三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

新国立競技場と戦争に使うお金

2015年07月29日 | 戦争

新国立競技場の建設費が2500億円もかかることの批判の声が高まり、計画が白紙に戻されました。
私はオリンピックの開催自体に反対で、安倍首相が「汚染水の影響は完全にブロックされている」とか「コントロールできており、東京には何の影響も与えない。問題ない」という嘘をついてまで東京に招致すべきではなかったと考えています。

ネットを見ますと、この2500億円という金額、公共工事としてはそれほど大した金額ではないそうです
新東名高速道路の静岡県御殿場~三ヶ日JCTまでの区間の工費は、2520億円では18キロ。
北陸新幹線の長野~金沢間、2520億円で作れるのは32.3キロ分だそうです。
森喜朗組織委員長の「国がたった2500億円も出せなかったのかね」という発言はもっともです。

松本宣崇(環瀬戸内海会議事務局長)「瀬戸内にも戦争に使う土砂は一粒もない!!」に、辺野古埋め立て用土砂の予定量は約2100万、そのうち岩ズリ(採石)の使用量が1644とあります。
岩ズリとは「廃土」とも呼ばれ、採石するために剝いだ土砂や石のことで、通常は採石が終われば山に埋め戻していた二束三文の土砂だという、「沖縄タイムス」(2015年4月23日」の記事がコピーされています。
鹿児島、熊本、長崎、福岡、山口、香川の採石場から1600万以上が購入され、2100万の土砂採取費用は1300億円とされている。
「沖縄タイムス」の記事はこの二束三文の土砂に群がる動きを取り上げたものです。
新国立競技場建設費が無駄遣いだと騒ぐなら、こちらも問題にしてほしいです。

そもそも戦争の準備には金がかかります。
小西誠・きさらぎやよい『ネコでもわかる? 有事法制』(2002年刊)には、海上自衛隊の輸送・補給艦艇はすべて含めても8隻1万6000トン。
航空自衛隊でもC-1輸送機(定員60人)27機とC-130輸送機(定員92人)16機、輸送ヘリ60機。
これらすべてを合わせても、自衛隊が使う有事の軍需物資の数十分の一も輸送できないとあります。
これは2002年の話で、現在はどうなのかというと、海上自衛隊のHPを見ますと、8900トンの輸送艦が3隻、1万3500トンの補給艦が2隻、8100トンの補給艦が3隻、その他があります。
10年ちょっとでずいぶん増えたものです。
どれくらいのお金がかかったのでしょうか。

こんな記事が毎日新聞に載っていました。

貧困家庭の子への学習支援
◇優れた事業も国補助必須
生活保護受給者の子どもが大人になった時に自身も受給者になる“貧困の連鎖”を断とうと、埼玉県は生活保護家庭の中高生の学習を無料で支援する教室を開いている。2010年度以降1000人以上の中学生が教室を卒業し、13年度以降500人近い高校生が参加してきた。教室は高校進学率を向上させ、高校中退率を抑えるなど実績を上げているが、今年度から国の全額補助が半減し、支援体制の縮小を迫られている。貧困家庭の子どもを救うためにも全額補助に戻すべきだ。
 ◇「不適応」の裏に家庭の経済力
 同県は、生活保護受給者の自立や貧困の連鎖防止のための国の補助金を利用し、10年度からまず中学生を対象に教室を始め、一人一人に支援員がつき、家庭訪問や基礎的な学習の支援に乗り出した。13年度からは、対象を高校生にまで拡大した。14年度は中高合わせ24(独自に同種事業を行うさいたま市を除く)の教室が開かれ、総事業費は4億3000万円余りだった。(略)(毎日新聞7月9日)

日本の将来を担う子供たちのためなのに、たった4億円が出せないのかと思いました。
森喜朗氏にとって4億円なんてはした金でしょうから、なんとかしてもらいたいものです。

「長周新聞」にこうあります。

10代、20代の若者にとって将来を考えたとき、非正規雇用ばかりで将来展望が開けない社会になってきた。(略)
アメリカでは貧乏人の子弟を軍がリクルートしていくが、自衛隊も似たようなもので給料をたくさんやるから戦争に行けとなる。第二次大戦でも農家の次男、三男が軍隊に多く駆り出されたが、失業と貧困、戦争はセットだ。国内を貧乏にした結果、海外に覇権を求めて侵略していく。

今は農家の次男、三男を戦争に駆り出すのは難しいですから、生活保護世帯などの貧困家庭が狙い目で、だからこそ予算を削ったのかと邪推しました。

大貫恵美子『ねじ曲げられた桜 美意識と軍国主義』にこんなことが書いてあります。
梅澤一亖海軍少尉は母親に対し、特攻に志願することが親孝行の途なのだと説明した。

その説明が暗に意味しているのは、特攻隊員に支払われる恩給が、家族を経済的に支えるであろうということである。(略)政府が、職務の危険度に応じて報酬を高くし、特攻戦死には二階級特進を与えることによって、若者たちを招き寄せようとしたためである。

梅澤の弟は、最後の出撃の数日前に帰宅した兄が、彼のような若者を殺す海軍を罵るのを聞いている。
二階級特進という政策は遺族への補償金の増額を意味した。
こうした補償金の増額は、両親への孝行を天皇への忠義へと置き換えるのに重要な役割を果たした。

天皇のために命を捧げることが、そのまま両親への経済援助を可能にしたためである。

札束の力で死地に赴かそうとする政府のやり方は今も昔も変わらないようです。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

小西誠・きさらぎやよい『ネコでもわかる? 有事法制』

2015年07月24日 | 戦争

某氏に『ネコでもわかる? 有事法制』という本があると教えてもらいました。
2002年の出版です。
有事法制とは何か、全く記憶になく、調べると、2003年に武力攻撃事態対処関連3法が、2004年に有事関連7法が成立しています。
ですから、『ネコでもわかる? 有事法制』が出版された時は、まだ案だったわけです。

1999年に成立した周辺事態法により、日本はアメリカ軍の全面的な後方支援を定めた。
武力攻撃と武力攻撃事態の定義
武力攻撃とは、我が国に対する外部からの武力攻撃をいう。
武力攻撃事態とは
①武力攻撃が発生した事態
②武力攻撃の発生のおそれがある事態
③武力攻撃の発生が予測される事態

「予測される事態」とはどういう事態なのか、2002年5月、衆院有事法特別委員会の議論。
岡田克也議員「武力攻撃が予測される事態とは」
中谷元防衛庁長官「防衛出動が予測される事態と同じ」
岡田克也議員「防衛出動が予測される事態とは」
中谷元防衛庁長官「武力攻撃の発生が予測される事態で、防衛出動を決断する前の段階だ」
言葉を換えて同じことを繰り返しているだけの中谷元防衛庁長官は現在の防衛大臣です。

武力攻撃事態と周辺事態との関係について、2002年4月、中谷元防衛庁長官は「周辺事態は我が国にとって武力攻撃の事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態だ。当然、周辺事態のケースはこの一つではないかと思う」と答弁している。
小西誠氏は「朝鮮半島有事、台湾海峡有事という事態に対して、従来、日本は米軍の後方支援に徹していたのだが、これからは、これは「武力攻撃が予測される時代」、すなわち「武力攻撃事態」として認定するということだ」と書いています。
武力攻撃事態での自衛隊の戦闘作戦行動は、アメリカ軍との共同作戦として並列して規定されており、「武力攻撃事態の対抗措置」は、自衛隊とアメリカ軍の共同作戦以外の想定は考えられていない。

後方支援のことを自衛隊では兵站といっている。
周辺事態法では、アメリカ軍への兵站を自衛隊が主に担うことになっている。
後方支援は前線と変わりない。
陸上自衛隊の戦略・戦術の基本書といわれる『野外令第2部解説』(陸上幕僚監部編集)という教範(教科書)には、「今や戦場に前後なく、すべてが第一線と考えるべきであり……兵站も単なる支援任務の遂行を第一義とした自衛戦闘の域にとどまっていては苛烈な現代戦の様相に適合することは困難」とある。

「長周新聞」2015年7月号に、こんな安倍批判発言が書かれてます。

「後方支援」についても大インチキで、戦争に前も後もない。食料だけでなく弾薬なども補給しようとしている。(略)まずは兵站を狙うのが常識で、第二次世界大戦でもアメリカはそれをやった。日本軍が上陸した南方戦線でも食料や弾薬が届かず、現地調達が命令されていた。(略)米軍の潜水艦が待ち構えていて、みな魚雷を撃って輸送船を沈めていった。

昔から戦場に前も後もないわけですから、後方支援が安全とは言えません。

有事法制では、戦死者の処置について法律を制定しており、戦死を現実のものとして予測しています。
有事法制関連三法案の中に、防衛出動を命じられた自衛隊員が死亡した場合、「墓地、埋葬等に関する法律」の適用除外とするという項目がある。
『野外令第2部』には、自衛隊が作戦行動時に部隊で独自に火葬場を作り、仮埋葬することが書かれている。
戦闘中に戦死者が出た場合、墓地での埋葬や火葬場での火葬などやっている暇はないし、自治体の許可を取る暇もない。

有事法制には「捕虜の取扱い」の規定もあり、捕虜を獲得するような戦争を予定しており、そのための「捕虜収集所」を開設しようとしている。

有事法制で準備する段階に至ったことは、日本が「戦争国家」へ移りつつあることを国際的に宣言するものにほかならない。

となると、靖国神社国家護持も安倍首相たちは憲法改正と合わせて日程に入れているのではないでしょうか。

有事法制下では、国民の自由も権利も全面的に否定されます。
自衛隊法では医療、土木建築工事、輸送に従事する者に業務従事を命ずるとされているが、これらの業種以外にも政令によって従事命令を受ける対象を広げることができ、これは強制である。

政府見解では、「思想・良心・信仰の自由」について、「内心の自由という場面にとどまる限り絶対的な保障である」が、「外部的行為がなされた場合には、それらの行為もそれ自体としては自由であるものの、公共の福祉による制約を受けることはあり得る」とする。
「沖縄の新聞をつぶせ」発言から思ったのですが、ベトナム戦争当時、アメリカでは反戦運動が盛んでしたが、有事法制、安保法制では政治批判などの言論の自由は認められなくなるのか心配になります。

有事法制とは戦時立法であり、これは戦前の国家総動員法と根本的には同じものと考えるべき。


有事法制に反対、もしくは慎重審議を求める自治体議会での決議は、2002年7月初めまでに463自治体だったそうです。
それなのに私は有事法制をすっかり忘れていました。
安保法制にも慣れてしまい、戦死者を英霊として祀ることに抵抗感をなくしていくのでしょうか。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ジェイソン・ムーア『ピッチ・パーフェクト』

2015年07月17日 | 映画

音楽映画は映画自体がつまらなくても、歌やダンスを見ていればそれなりに楽しめます。
『ピッチ・パーフェクト』もその一つ。
全米大学アカペラ選手権の優勝を目指す女子アカペラ部が、意見の対立でバラバラになりながら、愛と友情で団結し、というよくあるパターン。
冒頭からゲロを吐き、解説者は下ネタ連発で、アメリカ人はこういうお下品なのがほんと好きなんだと思いました(ウンコはなかったです)。



大学の新入生だとしたら18歳か19歳ぐらいのはずだし、上級生にしてもせいぜい23歳でしょう。

それにしては、女優さんはみんなオバサン顔なので、生年月日を調べました。
アナ・ケンドリック(主役)1985年8月9日
スカイラー・アスティン(主役の恋人)1987年9月23日
レベル・ウィルソン(太っちょ女)1986年2月3日
アンナ・キャンプ(ゲロ吐き女)1982年9月27日
ブリタニー・スノウ(ポリープ女)1986年3月9日
アレクシス・ナップ(セックス大好き女)1989年7月31日
『ピッチ・パーフェクト』は2012年の作品だから、ほとんどが公開時に20代後半、アンナ・キャンプ(ゲロを吐いた人)なんて30歳です。

気になったのが東洋人に対する扱い。
寮で主人公と同室の韓国人は、挨拶しても不機嫌そうに黙ったままで、韓国人としかつき合わない。
女子アカペラ部の東洋人(この人も韓国系らしい)は、最初に「私には魚のエラがある」と小声で自己紹介するわ、みんなが自分の秘密を告白したときでも「双子の妹を食べた」と白ける発言。
東洋人は不気味だ、何を考えているかわからないということでしょうか。
でも、メンバーの中ではショット数は多く、ゲロの海にひっくり返るなど目立っており、10人の部員の中で5番目くらいの扱い。

もっとも、ユダヤ人、デブ、レズも笑いのタネにしてて、東洋人だけバカにしているわけではありません。

アメリカ映画は障害者も笑いものにしているのが珍しくなく、ファレリー兄弟『メリーに首ったけ』なんかは障害者からの抗議がありそうなものですが、ウィキペディアによると障害者からの支持は高いそうです。
差別的な笑いに対する抵抗感がないのでしょうか。
考えてみれば落語も障害者や少数者を笑いものにしています。

ロバート・A・ハインライン『異星の客』に笑いについて書かれています。

火星人に育てられた主人公が動物園に行き、小猿にピーナッツを投げると、その猿が食べないうちに大きなオス猿がピーナッツを奪い、一撃を加えた。
小猿は自分をいじめたやつを追おうともせず、もっと小さな猿にひどい一撃を加える。
主人公ははそれを見て笑いが止まらなくなった。
「なぜ人間が笑うのか、見きわめたんだ。人間はつらいから笑う……つらさをとめる、それがただひとつのやりかただからだよ」と主人公は言います。
どういうことかわかりにくいのですが、「みんなは道化師がつまずいてころんだときに笑った」「どうやら尻もちをつくのが、あらゆるユーモアの最高らしい」という言葉があり、笑いの本質は人の不幸、失敗、苦しみを笑うところにあるということらしいです。
人の失敗や欠点をタネにして笑いをとることがありますが、私もハゲと老け顔でずいぶんからかわれ、ずいぶんイヤな思いをしました。

布施勇如「アメリカにおける死刑の現状」に、アメリカ連邦最高裁の「残虐とは何か」の定義についてこういう説明がされています。

残虐で異常な刑罰を禁じた憲法修正8条の意味とは、「成熟していく社会の進歩を示す、進化的規準から引き出されなければならない」とある。
布施勇如氏によると、節度といった進化的規準から、何が残虐か、残虐とはどんなものかということを考えなければならない。
時代によって節度が変わる。
布施勇如氏が子供のころは上半身裸でいるおじさんがいたが、今はほとんど見かけなくなった。
あるいは、室内でタバコを吸うことも許されなくなった。
以前は許されていたことが、今の時代では許されない、これが進歩的規準の意味するところだと思われる。
死刑の執行方法も銃、絞首、電気椅子、ガスから、より人道的な方法にということで薬物注射で行われるようになったが、現在は薬物注射による執行も残虐だとみなされている。

そういえば、トマス・モアは『ユートピア』の中で、泥棒したら絞首刑だが、殺すより労働させたほうが社会のためになる、という主張をしています。

昔は当たり前のことだったが、今は認められないことは死刑の他にもたくさんあって、少数民族差別や障害者差別もその一つでしょう。
そうはいっても、シテが盲人の『弱法師』という能をNHKは放映しないと聞きましたが、それはどうかと思うし、落語から差別語が消えるのは寂しい気がするし、その一方でステテコ姿で近所を散歩することはしなくなったのに、ズボンをずらしてパンツを見せることが進歩とは思えませんが。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

少年死刑囚の写真

2015年07月13日 | 死刑

10年以上も前のことになりますが、犯罪被害者遺族として死刑廃止を訴え続けているレニー・クッシングさんと、アメリカの少年死刑囚の写真を撮影し続けている写真家トシ・カザマさんの講演を聞きに行ったことがあります。
きわめて重たい話でした。

それまで死刑についての本を何冊か読んでいて、予備知識はあったつもりでしたが、しかし実際に話を聞くと、何とも言えぬ重い気持ちになりました。

レニー・クッシングさんの父親は自宅に押し入った強盗に殺害されました。
被害者の救済と同時に死刑の廃止も求める「和解のための殺人被害者遺族の会」の代表をされています。

アメリカには18歳以下の死刑囚がいます。
トシ・カザマさんは彼らと会い、対話し、そして撮影します。
死刑囚のみならず、死刑囚の家族、被害者の遺族、そして刑務所や死刑を執行する部屋などをも写しています。
死刑囚といくら親しくなっても、いつか死刑が執行されて死ななくてはいけません。

中には、犯行現場にいただけなのに死刑になったり、明らかに無罪の少年もいます。
実際に犯罪を犯した人には、人を殺すまでに到る闇があります。
そうした話をいくら聞いても、カザマさんにはどうすることもできない。

カザマさんは重たいものを背負うだけです。
カザマさんが写した写真を見ながら、そうした話を聞く私たちも、そのいくらかを背負うことになる。
聞くということはしんどい行為です。

それから何年かして、レニー・クッシングさんをはじめとする「和解のための殺人被害者遺族の会」の方たちの講演会を聞く機会がありました。
英語で話して、日本語に通訳という講演ですから、靴の上から足をかくような感じです。

質疑応答で、死刑に反対ということとキリスト教の信仰と関係があるかという質問をしました。
「無宗教だ」と答えたのがローゼンバーグ夫妻の息子さんでした。
「自分はキリスト教を信じているが、それと死刑廃止とは関係ない」と答えた方もおられました。
加害者に対する憎しみや怨み、復讐心はないのか、あるとしたら、なぜ死刑に反対しているのかといったことを聞きたかったです。
もしも私が英語がぺらぺらで、みなさん方と一杯飲みながら話をする機会があり、そういった話ができたらと思いました。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

布施勇如「アメリカにおける死刑の現状」

2015年07月08日 | 厳罰化

「FORUM90」VOL.142に、布施勇如「アメリカにおける死刑の現状」という講演録が載っていました。

アメリカでは死刑判決も死刑執行も減っている。
2014年に死刑を執行したのは7つの州だけ。
一審は郡(カウンティ)の裁判所でさばかれるが、死刑が存置されている州の郡全体の2%でしか死刑判決が言い渡されていない。
死刑判決も死刑執行も減っている原因の一つは、殺人率の減少である。

ここで思ったのが、日本の殺人件数、殺人率は1950年代が多くて(戦前の殺人率はもっと高い)、1966年の犯罪による死亡者数は3661人、殺人認知件数は2198人ですが、2013年の犯罪による死亡者数819人、殺人認知件数939人と3分の1程度にすぎないのに、なぜか死刑判決はどんどん増えていることです。

死刑判決は、
日弁連のHPには、1991年から1997年までの7年間と、2001年から2007年までとを比較すると、第一審で約3倍、控訴審で約4.5倍、上告審で約2.3倍になっているとあります。

殺人に限らず、犯罪が減っているのに、死刑判決が増えている理由は何なのでしょうか。
新聞を見てたら、こんな記事がありました。
少年法適用、18歳未満8割賛成
 毎日新聞が4、5両日に実施した全国世論調査で、選挙権年齢を「18歳以上」に引き下げる改正公職選挙法成立を踏まえ、少年法の適用年齢を「20歳未満」から「18歳未満」にすることへの賛否を聞いたところ、「賛成」との回答が80%に上り、「反対」は11%だった。(略)
今年2月に川崎市中1男子殺害事件で17〜18歳の少年3人が逮捕されるなど少年が関わった凶悪事件が相次いだうえ、6月には1997年に神戸市で起きた連続児童殺傷事件の加害男性が匿名で手記を出版して波紋を広げており、こうしたことが今回の結果に影響したとみられる。毎日新聞7月6日

自民党の稲田朋美政調会長は2月27日、「少年事件が非常に凶悪化しており、犯罪を予防する観点から、少年法が今の在り方でいいのか課題になる」と述べたそうです。
少年事件は減少傾向にあるし、殺人など凶悪犯罪も大幅に減っていることを、弁護士の稲田朋美氏は知らないとしたら勉強不足です。

どうして多くの人は厳罰を求めるのか。
その理由の一つとして知らないということがあると思います。

ある講演会で講師が「殺人が増えている。平気で人を殺す」とか、「親が子を殺し、子が親を殺す。昔はそんなことはなかった。今の日本はおかしい」といった話をしたら、みなさん、そうそうとうなずいていました。
いつ自分や家族が犯罪に巻き込まれるかもしれないという恐怖。
だからこそ、厳罰を求めるのでしょう。

もっとも、刑罰を厳しくすることによる犯罪予防効果は実証されていません。
稲田朋美氏のように治安の悪化を憂える人はこのことを知らないのかもしれません。
厳罰化を求めることは、自民党の文化芸術懇話会での言論統制発言にも通じるように思います。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ダルデンヌ兄弟『サンドラの週末』

2015年07月03日 | 映画

ダルデンヌ兄弟『サンドラの週末』はいい映画だと思いましたが、見終わって、ちょっとおかしいと思うところがいくつかありました。

太陽光パネルの会社に勤めるサンドラはウツ病で休職していたが、職場に戻ろうとする。
ところが社長は、サンドラをクビにする代わりにボーナスをもらうか、サンドラを復職させてボーナスをあきらめるか、16人の同僚に投票で選ばせる。

そういう話ですが、そんな酷なことを社員に決めさせる会社があるのかとまず思います。

そのボーナスがいくらかというと、1000ユーロ。

サンドラは食料品店でペットボトルの水を買いますが、これが80セント。

1ユーロ140円とすると、約112円です。
ある同僚は、大学生の娘の下宿代が600ユーロ(だったと思う)かかると話しています。
日本の物価から考えて、1ユーロが140円は妥当なところでしょう。
となると、ボーナスは14万円。
父子で勤めている人も、新入りも1000ユーロで、ここもおかしい。

サンドラは夫や子供と一戸建てに住んでいるし(ローンがあるにしても)、同僚たちもそれなりの生活をしている中流層のようです。

日本の月給が30万円前後だとすると、1000ユーロのボーナスは月給の半分以下です。
ヨーロッパのボーナスはそんなものなのでしょうか。

驚くことに、新入りの臨時雇用(アフリカからの移民?)は月給が150ユーロ(2万2千円)だと言ってました。

いくらなんでも月に2万円ちょっとの給料なんてあり得ないです(字幕の間違いでしょうか)。

それに、サンドラは病気が完治したと言ってますが、薬を何錠も飲むサンドラはとても治ったようには見えません。


サンドラの会社があるのはベルギーかフランスかわかりませんが、ネットで調べると、フランスの若年失業率は2015年で24.8%から23.7%。

ベルギーでは2014年の若年失業率は22.5%、2015年は19.9%。
スペインはもっとすごくて、2012年の若年失業率は60%、現在が49.3%と、大学は出たけれどという状態です。
非正規雇用の割合も多く、フランスでの2011年の若者の非正規雇用の割合は53.5%。

サンドラは同僚の家を訪ねて、職場復帰に賛成してもらうよう説得します。

それは『舞踏会の手帳』のように、訪れた人の生活状況を明らかにすることになります。
労働者の環境が非常に厳しい状況を描くことがダルデンヌ兄弟のねらいかもしれません。

そうはいっても、細部のつじつまが合わないのはちょっとなあ、というのが感想でした。

 

右の人が月給150ユーロ

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加