三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

やられたらやりかえせ

2009年03月31日 | 日記

某氏に河合知義『似島はドイツ』という本をいただく。
ええっというような題名だが、広島の地名を手話ではどう表現するか、そのいわれを書いた本。
手話では「似島」と「ドイツ」は同じ表現をするそうだ。
というのが、第一次世界大戦中、ドイツ軍の捕虜が似島に収容され、それで「ドイツ」を表す手話(鉄かぶと)が「似島」にも使われるようになったのだという。

『似島はドイツ』に河合氏はこんなことを書いている。
車椅子を利用する中途失聴者の友人と買い物に行った時のこと。
バスセンターの本館と新館の間に階段があり、車椅子の人のために昇降機がつけてある。
ところが、昇降機には鍵がかかっており、「ご利用の方はインターホンでご連絡ください」と表示されている。
インターホンを押すと、何分かしてガードマンがやって来て施錠を解いてくれた。
耳が聞こえない友人一人だったらガードマンを呼ぶこともできない。
「やはり障害者は一人では外にでるなということなんだと思ってしまいます。
いたずらされるのを防ぐためかは知りませんがこんなことはよく経験します。車椅子用のトイレに施錠してあったり、とても使えないような場所に作ってあって、トイレが物置として使われていたり、点字ブロックの上に堂々と3ナンバーの乗用車が乗っていたり。
この町がもっともっと優しい町となるためには、もっともっと怒りをぶつけていかねば」

これを読んで、「やられたらやりかえせ」というのはこういうことかと思った。

『山谷-やられたらやりかえせ』というドキュメンタリー映画がある。
この映画は1985年に完成したもので、山谷や釜ヶ崎などの日雇い労働者の生活や闘争を描いている。
映画を作る過程で、監督が二人、暴力団に殺されている。

路上生活者を支援する会の方がこういうことを話された。
基本的人権、法の下での平等や労働権や居住権が保障されているはずなのに、それが保障されていなくて、路上で生活してたらみんなから軽蔑されたり、差別を受けたりする。
たとえば、駅の構内にホースで水をまいて寝れないようにしたり、公園のベンチで寝ていると近所の人が市役所に電話して、ベンチに手すりをつけて横になれないようにする。
路上生活者は石を投げられたり、暴行されたり、時には殺される人もいる。
ところが彼らはやりかえさない。
路上生活者も私たちと同じ一人の人間として生きている。
人間として生きる権利、人間らしく生きる権利がある。
軽蔑され、差別されることに対して、きちんと主張しないといけない。
しかし、彼らは自分で声をあげるということがなかなかできない。
だったら代わって声をあげて、野宿している人たちの人権を守ろうというので会ができた。

この話を聞いたとき、どうして「やられたらやりかえせ」なのかわからなかったが、『似島はドイツ』を読んで、そういうことかとわかったような次第です。

中村うさぎ『私という病』にもこんなエピソードが書かれている。
中村氏は社会人になって、通勤電車で毎朝毎朝、痴漢に遭った。
それもいつも同じヤツだった。
そいつは駅の改札口にたたずみ、ターゲットを物色していたのだ。
「ある朝ついに「断固戦おう」と決意した。そして、ありったけの勇気を振り絞って、車内でそいつに向かって大声で「やめてください!」と怒鳴ったのである。そいつはそそくさと逃げていった」
そして中村氏は「やっぱり、ちゃんと戦うべきなのだ」という想いを新たにしたのであった。

人権を守るためには黙っていてはだめなのである。
で、「やられたらやりかえせ」。
もちろん、どういうふうにやりかえすか、ということはあるけれども。

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クリント・イーストウッド『チェンジリング』

2009年03月28日 | 映画

『戦場のレクイエム』で気になったのが、国民党軍の兵士たちも国のため、正義のために命をかけて戦ったという点では、八路軍の兵士と同じだということである。
正義という旗印をかかげ、自分ばかりが正しいというようだと、どうもうさんくさく感じる。

「TOHOシネマズマガジン」にクリント・イーストウッド『チェンジリング』が紹介されていた。
1920年代に起きた誘拐事件をもとにした映画。
こんなことが実際にあったのかと唖然とする。

「TOHOシネマズマガジン」に、「子供誘拐事件にたった一人で戦った女性、クリスティンを、実生活でも6人の子供の母親であるアンジェリーナ・ジョリーが演じている」とある。
「たった一人で戦う」とはどこかで聞いた言葉だが、クリスティンは孤軍奮闘したわけではなく、牧師や弁護士が協力している。
牧師が動かなければクリスティンは精神病院から出ることはなかっただろう。

アンジェリーナ・ジョリーはこう言っている。
「その日の夜にブラッド(・ピット)に「すごい映画なの。正義に関する物語よ」って話していたら、クリスティンのことが頭から離れなくなってしまった。そして、私が彼女を演じることで、彼女が信じた正義を世間に伝えることができるかもしれないと思うようになっていたの。それが、自分にとっての正義じゃないかなって」
たしかにクリスティンの置かれた状況はひどいものだし、警察の腐敗は目に余る。
しかし、それでも正義の旗印は好きになれない。
自分は正義だと思い込むと、自分は絶対不可侵、無謬だという立場から行動してしまう。
アンジェリーナ・ジョリーがブッシュ前大統領を支持しているかどうか知らないが、アフガニスタンやイラク侵攻はブッシュ前大統領にとって正義である。

佐藤忠男『現代世界映画』に「ドン・シーゲル論」があり、クリント・イーストウッドが主演した『ダーティー・ハリー』についてこう書かれている。
「長年ハリウッドのB級アクション映画の中に流れていた保守反動の気質のすさまじい開花として、傑作は傑作であるが、恐るべき反動的な作品であると思えてならない」
「秩序を乱す奴らは片っ端から殺してしまえ、という、暴力的人間の権力意志のほうが、より強烈に表現されていると言わざるを得ない」
「ことさら、常識的な民主主義やヒューマニズムの原則の線で行動する人間を、どうしようもない俗物として描くところに、この映画の、民主主義やヒューマニズムに対する根深い悪意がある。この悪意は、民主主義やヒューマニズムではぜったいに悪には勝てない、という考え方と結びついている」

これはクリント・イーストウッドへの批判ではないが、これを読んで私はクリント・イーストウッドが嫌いになったのだから、我ながら単純な人間だと思う。
それはともかく、佐藤忠男は『ダーティー・ハリー』の悪役にベトコンを裏読みする。

「この『ダーティー・ハリー』のヒーローの考え方は、そのまま、ベトナム戦争におけるアメリカのタカ派の論理や心情に重なることは言うまでもない。ベトコンや北ベトナムは卑劣で悪智恵に富んでいる殺人者であり、どこかに身をかくしてはテロ活動をする。こんな連中はひねりつぶしてしまうべきなのだが、アメリカとしてはさまざまな国際的な制約があって積極的に行動できない。その制約のほうが間違っていると思うが、民主主義というタテマエもあって、その制約を簡単にどうこうするというわけにもゆかない」
佐藤忠男の言う「アメリカのタカ派の論理や心情」はまるで田母神論文そのまま。
今だったらベトコンはイスラム原理主義ということになるし、北朝鮮への嫌悪にもつながる。

というふうに考えると、『チェンジリング』の、クリスティンを精神病院に入れた警部は『ダーティー・ハリー』の悪役と重なってくる。
といっても、『チェンジリング』は抑圧されている人が正義を求める話である。
「常識的な民主主義やヒューマニズムの原則の線で行動」するのは牧師や弁護士であり、「こんな連中はひねりつぶしてしまうべき」だとして積極的に行動するのが警察である。
近年のイーストウッド作品は権威を否定し、痛めつけられている人の立場に立っていると思う。

「死刑を止めよう」宗教者ネットワーク第11回死刑廃止セミナーの講師である、森達也氏は、そのセミナーにいた永岡弘行氏を紹介して、こう言っている。
永岡氏はオウムで出家した息子を取り戻すために立ちあがり、VXガスで殺されそうになったりして、オウムに対してすごい憎しみを持っていた。
しかし、「永岡さんは、オウムの幹部信者たちと面会を続けます。捕まった死刑囚の信者たちとも。多分、信者たちと会っているうちに、永岡さんのなかで何かが変わったと思いますね。そして、今、死刑廃止の集会に、こうして足を運んでいただいている。実は、死刑廃止運動も始めていらっしゃいますね。会うことで、人は変わります。会えば優しさが分かります。そんな悪魔のような人間は、絶対に存在していません」

善悪を単純に分けたほうが映画としてはわかりやすく面白いし、正義の立場に立って裁くのは気持ちいい。
その傾向はイーストウッド作品にも見受けられる。
だけど、赤穂浪士に喝采する危険性も自覚すべきだと思う。

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フォン・シャオガン『戦場のレクイエム』

2009年03月25日 | 戦争

国共内戦のさなか、戦闘で連隊長の主人公以外47名全員が戦死する。
そして主人公は、烈士ではなく失踪扱いされた部下の名誉を回復するため奮闘する、というのがフォン・シャオガン『戦場のレクイエム』のあらすじである。
最初と最後は部隊の慰霊碑(?)のショット。
フォン・シャオガン監督「これまでも中国では国共内戦の映画が数多く作られていました。ただしそれらは共産党の国策映画であって、国のイデオロギーから離れたエンタテインメントはこれが初めてです」と言うが、戦死者顕彰映画だと思う。

この話を日本に置き換えると、戦死した部下の名誉を回復するために生き延びた上官が奮闘し、晴れて靖国神社に合祀される、となる。
監督が意図していなくても、戦死者を顕彰することによって戦争を美化し、次の戦死者を生み出す国策映画になっていると思う。

失踪が単なる生死不明という意味なのか、それとも脱走も含めた失踪とされたのかは映画を見ただけではわからない。
結城昌治『軍旗はためく下に』は敵前逃亡などとされて陸軍刑法によって処刑された、つまり不名誉な死を遂げた兵士の話、五話を集めたものである。
たとえば、たまたま中国人の家にいて襲撃を受けて怪我をし、八路軍に助けられた兵士が、八路軍から逃げ出して部隊に戻ったにもかかわらず「敵前逃亡・奔敵」とされて死刑になる。

「上官殺害」は残忍な小隊長を殺したという話である。
語り手は正当防衛だったと言う。
「あの残忍な小隊長をそのままにしておいたら、もっと多くの犠牲者がでたに違いありません。わたしも生きて還れたかどうか分からない。小隊長の横暴を知りながら、それを放任していた大隊長や中隊長にも責任があります。さらに言うなら、補給もできないような南方の島へ、勝算もなしに兵隊を送りこんだ軍の上層部に責任があるでしょう。兵隊は戦争が好きで従ったわけじゃありません。金のためでも勲章が欲しいためでもありません。たとえ厭々ながらでも、祖国を信じ、命を投げだして戦ってきたのです。その命は、たった一つの命で、犬ころのように死ねる命ではありません。
日本は戦争に負けました。部下に、俘虜になるくらいなら自決しろと命じていた高級将校まで、おめおめと俘虜になり、濠軍の給食で生き長らえていた。そんな連中に果して戦争中の事件を裁く資格があったかどうか疑問です」

結城昌治は死刑になった兵士たちを復権しようとしていると思う。
その復権とは遺族年金をもらうとか靖国神社に祀られるとかいったことではないし、まして戦争の美化にはなっていない。
『戦場のレクイエム』とは後味が違うのである。

石川達三『風にそよぐ葦』に、夫が応召された妻と予備役将官にこう言う会話が交わされる。
「日本が戦争していることも存じて居ます。誰かが兵隊になって戦わなくてはならないこともわかります。でも、どうしても行きたくない人だってありますわ。そういう人の命までも取り上げてしまう権利を誰が持っているんでしょう」

「陛下です。陛下のご命令ならば国民は命をなげ出しても国土と皇室とを守護し奉らなくてはなら。それで何の文句があります?」

「たとい陛下のためでも、私はいやです。私は私のために生きているんで、陛下のために生きているんではありませんわ。私の主人だって同じことです」

「なるほど。あなたのような、そういう考え方を自由主義というんだ。いま日本中がこぞって自由主義を排除せよと叫んでいるのそのことだ」

『戦場のレクイエム』は予備役将官のようなことは言っていないが、そう違っているわけではないように感じる。

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ロバート・I・サイモン『邪悪な夢』1

2009年03月21日 | 

凶悪な事件が起きた時、「我々と同じ人間とは思えない」とか「人間の皮を被った悪魔」という言葉を見かける。
あるいは、「あんなことをするなんて頭がおかしい」とも言ったりするが、本当に頭がおかしくて狂っていら責任能力がないということになって無罪にしないといけない。
罪に問うためには自分と同じちゃんとした人間ということにしないといけないことになり、ささやかな矛盾に陥ってしまう。

ロバート・I・サイモン『邪悪な夢』にはこうある。
「臨床精神科医として、また法精神医学者として、32年間治療にあたってきた私の経験から言うと、普通の犯罪者と平凡な一般市民を比べた場合、その精神生活に大きな隔たりはない」
善人と悪人との間に明確な境界線はないと言うのである。

以前、「誰でもいつ犯罪を犯すかわからない」と書いたら、「普通の人は犯罪なんかしない、まして殺人なんかしない」というコメントがあった。
それに対してロバート・I・サイモンはこう言う。
「患者や犯罪者の言うことに永年耳を傾けていると、善人がやりたいと夢見たことを、悪人は実際にやってしまったにすぎない、という結論に達せざるをえない」
この結論に賛成しない人は多いと思う。

「たいていの人は、善人と悪人は根本的に違っていて、悪人は『狂っている』と思いがちだ。これをくつがえすのは容易なことではない」
それはたぶん、自分は犯罪とは関係のないところで生活している、もしくは生活している、悪人と自分は違う世界に住んでいると思って安心したいということがあると思う。
保険会社への損害請求に虚偽の請求や水増し請求が、アメリカでは1994年に200億ドルを上回っているとか、所得をごまかし申告をしない人がいるとか、有愛会の加入儀式や士官学校の新入生いじめでは行き過ぎた行動が見られ、時には死につながることもある、といった例をロバート・I・サイモンは紹介しているように、決して無関係ではなく、気づこうとしないだけなのだが。

自分が善人ならば正義の立場に立って裁くことができる、というのでこういう事件が起きる。
ブログ書き込みの18人を書類送検へ・お笑い芸人中傷で
 お笑い芸人の男性(37)のブログに事実無根の誹謗中傷を書き込んだとして、警視庁中野署は5日までに、大阪府高槻市の国立大学職員の男(45)ら17-45歳の男女計18人を名誉棄損などの疑いで書類送検する方針を固めた。
 調べによると、18人は2008年1月から同10月にかけて、自宅や職場のパソコン、携帯電話などから男性のブログに「人殺しがどうして芸人をやっているんだ」「犯人のくせに」などと事実無根のコメントを書き込み、誹謗中傷した疑い。
(2月05日)

お笑いタレントのスマイリーキクチ(37)のブログが「炎上」した事件は、脅しや中傷を書き込んだとされる19人全員が「犯罪になるとは思わなかった」と供述したという。ネット社会では、悪質な書き込みが匿名性に隠れ、犯罪性の認識が薄いことが浮き彫りになった。
「正義感のつもりだった」。脅迫容疑で書類送検された川崎市の会社員の女(29)は、1988年に足立区で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件に、キクチが関与したかのような書き込みを見た。「許せない」と思い、ブログのコメント欄に「殺してやる」と書き込んだという。
(2月5日)

この人たちには悪意が全くなかったと思う。
「人殺し」とののしりながら、「殺してやる」と脅すのも変な話ではあるが、自分は悪人を殺してもいいと思っているのかもしれない。
だからといってこの女性を責めているわけではない。
「人殺しを思い夢見ることが、死刑を科しうる犯罪なら、われわれはみな死刑囚監房の住人だ」
とロバート・I・サイモンも言っているし。
少なくとも、殺してはいけない人間と殺してもいい人間がいて、自分は殺してもいい人間を選ぶことができるとは思っているんだろう。
どちらにしても、たぶん正義感の強い真面目な人なんだと思う。

中南米の独裁国家では、反政府側だとみなされると、普通の市民であろうと拷問にかけられていた。
仕事として拷問をする人たちは仕事熱心な真面目人間だという。
「ナチスの処刑人の多くは、女性や子どもや年寄りを抹殺して帰宅すると、家族に囲まれ快適な家庭生活を営んでいた」
「処刑人は心のうちで、昼間行なった虐殺と、家族との夕べの憩いをどう折り合いつけていたのだろうか?こういうことが平気でできるのは、精神を病んでいたからなのか?」

ナチスの処刑人にしても、多くはサディストなんかではなく、職務に忠実なだけだったに違いない。
誹謗中傷のコメントを書いた人たちもよき処刑人になるだろう。
正義の持つ怖さである。
権威者の指示に従って人を傷つけることも平気ですることを証明したのがスタンリー・ミルグラムの実験
だから私も平気で虐殺をするようになるに違いない。

善人と悪人は根本的に違っていると思いがちなのは、ロバート・I・サイモンが言うように「人間だれしも、心に暗い部分をもっている」し、「われわれは、心の暗部を恐れるとともに、魅了される」わけで、自分が「やりたいと夢見たこと」をやってしまうかもしれないなどと考えると不安になる。
だから自分は善人だと思いたいということもある。

ロバート・I・サイモンはこう言う。
「他人への激しい批判を細かく検討してみると、心の平安を乱す自己批判であることがわかる。自分の問題を、他人の問題にすり替えたほうがずっと楽だからだ。自分の心のうちを覗いて、受け入れがたい衝動を発見することは、非常に辛い経験だ」
それでブログへの誹謗中傷のように、悪人を攻撃することで自分を安全な場所に置こうとする。
しかし、
「暴力を『われわれ』ではなく『彼ら』のせいにして見過ごしてしまえば、心理的にはより危険な安全神話の虜になるだけだ」
「人間だれしも、心の暗部に潜む暴力と格闘しなければならない」

それにしても、悪人は善人が夢見たことを実行にうつすにすぎないとして、頭の中で考えたことを行動に移すことができるのはどうしてだろうか。
それに対するロバート・I・サイモンの答えは明確ではない。
連続殺人者の大半は子どものころ肉体的性的虐待を受けている。
多重人格者の97%は6、7歳までにひどい虐待を受けている。
だったら殺人と虐待は関係があるのかというと、アメリカでは男性の6%、女性の15%は子ども時代に虐待されており、アメリカ人女性の4。5%は実の父親に犯されているそうで、虐待と「殺人とどう結びつくのか、はっきりしたことは分かっていない」

あるいは、道徳観念が欠如し罪悪感を持たないサイコパス(精神病質者)は、まわりにどれほど迷惑をかけようがいっこうに気にせず、反社会的行動をとる。
アメリカにおける反社会性人格障害の割合は男性で3%、女性で1%未満、平均で2.8%いるという。
ところが、サイコパスはどうして反社会的行動を行うのかとなると、『邪悪な夢』を読んでもよくわからない。
「反社会的な少年には大家族の出身者が多い。細やかな人間関係が育まれないため、攻撃的な少年の反社会的傾向が増長されやすいからだ」
私は逆かと思っていた。
「反社会的な性向は、程度の差こそあれ、だれにでも存在する」そうだし。

「大量殺人者は、被害妄想と抑鬱が危険に組み合わさった症状に悩んでいる。すっかり気落ちし、無力感にさいなまれる一方で、自分がこんな目に遭っているのは人のせいだと思い込む」
「レイプ犯の多くは、普通の生活を送る普通の人びとだ」
「ストーカーの多くは、女に拒絶された男だ。そして大半は、自分の人生にこれといった手応えをもたない、孤独で、精神的に病んだ者たちだ」

つまりは、「まったくの善人も、まったくの悪人も存在しないのだ」ということになる。
死刑囚の島秋人
「憎むべき罪人であっても、極悪ではない。極善という人がおりますか。おそらく人間としてはないだろうと思います」
と書いている。
善と悪との境目はちょっとしたことなんだろうと思う。

なるほどと思ったのが次のこと。
「私が診た患者のなかに、自分を責めてばかりいる人がいたが、それはどれほど辛いことであろうと、自分の心の悪鬼に立ち向かうことに比べれば楽な道だ。セラピーが往々にしてうまくいかないのは、チクチクと棘さす良心が、自分の本性を隠す格好の隠れ蓑になるからだ」
これは鋭い指摘だと思った。

罪悪深重の凡夫とかよく言うが、そういうことにしておくことで、実は自分自身と真向かいになることを避け、ごまかしている自分がいる。
「怖いもの見せてあげようほら鏡」という川柳がある。
そういう「心の悪鬼」をうつす鏡よりも白雪姫の母親が持っている、「世界で一番美しいのはあなたです」と言ってくれる鏡のほうがいい。
教えを聞くことは自分自身をうつす鏡のはずだが、教えを聞くことで、泥凡夫というお化粧をした姿をうつす鏡にうっとりとすることもあるのは事実である。

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瀬口晴義『検証・オウム真理教事件』

2009年03月18日 | あやしい教え・考え

瀬口晴義『検証・オウム真理教事件』は1998年の発行。
著者は新聞記者で、元信者へのインタビューと裁判の取材という内容である。

あとがきにこうある。
「数多くの現場の中学教師は、自分に肯定的なイメージを持てない子供が増えていると感じている。自己否定感の裏返しとして、他人に攻撃的に振る舞うのだという」
「中学生たちを息苦しくさせている自己否定感という時代の空気は、オウムに出家した若者たちの心象風景とどこか重なるような気がしてならない。そして、意識しなくてはならないのは、心の癒しを求める気持ちは、依存心にたやすく変わってしまうことだ。
この閉塞感を打ち砕いてくれる存在が登場するのを、心のどこかで望んでいないだろうか」
「オウムという組織は、麻原がいたから大規模になったのではない。麻原を必要とした多くの人間がいたから大きくなったのだ」

では、どういう人が麻原を必要としたのか。
まず、人生とは何か、何のために生きるのかといったことに悩み、世のために尽くしたいと願っている真面目人間。

元信者の田島氏はこういう疑問を持っていた。
「なぜ、人間は不平等なのだろう」
「運命は変えられるのか?」
「カルマの法則は本当にあるのあろうか?」

三国氏はこういう疑問である。
「人間存在の意味とは?」
「宇宙と自己との関係とは?」
「死後の世界はどうなっているのだろう?」

三国氏は牧師に尋ねた。
「牧師さんは親切でしたよ。だけど、人間存在の意味も、宇宙と事故の関係も、死後の世界についても、納得できる解答は得られなかったんです」
麻原はこうした疑問にちゃんと答えを与えたという。

田島氏はこう言う。
「あらゆる疑問に答えを出してくる麻原は、めちゃくちゃ強い存在だった。この人に身を任せば、いつか解脱に導いてくれるのではないかと信じていたんです」
もっとも、「なぜ不平等なのか」という問いにはカルマの法則、「死んだらどうなるのか」には輪廻という答えだから、そう大したことはないのだが。
キリスト教徒だった河村とし子氏が、仏教の過去現在未来という三世の教えを聞き、人間はどうして平等でないのかがわかったという話をしてたので、ええっと思ったものです。

そして、超能力や神秘体験に関心のある人。
これも田島氏。
「初めて会った時の麻原さんは神通力があって、煩悩をすべて理解していると思っていたんです。何か全部、心の中を読まれている気がして……」

シャクティーパットといって、麻原がマントラを唱えながら信者の額に親指を当てるということをしていて、シャクティーパット1回が何万円とかだそうで、そんな馬鹿なと思ったものだが、三国氏によるとそれだけの価値があるらしい。
「一度目はクンダリニーが、上がってきたのを感じた。二度目の時は、頭がい骨の継ぎ目がバキバキいう音をたてた。セックスの絶頂で得る快感より数十倍もの会館だった。体が溶けていき、このまま死んでもいいという感覚だった」

教えのとおり修行して、クンダリニー覚醒や幽体離脱をしたり、「虚弱だった体はみるみる健康を取り戻した」というのだから、麻原を信じるようになるのは当然のことだったと思う。
「この修行をすればこういう体験が起きるという、明確な教義がオウムには確立されていた」

そして、生きにくさを感じている人に、どうすればいいのか明確に説く。
「こんな世の中ではいけないという人はたくさんいた。でも、こうすれば変えることができると強く言い切ったのは麻原しかいなかったんです」
女性信者はこう言っている。
「私たちは自分には自信が持てないから、人のためにいいことをしなくては存在してはいけないと思い込んでいた。でも、『これが完全なるいいことだ』と自分では判断はできず、そう断言してくれる絶対他者が必要だった。それが尊師だったんです」
こうして信者は自分で考えることをしなり、麻原の言いなりになった。

ロバート・I・サイモン『邪悪な夢』によると、オウム真理教は特別なのではない。
「自己を捨てて集団のために生きる。これがカルトのモットーだ」

「メンバーたちには、現世の物欲や快適さを捨てる代償として、救済と癒しが約束される。メンバーの多くは進んですべてを投げだし、無一文の状態になる。(略)カルトの理想に心を捧げるうちに、個人的な苦労など無視すべきささいなものだと信じるようになる」

オウム真理教の中は「幸せな空間」だった。
「オウムにいれば親や社会から守ってもらえると自覚していた」
女性信者は強制捜査から数ヵ月後、コンビニに行く。
「コンビニの棚に並んでいるのは、雑誌、ポルノ、食べ物ばかり。何でこんな汚い世界に帰らないといけないんだろうと、涙がこぼれました」

それと、信者は地獄に落ちるかもしれないという恐怖を持っていて、だからこそ麻原の言うことには従わざるを得なかった。
「性欲にほんろうされたり、ぼーっとしていると動物に転生する。でも修行すれば、動物界や餓鬼界には転生しないんじゃないか」
「グルへの裏切り行為を働いた者は、地獄に落ちるという教え」
「下向(脱会)したものは救済されない。来世は地獄へ落ちる」

ところが、医師の林郁夫は自白剤を投与し半覚醒状態の信徒に教義を定着させたり、麻酔薬と電気ショックを組み合わせて記憶を消去している。
そして、さらには潜在意識に「教団から離れると地獄に落ちる」というイメージを植え付けることまでしている。
「知らないうちに、地獄の恐怖というデータが潜在意識にインプットされ、恐怖心から教団を抜けることができない者もいた」
今時、地獄に落ちることを恐れるなんて、と思っていたが、こういうことだったのか。

教祖のまわりがイエスマンばかりだと、教祖自身も堕落する。
ロバート・I・サイモン
「カルト指導者が、正常さを保つ外界の影響から孤立したとき、自己確認の比較対象となるのはメンバーだけだ。その精神機能はますます歪んでゆく」
これも麻原に当てはまる。

それにしても、麻原は信者から「最終解脱ってどういう状態なんですか?」と質問されて答えられず、傍らにいた石井久子に「なあ、ケイマ。俺は最終解脱したよな」と同意を求めたという。
また、麻原の教えは雨宮第二氏や中沢新一氏がタネ本だそうだ。
この程度の人物にどうして多くの人がついていったのか、やはり不思議だが、たぶん実際に接した人を離さない魅力があったのだと思う。

岡本かの子写真を見ると美人とは言えないが、夫一平と夫公認の崇拝者2人との共同生活をしていた。
岡本一平は妻かの子のためにひたすら尽くし、かの子が死んだ時には、これほど悲しむ人は見たことがないとまで言われたそうだ。
崇拝者の一人は、かの子の死後は余生だと言っている。
岡本かの子には写真では伺えない何かがあったんだと思う。
「尊師さえいれば、怖いものなどなかった」
という田島氏の言葉は麻原の魅力を語っている。

ロバート・I・サイモンによると、カルトに入っても多くの人は悪影響を受けないらしい。
「カルトのメンバーの約90%が、入信後一年以内に脱退している」
「多くのメンバーが、信仰を捨てるように説き伏せられることなく、自発的にカルトを去っている―その後も、目立った精神的影響は出ていないようだ」
「カルトをやめた人の大半は、大きな変化も来さず、一時の気の迷いと受けとめ元の生活にもどっている」

しかし、オウム真理教は薬物を使って洗脳していたのだから、気の迷いではすまないと思うのだが。

警察は地下鉄サリン事件が起こる前、かなり早い時期からオウム真理教を調べていたし、信者や元信者を尾行したり取り調べをしていた。
どうして地下鉄サリン事件を防ぐことができなかったのか疑問を感じる。
瀬口氏は
「オウムにかかわった若者たちが何を考え、何を経験したのか、それを丹念に検証する作業を怠ってはいけない」
と言うように、信者だけの問題ではないと思う。

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薬をやめて治った

2009年03月15日 | 日記

毎日新聞の「記者の目」というコラムに長倉正知記者の「降圧剤が要らなくなった」という記事があった。
記者の目:降圧剤が要らなくなった=長倉正知
「これなら薬は要りませんね」。昨年末、うれしい主治医の言葉だった。血圧を下げる降圧剤を勝手にやめて2年半。のみ始めたらやめられないと言われている薬を、ついにやめられたのだ。
(以下略)

長倉氏は血圧が高い(150/110mmHg)ので血圧を下げる降圧剤をのんでいたのだが、運動と食生活の改善によって血圧はだいたい135/85前後になったそうだ。
高血圧の薬は死ぬまで飲まないといけないと思っていたので、いささか驚いた。

私は高血圧ではないが、高眼圧症ということで20年以上も眼圧を下げる目薬を使っていた。
最初は軽い目薬だったのがきついものとなり、1種類が2種類になりと、だんだん悪くなっていった。
ところが、2年前から目薬はやめている。
自分で勝手にやめたのではない。
突然、目が開けられないほど痛くなり、医者に行くと、角膜に傷があると言われた。
そして、眼圧を下げる目薬はしばらく使わないようにと言われた。
目薬を使わなかったら眼圧が高くなって失明するのではとびびったのだが、眼圧は変わらなかった。

眼圧の正常値は10から21mmHgである。
目薬を使っている時の眼圧は15~20ぐらいで、やめても18~20ぐらいと、ずっと高め。
先日計ったら15と16だった。

医者の話だと、高眼圧症は一生治らないそうで、低くなることはないらしいのに、どうして目薬を使わなくてもよくなったのだろうか。
ネットで調べると、あるブログにこういうことが書いてあった。
「標準的には0.5mm.とされていた角膜が、実は薄い人もいれば厚い人もいる、となったわけである。つまり薄いゴム製の水ヨーヨーもあれば、タイヤのような分厚い水ヨーヨーも存在することが判ってきた。となると、『角膜』が凹む圧力で測定していた眼圧も、その厚みによって測定値に大きな差が生ずることになる。薄いゴム製の水ヨーヨーは指で押せばすぐに凹むが、タイヤのような水ヨーヨーを凹ませようとしたら大変な力が要るのと同じ。なので、測定された眼圧の数値を、『角膜の厚さ』に応じて修正しなくてはいけない」
この方は角膜が厚いので眼圧が高いとされていたそうだ。
しかし、私の場合は角膜が厚くて眼圧が高いわけではない。
じゃあ、どうしてなのかという疑問はあるわけで、医者に尋ねても笑い顔でごまかされてしまう。

高血圧に話は戻って、長倉氏によると高血圧の基準はどんどん低くなっているそうで、以前は140/90だった正常値が130/85である。
「正常値を下げ、高血圧「患者」を増やしているような厚生労働省や関連学会」
と長倉氏は書くが、インフルエンザの予防接種にしても医者と製薬会社のためにあるようなものだ。
インフルエンザの予防接種をしてもインフルエンザにかかるし、予防接種をしていたらかかっても症状が軽くなるというのは嘘だそうだ。

「本当の高血圧症の方は、危険ですからまねしないでください」
と長倉氏は書いているし、私も「眼圧を下げる目薬を使うな」と言うつもりはない。
でも、知り合いが精神的に問題を抱え、医者で精神病の薬をもらって飲んでいたのだが、薬を飲んでもよくならず、医者にかかるのをやめたらよくなった、と言っていた。
純粋に薬の効力によって病気が治るのは5%で、あとは偽薬効果か、自然に治ったか、治った気になっただけか、という。
結局のところ、どういう病気なのか、どういう処置をすればいいのか、診断をする医者の腕を信用するかどうかなのだが。
うーん。

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大高未貴『アフリカに緑の革命を!』

2009年03月12日 | 

笹川アフリカ協会(SAA)というNGOが笹川グローバル2000プログラム(SG2000)というプロジェクトによってアフリカで農業指導をし、食糧生産を向上させているということを『アフリカに緑の革命を!』を読んで初めて知った。
笹川良一氏というといい印象はないが、こういうこともしていたのかと驚く。

「飢えた者に一匹の魚を与えるよりも、魚を釣る方法を教えるほうがずっと効果的で価値があるのではないか。飢えに苦しむ国の人々が、いつまでも他国の援助を求めず、自力で増産に取り組めるようになることが肝心だ」
というのが笹川良一氏の国際援助の理念だそうだ。
無料で種や肥料など、あるいはお金を援助するのではなく、種、肥料、機械をローンを組んで買ってもらい、世界各地から来たカントリーディレクター(指導員)が農業指導をする。
そうして自立を促すわけである。

大高未貴氏はエチオピア、ウガンダ、モザンビーク、マラウイ、マリでSAAの活動を取材する。
マラウイのカントリーディレクターはこういう話をしている。
「〝援助貴族〟という言葉がありますが、国連などの莫大な援助収入の大半が、政府高官たちのポケットに収まってしまうのです。
たとえば、こんな話があります。ずいぶん前のことですが、マラウィの大統領に産油国のスポンサーが『このお金で学校を建ててください』と10億ドル寄付したそうですが、いまだに学校は建たず、そのお金は大統領の愛人へのプレゼントに消えてしまったと噂されています。
これはナイジェリアの話ですが、年間外貨収入120億ドルのうち100億ドルは政府高官のポケットに入って消えてしまうといわれています。そこで、援助する側が『現金じゃだめだから、直接農民のためになるような肥料や種を援助しよう』と現物援助にしたら、今度は現物が消えて闇市で高く売られていたそうです」
「政府高官たちにとって、飢餓農民の存在は先進国の援助を引き出すための道具なのです。ですからアフリカでは、何十年経っても飢餓のニュースが絶えないのです」

そういう状況だから、SG2000も簡単に受け入れられているわけではない。
「援助慣れした農民は〝種や肥料〟は外国のNGOが無料でくれるものという思い込みがあります、SG2000はあくまでも農民の経済的自立を促すために無料配布はしません。貸し付けをして収穫があったときに返済することを義務づけているので、SG2000に入るのをためらう農民も多いのです」

また、ナイジェリアは治安が悪くて、このカントリーディレクターがナイジェリアに滞在していた5年ほどは、海外に出なかったし、妻は危なくて一人で外出はできないなかったそうだ。

それでもSAAが活動しているところでは、主要穀物収量が2.55~5.61倍になったという。
あるいは、エチオピアでは脱穀機を借金して買い、それによってかなりの所得を得た人がいる。
アフリカでは故障したらおしまいだが、SAAが関わっている職業訓練所で作られたものだから、すぐ修理してもらえる。

笹川アフリカ協会のことを初めて知った私としては、本当にそれだけの結果を生み出しているのがと、正直なところ邪推してしまった。
『おいしいコーヒーの真実』というドキュメンタリー映画を見ると、そう簡単にはいかないなと思わざるを得ない。

『おいしいコーヒーの真実』は、エチオピアの74000人以上のコーヒー農家を束ねるオロミア州コーヒー農協連合会の代表、タデッセ・メスケラが農民の生活を向上させようと奔走する姿を描いたドキュメンタリー映画である。
コーヒーは世界で最も日常的な飲物で、全世界での1日あたりの消費量は約20億杯にもなる。
大手企業がコーヒー市場を支配し、石油に次ぐ取引規模を誇る国際商品にしている。
コーヒー豆生産農家が手にするのは、コーヒー一杯分(330円)で3円から9円(1~9%)だという。
その原因は、国際コーヒー協定の破綻による価格の大幅な落ち込み、貿易の不公正なシステム。
農民たちは教育を受けることも、食べることもままならず、多くの農家が困窮し、農園を手放さなくてはならない。
エチオピアでは毎年700万人が緊急食糧援助を受けており、緊急支援に依存せざるを得ないという状況にある。
というわけで、アフリカへの援助は大海の水を汲み出そうとするようなものなのかと思った次第です。

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ロバート・ゲスト『アフリカ苦悩する大陸』

2009年03月09日 | 

ジンバブエ:ムガベ大統領「白人農地の強制収用を推進」
2月21日に85歳を迎えたアフリカ南部ジンバブエのムガベ大統領の誕生日を祝う集会が同28日、北西部チノイであった。欧米各国がジンバブエ制裁の根拠とする、白人農場主からの農地の強制収用について、ムガベ氏は「引き続き推進する」と宣言。与野党連立政権発足後、旧野党のツァンギライ新首相らが国際社会に対する再建支援要請に奔走する中、努力に水を差す形となった。
 地元関係者によると、この日の誕生会には年齢に合わせて85キロのケーキが用意されるなど、約25万米ドル(約2400万円)が費やされた。コレラ禍や食糧難で国民の窮状が深まる中、誕生会を盛大に祝う大統領の姿勢に批判も出ている。
(毎日新聞3月1日
さすがにちょっとなあと思うニュースです。
これじゃジンバブエに支援したいと思う人はいないだろう。
サイクロンで被害を受けたビルマ軍事政権の対応もひどかったけど。

ロバート・ゲスト『アフリカ苦悩する大陸』は『エコノミスト』の元アフリカ担当編集長でありロバート・ゲストが7年間にわたり取材して書いた本。
「アフリカが貧しいのは、政府に問題があるからだ」
とゲストは書いているが、ジンバブエはまさにその典型である。
ジンバブエでは、レイプや殺人まである選挙妨害、物価を強引に下げるだけの経済政策、取り巻きによるビジネスの独占、白人農家の土地没収と仲間への二束三文の譲渡なんてことが行われている。
そのジンバブエも介入したコンゴ民主共和国の内戦は、ダイヤモンド、銅などの資源の争奪もからんで出口が見えない。
こうした問題はジンバブエやコンゴだけではない。

「あまりに多くの政府が国民を食い物にしている。政府は正しく統治するためでは、権力を行使する人間が私腹を肥やすためだけに存在しているように見える。官僚たちは仕事の見返りに袖の下を要求する。警察官は正直な市民から金品を奪い、犯罪者たちは野放しだ。多くの場合、国で一番の大金持ちは大統領だ。彼らは大統領に就任してから、地位にものを言わせて富を溜め込んできたのだ」

「富を手にする最も確実な道が「権力」だとなれば、人々は権力を求めて殺し合う。アフリカはしばしば内戦に悩まされ、おかげで開発もままならない」

「人々は強欲かつ無能な政府のもとで暮らし、その支配から抜け出すのは容易でない。政府はあの手この手で国民を貧困に押しとどめている―汚職、不適切な経済政策、そしてときには国民を恐怖に陥れている」

戦争と貧困の間には深い関係がある。
1999年にはアフリカの5人に1人が内線や隣国との戦争に揺れる国に住んでいた。
死傷者の90%が民間人で、1900万人が家を捨てて避難を余儀なくされていた。
アフリカには2000万発の地雷が埋もれていると推定されている。
内戦を引き起こす主要な危険要素は貧困と経済停滞である。
1人当たりの所得が倍増すると、内戦の危険性は半減する。
経済成長率が1%上昇するごとに紛争のリスクも1%下がる。

「多くの場合、貧困と低成長は政府が無能で腐敗していることの証拠であり、国民が反乱を起こす原因にもなる」
貧困が戦争を生むだけでなく、戦争も貧困を悪化させる。
内戦は平均所得を毎年2.2%押し下げる。
食事も4割減り、医療費は4倍に跳ね上がる。
「分かりやすく言えば、兵士たちに牛を奪われたら、農民は市場で売る商品がなくなるのだ」

エイズにかかったジンバブエの娼婦は「どうせいつか死ぬんだから」と言っている。
「貧困はある意味であきらめを生む。貧しければ生きていくのが困難で、いつ死に直面するかわからない」
「毎日がその日暮らしで、チャンスがあれば束の間の楽しみに浸る」

アフリカでは2002年までに約1700万人がエイズで死亡し、2900万人がHIVに感染している。
エイズで両親を亡くしたアフリカの孤児は推定1100万人。
夫がエイズにかかると、妻が食用作物の栽培にかけられる時間は60%減る。
エイズ患者を抱えた家庭は教育費が半減する。

どの国に、どのような援助すべきか、難しい問題である。
ゲストは現在の援助の仕方では意味がないと言う。
「援助と経済成長の間に、明確な相関関係があることを示す研究事例はほとんどない。ふんだんに援助を受け取る国と、ほとんどもらえない国とで、平均すればたいした違いは見られないのだ」
「援助によって、ダメな政府をしゃんとさせることができるだろうか? 多分できないだろう」

「政府は本当に重要なものは何かを見極めなくてはならない」
「初等教育、一次医療、まともに通れる道路、水道水、それにきちんと機能する司法制度などだ。こうした最低限のニーズこそ最優先されるべきなのに、軽視されていることが多いのだ」

それでも、少しずつではあるがアフリカも変わりつつあるそうだ。
選挙による政権交代が行われている国が増えている。
それはアフリカ諸国でも新聞やラジオが情報を伝えているからだ。
そして、1988年以降、WHOの援助によって20億人以上の子供たちがポリオの予防接種をうけた。
2001年に報告されたポリオの症例は537件で、実数もその倍は超えていないと推定されている。
天然痘のようにポリオも根絶されるかもしれない。
アフリカの優等生ボツワナの事例が紹介されているし、南アフリカのマンデラ元大統領についても述べられている。
すぐれた指導者がいることが大切だなとあらためて思う。
日本では漢字の読めない総理大臣、酔っぱらってばかりいる財務相がいても、世の中はちゃんと動いているわけで、考えてみればこれは大したことだなと思う。
皮肉ではなくて。

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フィンランドの教育

2009年03月06日 | 日記

某氏に「市民生活」Vol.37をもらう。
松坂知恒広島市議会議員の「フィンランド、ヘルシンキ市の教育行政」という文章が載っている。
フィンランドは学力が世界一だというので、フィンランドの教育がもてはやされている。
教育はフィンランドに学べということなのか、松坂氏たちはフィンランドに視察旅行をする。
そして、ヘルシンキ市教育局のペンティラ氏から説明を受ける。

フィンランドでは教育費は公立、私立ともに無料で、義務教育では教材費、給食費も無料。
高校では教材費が自己負担。
総合大学や専門学校でも授業料は無料。
子どもを退学させることはないし、塾も存在しない。

第二次世界大戦敗戦後、貧困家庭の子どもは学校に通えないほどで、教育水準は最低だった。
大戦後、女性は強制的に社会参加を促され、その結果、30代、40代の女性はほとんどが大卒か高等専門学校卒である。
一方、大学を卒業する男性は45%と、男女の学歴格差が問題となっているそうだ。
高校に進学しない子どもが6%いて、これも問題。

先生が家庭で教えるようなマナーを教えている。
学校には生徒を預かる義務があるからだという。
フィンランドでは両親が働いているので、家庭教育も学校が担わざるを得ないのだろうと、松坂氏は言う。

ペンティラ氏への質問に対する答えをいくつか。
「義務年限の第九学年をこえて、第十学年に進む生徒が毎年600人から700人いる。多くは男子である。フィンランドの教育の問題点はこの男子生徒のおちこぼれである」

「大学生の70%は女性であり、これも問題である。なぜなら第一子出産が30歳を越える」

「(大学の)入学試験はなかなか難関で、みな二浪も三浪もしている。入学が22才で、修士課程は6年かかる。へたをすると、卒業して就職するのが30才を越えてしまう。これも問題である。なぜならば、年金取得には40年間の勤務が必要であるからだ。定年退職までに40年間勤められるか問題である」

「大学卒に高い価値観を抱いているので、高校をドロップアウトしてしまうとダメージが大きい。これも男子学生に多いのである」

「日本とフィンランドの共通の課題として、自殺率が高いことがあげられる。高卒の若い男性が特に自殺する。20才から25才までの男性の死因のトップは自殺である。これは教育政策に問題があるからだ。女性は20才から25才で進学している。それに女性は結婚相手に低学歴の男性を選ばない。シングルマザーも多いが、女性は男性を必要としないのである」

「自殺の要因のひとつに両親が共働きであることがあげられる。3才になると育児手当が支給されなくなるため両親とも職場に向かう。そのためフィンランドの子は3才になると厳しくしつけられ、自分のことは自分でやれと言われる。甘えを許さない。小さな子供に社会の要求が強すぎるのである」

「自立を強いられた末、自立できない男の子が自殺する」

というわけで、フィンランドだって問題がないわけではないということです。

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人権と釈尊

2009年03月03日 | 仏教

犯罪者の人権よりも被害者のことを考えろ、という意見をネットではよく見かける。
加害者か被害者かという二者択一の問題ではないのだが。
犯罪を犯した人も社会に戻ってくるわけで、二度と犯罪を犯さないようにするにはどうしたらいいのかを考えるべきだ。
その意味からも加害者の人権も大切にしなければならない。

「フリーダムニュース」No.79に、倉田めば氏のこんな文章が載っている。
「それにしても、大麻所持や栽培で逮捕され、実名報道をされ、大学を退学処分となった学生たちのその後のサポートはどうなっているのだろう。断罪するだけしてあとは知らんというのでは、犯した罪の重さと下された罰のバランス感覚に、落差がありすぎはしまいか?」
大学生が大麻を吸ったので逮捕されたというニュース、たしかに騒ぎすぎで、捕まった大学生がこれからどうしたらいいのかを考えてなどいないと思う。

薬物依存症者の回復施設であるダルクの人の話を聞いた。
この人は覚醒剤依存だったのだが、薬物がとまったのは出会いが大きいと言われた。
「今まではクスリをやっとる人しか出会ってなくて、やめてるヤク中に会ったことがない。ヤク中とか売人しか知らない。それが、ダルクに入寮してやめとるヤク中に会うのは初めての経験でした。それで衝撃を受けて、俺にもできるんでないかなと。社会復帰して仕事をしている人、結婚して子供が生まれて幸せな家庭を築いている人が目の前にいるわけです。もしかしたら僕もこうなれるのかなという気になる。そういう人が一人、二人ではなくて、日本中に、世界にも大勢いるわけですよね」

アルコール依存症の自助グループAAや薬物依存症の自助グループNAには、先行く仲間とかスポンサーという言葉がある。
先行く仲間とは、アルコールや薬物がとまっている、私の一歩前を歩いている人のことである。
一人で酒やクスリをとめるのは難しいから、支えてくれる人、相談できる人、手助けをしてくれる人が必要である。
それがスポンサーである。
スポンサーとは上下関係にあるわけではないし、スポンサーの力でとまるわけではない。
疑問や悩みがあった場合、同じ経験をしていれば、「こうしたらいいんじゃないですか」とか「それはやめといたほうがいいんじゃないか」と言える。
信頼のおける先行く仲間がスポンサーで、水先案内人みたいなものなんだそうだ。
スポンサーに生き方のおかしさを提案され、どうするかは本人の問題であり、スポンサーの言うことに絶対に従わないといけないということはない。

話はどっと飛ぶのだが、釈尊在世時の教団では釈尊は弟子たちにとっての先行く仲間であり、スポンサーだったのではないかと思う。
釈尊はなぜ王子の地位を捨て、妻や子どもを捨てて出家したかというと、四門出遊という伝説がある。
王子の時、城の東西南北の四つの門から外に出て、それぞれの門の外で、老人・病人・死者に出会い、いやになって出家を決意した。
この話は実際にあったことではないが、釈尊はみんなを救おう、世のため人のため、ということが出家の動機ではない、年をとることや死ぬのがイヤだから出家したんだ、釈尊は我々と同じ凡夫だ、と語り伝えられてきたわけである。

阿難が「私たちが善き友をもち、善き仲間と一緒にいるということは、仏道修行の半分を成就したようなものだと、私は考えるのですが」と聞いたら、釈尊は「阿難よ、それは違う。私たちが善き友をもち、善き仲間と一緒にいるということは、仏道修行のすべてなのだよ」と答えている。
仏教教団は善い友の集まりだったわけで、釈尊と弟子に上下関係があったのではない。
植木雅俊『仏教のなかの男女観』によると、釈尊は自分のことを「善き友人」と言っている。
「善き友人」とは「あやまちを指摘し、忠告してくれる賢明な人」という意味である。
弟子は釈尊のことを「ゴータマ」とか「君」と呼んでいたそうだ。
そして釈尊は弟子たちに丁寧語を使って話しかけていた。
釈尊の弟子になるとき、釈尊が「こちらにいらっしゃい、○○よ」と名前を呼びかける。
そして、釈尊の教え、法に帰依すれば、それで仏弟子として受け入れられた。
インドは身分制度の厳しいところで、相手の身分に応じて言葉を使い分ける。
釈尊が使った「こちらにいらっしゃい」という言葉はバラモンに向かって使う言葉だから、最も丁寧な言葉なのである。
道路清掃人のスニータという女性、そしてアングリマーラという人殺しに対しても、釈尊は「我が弟子よ。こちらにおいで下さい」と呼びかけている。

悟った人がいれば、まだ悟っていない人もいる。
先に歩いている人がいれば、あとから歩いている人もいる。
そういう違いはあるが、みんな同じ道を歩いている仲間。
弟子として釈尊を尊敬し、大切にするけれども、教えの下ではみんな平等であり、師と弟子はともに同じ道を歩いている、というのが釈尊の教団だったのだろう。
同じ人間として一人ひとりを尊重し、大切にする、それが善き仲間ということであり、人権にもつながってくると思う。

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