ・フォン・スタンバーグ 7(2)
12 ルネ・クレマン 7(2)
14 ヴィットリオ・デ・シーカ 7(1)
14 シドニー・ルメット 7(1)
14 テオ・アンゲロプロス 7(1)
14 スティーヴン・スピルバーグ7(1)
18 ルイ・マル 7
18 ジャン・リュック・ゴダール
20 ルキノ・ヴィスコンティ 6(2)

21 ジョン・フォード 6

21 ロバート・アルトマン 6
23 ジャック・フェデー 5(2)
23 ロマン・ポランスキー 5(2)
25 候孝賢 5(1)
25 コーエン兄弟 5(1)
27 フリッツ・ラング 5
27 キング・ヴィダー 5
27 ジャン・ルノワール 5
27 スタンリー・キューブリック 5

見落とした監督があるかもしれません。

現在も映画を作っている監督では他に、マーティン・スコセッシ、クエンティン・タランティーノ、張芸謀、アッバス・キアロスタミ、デヴィッド・リンチが4本。
ミロシュ・フォアマン、ニキータ・ミハルコフ、ロバート・レッドフォード、オリバー・ストーン、ジェームズ・キャメロン、エミール・クストリッツァ、アキ・カウリスマキ、デビッド・フィンチャー、ティム・バートン、ペドロ・アルモドバル、アン・リー、ポン・ジュノが3本。

ベスト20に入ることがいかに至難かということがわかります。

このように見ますと、クリント・イーストウッドは偉大な監督だと思います。
テオ・アンゲロプロスの死はほんと残念でした。

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土井隆義『人間失格?』2

2012年02月01日 | 厳罰化

土井隆義『人間失格?』によれば、近年は犯罪や犯罪者への嫌悪が厳罰化につながり、そうして犯罪者を社会から排除していこうという意見が強くなっている。
では、厳罰は効果があるのか。

2007年から2008年にかけて行われた小5・中2・高2生を対象にした意識調査によると、
「万引を絶対にやってはいけない」と考えるのは約88%。
「万引を発見されたらどうなると思うか」という設問
・警察に通報されて取り調べを受ける 約78%
・商品を買い取れば済む 約3%
「万引をした少年を店が捕まえたら警察に引き渡すべきである」と答えたのが約81%。

土井隆義氏の「このような人びとに対して、いわゆる厳罰化で臨んだとしても、その威嚇効果は、やはりほとんど期待できないでしょう」という意見はもっともである。

少年の場合、友だち関係に引きずられて犯罪に関わることが多いそうだ。
イヤだと言って仲間はずれにされたくないので。

土井隆義氏は「存在論的な不安」という言葉を使っている。

今の時代、束縛がないので、仕事、趣味、生き方などを自分で自由に選択できる。
しかし、自分で選ばなくてはいけないのは面倒である。

そう言われてみれば、私が大学の時、知人と「制服は楽でよかった。何を着るか考えなくていいから」と話したことがある。

おしゃれとは縁遠い、何とも冴えない話ですが。
本田哲郎神父へのインタビュー「宗教者として社会の現実に向き合うとはどういうことか」にこんなことが書かれてある。
「「世界に一つだけの花」という歌のように、「大きい花、小さい花はあるけれど、あなたはそのままでいいのだ」と言ってくれても、私はもっと大きく咲きたいのに、さまざまな条件で小さくしか咲けない、自己実現ができないのだと言う人に「あなたはそのままでいい」と言ってしまうのは、能力のある人が安心して自分の生活を送っていくための逃げでしかないのではないですか。ただ共生というだけでは何も変わらない」(「現代と親鸞」第21号)
今の冴えない自分のままでいいとは、とてもじゃないけど私も思えなかったもんです。

それはともかく、自分の中に確かなものがないから、自分はこれでいいのかと不安になり、人の評価に左右される。
誘われたら断れないというのはこういう自信のなさがあるのかもしれない。

それで思い出したのが、ある講師の薬物離脱プログラムに関する話です。
講師が、大切なのは「相談する」「断る」ということだ、薬物を使いたくなったとき、誘われたときに、相談する相手がいたり、どうやって断るかを知っているかで大きく違ってくるという話をした。
「相談する」「断る」ということは薬物に限らず、あらゆる場面で必要なことだと思う。

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