三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

柿田睦夫『霊・因縁・たたり』

2006年01月31日 | あやしい教え・考え

柿田睦夫『霊・因縁・たたり』は、霊とか因縁とか言って脅す宗教がどういう手法を使ってだましているか、具体的に書かれている。
やり玉に挙げているのは、統一協会、本覚寺(明覚寺)、コスモメイト、阿含宗、細木数子などで、本覚寺や統一協会がしている霊感商法のマニュアルが紹介されている。
細木数子の本を出している出版社が『霊・因縁・たたり』を文庫化してくれたら、細木数子の宣伝をした罪の償いになると思います。

面白いのが、霊感商法は「女系だから気がかりだ」「女系家族では男は早死にします」と脅すこと。
どうして女系だとダメなのか、ちゃんと説明できる人はいないと思うが、それでも「女系だ」と脅されると、「やっぱり」と思う人が多いわけだ。
男系天皇論の主張が根強いことに納得。

『霊・因縁・たたり』よると、「手かざし(浄霊)」には二つの系統がある。

・世界救世教系 手のひらからでた霊光が相手に伝わり、あらゆる不幸の根本原因となる霊の曇りを解消する。それにより浄化作用がすすみ、病気や不幸、災難を解消する。そうして、この世から貧病争をなくし、地上天国を建設する。
・真光系 貧病争などの不幸は憑依霊の霊障だから、手かざし(真光の業)をほどこすことで、なぜとりついたのかが解明し、悪霊を鎮める。

どちらも、「あらゆる不幸の根本原因となる霊の曇り」や「貧病争などの不幸は憑依霊の霊障」が証明されるはずはないが、科学的だと主張している。

手かざしによって病気を治す人たちだって病気にならないはずはないのに。

『イソップ寓話集』にこんな話が載っている。

女魔法使
魔法使の女が神様の怒りを解く呪文やお祓いを売り物にして、またそれがよく当たり、それで相当なお金をためこんでいた。ところが、人々はこの女を宗教の改革を企てる者だとして告発し、裁判を受けさせ、罪状を挙げて死刑判決を下した。女が裁判所から引き出されるのを見た者が言うには、
「おい、お前は神様の怒りを遠ざけると公言するくせに、どうして人間の説得ができなかったんだ」
大それたことを約束しながら、普通のことが出来ずに襤褸を出す詐欺女にこの話は適用できる。。


もう一つ。

占い師
占い師が広場に陣取って、見料を稼いでいた。突然一人の男がやって来て、占い師の家の戸が破られ、中のものがみな持ち出されていた、と告げたので、大いに慌てて、跳び上がり嘆き声を発すると、事件を確かめるために駆けて行った。居合わせた一人がこれを見て言うには、
「やい、お前は他人のことはとうから分かると吹聴するくせに、自分のことは占ってみなかったのか」
自分の生活を満足に律せないくせに、赤の他人のことで気をまわす連中に、この話は適用できる。

あまり人間は進歩していないんだと思いました。

『霊・因縁・たたり』に真光の教えが引用されています。

ご家庭の幸福は正しい先祖供養から
心霊科学の発達に伴い、人間の体は、肉体だけでなく、その裏に幽体、さらに霊体、そして、それらを支える魂で構成されています。人間の死とは、魂・霊体・幽体が肉体から離れたことを意味します。そして、肉体が食物をとって維持してゆくように、霊体・幽体も食物の気を吸って維持している、というところまでわかってきています。
人種、地域によって霊界の法則は多少違っていますが、アジアの場合、私たちの身近にある位牌や仏壇が特に重要視されています。霊界の法則は、この世のしきたりに比べると格段に厳しく、位牌・仏壇をとおしてでないと、子孫との交流や食事の供養を受けることができないのです。そこで、仏壇も位牌もなく日々の供養をしていない子孫ですと、そのご先祖たちは食事がいただけないために飢餓に陥り、子孫の体に憑いて〝注意信号〟を送ってきます。これを、私たちはご先祖の〝戒告〟と呼んでいます。
たとえば、頭痛などは〝目の上の方に注意しなさい〟という意味です。また、胃腸病や家庭の大黒柱の失業などは〝先祖も食事がとれていない〟ということなのです。これは、ご先祖として子孫に苦しさをわかったもらうために行うことなのですが、何も知らない子孫は、それを不幸現象と感じるわけです。もちろん、不幸現象のすべてがご先祖の〝戒告〟によるものではありませんが、霊的なものが原因になっていることも非常に多いのです。
守護霊とは、私たちを背後から守り導いてくださっている霊界の指導者のことです。自動車にはねられても、かすり傷くらいで済んだり、予約していたホテルに急な用事のため宿泊できなくなったところ、そのホテルが大火になり、焼死をまぬがれたなどは、守護霊の守護と導きのおかげなのです。
人生において、より高く強い守護霊に導かれることほど安心なことはありません。そして、守護霊はほとんどの場合、ご先祖の霊から選ばれて、私たち子孫を守ってくださっているのです。私たちが正しい先祖供養をしますと、ご先祖の一人でもある守護霊もより守護力がつき、安心して私たち子孫を導くことができるわけです。したがって、正しい先祖供養をするということは、ご先祖への感謝の面、ご先祖の〝戒告〟を受けないという現実的な面、さらに守護霊の霊力を強くしてもらう面からも、大変重要なのです。(崇教真光「陽光ライフ」より)



なぜ自分はこんなに苦しみが多いのだろう?なぜ自分には、病・貧・争・災が絶えないのだろう?あなたはこういう疑問を持ったことはありませんか。これらの不幸現象は実は霊魂の暗躍の結果です。私達のまわりには、あの世に往っても成仏できない先祖の霊や怨み憎しみなどに執着しつづけている霊魂が群がっています。そして、その霊魂が肉体に侵入(憑依)して、私達を自由に操り、苦しみ悩ませているのです。
人間の八〇%はさまざまな理由で侵入してくる霊魂にとり憑かれており、世間にみる不幸のほとんどはその霊魂によって引き起こされております。このような目に見えない世界のことを、一般には〝因縁〟といい、この因縁を切ることは非常に難しいとされてきました。しかし諦める必要はありません。奇跡の霊術〝真光の業〟によってあらゆる悩みに〝奇跡の救い〟がもたらされます。真光の業(手かざし)は人間にとり憑いて成仏できない霊を救い、不幸現象の原因を取り除き、運命を好転させます。(世界真光文明教団「奇跡の世界」)


真光の教えが明覚寺の霊視商法とならべて引用してあるのだから、真光は霊が災いをもたらしていると脅し、手かざしで幸せになれますよとアメを与えていると、柿田睦夫氏は考えているのでしょう。

(追記)
こうした脅しとアメは既成教団でもしてることです。
京都仏教会HPに、「[宗教ガイドライン]に対する見解 日本弁護士連合会意見書「反社会的な宗教活動にかかわる消費者被害等救済の指針」の問題点」という文章があります。
それを読むと、既成仏教教団の主張は霊感商法をやっているとこと基本的に同じだと思います。
http://blog.goo.ne.jp/a1214/e/e59a76eaf968a4d8e87bf16ba8bea1de

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なぜ天皇は続いたのか

2006年01月27日 | 

大宅壮一『実録・天皇記』によると、明治天皇の父親である孝明天皇は極端な攘夷主義者で、安政6年、幕府がアメリカと条約を結んだことに腹を立て、「伏見有栖川三親王の中へゆずりたく存じ候」という手紙を関白に書いているそうだ。
孝明天皇のだった一人の子供である明治天皇はこのとき8歳、病弱だった。
かなりやばい状況だったわけだ。

もしも、本当に孝明天皇が退位していたらどうなっていたか。
大宅壮一は宮家の中に候補者が7人いたが、「そうなると、有望な候補の一人一人に有名なスポンサーがついて、猛烈な競争が展開されたにちがいない」と言っている。
幕府と薩長が別々の天皇を立てて、東西朝が対立したなんていうことになったかもしない。
仮にそうなったとしても、天皇制は変わることなく存続しただろう。

今谷明氏の『室町の王権』以下、一連の著作に読み、天皇について私なりに考えがはっきりしたように思う。

戦国時代、後柏原天皇や後奈良天皇の時、皇室ははなはだ衰微したと言われているが、俗説だと今谷明は言う。

たとえば、鎌倉幕府末期の北条高時は北朝を立て、北条氏を倒した足利尊氏も再び北朝を復位させている。

天皇の力を借りなければ政権を保つことができなかったのだ。

しかし義満・義持の時代には政権は安定し、天皇の権威によることなく対抗勢力を制圧した。

この義満の時代にこそ天皇の力が衰えた、と今谷明は言う。

ところが義教は力によって抑えることができず、朝敵征伐の綸旨を要請した。

以後、幕府の人事や裁判にまで綸旨を願い出て、綸旨は頻発し、それと共に幕府の権威は低下し、天皇の権威が強まった。
さらには大名たちも、名目にすぎない官職の叙任(安芸守とか正二位など)を求めた。
天皇家は経済的な面で衰微してはいるが、天皇の権威は政治の不安定に比例して強大化したのである。

織田信長にしても天皇の力を借りなければならなかったことでは同様である。

何度か窮地に陥るたびに、勅命による和議で切り抜けている。

こうして天皇は調停者としての役割も持つようになった。

天皇は単なる象徴ではないのである。

天皇とは何か、今谷明の著作を読んで思いついたことをまとめてみると以下のようになる。

1 天皇の役割は権力者に正統性を授けること
新しく権力の座についた者は、支配の正当性を天皇によって認めてもらうことで、政権を安定させようとした。
また、そのことによって不安定な時期を乗り越えることができた。
そのため、天皇の権威が尊重された。

2 天皇は罪に問われない

権力者は交代する。
権力者が新たな勢力によって倒された場合、前の権力者と結びついていたとして、天皇も一緒に追われたかというと、そうはならなかった。
もし天皇が何か間違いを犯したとして、その罪を問うていたのでは天皇の権威が失墜する。
そうなると、新しく権力を握った者の正統性を認める権威がなくなってしまい、せっかく得た自分自身の地位も危うくなる。
だから、天皇は無謬とされ、無問責となった。

3 天皇は時代に応じてイメージを変える

権力者の要請に応えて、天皇はイメージをカメレオンのように変える。
たとえば、仏教徒だった皇室は明治維新以降、神道を主宰し、大元帥だった昭和天皇は敗戦と同時に平和主義者になった。
時代社会が変われば、天皇も変わる。

4 政治権力が弱まっている時は天皇の影響力は強まるが、政権が安定していると天皇の存在は希薄になる

権力者は天皇を利用しているのだが、天皇は利用されることによって天皇という座の力が大きくなるのである。
政権がまだ安定していない時、権力者は天皇の権威を利用して安定を図ろうとする。
明治維新や第二次大戦の敗戦時も、政治情勢がはなはだ不安定な時期だった。
だからこそ、明治維新に際して、それまでは御所から出ることのなかった天皇を御神輿として担ぎ上げ、マッカーサーは昭和天皇を戦犯にしなかったし、退位させることもなかった。
そうすることで、政権は安定を目指したのである。

こうして、天皇制は続いてきた。

天皇の座という権威が大切なのである。
大切なの座であって、天皇個人がどういう人間か、どういう資質なのかはさほど関係ない。
特に政権が安定している時には。
天皇の存在が希薄な社会こそ、実は民衆にとって過ごしやすい時代なのである。
今はどうなのだろう。
天皇の権威を必要しない時代だといいのですが。

結論として、女系天皇になろうと、男系を守ろうと、結局のところ同じことだと思う。

女系天皇になると、皇統が断絶するだの、日本の伝統が壊されるだのというのは間違いである。
どちらにせよ、何もなかったように天皇制は存続するだろう。
血という幻想を国民が持ち続ける限り。

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生まれによって

2006年01月25日 | 日記
生まれによって賤しい人となるのではない。生まれによってバラモンとなるのではない。行為によって賤しい人ともなり、行為によってバラモンともなる。

『スッタニパータ』には、この言葉が出てくる説法が二つある。
身分の卑しい者と高貴な者、どちらについても「生まれによる」ということを否定している。

チャンダーラ族(賤民として差別されていた人々)の子で犬殺しのマータンガという人は、世に知られた令名の高い人であった。マータンガはまことに得がたい最上の名誉を得た。多くの王族やバラモンたちはかれのところに来て奉仕した。
生まれによって賤しい人となるのではない、生まれによってバラモンとなるのではない。行為によって賤しい人となり、行為によってバラモンともなる。


もう一つは、バラモンの青年たちに対する説法である。

著名な大富豪であるバラモンたちがイッチャーナンガラ村に住んでいた。そのときヴァーセッタとバーラドヴァーシャという二人の青年が次のような議論を始めた、「どうしたらバラモンとなれるのですか?」
バーラドヴァーシャ青年は次のように言った。「父方についても母方についても双方ともに生れ(素姓)が良く、純粋な母胎に宿り、七世の祖先に至るまで血統に関しては未だかって爪弾きされたことなく、かって非難されたことがないならば、まさにこのことによってバラモンであるのである。」
ヴァーセッタ青年は次のように言った。「人が戒律をまもり徳行を身に具えているならば、まさにこのことによってバラモンであるのである。」
バーラドヴァーシャ青年はヴァーセッタ青年を説得することができなかったし、またヴァーセッタ青年はバーラドヴァーシャ青年を説得することができなかった。
(そこで二人は釈尊にこのことについて尋ねた)
ゴータマに、我らはおたずねします。生まれによってバラモンであるのでしょうか。あるいは行為によってバラモンとなるのでしょうか? 我々には解りませんから、話してください。
「人類には生まれにもとづく特徴がいろいろと異なっているということはない。人間のあいだで区別表示が説かれるのは、ただ名称によるのみ。
世の中で名とし姓として付けられているものは、名称にすぎない。(人の生まれた)その時その時に付けられて、約束の取り決めによって仮に設けられて伝えられているのである。
(姓名は、仮に付けられたものにすぎないということを)知らない人々にとっては、誤った偏見が長い間ひそんでいる。知らない人々は我らに告げていう、『生れによってバラモンなのである』と。
生まれによって(バラモン)となるのではない。生まれによって(バラモンならざる者)となるのでもない。行為によって(バラモン)なのである。行為によって(バラモンならざる者)なのである。


バラモンは父方、母方の7代前の先祖までちゃんとわかっていないといけない、というのだから、これはすごい。
おそらく日本では天皇家も含めて、そういう家はまずないだろう。
父方はさかのぼれても、母方となるとせいぜい4代前ぐらいしかわからないと思う。

それはともかく、仏教徒の立場は「行いによって」である。
ところが現実はなかなかそうはいかない。
ある病院のHPにこういうことが書かれてあった。

貴種とは高貴な血統を意味します。わが国では天皇家が貴種の代表であり、世界でもまれな貴種と言えるでしょう。
貴種が貴種たる所以は、高貴な血統が連続して途切れていない、ということに尽きます。天皇家の貴種のそもそもの始まりは神武天皇であり、その后ではありません。つまりは神武天皇という英雄の血統が連綿として連続している。ということが天皇家の貴種たる所以です。
最近、皇室典範の改定の準備として、有識者とやらの集団によって皇位を決定する基準が決められましたが、この有識者とやらは一体全体なにものなのでしょうか?
先祖は百姓町人の末裔かなにかわからない、要は皇室とは縁もゆかりも無い、どこの馬の骨とも知らぬ人間どもが、皇位継承の原則を決める資格がどこにあるのでしょうか?
女帝は確かに歴史上存在しましたが、それはあくまで、皇族がごまんといて、男子の皇族が天皇に即位するまでのつなぎとして存在しただけです。皇族が極端に少ない現代とは事情が違います。また、古代の皇族ははじめ皇族とのみ婚姻していたのです。
清子さまは黒田さんと結婚されましたが、もし、清子さまが女帝であったと仮定して、都庁勤務の黒田さんを天皇の婿として受け入れることが出来ますか?
女帝の婿がたとえば徳川家の子孫だとしますと、天皇家はそこで断絶し、新たに徳川家の王朝が始まると言うことになるのです。また、そのような天皇家を貴種としての天皇家として受け止めることが出来ますか?
歴史とは重いものです。


文章にかなり混乱があるし、論理的に穴だらけだし、あまりにもあからさまな差別だが、これはこれですごく正直な意見で、感心してしまった。
自分のことも「馬の骨」だと思っているとしたら、大したものです。

天皇が美智子皇后と結婚する時、平民の血が混じっては日本の伝統が断絶する、平民の子供を天皇として受け入れることができるか、と主張する人もいたんでしょうね。

三島由紀夫は「小泉信三は不忠者です」と言ったそうだが。
寺だって世襲制になってしまっているわけで、「生まれによって天皇である」と考える人がいるのも当たり前である。

明治維新の際、廃仏毀釈が行われたが、仏教側の抵抗を受けておさまった。

しかし、僧侶の肉食妻帯蓄髪を認められ、仏教側も無批判に同調した。
以後、「生まれによって住職となる」ことになってしまった。
伝統的に妻帯してきた浄土真宗はもちろんのこと、他宗の方でも自分の子供が後継者になること、「生まれによって住職となる」ことを当然と考えているようだ。
真宗ではタテマエとして「門徒さんからお寺を預かっている」なんてことを言っているが、東本願寺の紛争は「本願寺は自分のもの」という思いから起きた。
結局のところ、廃仏毀釈はある意味では成功したと言えるのではないだろか。

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男系天皇正統論について(3)

2006年01月19日 | 日記

女系天皇を否定することは女性差別につながるということの続きです。

 ②側室
男系を保つためには側室がいなくては無理だから、側室制度の復活を主張する人が出てきたりする。
一般人は子供ができなければ妻を追い出したわけだが、身分の高い人は側室という便利なものがある。
男系天皇を守ってきたのは側室のおかげである。

歴代天皇のうち半数は庶出だそうだ。
明治天皇は5人の女に15人の子供を産ませている。
孝明天皇の身辺には17人の女性がいて、6人子供が生まれたが、成人したのは明治天皇1人だけ。

大宅壮一『実録・天皇記』によると、大正天皇の直宮を除く宮家の創立者の全員が妾腹である。
そして、その11人のうち6人の母親は某女となっている。
母親の名前を記録にとどめる必要はないと考えられていた。
「腹は借り物」という考えなのである。
母親の血筋はあまり問われず、父系の血統だけが問題にされる。

『実録・天皇記』にこんなことが書いてある。
大沢雅五郎という儒者が、中国のこととして「古は天子に三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻相備わり」とあるのに、孝明天皇は17人の女性しかいないので、「恐れながら匹夫に均しき御姿にて実にもったいなき御事」と嘆いている。

ところが、大正天皇には側室はいない。
長子が庶出だった場合、後継者問題が生じるからというので、伊藤博文が側室を入れさせなかったと、浅見雅男『皇太子婚約解消事件』にある。
大正天皇の場合は、男子が4人も生まれたから問題はなかったにしても、昭和天皇は女子が続き、側室を入れることを進言されても拒んだ。

長い間続いてきた側室という「伝統」が変えられたのである。
それなのに今さら「昔のように『側室』を置くという手もあります。私は大賛成ですが、国内外共に今の世相からは少々難しいかと思います」なんてことを言う三笠宮寛仁の神経には驚く。

藤原正彦は「週刊ポスト」に「女系天皇容認は日本の品格を破壊する」なんて品格のない題の文章を載せているのだが、皇太子に妾を持てと勧める三笠宮寛仁の発言は品格があるかどうか聞きたいものだ。
ついでに悪口を言うと、藤原正彦は、伝統を尊ぶ風土から美が生まれ、天才が輩出する、天才が輩出することが世界から尊敬される品格ある国家の重要な指標である、イギリスがこれに当てはまる、いったことを書いている。
それにしても、イギリスの皇室は世界から尊敬される品格があると、藤原正彦は考えているらしいが、近年、品格が破壊されているように感じる。

  ③宮中祭祀
なぜ男系天皇だと伝統を守ることになるが、女系になったら伝統が破壊されるのか。
私にはどうも納得できなかった。
ところが、「Speak Easy 社会」というブログの「後櫻町天皇の苦労と宮中祭祀の問題」という記事を教えていただき、ああ、なるほど、と納得した。
天皇は宮中祭祀を行う。
これは神事である。
以下引用。

天皇陛下は、神事を行う存在、つまり祭祀主、神主の親玉だということです。
原則男子継承、そして絶対男系継承の本当の理由はここにあるのに違いありません。(略)
女性は、まず原理的に大嘗祭や新嘗祭の祭り主となることに問題があり、できるだけ避けるべきです。
それに加えて、生理という問題があります。
月のさわりの間、女性は、神事にかかわることは厳禁されてきました。
従って、神事と生理とが重なったら延期するしかないのですが、元日とか新嘗祭と生理が重なったら中止するしかありません。

なるほど、血のケガレがあるから女はダメなのか。
たしかにケガレを忌むのは日本の伝統である。

ちなみに、皇室の祭祀の多くは明治以降に作られたものである。
だから、後桜町天皇が現在、宮中で行われている祭祀をすべて行っていたわけではない。

ニキ・カーロ『スタンドアップ』という映画は、鉱山で働く女性が職場の男性たちからセクハラを受け、裁判に訴える話である。
鉱山は男の職場なのに女たちが入ってきて男の仕事を奪った、というので男たちは嫌がらせをする。
女系天皇反対論と似ていると思った。
とは言っても、『スタンドアップ』を見て私自身、女が出しゃばらなければこんなことは起きなかったのに、と思ったのも事実である。

天皇家の後継者問題を解決する一番いい方法は、皇太子、秋篠宮が離婚して、若い女性と再婚することだと思う。
おそらく国民の多くは仕方ないと納得するだろう。

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男系天皇正統論について(2)

2006年01月17日 | 日記

女系天皇を否定することは女性差別につながるということについて、三点をあげてみました。

 ①子供がいない妻、男子がいない妻
家の跡取りである男の子を産めない女性は肩身の狭い思いをさせられている。
有吉佐和子『紀ノ川』の主人公、花の最初に産まれた子は男だったが、二番目は娘だった。
産声をあげて生まれ出たのは敬策(花の夫)の期待を裏切って女児であった。

「女かい」
敬策は、いたく失望した。
「また産みますよし」
「あたり前や」

昭和天皇に女の子が産まれるたびに、「また女か」という声があちこちでささやかれたかもしれない。

佐々部清『四日間の奇蹟』の女主人公は、代々続いている由緒ある旅館の跡取りと恋愛し、結婚するが、子供ができない。
「うちは何代も続いているのに」という皮肉に耐えきれず、愛する夫と別れてしまう。
「嫁して三年、子なきは去る」ということで、まあ何と大時代な話よと思った。
しかし、男系天皇でなければと言っている人は、「嫁して三年」派である。

週刊誌に雅子パッシングが毎週のように出ていている。
「週刊文春」の今週号に次のような記事があった。
むずかる愛子さまを連れて…
雅子さま「2時間47分中座」
天皇ご一家が 天皇誕生日 夕食会で待ちぼうけ

宮内庁の誰かが記者に漏らしたんだろうが、それにしても「2時間47分」を誰が測ったのか、こまめな人である。
どこの家庭にもあるこんな内輪話を書かれたんじゃ、さすがにかわいそうに思う。
まわりにいる者を信用できなくなるのは当然である。

それと不思議なのは、「週刊文春」は保守派なのに、雅子さま叩きの厳しい記事が毎週のように載っていることだ。
実は「週刊文春」は天皇制の崩壊をたくらんでいるとしたら面白いのだが。

皇太子夫妻は、家と家族とのどちらを大切なのかと迫られ、家族を選ぼうとしているように思う。
「私より公」、つまり自分のことより家を大切にしろというのが「週刊文春」らの保守派の言い分なのかもしれない。

皇族というのはある種の被差別民だと思う。
「週刊新潮」の今週号にはこんな記事が。
・「公務欠席」「私事出席」で顰蹙を買った「雅子妃のワガママ」
・気に入らないと「ポイ捨て」愛子さまは大丈夫?
なんていう惹句。
こりゃなんじゃ、跡継ぎを産めない嫁をいびって追い出そうとしているのかと、勘ぐりたくなった。

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男系天皇正統論について(1)

2006年01月16日 | 日記

女性天皇・女系天皇に反対する意見をよく見かける。
問題点を私なりに整理すると、「血の幻想」と「女性差別」という二点あると思う。

 1 血の幻想

皇族に男子の後継者がいない現状をこのままにしておくと、男系が途絶えてしまう。
そこで男系天皇論者は、旧宮家を皇族として復帰させるべきだと主張する。
しかし、旧宮家は平成天皇とはあまりにも血縁関係が遠すぎる。

三笠宮仁は、継体天皇、後花園天皇、光格天皇がかなり離れた傍系から天皇になっているから、旧宮家を皇族に復帰させることは問題がないと言う。

これは誤りである。

継体天皇は応神天皇の五世の孫とされているが、実際のところはよくわかっていない。

妻が仁賢天皇の娘、武烈天皇の妹ということで天皇になっているわけだから、継体天皇以降は女系ということになる。
後花園天皇の場合は8親等と離れているようだが、北朝の崇光天皇のひ孫である。
光格天皇も東山天皇のひ孫であり、先代の後桃園天皇の一人娘を妻にしているから、女系とも言える。
いずれも天皇との血縁関係がそれほど遠いわけではない。

かりに三笠宮仁に息子がいたら大正天皇のひ孫になるから、その息子は現皇太子とは7親等ということになる。

ところが、旧宮家はすべて伏見宮家の分家で、伏見宮家は初代(1351~1416)が崇光天皇の息子なのである。
今までこれほど男系の血縁関係が離れているのに天皇になった人はいない。

だったら、南朝の末裔だという熊沢天皇だっていいじゃないかという話になる。

ずっと以前、鹿児島の知り合いから、明治天皇の落とし胤が近所にいるという話を聞いた。
本当かどうか知らないが、血の濃さを言うなら明治天皇の落とし胤が天皇になってもおかしくない。
しかし、DNA鑑定で明治天皇と血縁関係があるとわかったとしても、多くの人はそういった人が天皇になることはいやだと思う。
血よりもイメージなのであって、神武天皇のDNAが問題なのではない。

血というのは幻想である。

我が家は300年続いていると自慢する人がいる。
途中、養子をもらって血のつながりは切れていても、気にせず、血縁で長年続いてきた由緒ある家なんだという幻想を持っている。

こういう家信仰の総本家が天皇家である。

家信仰が血となり肉となっている私たちは、天皇家は万世一系なんだ、純粋さを保ってもらいたいという幻想を抱いているにすぎない。
こうした血の幻想が女性への差別を生んでいる。

 2 女性差別
もともと日本は母系社会だったのに、父系になったのは中国の影響である。
中国では伝統的に、男子がいなければ家は絶え、先祖祭祀をしてもらえなくなるので、死者は苦しむと考えてきた。
日本でも跡が絶えた家は「無縁」と言われ、気にする人もいる。
養子はダメなのかというと、日本人はそんな杓子定規なことは言わない。
とにかく家が続けばいいという考えである。
日本人はそういういい意味でのいい加減さがあるが、中国人の場合、そうはいかないらしい。

「風の旅人」という雑誌に、李小明「永遠の魂―中国、カトリック教の村―」という文章がある。

これがなかなか面白い。
現在、中国には約1000万人のカトリック信者がいる。
中華人民共和国になってからずっと弾圧され、今は緩和政策がなされているといっても圧力があることには変わりない。
中国政府が抑圧政策をとっていたため、カトリック信者のほとんどは田舎で暮らしている。
陝西省のカトリック信者の住むある村の話。

ここに300を越えるカトリック教徒の家族、そのほとんどが、捨て子を養子にしている。捨て子のほとんどは女の子であり、もし男の子であるならば、障害者であることが多い。


70年代の終わり以降中国は一人っ子政策を採用してきた。中国では伝統的に、健康な男の子がいなければその家系は途絶えるとされており、生まれてくる赤ちゃんが女の子や障害を持った男の子であると、赤ちゃんを捨ててしまう。
近隣の村人は、カトリック教徒なら必ず子供を育ててくれると知っており、わざわざ教会の前に子供を捨てる。

男系にこだわるあまり自分の子供ですら捨ててしまう中国のことを、男系天皇論の人は笑えない。

女系天皇反対の人は、女は中継ぎにすぎないと公言し、女性を切り捨てているのである。

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高橋紳吾『超能力と霊能者』

2006年01月10日 | あやしい教え・考え

高橋紳吾『超能力と霊能者』に、人は物語によって救われるとある。

人は感情的につらいとき、つい何かのせいにする。(略)原因を超自然的なものに求める。つまり、「霊障」のせいにするとか、「運命の糸」だとか、「背後霊」だとかのパターン。(略)超自然的なことで自分が不幸になったという「物語」は、つらい感情に一定の役割を与える。たとえば、我が子を失う悲しみが、「神に愛されたがゆえに」という物語を展開することによって多くの親が慰められてきたように。


高橋紳吾医師のところに、夫のアルコール問題と小姑との相続問題の悩みを抱えた50歳すぎの女性が相談にやってきた。
この女性の本当の問題は、自分は常に正しく頑張っているのに、自分の苦労をまわりの人間に認めてもらえないという点である。
何度か面接をしたのだが、ある日、晴ればれとした表情で現れた。
そして、占い師に見てもらったと言う。
「ご主人とは悪縁ではないが、特別な因縁」
「清めた塩を神につつんで、蒲団の下に、各部屋ごとに赤と紫の造花を」
そして、「夫にビールを黙ってついであげること」
というご託宣。

それを毎日心がけていると、夫が話を聞いてくれるようになったという。
料金は5千円也。

彼女は自分の問題を意識することなく、自分と夫との関係を変化させた。つまり「因縁」という概念をテコに、夫にも自分にも特別な配慮が必要だということを学習したのである。
この女性占い師は優秀で良心的な「霊能者」なんだろうと思う。クライエントは「物語」によって自分の感情の説明をうけ(解釈)、その具体的「処方」(指示)をもらう。優秀な霊能者だというのは、人間観察に優れているということで、しかも問題点を指摘せず、したがって洞察させることなしに、彼女の行動パターンを変えてしまったという点である。(略)
そして良心的であるということについてだが、これが一回きりの占いで完結しているということだ。恐怖の物語、つまり悪霊のしわざとか水子霊の祟りといった類の恐怖のストーリーを提示して、さらなる呪術的行為(しばしばきわめて高額である)へと誘導しないという点である。


霊能者が作り出す物語によって、自分の状況を受け入れていくことにより、救われたり、癒されたりすることが現実にあり、その霊能者が良心的で、適切な料金で適切なアドバイスをするならば、霊能者に相談することも悪くはない、ということである。

はたしてそうだろうか。
まず思うのは、この女性、一回きりの占いですむとは思われない。
何か問題(ごくささいな事柄であっても)が生じたり、決断しなければいけないことがあると、自分の責任で判断できなくなり、ふたたび占い師のもとを訪れることになる。

そして、占い師にしろ、霊能者にしろ、基本的な出発点が、占いとか霊魂とか、そういった人間を惑わすもの、インチキなものだということだ。
時にはうまくいくことがあっても、常に適切な道を示せるかどうかはわからない。

だったら宗教はどうなんだ、ということになる。

この二点の逆、すなわち自らの責任で行動を選択して結果を引き受ける、そして間違いがあった場合、目をそらさずにきちんと見すえることができる、そういう主体を生み出すのが宗教だと思う。
毎度ありきたりの結論でお恥ずかしいことです。

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苦しい時の自衛隊頼み

2006年01月07日 | 日記

この冬はどこも大雪で、3メートル、4メートルと雪が積もっているところもある。
独り暮らしのお年寄りに雪かきをしますと持ちかける悪徳業者がいるそうだ。

そんなことをある人と話していたら、「自衛隊が出動して雪かきをしてくれたらいいのに」と言う。

これが以前だったら、自衛隊なんて税金の無駄づかいだから、こういう時にこそ働いてもらわないと、という感じだったが、今はそうではなく、何か困った時には自衛隊が手助けしてくれるという、便利屋さんみたいな感覚があると思う。
それだけ愛される自衛隊というか、信頼される自衛隊になったということかもしれない。
自衛隊は海外派遣なんかするよりも、国内のこと、たとえば災害救助などをしてほしいと思っている人は多いと思う。

昔だったら、年寄りしかいなくて雪かきができずに困っている家があったら、共同体の相互扶助精神で助け合ってたと思う。

そういう助け合いは薄れつつある。

知り合いの某氏がみかん狩りのボランティアに行ってきたという。

みかん狩りではなく、ボランティアである。

1月3日に、娘たちと瀬戸田町の観音山に登った。

車を置いているところに戻ったところ、なんと鍵がかかっているではないか。
真っ青・・・
私は山歩きの時には、歩いている最中に車のキーを落としてはいけないので、いつも車の中にキーを置きっぱなしにしている。
ところが、娘が気を利かしてロックしてしまったんですよ。
最寄りの民家(といっても車を置いている所から2.8キロ離れている)で電話を貸してもらい、ガソリンスタンドの人に来てもらった。
なにせ正月なもんだから、スムーズにはいかない。
滅茶苦茶手間取ってしまい、妻にスペアキーを持ってきてもらうか、それとも尾道からJAFをよぶか、瀬戸田町に泊まるか、と一時は悩んだ。
それはともかく、電話を借りた民家は70代の夫婦二人暮らしで、みかん農家である。

その方の話。

みかんはもうからない。
損をしなければいいという程度だ。
1キロ100円だったら赤字。
だから、子供に跡を継いでもらおうとは思わない。
子供たちは島を出て、サラリーマンをしている。

ということで、70代の老夫婦二人でみかんを作っているそうだ。

奥さん、かなり腰が曲がっていて、これで作業ができるのだろうかと思った。
こういうことがあったので、「みかん狩りのボランティア」とはどういうことかわかった。
この方たちがミカンを作るのをやめてしまったらどうなるのかと心配になる。

葬式についても同じことが言える。

村八分とは八分は無視するが、二分は手伝う。
その二分とは火事と葬式のことで。それだけ葬式は手がかかる大変なことだったわけだ。
それを今は葬儀会館がすべてやってくれる。

某葬儀会館では祭壇だけで60万円、あれこれ合わせて最低100万円はかかるそうだが、東京ではもっと高いと聞く。

家族葬は安いというイメージがあるが、金額的には変わらないし、香典をもらわないから、かえって高くつく。
だけど、自宅で葬儀をするのは面倒だし、近所の人には頼みにくい、お金がかかっても楽をしたいということで、葬儀会館は次々と建てられている。

自分たちでやっていたことを、金を出して頼むようになったという傾向の表れの一つが、地域での助け合いよりも自衛隊に、となってるんじゃなかろうか。

そんなことを考えていたら、「雪害地域への自衛隊派遣を検討」というニュース。
自衛隊員が民家に泊まり、屋根の雪下ろしを、喜ぶお年寄りの笑顔、というような映像がテレビに流れることになるのだろう。

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森本忠夫『特攻』

2006年01月05日 | 戦争

森本忠夫『特攻』によると、最初の特攻に際して軍令総長及川大将は、

実行にあたっては、あくまで本人の自由意思によってやってください。けっして命令してくださるなよ。

と言ったそうだが、人選は最初から決まっていた。
そして、最初の特攻隊の指揮官である関大尉は、

日本もおしまいだよ。ぼくのような優秀なパイロットを殺すなんて。ぼくなら体当たりせずとも敵母艦の飛行甲板に50番を命中させる自信がある。

と言っている。

パイロットは選ばれた優秀な人ばかりだし、アメリカは予想もしていなかったので、最初のうちは多大な戦果を上げた。

しかし、アメリカはすぐさま対策を考え、特攻は意味がなくなってしまった。
にもかかわらず特攻を続けたのは、特攻で死ぬことが目的となったからである。

ある特攻作戦で桟橋に特攻を命令された隊長は、「いくらなんでも桟橋にぶつかるのはいやだ。目標を輸送船に変えてくれ」と頼んだが、中島飛行長は、

文句を言うんじゃない。特攻の目的は戦果にあるんじゃない。死ぬことにあるんだ。

と怒鳴りつけたいう。

特攻の生みの親である大西中将は特別攻撃隊員への訓示で、

皆はすでに神である。神であるから欲望はないであろう。

と言い、しかし体当たりが無駄ではなかったことを知りたいだろうが、死ぬのだから知ることはできない、

だが、自分はこれを見とどけて、必ず上聞に達するようにするから、安心して行ってくれ。

と言っている。

阿川弘之『雲の墓標』に、特攻に行ったが、爆弾を敵艦に命中させ、所期の目的を達したので帰還したというエピソードが出てくる。
特攻に行った者がみんな死んでしまったわけではないということを、阿川弘之は強調したかったのだろう。
はたしてそんなことが実際にあったのか、仮にあったとしても、そのパイロットはどういう扱いを受けたのか。

特攻という事実をどう受け止めるか。
英霊たちのおかげと感謝するか、それとも犬死だった、二度と繰り返さないと誓うか。
森本忠夫氏の結論はこういうことだと思う。

この段階(特攻を作戦を決定する段階)の日本軍には、最早、作戦と呼ばれるに値する作戦は存在しなかった。特攻作戦を発動しこれを全軍特攻にまでエスカレートさせて行った軍中央と現地の指揮官達や参謀達は、日本の若者に死を強制し、死を自己目的とする虚無主義なファナティシズムの心的状況に陥ることで、作戦そのものを放棄し、同時に彼等が戦争指導者であり、指揮官であり、参謀であることを放棄していた。

私も賛成です。
『特攻』を原作とした映画を作ってほしいものです。

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青草民人「戦争の美化」

2006年01月02日 | 青草民人のコラム

8月6日の広島の原爆の日、9日の長崎の原爆の日、15日の終戦記念日は、戦争というものに対して深く考えさせられる日である。
戦争を体験したことのない私にも、この日は、人が傷つけあうことの愚かさと時代の波に飲まれて死んでいった人々の無念さを痛切に感じる。
もう一つ、12月7日は、日本が真珠湾を攻撃した開戦の日。

戦後60年の節目を迎え、最近では日本人の危機意識に警鐘をならし、国家としての独立性を軍備の再編に求める気風が増している。
自己防衛力を高めることは、世界の警察を自称する米軍との安全保障条約にもかない、日本の自衛隊がある程度自立することで、米軍の国際的役割もさらに強化できるとする意見もある。

最近、頻繁に太平洋戦争中の潜水艦や戦艦、自衛隊の護衛艦を扱った映画が公開されているが、国民のナショナリズムに訴え、自国を武力で守ることの正当性を強調し、軍備の増強を肯定する風潮にある。
白い軍服を身にまとい、統率のとれたたくましい海軍の男たち。
人気のある俳優が演じ、かっこよく死んでいく。
愛するものを守るために命をかけて戦うことの美しさ、すばらしさ。
そういった、現実とはまったく違う戦争の世界を、映像は美しく描き出す。

戦争の愚かしさは、愛するものを守るために他人が愛するものを殺すことである。
戦う相手は未知の国からきたエイリアンではない。

自国民以外を鬼畜とよび、人間扱いしなかった歴史をしっかり見つめ、戦争を美化することなく、回避する感性を大切にしたい。

戦争とは、自分以外の人間を見失うことである。
自分にある命と同じ命を相手ももっている。
自分が愛する家族と同じくらい愛されている家族が相手にもいる。

戦争で尊い命を犠牲にされた方々に捧げるのは、強い日本国の姿ではなく、平和な世界の繁栄の姿であるに違いない。

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