三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

亀井鑛「正信の日暮らし」

2007年04月29日 | 仏教

安芸南組同朋大会での亀井鑛先生のお話「正信の日暮らし」をテープ起こししました。

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上田紀行「がんばれ仏教!」2

2007年04月26日 | 仏教

今のままでは日本仏教はどうなるのか、じり貧じゃないかと私も心配である。
衰退している原因は教団・寺院・僧侶の怠慢がまず第一にあげられる。
だが、そればかりではなく、教団や寺院を支えてきた共同体が衰え、家制度が解体していることも大きいと思う。

スリランカでは「仏教が人々に深く浸透し、生きることを支えるものとなっていた」ことに上田紀行は感銘を受ける。
しかし、外国の文化人類学者が盆や彼岸の墓参りのにぎわいを見たら、日本では仏教が生きていると感動するのではないか。
しかし、墓参りも先行き不透明である。

村八分という言葉があるが、昔は村八分にした家であっても火事と葬式は手助けした。
つまり、嫌々ながら仕方なしにでもつき合うという関わりが地域や親族という共同体なのである。
ところが、家族が死んで近所の人や親戚に知らせない人が増えているし、ごく内輪だけで法事をすます家のほうが普通になってきている。
となると、盆や彼岸の墓参りのにぎわいがいつまで続くのか心配になってくる。

共同体の衰退は上田紀行も問題にしている。
「自分自身の苦悩や葛藤に向かい合う中で、仲間に出会っていく。それは私の人生を援助してくれる仲間であり、私が人生を援助する仲間である」
「それは新たな共同体を生み出す」
なんてことを言っているが、甘いと思う。
趣味やサークルなどによってもつながりが生まれてくる。
しかし、こうした共同体とかネットワークは今までの仕方なしのつき合いをしないといけない共同体とは違う。
嫌になったらいつでも離れることができる。

法然院住職の梶田真章師に上田紀行は、檀家が少なく経済的に苦しい寺は何もできないのではないか、と質問する。
すると梶田師は、
「檀家数が少なくてしんどいなら、いくつかの寺をまとめて、意識ある僧侶に委ねればいいのではないでしょうか」
とあっさり答えている。
生活に困らない住職ののんきなお話である。
そんな単純な話ではないと思う。
過疎地では寺院・神社・学校が共同体を維持するはたらきは大きい。
中心となる寺院や学校がなくなれば、共同体も消滅してしまう。
くずれている地縁、血縁を作り直していくことが必要ではないかと思う。
じゃ、どうしたらいいのかとなると、話は元に戻り、イベント寺院のススメになるのだろうか。

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上田紀行「がんばれ仏教!」1

2007年04月24日 | 仏教

のち

東京では浄土真宗や本願寺ですらアヤシイと思う人がいるそうだ。
広島もそうなのかもしれない。
ご主人の介護を何年もされていたある門徒さん、ご主人が亡くなられてから、熱心に寺の法座に参られるようになった。
ところが親戚の人から、「このところよくお墓に参っているようだが、何かの宗教に入ったんじゃないですか」と尋ねられた。
墓参りするくらいでそういう心配をするわけで、宗教というのはそんなにマイナスイメージが強いのかと驚いたことがある。

葬式仏教と言われて久しい。
上田紀行「がんばれ仏教!」によると、人々は仏教になにも求めていないし、期待をしてもいないそうだ。
そこで上田紀行は、活発な活動をしている六人の僧侶を紹介し、仏教に「がんばれ」とエールを送っている。

六人の中で、高橋卓志という人の行動力はすごい。
日本チェルノブイリ連帯基金やタイのHIV感染者の女性を支援するアクセス21というNGO、ケアタウン浅間温泉というNPOを設立する、50ページほどの寺報(季刊誌)を作る、経理を公開するなどなど、一人でこれだけのことがよくできるものだと感心する。
だけど他の人たち、小説を書くとか、寺をイベント会場にするとか、著名人を呼んで講演会をするとか、そりゃすごいけど、そんなことより地道な活動をもっと紹介してほしいと思う。

行動する仏教の立場からの既成教団、寺院、僧侶に対する批判はなるほどとうなずく点は多い。
ただ、批判の仕方があざとい。

「なぜ伝統仏教は「葬式仏教」と批判されるのだろうか。それは一つには寺が葬式や法事だけをやっていて、他には何もしないということへの批判である」
「葬式ばかりやっていて人々の苦悩や社会問題に向き合わないという批判である」
こんなことを上田紀行は言う。
しかし、「葬式、法事以外は何もしない寺」がどれだけあるのだろうか。
「人々の苦しみには無関心な」僧侶が何人いるのか。
がんばっているお寺・僧侶と、葬式や法事しかせず、人々の苦悩に無関心な寺院・僧侶という善悪二項の対立はあまりにも単純すぎる。

「がんばれ仏教!」の読者は、大部分の寺は何もしていないのかと思うだろうが、実際は違う。
コーラスのグループがあって音楽法要をする寺、毎年バスを貸し切って旅行に行く寺、法座が月に何回かある寺、日曜学校を毎週開く寺、報恩講のおときを100人分以上作る寺、そんな寺は決して珍しくない。
門徒さんのとこにお参りをしたら30分、1時間とおしゃべりをするということも大切なことである。
問題はなかなか実を結ばないこと、広がっていかないことじゃないかと思う。

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フランソワ=グザヴィエ・ヴェルシャヴ「フランサフリック」3

2007年04月21日 | 戦争

アフリカ諸国には莫大な経済支援がなされているのに、どうしていつまでもアフリカは貧しいのか、ということ。

「政府開発援助のうち、貧困に対する戦いに使われるのは五パーセント以下に過ぎない」
「本来ならば、アフリカ経済を潤し、その社会基盤や衛生環境を整えるために使われるべきそれら巨額の資金は、現地の独裁者や組織網によって、瞬く間に横領され、非合法の回路を使って国外に持ち出される」
「権力の中枢にいる人びとは、自分たちが政府開発援助から利益を得ている」

たとえば、ザイールのルワンダ難民への援助である。
「総額二十五億ドルにのぼると見積もられている。この金額の相当部分が横領された。まずザイール軍によってである」
こうしてザイールの大統領だったモブツは世界一の金持ちになったのである。
そして、フツ族の民兵が行った戦争努力の一部は、人道援助の資材の売却によってまかなわれたそうだ。
日本のODAが気になりました。

「大臣や役人どもは、本来飢えた難民にまわされるはずの援助食糧や医薬品をトラックごと横領している。ときに援助組織も見て見ぬふりをしている」(ジョン・ル・カレ「ナイロビの蜂」)

独裁者やその取り巻きを太らせるだけなのに、どうして援助を行っているのか。
「私腹を肥やしたあげく、アフリカ、フランス、政界、経済界を問わず、彼の多くの友達に、誰彼かまわず余慶を振る舞った」
独裁者が援助国の政財界に金をばらまくだけでない。
先進国は資源を独占し、政府開発援助の横領し、そうすることで政治家の選挙資金を調達している。
「名目上は独立したアフリカの砂地に流し込まれる大量のお金は、旧宗主国フランスを干上がらせるどころか、逆にフランスに豊富な資金を環流させ、フランスの『上流階層』を潤している」

どの国でも選挙には金がかかるのだろうか。
市議会選挙に出たら5千万円は必要だと聞いたことがある。
これじゃ業者から金をもらわないとやってけないなと思った。
何にせよ、戦争や貧困、飢餓といった問題が生じるのは、そのことで利益を得るものがいるからなわけで、つまりはエイズで死ぬのも、栄養失調で死ぬのも、政治、経済の問題なんでしょうね。

ということで、
「援助を受ければ受けるほど、それが、地元の産業の振興につながるどころか、莫大な借金を積みますことになり、一般大衆の貧困と福祉は絶望的な水準にまで悪化する」
「忘れられているのは、何百万という子供たちが栄養失調に苦しみ、病人が薬を買えず、病院や教育システムが滅茶苦茶な状態に置かれている」


「第三世界の援助は、別の名を借りた搾取にほかならない」(ジョン・ル・カレ「ナイロビの蜂」)

アフリカでは、援助が有効に使われないほうが援助する側にも援助される側にも都合がいいらしい。

「支払い能力のないアフリカの政府の側も、自分たち自身、支払い能力のなさをうまく利用している。支払い能力がないといっても、定期的に財政援助の酸素を送り込まれているわけだから、全く支払いできないわけではない。そうした政府は、自分たちの返したい相手に、返したい時期に、毎回、袖の下と引き替えに返済を行うのだ」

で、日本のアジア諸国への援助について、吉岡逸夫は「漂泊のルワンダ」でこう言っている。
「有償であれば、相手の国もいずれ返さねばならないので、本当に自分の国にとって何が必要なのか真剣に考えるようになる。韓国もシンガポールもタイもマレーシアも真剣に考えた末、インフラストラクチャーに多くを投資した。これが効を奏して現在の発展につながったのではないだろうか」
ところが、
「西欧諸国の援助政策は、日本と違って有償よりも無償援助に重点が置かれている」
「援助が常態化してくると、援助なくしては生きられなくなってくる。今のアフリカはほとんどその状態に陥っている」

日本のODAが有効に使われているのなら結構な話だが、このあたりどうなんでしょうか。

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フランソワ=グザヴィエ・ヴェルシャヴ「フランサフリック」2

2007年04月18日 | 戦争

フランソワ=グザヴィエ・ヴェルシャヴ「フランサフリック」によると、フランスは英語圏のアフリカ諸国にも手を伸ばしている。
「アングロ・サクソンに対抗してフランス語圏の縄張りを広げることを目的に、おぞましい内戦が意図的に引き起こされ、事態が悪化・長期化するよう扇動が行われた」

たとえば、ビアフラの内戦である。
フランスがビアフラを軍事援助したため2~300万人の死者が出ている。
ビアフラの飢えた子供たちの写真が新聞などをにぎわしていたのは私が中学生の時で、やはりショックだった。
そのうらにフランスの暗躍があったとはね。
リベリアシエラレオネの内戦も同じで、フランスが後ろで糸を引いているそうだ。

「われわれは(アフリカ東海岸の)英語圏の国々に、フランス語圏の国々の未来を決めさせるわけにはいかない。」
ということで、ウガンダの反政府ゲリラ「神の抵抗軍」に支援しているし、スーダンでは「ウガンダと協力関係にある南部の抵抗勢力をもっと効率的に抹殺できるように支援するため」、スーダン政府がダフルールに対して行っている攻撃にも関わっている。
「わが国はスーダンの原理主義者に旧ルワンダ体制に対してと同じく「軍事的任務」一式を売却した」
ということです。

フランスのアングロ・サクソンに対する敵意には利権がからんでいる。
「豊富な地下資源に関わる利権、彼らは、これらを獲得するために文字通り手段を選ばない」

もちろん、利権をあさってあくどいことをしているのはフランスだけではない。
「1990年代以降、経済のグローバル化―地球規模での野放しの弱肉強食―が進むなかで、アメリカ、イギリス、フランスなどの経済大国、あるいはそれら先進国に本拠を持つ多国籍企業の利害と結びついた組織網が、ありとあらゆる非合法手段を用いて、アフリカをはじめとする貧しい国々を経済的に搾取する」

国と政治家と企業の思惑が一致し、アフリカを搾取し、援助金をだまし取るシステムができているわけだ。
中国もそうだろうし、日本だって何をしているやら。

「世界はアフリカに対して沈黙する」

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フランソワ=グザヴィエ・ヴェルシャヴ「フランサフリック」1

2007年04月15日 | 戦争

アフリカの多くの国では政治は腐敗し、人々は貧困に苦しみ、内戦は絶えない。
それはなぜなのか。
ジョン・ル・カレ「ナイロビの蜂」を読み、エドワード・ズウィック「ブラッド・ダイヤモンド」を見ると、先進国や大企業による搾取が大きな原因だということがわかる。
これらはフィクションだが、フランソワ=グザヴィエ・ヴェルシャヴ「フランサフリック」を読むと、フランスが旧植民地国を食い物にしていることがよくわかる。

「(フランスは)1960年代以降、この国がかつてアフリカに築いていた広大な植民帝国が、歴史の趨勢によって崩壊を余儀なくされた後も、自国の植民地利権保持のために、ありとあらゆる非合法手段をもちいて、新たに成立したアフリカ諸国の国内政治に容喙しつづけている。諜報機関を用いて、真の独立を求める開明的な政治指導者を抹殺、腐敗した独裁者を傀儡として祭りあげ、石油をはじめとする資源を独占する。人道や開発を名目として供与される援助はそのほとんど全額が、フランス政界の闇資金として環流される。現地の独裁政権に膨大は量の武器を提供し、諜報機関や傭兵を使って地域の紛争に介入、「部族」「民族」間の対立を煽り、内乱を醸成する。果ては「部族」間、「民族」間の集団虐殺を容認するばかりか、その共犯者にさえなっているという。
この植民地「独立」以来のフランスとアフリカとの歪んだ関係、フランス新植民地主義が現在もなお犯し続けている数々の犯罪は、偶然の所産ではない。それは、フランスの国歌としての意思の結果である」

ミーハーの私としてはイヤミの「おフランス」という言葉の影響か、花の都パリなんてイメージが今でもある。
それに、フランスの憲法に「何人たりとも決して死刑にはならない」という条項が新たに書き加えられているし、人権先進国かと思ってしまう。
それなのにこんなことをしているとはがっかり。

独立しようとしたり、フランスの言いなりにならない指導者に対してどうするか。
独立戦争を起こしたベトナムやアルジェリアでは拷問、虐待といった残虐行為が日常的になされ、言うことを聞かないトーゴ大統領は暗殺され(63年)、カメルーンでは30万人が虐殺された(58~64年)。

「フランスの友人たちが政権のトップに据えられ、その他の人間は排除された」
「自己の権力の維持と、個人的な財産の蓄積にしか関心のない「フランスの友人」を名目的統治者とする事実上の傀儡政権を次々と樹立し、フランスの勢力圏へと再統合する」

独裁者がいるからこそ、フランスは勝手なことができ、開発援助と資源によって政財界はうるおうという仕組みである。
「現在もアフリカ地域で頻発し続ける内乱の背景には、自らの利権を守り、その国を最も効率よく搾りとるため、自分たちに、もっとも有利な条件を提供してくれる現地の「代理人」を「選び」たいという各組織網の思惑が複雑に絡み合っている。最も有利な条件を提供してくれる代理人とは、すなわち、もっとも腐敗した政権だ」

これは中南米の独裁国とアメリカの関係と同じだし、他の先進国も似たり寄ったりなんでしょうね。

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教育の再生

2007年04月12日 | 日記

そんなアホなという提案をまたまた教育再生会議がしている
「素案では、学校選択制の拡大を念頭に、学校予算の配分で「児童・生徒が多く集まる学校の優遇」を明記した。生徒数を指標に予算配分して学校間の競争を促す内容で、安倍首相が提唱した教育バウチャー(引換券)構想を一部取り入れた。
同時に、学校選択制や過疎化で増える小規模校の統合の推進を提唱。住民の反発も予想されるが、小中学校を適正規模(12~18学級)で配置すれば効率化や適正な人員配置が可能になるとした。」
学校間の競争原理で教育の質が向上する」というわけだ。

石原都政の東京都は「教育改革は東京から」ということで、文部科学省や教育再生会議がやりたがっていることを率先して行っている、と某氏が言っていた。
某氏によると、東京都ではすべての公立小中学校が同じ学力テストをする学力一斉テストが行われている。
そして、○○中学は平均点何点、××中学は何点と新聞に出るそうだ。
このテストによって公立小中学校の序列がついてしまう。
おまけに、テストの成績によって予算が違ってくる
いい学校には予算をたくさんつけるのだから、どんどん格差が開いていく。
さらには、品川区や杉並区では行きたい中学を選択できるから、そうなると平均点の低い、予算の少ない中学に入ろうとは思わないだろう。
特定の中学に人気が集中して、中学校間の格差がさらに出てきた。
それで、生徒が十人ぐらいしかいない学校と、百何十人いる学校ができしまった。

テストの成績がよければ子どものこづかいを増やすけど、点が悪ければこづかいはなし、なんてことを東京都がしているわけだ。

ところが、全国学力テストは今月に行われることになっている。
ベネッセの教育情報サイトにこんなことが書いてあった。

「小・中・高校生を対象に「全国学力調査」(1956~1966年)が行われたことがあります。この時、都道府県別の平均点などが報道されてしまったため、各地で点数競争が過熱しました。テスト対策のための勉強が行われたのはもとより、なかには成績のふるわない子どもを欠席させたり、試験会場で答えを見せたりした学校さえあったといいます。そのため激しい「学力テスト(学テ)反対闘争」が起こり、社会的にも大きな混乱をもたらしました」

今回の全国学力テストは、「学校間の序列化や過度な競争等につながらないよう十分な配慮」がなされるらしい。
しかし、すでに東京都では学力テストの成績によって予算配分が決まってしまう。
競争原理の導入をという教育再生会議の提案が実現すると、学校間の序列化、過度の競争等といった現象が全国的に広がっていくわけだ。

そして、「学校選択制や過疎化で増える小規模校の統合の推進」がなされると、都会の真ん中に小中学校がない地域ができてしまう。
そうなると、その地域がだめになるのは目に見えている。

そこで校長としては自分の勤める学校を人気校にするためにどうするか。
某氏の話だと、校長はとにかく目立つこと、話題性のあること、教育委員会のお眼鏡にかなうことをやろうとする。
英語に日本語、福祉教育(老人ホームの慰問など)、キャリア教育(子どもに働かせる体験をさせる)、パレード(商店街のお祭りにも休日参加)、地域ともちつき会、盆踊りなど。
しかも、結果はそれほど問題ではなく、地域住民や保護者からよく見られればいいだけのことである。
こんなことに時間を取られていては教師が一人一人の子どもと関わっていく時間がなくなってしまうのだが。

業績によって給与に格差をつけたり、教員免許の更新ということも言われている。
そうしたことが実現すれば、教育委員会や校長の言うことに従わない教師は給与が少ないまま、下手をすれば教員免許が更新されないようになる。
これじゃ教育の再生にはならないと思うのだが。

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ルワンダの虐殺 4

2007年04月10日 | 戦争

「ジェノサイドの丘」の訳者である柳下毅一郎はあとがきでこう書いている。
「ジェノサイド=民族虐殺は周到に準備されており、加害者たちだけでなく被害者たちまでもが起こるのを待ちかまえていた」

犠牲者たちはなぜおとなしく死んでいったのだろうか。
「わたしは死を受け入れていた。拷問は受けたくないが、死は避けられないものと思ってしまう。マチェーテ(山刀)で殺されるのではなく、銃弾で殺されればいいと思う。お金さえあれば、射殺してくれるよう金を払って頼んでもいい。死は当たり前のこと、諦めて受け入れることになっていた。戦う意志をなくしてしまうんだ」(フィリップ・ゴーレイヴィッチ「ジェノサイドの丘」)

なぜ隣人や同僚を殺すことができたのだろうか。
「ルワンダ史をひもとけば、みな権力に従うだけだったのがわかる。誰もが権力を崇め、教育はほとんどない。貧しい、無知な人々に武器を与えて、『おまえの獲物だ、殺せ』と言う。みなその言葉に従う。金や命令のために人を殺すような農民たちは、社会や経済的な階級が上の人間を手本にする。だから影響力のある人間や大金持ちは、ジェノサイドでも中心だった。自分では殺していないから、自分の手は汚れていないと思ってるかもしれない。だけどみんな、そいつらが命令するのを待っていた」

「中にはためらう人間もいる。そいつが棒を持ってきたとしよう。連中は『駄目だ、マス(釘を埋めこんだ棍棒)を持ってこい』と言う。はい、っていうんでそいつはマスを持ってくるけど、誰も殺そうとしない。するとこう言われる。『おい、こいつは後から訴え出るかもしれない。こいつにも殺させよう。みんな少なくとも一人は殺すんだ』そうやって、殺人者じゃなかった奴もやらされる。次の日からはそいつにとっても楽しみになる。もう無理矢理やらせる必要はない」

殺される側にまわるか、殺すほうになるか、それはたまたまなのである。
条件がそろえば嬉々として人を殺すし、条件が違えばおとなしく殺されていくかもしれない。

「殺人はごくたやすいことだった。ただ政治家から憎悪を吹き込まれ、ひとふりのマチューテをわたされるだけで誰でも殺人者になれてしまう。その恐ろしさを我が身のこととして考える想像力があってもいいのではなかろうか」(「ジェノサイドの丘」訳者あとがき)
そう、私も殺人者になるかもしれない。
我が身のことと想像することができず、自分は正しい、そんなことはしないと信じ込んでいれば、ちょっとしたきっかけで私も殺人者になるかもしれない。

それにしても、「ホテル・ルワンダ」の主人公のモデル、ポール・ルセサバギナは自分がマネージャーをしていたホテルに避難民をかくまっていた。
どうして彼だけが避難民を守ろうとしたのか。
聖職者すら避難民を見捨て、中には一緒になって殺した牧師もいるのに、なぜポールだけが例外的存在だったのか。
フィリップ・ゴーレイヴィッチの質問に答えて、ポールは当たり前の、ごく普通のことをしただけだと言う。
うーん、あの状況で殺さずにいることが「ごく普通のこと」だろうか。

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ルワンダの虐殺 3

2007年04月07日 | 戦争

反政府軍RPFがルワンダ全土を制圧すると、フツ族至上主義者や民兵は何十万人ものフツ族難民とともにザイールに逃げた。
そうして、ザイールの難民キャンプには世界中から支援物資が集まった。


ところが、彼ら武装集団が難民キャンプを支配し、人道援助の食糧、医薬品などを占領したのである。
「(フツ至上主義者や民兵が)キャンプを牛耳って、毎月税金を、現金や食料援助の一部というかたちでザイールにいるすべての難民家族から取り立てており、帰国しようという難民を脅かしている」(フィリップ・ゴーレイヴィッチ「ジェノサイドの丘」)
という状態だった。
さらには、ザイールに住むツチ族も虐殺されたが、国連は何もしなかった。


にもかかわらず、「戦闘準備を整えた国際部隊によって国連の国境難民キャンプ内にいるフツ至上主義軍と民兵を制圧して武装解除することだったが、それは決して実現しなかった。そのかわり我々は彼らを保護していたのである」

フィリップ・ゴーレイヴィッチは「国際人道援助団体の人々が、おそらく史上最大の人道に対する犯罪者集団によって使いっ走りにされている」とまで言っている。

吉岡逸夫はルワンダ旧政府軍の大佐にインタビューしているが、大佐はツチ族が先にフツ族を殺したとか、RPFが虐殺をしたんだと言っている。

「なぜ国際社会の同情はフツ至上主義者のできあいの嘘に寄せられるのか。そもそも国連難民キャンプでジェノサイド政府の残党が構成され、軍隊が定期的に巡回して武器の貨物を受けとり、次回の絶滅作戦のために何千人も新兵を勧誘するのが許されていること自体が驚きだった」(「ジェノサイドの丘」)

このあたり、カンボジア虐殺と同じ状況である。
フツ族(フランス語圏)の虐殺→ツチ族が政権を取る→バックにウガンダ(英語圏)
ポル・ポト派(中国)の虐殺→ヘン・サムリン政権→バックにベトナム(ソ連)


ポル・ポト政権下のカンボジアにベトナム軍が侵攻し、ポル・ポト軍はタイに逃げた。
国際的な同情はなぜかポル・ポトのほうに集まったのである。
タイの難民キャンプでは地獄のような悲惨な状況にあったが、その状況を生み出した当の本人であるポル・ポト派も難民キャンプにいて、キャンプを支配し、支援物資をポル・ポト軍が占有している。
そして、カンボジアの虐殺はベトナム軍がしたことだという報道もなされた。


池原征夫「戦火、自由そして死」
という本はタイの難民キャンプを取材した記録である。
池原はポル・ポトにインタビューもしている。
ポル・ポトは、多少の殺すことはあったにしても、虐殺はベトナムがやったんだ、と言っている。
「戦火、自由そして死」はポル・ポトの犯罪に気づいていないようだし、「漂泊のルワンダ」はフツ族寄りという感じを受ける。
目の前にいる人を救おうとする行為が、その人たちを苦しめている者たちを利してしまうことになるわけである。

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ルワンダの虐殺 2

2007年04月04日 | 戦争

なぜルワンダではこれほどまで多くの人が殺されたのだろうか。
国連をはじめとする国際社会は、ルワンダで虐殺が行われるかもしれないことを知り、そしてルワンダで虐殺が行われていることを知りながら、ただ傍観していたのである。

「国際社会はみなジェノサイドが起きていると知りながら、介入したくないために百万人を見殺しにした」(フィリップ・ゴーレイヴィッチ「ジェノサイドの丘」

ツチ族絶滅作戦が計画されているという情報を手に入れたUNAMIR(国連ウガンダ支援団)は、国連平和維持活動本部にFAXを送ったが無視された。
というのも、その数ヵ月前にソマリアから国連軍が撤退しており、国連としてはアフリカの内紛にこれ以上関わり合いたくなかったからである。
虐殺が行われている間、UNAMIRは何もせず、そればかりか国連は4月21日にUNAMIRの要員を9割削減し、270名を残して撤退した。
こうした国連軍の無力さは「ホテル・ルワンダ」でも描かれていた。

あるルワンダ人はこう言っている。
「金持ちでないかぎり国際社会を頼ることはできない。我々は違うんだ。我々は石油を持っていないから、たとえ我々の体に血が流れていようと、我々が人間だろうと、そんなのはどうでもいいことなんだ」(「ジェノサイドの丘」

だけど、私たち日本人が虐殺について無関係だというわけにはいかない。
94年秋、自衛隊も「ルワンダ難民救援隊」としてザイールの難民キャンプに派遣された。
東京新聞の吉岡逸夫は自衛隊と一緒にザイールに行き、難民キャンプやルワンダを取材している。
「何しろ、今回の自衛隊取材では、日本のマスコミが殺到し、ホテル不足で部屋を押さえるのにものすごい競争だったのである」(吉岡逸夫「漂泊のルワンダ」)
へえ、ザイールに自衛隊が派遣されたのかという感じである。
そんなに多くのマスコミが日本から行っていながら、さほどの話題にはならなかったのではないか。
私にしたところで、ルワンダで百万人が死んだということを気にもとめていなかったのである。
ルワンダ人を見捨てたということではみんな同罪なのである。

驚くことに、フランスはルワンダで虐殺が行われていることを知っており、なおかつそれを認めてもいた。
あまつさえフランスは英語圏の反政府軍が勝利しないよう、フツ至上主義者政権に援助を続け、軍事介入すらしているのである。

「ルワンダにおける絶滅作戦のまっただ中、パリから武器がモブツ(ザイール大統領)の仲介者を介して東ザイールへ空輸され、そのまま国境を越えてジェノシダレ(フツ族至上主義者)に渡っていたとき、フランスのミッテラン大統領は「ああした国では、ジェノサイドはそれほど重要なことではない」と述べた」(「ジェノサイドの丘」)

ミッテランはドゴール政権では植民地相を務めており、アルジェリアなどの独立運動家に対する拷問を指示したのはミッテランである。
そして、ミッテラン大統領の息子ジャン・クリストフ・ミッテランはフランスの海外援助によって私腹を肥やしていた人々の一人であり、アンゴラへの武器密輸、贈賄などで逮捕されている。

なぜフランスは虐殺に加担したのか。
ルワンダのフツ族政権はフランス語圏に属するが、反政府軍RPFは英語圏のウガンダの支援を受けているからである。
吉岡逸夫は、英語圏とフランス語圏の争い、農耕民族と遊牧民とのあつれきは、ルワンダだけでなくアフリカ全土に及んでいると書いている。

アフリカにフランス語圏と英語圏との対立ということは我々日本人にはわかりにくい話である。
フランソワ=グザヴィエ・ヴェルシャヴ「フランサフリック」を読むと、アフリカ諸国の内戦の裏にはフランスやイギリスといった旧宗主国の利害、思惑がからみ合っていることを知ることができる。

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