三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

ジョシュア・オッペンハイマー『ルック・オブ・サイレンス』(2)

2015年09月24日 | 映画

ジョシュア・オッペンハイマー監督は、どうやって加害者たちに自分たちがやった虐殺を赤の他人にぺらぺら話せるような関係を作り上げたのかと、『ルック・オブ・サイレンス』を見ていて思いました。
罪の意識がもともとないから、誰にでも自慢話として話しているのか。

犠牲者の血を飲んだから狂わなかった、飲まなかった者はおかしくなったと、2人が同じことを言います。
1人は最初にインタビューを撮影したイノン・シアで、ポスターの男です。

敬虔なイスラム教徒らしく、「人を殺してはいけない、しかしイスラム教にも“敵は殺していい”とある」と言います。
「共産主義者」は神を信じない、だから敵なわけです。

   イノン・シア

もう1人はサムシルで、娘がインタビューに同席しています。
彼らは、血を飲めば狂わないぞと、誰かに教えてもらったのでしょう。

「過去は過去だ。忘れて仲良くしよう」と言う人、「あまり過去を蒸し返すとまた同じことが起きるぞ」と脅す加害者もいます。
良心がとがめなかったわけではないのかもしれません。

それで思ったのが、阿難と釈尊との問答です。

阿難「知って犯す罪と、知らずに犯す罪とどちらが恐ろしいのでしょうか」
釈尊「知らずに犯す罪のほうが重い」
阿難「どうしてでしょうか」
釈尊「焼け火箸を焼け火箸だと知って握る人と、焼け火箸だと知らないで握る人と、どちらが重い火傷をすると思うか」
阿難「焼け火箸と知らないで握った人の方がよりひどい火傷をします」
釈尊「その通り。人は自分のしていることが罪悪だと知らないために、いつもその罪を重ねることになるから、一層罪が重く恐ろしいものになる」

この問答はどの経典にあるのかと思い、ネットで調べたら、高森顕徹『こんなことが知りたい(2)』には『ミリンダ王所問経』に出ているとあるそうです。

『ミリンダ王所問経』とは『ミリンダ王の問い』のことでしょうけど、釈尊と阿難の問答があるとは知りませんでした。

『ミリンダ王の問い』にあるミリンダ王とナーガセーナとのやりとりです。

「尊者ナーガセーナよ、知っていながら悪い行ないをする者と、知らないで悪い行ないをする者とでは、どちらが禍いが大きいですか?」
「大王よ、知らないで悪い行ないをする者のほうが、禍いは大きいです」(略)
「大王よ、あなたはどうお考えになりますか? 灼熱し、燃焼し、炎熱し、炎上した鉄丸と、一人が知らないでつかみ、一人が知っていてつかむならば、いずれがひどくやけどをするでしょうか?」
「尊者よ、知らないでつかむ人のほうが、ひどくやけどをします」
「大王よ、それと同様に、知らないで悪い行ないをする人のほうが、禍いは大きいです」

知って犯した罪なら、罪だということを知っているので、いつか罪を悔いることがあるが、知らないで罪を犯したなら、自分が何をしたか知らないままだ、ということだと思います。
『ルック・オブ・サイレンス』に出てくる、「共産主義者」を惨殺した人たちは、悪いことだとは知らないでいるのか、それともわかっているけれども認めたくないのか、どちらでしょうか。

これに関連して、自民党の熊田裕通議員(50歳)です。

ある時、産休補助でみえた若い女性教師が生意気だということになって、いつかギャフンと言わせようと仲間とチャンスをうかがっていたんです。放課後、先生がトイレ掃除の点検にやってきました。好機到来です。中に入ったところで外からドアを押さえて閉じ込めたんです。そして、天窓を開け、用意していた爆竹を次々に投げ込んだんですよ。はじめは「開けなさい」と命令していた先生も、そのうち「開けてください」とお願い調になり、最後は涙声で「開けて~」と絶叫調に変わってきた。「やった~」と快感でしたね。

こんなことを自分のサイトに平気で書く神経は何なのかと思います。
女性教師がどれだけ傷ついたか、まったく考えていない。
こんな自慢話を得々とするということは、今でも自分のした罪を自覚しないままなわけですから、『ルック・オブ・サイレンス』の加害者より罪が重いことになります。
正義の旗をふりかざして悪を懲らしめるという、こういう無自覚な悪は、自分が何をしたのか省みることがないから、一番たちが悪いように思います。

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ジョシュア・オッペンハイマー『ルック・オブ・サイレンス』(1)

2015年09月21日 | 映画

ジョシュア・オッペンハイマー『ルック・オブ・サイレンス』は衝撃的でした。
1965年にインドネシアで起きた大虐殺の被害者遺族が被害者にインタビューするドキュメンタリーです。
この事件についての説明をまとめます。

9月30日、インドネシアでスカルノ大統領の親衛隊の一部が、陸軍トップの6人将軍を誘拐・殺害し、革命評議会を設立したというクーデター未遂事件が起きた。
当時、インドネシア共産党は350万人もの党員と、傘下に多くの大衆団体をかかえる政治勢力だったが、それを快く思っていなかった陸軍は、この事件を口実に共産党員の粛清に乗り出した。
後にインドネシア大統領になったスハルトらは、背後で事件を操っていたのは共産党だとし、西側諸国の支援も得て、1965~66年にインドネシア各地で100万~200万人を「共産党関係者」として虐殺した。
それに対して、日本や西側諸国は何ら批判の声を上げることなく口をつぐんだ。
共産党は合法政党だったので、国軍は前面に出ず、イスラーム勢力やならず者など反共の民間勢力を扇動し、彼らに武器を渡して殺害させた。
1973年、この一連の虐殺の中で共産主義者の命を奪ったものに対しては、法的制裁が課されないことが検事総長によって正式に決定された。

ナチスは500万~600万人を、カンボジアでは4年たらずの間に約180万人、ルワンダでは100日間に約100万人が虐殺されました。
中南米の親米独裁政権でもアメリカで訓練された軍隊や警察が万単位で国民を殺しています。

それらと比べても、インドネシアでの100万人以上という数字は半端じゃないです。
私はインドネシアでこんなことがあったとは知らなかったので、前作の『アクト・オブ・キリング』は虚構の事件をドキュメンタリーっぽく描くモキュメンタリーかと思ったほどです。

西側諸国の支援ということですが、1667年のアメリカのテレビニュースで、インドネシアの「共産主義者」が収容所に入れられて粛清されたこと、グッドイヤー社の工場では収容所の囚人が働いている、餓死するものもいると、ナレーターがさも正義が行われたことのように語る場面が『ルック・オブ・サイレンス』にありました。
ナチの収容所でユダヤ人が餓死したり、スターリンが粛清することは非難しても、親米政権が「共産主義者」に何をしようとOKということです。

『ルック・オブ・サイレンス』は、2003年にジョシュア・オッペンハイマー監督が撮影した、加害者たちへのインタビュー映像を見たアディ・ルクンさん(44歳)、加害者たちに事件の話を聞くという内容です。

兄のラムリが殺されて3年後に生まれたアディさんは8人兄弟の末子で、眼鏡技師として働き、妻と2人の子と暮らしています。
ジョシュア・オッペンハイマー監督はアディさんを2003年から知っており、2012年に『アクト・オブ・キリング』の編集が終わったころ、ジョシュア・オッペンハイマー監督に再会したアディさんは、兄を殺した加害者たちに会いに行きたいと提案します。
アディさんが兄を殺した人たちを訪れてインタビューするのが2012年、『アクト・オブ・キリング』が公開される前です。

なぜ衝撃的なのかというと、彼らがカメラの前で嬉々として誇らしげに語るからです。
しかも、どのように殺したのか、首を切る、ペニスを切る、腹をかっさばくというふうに。
イノン・シアとアミール・ハサンはカメラの前で、楽しそうに実演しながら具体的に説明します。

32人の「共産主義者」を殺したと自慢そうに話をするアミール・ハサンは、そのことを本にした、自分で絵も描いた、子孫にこのことを伝えたいから、と説明します。
国のためにしたことだからです。

  本を手にしているアミール・ハサン

小学校でも教師が、「共産主義者」は将軍たちを拷問し、ほおを切り、眼玉をくりぬいた、そういう残忍なことをしたと、子供たちに教えます。
なんだか育鵬社の歴史教科書みたいですが、そういうふうに子供たちに教えるぐらいですから、加害者が罪の意識を持たないのがわかります。
加害者たちは恵まれた生活を送っているのに、被害者の遺族は今も差別や脅しを受けています。

オッペンハイマー監督アディさんへのインタビューによると、撮影は危険だったそうです。

アディ 加害者やその関係者に会って撮影するときはいつも、2、3台の車を用意して別の場所に停め、何かあったら逃げられるようにしていました。


監督 イノン以外の加害者や加害者家族とアディが対峙するシーンを撮影するときは、アディの家族をいつでも逃げられるように空港に待機させ、いつでもチケットを買えるようスタッフが発券カウンターの最前列で待っていました。インドネシア人のスタッフは危険が及ぶ可能性があったので外れてもらい、デンマーク人のスタッフだけで撮影しました。私はアメリカ国籍ですがデンマークに住んでいますから。また、拘束された場合に備え、デンマークとアメリカ両国の大使館から助けがくるような態勢をとりました。万が一拘束されても身元が明かされないよう、アディは撮影に身分証を持参しないようにしました。私の携帯電話から大使館とデンマークのオフィスの番号以外を削除し、逃走車も用意しました。そのぐらい注意していました。


アディさんがアミール・ハサンに会いに行ったとき、アミール・ハサンは死んでいたので、妻と息子2人にインタビューをし、アミール・ハサンが本を片手に得々と説明する映像を見せます。

アディ 撮影中に彼女の息子たちが騒ぎだしました。そのうちのひとりが携帯電話でどこかに連絡したので、警察か仲間を呼んだものと判断し、車に飛び乗って逃げました。そしてすぐに、もう1台の車に連絡して私の子供を避難させました。

クレジットでは、名前のところにアノニマス(無名)となっている人が多く、ドライバーは全員アノニマスです。
報復を怖れたからです。
アディさんや両親は、加害者たちと同じ村に暮らしているとのことなので、迫害を受けないのかと心配になりました。

アディ もちろん危険です。映画の完成と同時に家族全員を連れて、どこかは言えませんが、某所に移住しました。

といっても、インドネシア国内に住んでいるんでしょうから、当局から目をつけられているのではないかと気になります。

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青草民人「友の死」

2015年09月16日 | 青草民人のコラム

高校の同級生が危篤だと友だちからメールが届いた。一昨年ほど前から胃がんで闘病をしていた。半年ほど前に集まった同窓会のメンバーで寄せ書きをし、メールを送って励ましてきた。抗がん剤の治療に専念すると覚悟して彼はそれを続けてきた。

突然の危篤の報に接し、取り急ぎ何人かに連絡を取り、会いに行くことにした。
あまりにも急なことであり心の整理はつかない、会って何と声をかけたらいいのか、そもそも死を目前にした彼にまともに目が向けられるのか。不安は皆同じだった。

その日は仕事を早く切り上げさせてもらい、友人3人で彼の自宅に向かった。彼は既に病院から自宅に帰っていた。


彼は母親との二人暮らし。多忙な仕事に追われ、結婚の機会も逸してしまった。自分の家族をもつこともなく、父を失った後は、献身的に母親の暮らしを支えてきた。

彼の誠実さは職場でも重宝されたであろう。いつも朝早くから、夜遅くまで仕事に没頭していたという。時には部下や同僚の分の仕事も進んで買って出ていたという。そんな日は、遅くまで仕事し、深夜まで飲んでタクシーで帰るような日々もあったらしい。

無理が病魔を呼び、胃がんになったが、仕事を理由に健康診断を先延ばしにしたことが、手遅れにつながった。発見が早かったら、打つ手はあったらしい。若いだけにその先延ばしをした分、進行し、気がついたときには手が付けられない状態だったという。


呼び鈴を押すとお母さんが出てきた。普通なら気が動転して、友だちを迎え入れるような気にならないはずなのだが、普段から高校時代の思い出を母親に語っていたらしく、お母さんも快く迎えてくれた。


ベッドで横たわる彼の姿は、全くの別人だった。痩せた黄疸で黄色くなった顔つきにはすでにあの当時の面影はなかった。意識ももうほとんどなく、モルヒネで痛みを癒やしてはいたが、時折、薬の作用で痒くなるのか、血が出るほど首の辺りをかきむしっていた。


声をかけるが、反応はない。時折、薄く目を開けるようなことがあったので、反応しているのかと思って、思わず「がんばれ」と言ってしまった。これ以上、何を彼にがんばれというのか。自分でも混乱していた。


お母さんの話では、あと二日だという。最近では医者の計算で死の時期もわかるという。何とも言いようのない思いを抱いて彼の家を後にした。二日後、友人の携帯のメールが届いた。内容は読まなくてもわかった。


前日の夜来の雷雨が嘘のような晴天の日だった。志半ばで逝ってしまった友。彼の死をどう受け止めて生きるか大きな課題を与えられた。

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映画の題名と原題

2015年09月11日 | 映画

サロンシネマの「EndMark」には、上映する映画の原題と日本語訳が載っていて、なかなかおもしろい。
9月号に載っている洋画の題名をいくつかご紹介。

原題をカタカナにしただけのものがあり、これは芸がない。
『KINGSMAN』→『キングスマン』
『God Help The Girl神さま、彼女を助けて』→『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』
『Love&Mercy』→『ラブ&マーシー』
『CHILD44』→『チャイルド44』
これは曲名や原作小説の日本語題名がこうなっているんだから仕方ないですが。

訳をそのまま題名にしたもの。
『共犯者』→『共犯』

原題にちょっとだけ手を加えたもの。

『牙』→『Mr.タスク』
「タスク」とはどういう意味か知らない人がほとんどだと思います。(私も)
『ジェマ・ボヴァリー』→『ボヴァリー夫人とパン屋』
『71』→『ベスファスト71』

原題をちょっと変えたもの。

『How to Steal a Dog犬を盗む方法』→『犬どろぼう完全計画』
原作の日本語題名です。
『THE NEW GIRL FRIEND新しい女ともだち』→『彼は秘密の女ともだち』
どちらも悪くないです。

原題をまるっきり変えたもの。

『Learning to Drive運転を習う』→『しあわせへのまわり道』
『フェニックス(クラブの名前)』→『あの日のように抱きしめて』
あまりにそっけない題名なので変えるのはわかるけど、通俗的。

『実存を省みる枝の上の鳩』→『さよなら人類』
意味不明の原題のほうがおもしろいと思う。

『Winter Sleep冬の眠り』→『雪の轍』

原題のほうがいいのでは。

『WILD TALES夢物語』→『人生スイッチ』

『THE PRICE OF FAME名声の代償』→『チャップリンからの贈り物』
どっちがいいか微妙。

『地の塩』→『セバスチャン・サルガド』

この原題は深読みができる。
『不可抗力』→『フレンチアルプスで起きたこと』
ああ、そうか、と思いました。
何が不可抗力なのか、ということがありますが。

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「祖父母殺害、少年が拘置所で告白 公園暮らし、壮絶な生い立ち」

2015年09月04日 | 厳罰化
祖父母への強盗殺人、懲役15年の1審判決支持(読売新聞 9月4日)
埼玉県川口市のアパートで昨年3月、祖父母を殺害して現金を奪ったとして強盗殺人罪などに問われた当時17歳の少年(19)の控訴審で、東京高裁(秋葉康弘裁判長)は4日、懲役15年とした1審の裁判員裁判の判決を支持し、被告側の控訴を棄却する判決を言い渡した。


毎日新聞の「記者の目:埼玉・少年の祖父母刺殺事件」(2015年9月3日)を読み、ネットを見てたら、少年に拘置所でインタビューした「祖父母殺害、少年が拘置所で告白 公園暮らし、壮絶な生い立ち」というニュースがあり、むむむと思っていたので、高裁の判決には悲しくなります。
記事とニュースをまとめてみました。

2014年3月、埼玉県で祖父母を殺害し金品を奪ったとして強盗殺人罪などに問われた孫の少年(当時17歳)に、さいたま地裁は懲役15年(求刑無期懲役)を言い渡した。

少年は自治体や学校が存在を把握できない「居所不明児」として育った。
小学4年のときに別居していた両親が離婚、母親は知人男性から金銭的な支援を受けるかたわら、ホストクラブ通いを続け、1カ月帰宅しないこともあった。

5年生になると、母親はホストだという男性と再婚、3人で静岡県内へ。
学校に通ったのは2カ月間で、その後、住民票を静岡に残したまま埼玉県内などを転々とし、自治体も居場所を把握できなくなった。
両親は定職に就かず、金があるときはラブホテルに泊まり、なくなると公園で野宿。

14歳のとき、少年は役所に生活保護を求め、一家は簡易宿泊所に落ちつき、児童相談所が支援して、少年はフリースクールにも通い始めた。
しかし、2か月後、母親が「鳥籠の生活は嫌だ」と宿泊所を引き払った。
役所や児童相談所は少年の居所をつかめなくなり、支援も届かなくなる。
ささいなことで義父に殴られ、前歯が4本折れたこともあったという。

永山則夫のことや、反貧困ネットワークの会報に戸籍のない男性(30代)の話が載っていたことを思い出しました。
戸籍のない男性は、父親(パチンコで生活)と一緒に車であちこち移動していたそうです。

こうした子供たちはすごく多い。
戸籍がないから福祉などのサービスは受けられないし、学校に行っていないから仕事を見つけるのも難しい。

さいたま地裁の裁判員裁判の1審判決は、少年が実母から「殺してでも借りてこい」と祖父母への借金を指示されていたことを認めつつ、「借金を確実にするための言葉に過ぎない」として少年に懲役15年(求刑・無期懲役)を言い渡した。

少年が実母と義父からネグレクト(育児放棄)や身体的虐待などを長期間受けていたことを考えると、無期懲役を求刑するなんてあまりにも酷で、検察は何を考えているのかと思います。
弁護人は少年院送致を主張しているそうですが、少年の更生、再犯防止を考えると、そっちのほうがましだと思います。

少年は、学校での勉強だけでなく、ろくな教育を受けていないわけですから、どういうふうに育て直すか、そこを裁判では考えるべきだと思います。
刑務所に15年も入ったら出所するときには30すぎ。
刑務所から放り出して、後は自己責任で、ということなら、あまりにも無責任です。

被告人質問の他の場面では「大人は信じられない」と語った少年だが、誰かが助けてくれるかもしれないという期待を捨てきれずにいたように感じ、胸が痛んだ。
少年が言葉にできないままに発し続けたSOSに社会や公的機関が気づき、救えた機会はなかったのだろうか。取材を通じ、「大人、そしてこの社会は子どもたちにとって信じるに足る存在なのか」と、問いかけられているような気がしている。

母親は強盗罪などで懲役4年6月、服役中。
母親の責任は大きいわけですが、でも、この母親だけを責めていいものかとも思います。
母親にしてもどういうふうに育ったのか、虐待されていたり障害があったりするのかもしれないと思うようになりました。

『棠陰比事』(宋の時代に書かれた裁判記録集)にこういう文章があります。

思うに、裁きをなす者はあくまでもその無実を疑うべきである。罪人が無実を訴えなくても、急いで判決をくだしてはならない。

裁判官や裁判員に読んでもらい、事件の背景をよく考えるようにしてほしいです。

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