三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

子どもの名前の奇天烈さ

2007年11月28日 | 日記
<辻希美>女児を出産、名前は「希空」ちゃん 元モーニング娘。の辻希美さん(20)が26日、長女を出産したことを、辻さんと夫の俳優、杉浦太陽さん(26)がそれぞれ所属する事務所が同日、発表した。体重2730グラムで母子ともに健康。2人は女児に希空(のあ)と名付けたといい「言葉にし尽くせない感動と人の親になった責任を深く受けとめております」とのコメントを発表した。(毎日新聞11月26日)

うーん、「希空」を「のあ」と読ませるとは。
「空」は「あく」と読むから、「あ」は一応OKか。
もっとも「希美」だって「のぞみ」とは読めないはず。

私の子どもたちの同級生の名簿を見ても、どう読むのか頭を悩ます名前が多い。
実例をあげると個人情報がどうのということになるのだが、「ゲンキ」「リサ」「レオナ」「キラ」といった、一体何国人なのかという名前に適当(ではないのだろうが)な漢字をつけているような気がする。
一昔前、暴走族が「ぶっちぎり」とか「やけっぱち」とか「あなーきー」とか、そういう言葉に難しそうな漢字を当てはめていた。
子どもの名前の暴走族化ということである。

しかし、暴走族の名前は、経典が漢訳される際にサンスクリットの音を漢字に音写したようなやり方だった。
自分たちで勝手に漢字の読みを作ってはいなかった。
それに比べ、今の子どもの名前は「希空」を「のあ」と読ませるように、漢字ではなく感じである。
2006年生まれの男の子の名前の一番は「大翔」だが、どうして「ひろと」と読めるのか不思議である。
名前の漢字表記のトップは、男の子が「陸」くん、女の子が「陽菜」ちゃんとのことだが、こうした名前を親は一体どう読ませているのか。
平仮名の名前も多いが、「ひなた」「えがお」「こころ」とか、以前だったら名前にしない名詞が名前になっている。
国語能力が低下しているような気がする。
もっとも私にしたって、子どもの名前を普通には読めない名づけ方をしているから、あまり人のことは言えないのだが。 
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誇りと自虐

2007年11月25日 | 戦争

アンナ・ポリトコフスカヤ『チェチェンやめられない戦争』は、1999年から始まった第二次チェチェン戦争を取材した本である。
訳者あとがきによると、「この本を読んだロシアの読者から、「自分の国の名誉を傷つける恥知らず」「汚らしい嘘八百だ」という罵声」が浴びせられたそうだ。
自国の恥ずべき事柄は隠すべきだという主張は洋の東西を問わないらしい。
そのアンナ・ポリトコフスカヤは2006年10月に何者かよって暗殺されている。

慰安婦問題についても、「自虐的」とか「隠すべき」といった言葉がよく使われている。
はたしてそうなのか。
吉見義明・川田文子『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』に、
「こんな問題(慰安婦問題)を子どもに教えようとするのは自虐的な考えで、日本人としての誇りを失わせることになる」
というQがある。

Qに対するAの中にこういうことが書かれている。
「次の時代をになう日本の子どもたちが、将来、アジアの人々との友好関係を築きあげていくうえで、アジア太平洋戦争の真実を知っておくことは欠かせない条件である。なぜなら、アジア諸国の子どもたちは、近代における日本軍の侵略行為について、日本の子どもたちに数倍する知識を持っているのだから」

ベトナム帰還兵のアレン・ネルソンは講演で
「(広島・長崎の)平和資料館に入って、私がアメリカの小学校で受けてきた原爆に関する授業内容が、いかにアメリカ政府に都合のいい、ウソとデマの宣伝であったか…、ということを悟りました」(『そのとき、赤ん坊が私の手の中に』)
と話し、そして「どのように教えられたのか」という質問にはこう答えている。
「教科書については、「きのこ雲」の写真があって、「これによって正義が勝利した…」という意味の記述があり、また「いわゆる民家といえども、兵器の部品製造に協力していたから軍需工場であった…」という解説がありました」
日本に限らずどの国も学校で自国の加害責任についてあまり教えないものらしい。

中学生だから慰安婦問題を理解できないだろうとバカにしてはいけない。
慰安婦問題を習った中学生たちの感想が『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』に引用されている。

「自国を守るために戦争をしたのだから、仕方がなかったという人がいますが、犠牲になったアジアの人たち一人ひとりの傷跡はすごく深く、埋めあわせるのはきっとできないけど、だからこそ傷跡を少しでも浅くしてあげたい。戦後50年というけれど、まだ本当の戦後50年ではないと思う。本当の戦後50年は戦争の後始末がついてからだと思う」

「今、私たちは子どもだけれど、大人になって子供を産んだら、もう戦争を体験した人は少なくなっていると思う。だから、未来に生まれてくる戦争をまったく知らない子どもたちにも、こういうことをちゃんと教え、わかりやすく戦争というものがどれだけ悲惨かをわからせてあげたいと思う」

いいこと言ってるじゃないですか。
戦争体験を語る人が少なくなっているが、実体験をしていない人でも戦争の悲惨さを語り継ぐことはできるし、またしなくてはいけない。
そのためには若い世代に事実を伝えていくべきである。

アレン・ネルソンはアメリカと日本の反戦運動のどこが違うのか、このように指摘している。
「アメリカの反戦運動を支えているのは、若者たちです。中学生・高校生・大学生たちの若者の世代です。しかし、日本の平和運動は、お年寄りが中心ではないでしょうか。私は、小・中・高校・大学でも講演をしていますが、日本の若者は非常に保守的だと思います」
「戦争というものがどれだけ悲惨か」を学校で教えないのはアメリカも日本も同じなのに、この違いはどうしてだろう。

「事実にたいして目をふさいだところから、「誇り」が生まれようもない」
というのは先のQに対する答えの中にある言葉だが、事実と向き合わないと反省も生まれようがない。

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秦郁彦『慰安婦と戦場の性』

2007年11月22日 | 戦争

秦郁彦は保守派ということになっているが、『慰安婦と戦場の性』
「陥落直後の南京市内は日本軍の暴行―捕虜と市民の虐殺、略奪、放火、強姦など―が荒れ狂っていた」
とか、
「(満州国は)生みの親である関東軍の軍人と日系文官官僚が実権を握るカイライ国家であった」
と書いているし、慰安婦についても、
「慰安婦が戦地の慰安所で営業するためには、軍による関与が不可欠なのは当然である」
「日本軍の駐屯した地域のほぼ全域に、慰安所ないし類似の施設があったと言って過言ではない」
とはっきり言っている人である。
だから、
「「慰安婦」または「従軍慰安婦」のシステムは、戦前記の日本に定着していた公娼制の戦地版として位置づけるのが適切かと思われる」
という秦郁彦の結論に対して、なるほど、そういうものかと思ってしまった。

しかし、林博史は秦郁彦について
「まともな仕事もするのですが、しばしば人が変わったように、ずさんな仕事、あるいは人を誹謗中傷するような、因縁をつけるようなこともやります」
と書き、そして『慰安婦と戦場の性』は「資料の書換え・誤読・引用ミス、資料の混同、意味を捻じ曲げる恣意的な引用・抜粋など」が多いと批判している。

どういうところがかと言うと、たとえば宋神道さんの発言の引用の仕方である。
秦郁彦は、宋神道さんが朝日新聞の取材に応じて語った話として、こう引用している。
「取材した記者は、この女性(宋神道さん)から「朝鮮人はまだ北と南で戦争してる。だから大っ嫌い」とか「おれ、裁判なんて面白半分にやってんだ」と浴びせられ、戸惑いをかくさない」

これを読み、ええっと思った。
ところが、実は「恣意的な引用」なのである。

「乱暴で陽気な口ぶりの奥に、世間への不信感と、それをぬぐい去るためのカラ元気がある」
「耳が遠い。十三日夕、イスラエルとPLOの和解を報じるテレビを大音響にしながら言った。「いくさは嫌だあ。朝鮮人は、まだ北と南で戦争してる。だから大っ嫌いなんだ」二十四日は、宋さん本人が法廷に立つ。「生活保護を受けているくせに、裁判なんて」という地元の人の声を聞いて、泣くこともある。が、人前だと、また軽口が出る。
「おれ、裁判なんて面白半分にやってんだ。どうせ政府は動かねえんだろ。もうやめるか。でも行くんだ。おれの話、うそだと思われっといけねえから。補償が出たら、ばらまいてやっからな。あてにしないで待ってろや」」

二つを比べるとニュアンスがまるっきり違っている。
大したものである。

秦郁彦は宋神道さんの引用に続けて、
「昔から「女郎の身の上話」という諺言がある。私も若い頃、ホステスの身の上話を聞かされ信じこんで先輩から笑われた経験がある」
と書いているが、「女郎の身の上話」を秦自身が創作しているのだからどうしようもない。

『慰安婦と戦場の性』の資料の書換え、歪曲は他にもあれこれとあるそうだ。
『慰安婦と戦場の性』を「慰安婦問題についての基本的文献」と評価するのは、どうも間違いのようである。

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慰安婦問題 2

2007年11月19日 | 戦争

 2,軍や官憲による強制連行があったかどうか
吉見義明は強制連行をこう定義している。
「強制連行とは本人の意志に反してつれていくことである。このような広い意味での強制連行には、①前借金でしばってつれていくことや、②看護の仕事だとか、食事をつくる仕事だとか、工場で働くとかいってだましてつれていくことや(誘拐)、③拉致などもふくまれる。
②のだましてつれていくケースを強制連行にふくめるのは、慰安所についたとき、むりやり慰安婦にされるからである。最初から暴力的に連行するよりもこのほうがかんたんに移送できた」

秦郁彦は「官憲による組織的な「強制連行」はなかったと断言できる」と書いているが、秦郁彦が聞き取りした中でも、歌や踊り等の慰問とだまされた、部隊の炊事手伝いとだまされた、事務員・女中・看護婦などとだまされた、金儲けができるとだまされたといった例がある。
業者の甘言にだまされてついて行って、慰安所に入れられた女性が多いようだ。

兵站司令部の山田清吉慰安係長は
「内地から来た妓はだいたい娼婦、芸妓などの経歴のある二十から二十七、八の妓が多かったのにくらべて、(朝鮮)半島から来たものは前歴もなく、年齢も十八、九の若い妓が多かった」
と語り、性病検査をした麻生徹男軍医少尉は、朝鮮人女性は若くて性経験のない初心な者が多かった、と書いている。
海原治主計少尉(のち防衛庁長官)の談話では、
「民間のピー屋が日本人主体なのに、こちらは朝鮮人が主だった。
「軍医の話では「初検診でバージンや小学校の先生もいたので聞くと、女衒から軍の酒保でサービスするとだまされてきたよし。帰ったらとすすめたら、前借金があるので返してからでないと帰れないと語った」とのことだった」

売春の経験がなく、おまけに処女の女性が自ら進んで慰安婦になるとは考えられない。
親が娘を売ったか、業者たちにだまされたかだろう。

強制もある。
「警備隊長は、治安維持会長に、まず女を差し出すよう要求したという」話を聞いた平原一男第一大隊長は、
「小さな警備隊では自らの力で慰安所を経営する能力がないので、中国側の協力に期待することになっており、ある場合には強制という形になっていたのかもしれない」
と述べているし、深田軍医少佐は
「バンドンその他性病多きをもって、村長に割当て、厳重なる検黴の下に慰安所を設くる要あり」
と報告している。
村長に慰安婦になる女性の人数を割当てしているわけだから、強制徴集につながるのは当然である。
豪北のアンボンでは、
「慰安所の復活が計画され、特警隊と政務隊が現地人警官を使って女性の徴集に乗り出した。近くの島から女を連れていく時に「住民がどんどんやってきて〝返せ〟と叫び、こぶしをふりあげ、思わず腰のピストルに手を」と禾中尉が書いているくらいだから、拉致まがいの徴集もあったにちがいない」
と秦郁彦は書いている。
この事例など「組織的な強制連行」ではないのだろうか。

また、フィリピンやインドネシアでは現地人への強姦が多く、その被害者と慰安婦とがごっちゃになっていると秦郁彦は言っている。
強姦であって、強制して慰安婦にさせたのではない、だから強制連行はなかった、というのは説得力がないと思う。

 3,慰安婦は売春婦なのかどうか
たしかに娼婦だった女性が慰安婦になることはあったし、金のために志願して慰安婦になった人もいただろうし、親が娘を売ることもあった。
だからといって、自分から進んで娼婦になる人はほとんどいないだろうし、ましてだまされて無理矢理に慰安婦にさせられた人たちに対して、「売春婦」と罵声を浴びる神経にはちょっとねと思う。
仕事があるとだまされて、インドで売春をさせられるネパールの少女が多いそうだが、彼女たちにも「金儲けがしたいから売春婦になったんだろう」とののしるのだろうか。

 4,慰安婦の証言はウソが多いかどうか
元慰安婦の証言には嘘も混じっているだろうし、誇張もあるだろう。
吉見義明はこう書いている。
「もちろん50年もまえの出来事の回想なので、記憶違いがないとはいえない。実際、韓国人やフィリピン人の元慰安婦の多くは、十分な学校教育を受ける機会がなかったこともあってか、証言内容が矛盾したり、年代などあいまいだったりする」
しかし、
「その証言は、記憶ちがいや、事実をかくしている場合をのぞけば、大変重要である。文字の世界に生きていないだけに、逆に、強烈な体験はそのときどきの鮮烈な記憶となっており、くりかえし聞くことによって当事者でなくては語り得ない事実関係が浮かびあがってくるからである。軍や政府の文書・記録や統計には決して出てこない生なましい現実は、彼女たちの証言からしかわからないのだ」

 5,どこの国でも同じようなことをやっている
だから責任はありませんよ、ということなのだろうか。
みんな賄賂をもらっているとか、誰もが裏金で飲食しているとかいうのも、まあ、みんな同じようなことをやっているのだから水に流して、ということなのか。

慰安婦問題とは昔の話ではなく、タイやフィリピンなどの女性が「日本に行けばいい仕事がある」とだまされ、売春させられるのと同じ構造だと思う。

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慰安婦問題 1

2007年11月16日 | 戦争

慰安婦問題を勉強しようと思い、吉見義明『従軍慰安婦』、吉見義明・川田文子『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』、秦郁彦『慰安婦と戦場の性』を読む。

意見の違いはどういう点なのか、私なりに考えると5点ほどあるように思う。
1,軍の関与があったかどうか
2,軍や官憲による強制連行があったかどうか
3,慰安婦は売春婦なのかどうか
4,慰安婦の証言はウソが多いかどうか
5,どこの国でも同じようなことをやっているかどうか

 1,軍の関与があったかどうか
吉見義明によると、そもそも慰安所には三つのタイプがあった。
「第一は、軍直営の軍人・軍属専用の慰安所、第二は、形式上民間業者が経営するが、軍が管理・統制する軍人・軍属専用の慰安所、第三は、軍が指定した慰安所で、一般人も利用するが、軍が特別の便宜を求める慰安所である」
いずれも軍と無関係ではない。
陸軍は岡村寧次参謀副長や岡部直三郎高級参謀が海軍にならって慰安所の設置を指示している。
つまり、最初から軍が組織的に関与して慰安所が作られたわけだ。

慰安所がどうしてできたかというと、性病防止と強姦防止のためである。、
①,性病防止
「性病予防等のため兵一〇〇人につき一名の割合で慰安隊を輸入す」(金原節三「陸軍省業務日誌摘録」)

②,強姦防止
歩兵第九旅団の「陣中日誌」の中にこういう記述がある。
「而して諸情報によるに、斯くの如き強烈なる反日意識を激成せしめし原因は、各所に於ける日本軍人の強姦事件が全般に伝播し、実に予想外の深刻なる反日感情を醸成せるに在りと謂う。(略)
右の如く軍人個人の行為を厳重取締ると共に、一面成るべく速に性的慰安の設備を整え、設備の無きため不本意乍ら禁を侵す者無からしむを緊要とす」(吉見義明編『従軍慰安婦資料』)
中国人にとって強姦は許すことのできない犯罪だから、反日感情が強まってしまう
それで軍部は兵士たちが強姦しなくなるよう、慰安所を作ったというわけである。

ところが、慰安所を作っても強姦が減るどころかかえって増えている。
第十一軍の岡村寧次司令官はこう言っている。
「現在の各兵団は、殆んどみな慰安婦団を随行し、兵站の一分隊となっている有様である。第六師団の如きは、慰安婦団を同行しながら、強姦罪は跡を絶たない有様である」(『岡村寧次大将資料』)
国府台陸軍病院付中尉早尾乕雄軍医
「軍当局は軍人の性欲は抑えることは不可能だとして支那夫人を強姦せぬようにと慰安所を設けた、然し、強姦は甚だ旺(さか)んに行われて支那良民は日本軍人を見れば必ず是を恐れた」
結局のところ、慰安所を作っても、強姦防止にも性病防止にもならなかったわけである。

ちなみに、中曽根元首相は軍慰安所を開設したことを記している。
「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった」(『終わりなき海軍』)

2007年3月23日に行われた日本外国特派員協会での記者会見で、
「海軍将校だった中曽根氏がボルネオ島で設営した「慰安所」で兵隊さん相手の売春が行われていたのではないか」
との質問に対し、中曽根は
「私は飛行場を作る施設部隊にいた。(相当な期間を要するので)、徴用した工員たちのための娯楽施設を設営した」
もしくは、
「事実と違う。海軍の工員の休憩と娯楽の施設をつくってほしいということだったので作ってやった」
と否定しているが、いささか苦しい弁明だと思う。

陸軍経理学校で慰安所開設の仕方を教わった鹿内信隆の話はもっと生々しい。
「その時(慰安所の開設時)に調弁する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか、それからムシロをくぐってから出て来るまでの〝待ち時間〟が、焼香は何分、下士官は何分、兵は何分…といったことまで決めなければならない(笑)。料金にも等級をつける。こんなことを規定しているのが「ピー屋設置要項」というんで、これも経理学校で教わった」(『いま明かす戦後秘史』)
鹿内信隆としては自慢話のつもりなんだろうと思う。

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浜井浩一、芹沢一也『犯罪不安社会』5

2007年11月13日 | 厳罰化

浜井浩一、芹沢一也『犯罪不安社会』を読んで感じたのは、治安悪化に対する不安は迷信に似ている、犯罪に対して過敏になりすぎてヒステリックになることはインチキ宗教にはまるのと同じだ、ということだ。

どういうことかというと、迷信とは自分が作り上げた思いにおびえているだけのことである。
実態があって恐いのではなく、自分で作り上げた妄想に自分でおびえているにすぎない。
たとえば、私は小さいころ、夜中に一人で便所に行くのが何となく恐くて、母について行ってもらっていた。
しかし、便所に何か恐ろしいものがいるわけではなく、私が作り上げた何かに自分で怖がっていたにすぎない。
まさに自縄自縛。
インチキ宗教はそこを利用する。
霊魂の祟りとか、そういったものを作り上げ、脅し、思うように操るのである。

犯罪不安社会も同じではないだろうか。
犯罪が増えている、子供たちが狙われている、治安が悪化しているという虚構がメディアによって流され、不安になっておびえる。
そこに追い打ちをかけるように、窓ガラスが割れているのを放置していたら犯罪が多発すると、学者が脅す。
そうなると、不安にかられた人々は行政が動くよう働きかけ、厳罰を求める。
そして、自分たちで地域を守らねばという熱意のあまり、自閉症や知的障害の人を不審者として排除する。

しかし、それで安心することはない。
なぜなら、もともと犯罪増加、治安悪化という実態はないのにおびえているわけだから、ないものをなくすわけにはいかない。
いくら防犯活動をやり、厳罰化が進もうとも、不安が解消されることはない。
逆に、何かすればするほどかえって不安は増すばかりである。

「不安と治安の終わりなきスパイラル」からいかにしたら脱することができるのか、その道をCAP(子どもへの暴力防止プログラム)が示しているように思う。
市場恵子さんのお話によると、CAPは1978年にアメリカで作られたプログラムである。

オハイオ州で、小学二年生の女の子が登校中にレイプされた事件があった。
地域はパニックに陥り、人々がとった態度は「子どもを守る」ということだった。
親は四六時中、子どもに付き添い、地域の人たちは監視を強化するようになった。
ところが、監視と保護を強めすぎると、子どもは無力化されてしまう。
つまり、子どもはおびえて自信を失い、子どもはおとなに守られる弱い存在だと思い込み、自分で何ができるか考えられなくなる。
そういう状況では不安感が高まるから、子どもたちの中には夜驚症・夜尿・チック・保健室へ行く子が増えるなどいろんな問題が生じた。
小学校の先生が「このままではいけない。何とかしなければ」と考え、子どもに「セルフ・ディフェンス・トレーニング(護身術)」を教えることを思いつかれたのが、CAPの始まりである。

不安を抱えてヒステリックになることは、かえってマイナスになることを知らなければならない。
浜井浩一は
「犯罪は正しく恐れ、その上で、効果的で副作用の少ない、人々の生活に優しい犯罪対策を考えるべきであろう」
と書いている。
犯罪を正しく恐れながら、社会の中でどう生きていくかを学んでいかなければいけないと思う。

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浜井浩一、芹沢一也『犯罪不安社会』4

2007年11月10日 | 厳罰化

 4章「厳罰化がつくり出した刑務所の現実」 浜井浩一

厳罰化を行われている結果、刑務所は受刑者で一杯となり、新しく施設を作らなければ追いつかない状況である。
しかしながら刑務所は、凶悪犯ではなく、精神障害者や知的障害者、高齢者や仕事を失った外国人など、社会的弱者で溢れかえっているそうだ。
社会から排除された人、福祉行政では救済できない人たちが刑務所に入らざるを得ないというのが現状なのである。

「アメリカの研究でも福祉予算の比率が相対的に低く、弱者を切り捨てる不寛容な社会(州)ほど、刑務所人口比が高いという研究がある」
「所得格差が少なく、社会保障費の割合が高く、人や社会に信頼感を持っている国ほど、刑務所人口が少ない」
「相互に信頼がない社会ほど、厳罰化を指向し、刑務所を社会的弱者であふれさせるのである」
「自己責任を謳い、他人に厳しい排他的な社会において、社会的弱者が犯罪者として刑務所に送り込まれるのは自然な現象かもしれない」

外国人による犯罪が増えている、しかも凶悪事件が多いと思われている。
しかし、「本当に凶悪な犯罪を犯した者は、外国人受刑者の一部に過ぎない」そうで、たとえば中国人受刑者。
中国人の犯罪者は「日本の刑罰は軽い。日本の刑務所は三食付いて仕事も与えられて、賃金までもらえる」と考えているという論調を見うける。
ところが、浜井氏が実際に多くの中国人受刑者と面接してみると、このような主張は事実とかけはなれていた。
「彼らの多くは、福建省等から就労目的で不法入国してきた者たちであり、日本語はほとんどできない。面接に行くと、異国の地の刑務所で、訳がわからず困惑し、不安に怯えている者がほとんどであった。
加えて、彼らの多くは、不法入国を斡旋する中国人犯罪組織「蛇頭」に200万円以上の借金をして日本に不法入国している。刑務所で得られる作業賞与金は、月平均4000円程度であることを考えると、とても割に合うものではない。
また、彼ら不法入国者は、いつでも国外逃亡できるように考えている人も多いが、蛇頭は、入国の面倒しか見てくれない。中国系の不法在留者が帰国するためには入国管理局に出頭するしかない」

このあたりもマスコミ報道のウソということになる。
「世論では治安悪化は凶悪かつ狡猾な犯罪者によってもたらされたかのように喧伝されている」が、実際はそうではないわけである。

もっとも、治安の最前線にいる刑務官ですら、「最近いやな事件が多いですね。日本はどうにかなってるんですかね」ともらすように、「メディアの影響を強く受け、目の前で起きている事態との落差に気がつかない」のだから、我々一般人が犯罪が増えていると誤解するのも無理からぬところがある。

犯罪被害者やメディア、世論の声が「検察官や裁判官にとっても無視できない存在となり、それが厳罰化への原動力ともなっている」のだが、そのことによって刑務所が過剰収容となり、刑務所の新設せざるを得なくなっている。
「そこには国民の税金が大量に投入されることになる」
厳罰化は税金の節約にならないというわけである。

2007年版『犯罪白書』によると、
「48年から06年の間に刑が確定した100万人を無作為抽出して調査。このうち再犯者は29%だった」
つまり、犯罪を犯し、有罪となった人のうち、約7割は再び罪を犯していないということである。
外国に比べると、日本の再犯率の低さは特筆すべきだと思う。
残る約30%は犯罪を繰り返し、犯罪全体の58%が再犯者によるものである。
しかし、「特に窃盗は8割が無職で就業支援の必要性がある」し、「高齢者は就業が難しく、生活苦や居場所のなさから罪を重ねる場合が多い」わけで、再犯者が矯正不可能な人間だというわけではない。
それと意外なのが、強姦で捕まった人の再犯率は32%だが、再び強姦して捕まったのは3%ということ。
性犯罪をくり返す人は考えられているよりも少ないということになる。
となると、性犯罪者の住所・氏名を公開しろという意見はかえってマイナスになると思われる。

11月10日の毎日新聞の社説から。
「再犯対策の一環として有期刑の上限が引き上げられた後、報復感情を背景にした厳罰化が加速しているため、犯罪者を刑務所に隔離することが重視され、出所後の社会復帰を難しくしていることにも注意したい」
「有期刑についても仮釈放の条件が厳しくなったため、全体的に収容期間が延びている。家族らと疎遠になり、社会復帰がうまくいかずに刑務所に逆戻りする者も少なくない。社会のやっかい者は隔離すればよい、とする考え方には危うさがあり、厳罰を求める風潮を再犯防止など社会防衛的な視点から検証する必要もありそうだ」

厳罰化するよりも、犯罪者をいかに社会復帰させるか、社会が受け入れていくかを考えていくほうが大切だと思う。

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浜井浩一、芹沢一也『犯罪不安社会』3

2007年11月07日 | 厳罰化

 3章「地域防犯活動の行き着く先」 芹沢一也

「感情移入する対象が加害者から被害者に移り」、「犯罪者が社会の危険な敵となった時」、「身の回りで犯罪は多発してはいないのに、住民たちは「自分もいつ、こうした被害者になるかもしれない」という不安を抱き始めた」。
そして、「全国各地で無差別に子どもたちが襲われているかのようなイメージ」が一人歩きするようになった。
実際にはどうなのだろうか。

 小学生が殺害される事件(殺人未遂も含む)
1976年 100人、1982年 79人、2005年 27人

子どもが殺される事件は実は減少しているのである。
しかし、実感としては増えているとしか思えないし、不安を感じる人は多い。

「日本のどこかで子どもが殺されるような事件が発生すると、メディアの報道を介してそれが住民たちにさらなる不安を呼び起こす。その不安がセキュリティのさらなる強化を求め、コミュニティの再生を合言葉に住民たちを防犯活動へと駆り立てる。だが、そのような活動は安全や安心をもたらすものではまったくなく、逆に不審者への脅威に敏感になることでかえって不安を高めてしまう。そして、つねに燻り続けているこの不安の火種が、さらなる凶悪事件とともに燃え上がるのだ。
こうして社会は不安と治安の終わりなきスパイラルに巻き込まれる」

地域で子どもを守ろうという運動が盛んになっている。
地域安全活動を理論的に支えているのが、「犯行の背後に個人的な動機や境遇を読み込むことは、犯罪を防ぐために何の意味もないと主張」する環境犯罪学である。

たとえば、割れ窓理論。
 建物やビルの窓ガラスが割れているのを放置
  ↓
 割られる窓ガラスが増える
  ↓
 建物やビル全体が荒廃する
  ↓
 地域全体が荒れていく
  ↓
 犯罪が多発する
  ↓
 住民が逃げ出す
  ↓
 街が崩壊する

悪の芽を小さなうちから摘むことがもっとも効果的な防犯対策だという考えは、それなりに説得力があるような気もする。

しかしながら、環境犯罪学の旗を振っている小宮信夫はこう言っている。
「私たちが抱く不安は、必ずしも犯罪それ自体ではありません。駅の周囲に若い人たちがタムロしている。酔っぱらいが大声で歌いながら道を歩いている。あちこちに落書きがある。ゴミが散らかっている。あちこちの窓ガラスが割れている。空き家が放置されっぱなし。でも、それらを放置しておくと、やがて犯罪に繋がるのです」
これは脅しである。
おまけに本当に防犯上の効果があるかどうか実証されていないそうだ。


「住民たちが防犯活動に立ち上がり、セキュリティが地域社会を覆おうとする中、それでは人びとは安全と安心を手にすることができたのか」
「皮肉なことに現実に生み出されているのは地域の連帯どころか、子どもに声をかけたら不審者扱いされるという「相互不信社会」なのだ」
「人を見たら不審者と思え」というわけである。

では、不審者とは誰のことなのか。
不審者とは自分たちとは違う異質な人、たとえば失業者やホームレス、障害者、自閉症、外国人など社会的弱者、少数者が不審者なのである。

「医者から「自閉傾向がある」と診断された川崎市の男性Bさん(28)の家族は悩んでいる。
Bさんは子どもが好きで、道で見かけるとほほえんで見つめる。にこにこしながら独り言を言ったり、ぴょんぴょんはねたりすることもある。(略)
昨年12月の夜、近所の住人という男性4人が訪ねてきた。「見つめられた子どもたちが怖がっている。何とかできないか」」(「朝日新聞」2006年1月25日)
Bさんは長年、通っていた水泳教室を辞めさせられた。
近所で不審者騒ぎが頻発し、「みんなが怖がっている。辞めてほしい」と告げられたからだ。

「子どもの安全をスローガンにして相互不信社会が生まれつつあり、それが社会的な弱者を不審者として排除することにつながる」

「このように推進される防犯活動には、これで充分だという限界がない」
なぜなら、実態がない犯罪の増加、治安悪化ということから生じた不安だから、もともとないものをなくすことはできないのである。
地域社会が相互不信状況に陥っているため、かえって不安はますます肥大化するばかりである。

で思うのは、脅して、不安にさせて、うまいことをするのは悪徳商法の手口である。
では、誰がうまいことをするのか。

まずはセキュリティ産業だろう。
「06年度予算、子どもの安全に関する各省庁分の事業のみが大幅増となった」
文部科学省26億円、警察庁4億7000万円、法務省3億5000万円など。
学校に警備会社から警備員が配置され、塾や習い事の行き帰りの送迎ビジネス、GPS付き携帯電話など、安全ビジネスに文房具会社、情報システム会社、ランドセル販売会社が参入している。

地域安全マップという何ら効果がないどころか、かえってマイナスにしかならないものが全国の小学校で作られている。
旗振り役の小宮信夫など、犯罪不安を煽り立てる学者も人気者になっている。

そして、犯罪不安に陥りヒステリックになることは、国民の管理を強化したい国の思惑にはまることだと思う。
イジメによる自殺、学力低下などで脅し、不安にさせ、そして「教育基本法」を改正したのと同じパターンである。
北朝鮮やテロの脅威を強調し、そして戦争できる国へと憲法を改正しようという動きとも関連しているのではなかろうか。

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鳩山法相に期待する

2007年11月04日 | 死刑

10月29日の「私の友人の友人がアルカイダ」発言の鳩山法相だが、10月31日の衆議院法務委員会でこういうことがあったそうだ。
民主党の河村たかし議員の質問中に飛び出した。河村氏が日本の情報収集について質問していたところ、鳩山氏は指名もされていないのに突然、「委員長!」と手を挙げて立ち上がり、河村氏が「大臣、何ですか?」と驚いている間に、
「思い出を語りたいんですが・・・」
と話し始めた。「思い出なんかいいよ!」というヤジが飛んだが、それを振り払い、こう語った。

「田中角栄先生の私設秘書になったとき、その時に私のような何も知らないペーペーにもですね、毎月ペンタゴンがやってきて、その、食事をご馳走してくれて、大変美味しい食事を毎月ご馳走になっとった。私なんか何もわからなくても、一生懸命色んな事を聞いとりまして、やっぱりアメリカは凄いなと。ペンタゴンなんか、そういう情報収集もの凄いな、という思いでございます」

新聞にはこのことが載っていなかったので、さすがにほんまかいなと思ったが、
「衆議院テレビ」を見たら本当だった。
イギリスの秘密情報部にいながらソ連の二重スパイだった
キム・フィルビーはソ連に亡命した。
鳩山法相も大臣更迭どころか、本来ならアメリカに亡命しないといけないぐらいのスキャンダルである。
ま、亡命しようと思ってもアメリカが受け入れてくれない気がするが。

で思うのが、質問をされていないのに突然の告白、これは単なる自慢話ではなかろうか。
「ねえねえ、ボクはアメリカのスパイだったんだよ。すごいでしょ」という感じ。
「私の友人の友人がアルカイダ」と言ってしまったのも深く考えてのことではなく、「ボクにはこういう友達がいるんだぞ。どうだ、驚いたか」という子供っぽさからだと思う。
記者たちは当然のことながらびっくりしただろうし、それでますますウフフになった鳩山法相の表情が想像できる。

11月3日にはこんなことも言っている。
「事実を言うと、みんながびっくりしてマスコミが騒ぐわけでありまして。とにかくこの国をテロから守る。テロリストの怖いのが平気で日本をうろうろしている。私はその事実を知っているから申し上げている」

鳩山法相のこれらの発言は無茶苦茶としか言えない。
こういう人が法務大臣をやめずにいるのはほんと不思議である。
しかしながら、鳩山法相の放言にもご利益はある。

多くの人は「死刑囚なんてさっさと殺せ」と思っているだろうし、日本でもテロがあるのではとか、鳩山的感覚を持っている。
そんな我々の思いを鳩山法相がこうした形で表現してくれている。
鳩山法相の発言を目にした我々は、まずこの人はおかしいのではと思い、そして、自分も同じように考えていたけど間違いかもしれないとか、心配しすぎはかえってまずいと気づようになるのではないだろうか。
連日、話題を提供している鳩山法相には、これからもどしどし失言、放言をしていただき、政治に風穴を開けてほしい。

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浜井浩一、芹沢一也『犯罪不安社会』2

2007年11月03日 | 厳罰化

 2章「凶悪犯罪の語られ方」 芹沢一也

犯罪報道の語られ方は加害者から被害者へというふうに変化している。
以前は、話題になるような犯罪が起こると、批評家、学者などなど多くの人が犯人の生い立ちや社会背景、動機などをもとに教育論、家族論、社会論を論じていた。
たとえば、宮崎勤や酒鬼薔薇事件の少年Aについて、「言論人たちは競い合うかのように解釈ゲームを繰り広げた」。
ところが1998年に起きた、中学生が注意した女性教師をナイフで刺殺した事件あたりから変わってくる。
普通の子でもキレたら何をするかわからないというふうに、加害者は理解不能な不気味な存在となった。
そして、「宮崎勤、それは私だ」というような、犯罪者への共感を覚えることをしなくなった。
「社会は少年を理解しようとする意思を捨てたのだ」

それと同時に、メディアは犯罪被害者に目を向けるようになった。
犯罪被害者の活動とともに、被害者に共感を寄せるように変わっていったのである。

「被害者に感情を移入するのと入れ替わりに、社会を脅かす加害少年を糾弾するような記事が増えていく。加害者から被害者への共感の移行と、少年の怪物化はパラレルな現象だったのだ。
事件の謎解きへの欲望があって初めて、不可解な事件は好奇心を刺激する。だが、加害者への共感とともにそうした欲望は失われれば、不可解な殺人事件は単に不気味なだけである。そして、不可解な犯行動機に怯えを喚起されて、少年たちはメディアの中で怪物化していったのだ。
この時、社会は教育的な関心などかなぐり捨てて、怪物と化した少年たちの厳罰を望むようになった」
厳罰化を求める声がどうして高まっているのかについて、芹沢一也のこの説明にはなるほどと思わされる。

犯罪者は理解不能(「理解できない」というよりも「理解すべきでない」という感じか)な恐怖の対象となり、社会は犯罪者を憎悪するようになった。
たとえば宅間守である。
「かつてであれば、その不幸な家庭環境は数奇な生涯と併せて、悲惨な境遇を過ごさねばならなかった宅間への、社会的な同情や共感を掻き立てたかもしれない。だが、メディアは「怪物」「悪魔」として激しく非難、宅間守を「人格障害」として切り捨てた」
「社会から排除すべき異常者」となった犯罪者に対して、社会の責任や教育問題といった饒舌な解釈ゲームは行われることはない。
ただ抹殺されるだけである。

犯罪不安社会 誰もが「不審者」? (光文社新書)

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