三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』4

2011年10月29日 | 厳罰化

『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』の冒頭には、出版した目的が書かれている。
第一は、安部医師が無罪であることの理由を知ってもらいたい。
第二は、「悲惨な結果をもたらした災害が発生した場合、十分な根拠もないのに、誰かを責任者として仕立て上げたがる無責任なマスメディアとそれに押されて起訴までする無定見な検察の姿勢を強く批判し、無実なのに刑事被告人とされるという甚だしい人権侵害が二度と繰り返されることのないように、声を大にして訴えることにあります」

証拠も根拠もないのに、処罰感情を煽るマスメディア。
マスメディアに煽られた世論。
世論に迎合して誰かに無理に責任を負わせようとする検察。
これは毎度お馴染みのパターンである。

菅直人氏は血友病患者らに対して、国の責任を認めて謝罪した。
この謝罪によって菅直人氏の評価はぐっと上がったのだが、『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』によると、「人気取り」にすぎない。
「この謝罪のためにエイズ問題の本質は、悲劇から事件へと捻じ曲げられました。櫻井氏は繰り返して産官学の癒着の事件として報道しました。人気取りだけの政治家とことの本質を理解せずワンパターンでしか考えられないジャーナリストが国民を誤解に導いたため、日本はエイズ問題から科学や医療の本質を学ぶ良い機会を失ったのです」

「薬害エイズ」事件は政治を巻き込んだ。
「厚生大臣が菅直人氏に交代するや、科学的な判断を振り捨てて、いわば「犯人探し」とでもいえるような政治的な動き」が始まった。
「血友病患者に対してエイズのウイルスに汚染された血液製剤を投与したためにこれだけの被害が出たのだから、責任者がいないはずはない、安部医師は、血友病治療の第一人者であるから、責任を負うのは当然だ」

しかし、輸血によって大勢が肝炎に感染しているが、安部英医師のようにバッシングを受けた人はいない。
「血液製剤における肝炎ウイルス汚染の可能性と危険性は、エイズウイルス汚染の場合に比べて、医師の間では、かなり古くから知られておりました。また、肝炎に罹った方の数は非常に多く、エイズに罹った方の何倍にもなります。しかし、これまでのところ、マスメディアや検察を含めて、誰からも、医師の責任を問う声は全く聞こえてきておりません」
なるほど、考えてみればなぜ安部英医師だけがあれだけ非難され、逮捕、起訴されたのか不思議である。

「安部医師を「極悪人」とする報道は、メディア・バッシングとして、安部医師に対する一方的・制裁的報道として、ほとんど例外を許すことなく、ますます、増大していきました。当時の報道において、安部医師には「人権」「人格」は全くありませんでした。安部医師の言い分をきちんと聞いて、報道しようとする記者がほとんどいなかったことは、大変恐ろしいことです」
「被害者と検察官とマスメディアが一本の線でつながることほど人権にとって危険なことはない」と言われてるそうだ。
安部英医師は地位も名誉を失い、経済的にも大きな支出を余儀なくされた。
また、安部英医師の家族は加害者家族とされたのだから、つらい思いをしただろうと思う。

なぜこのような報道が行われたのか、『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』は三点をあげている。
1 事実を正確に見ようとしない。
「安部医師に関して言えば、「悪人」に決まっている。つまり、安部医師のやってことは、すべて「悪いこと」に決まっている、という先入観、思い込みです」
2 科学的視点、歴史的視点、世界的視点をもって事実を見ることをしない。
3 複雑なものごとを単純に割り切って、わかりやすさだけで理解しようとする。
「誰の責任でもない悲劇が存在することもまた事実です。しかし、わが国のマスメディアには、悲惨な被害者が現実に存在するにもかかわらず、誰の責任も問えないという苦しい現実を受け入れられない弱さがあるのではないでしょうか。だから、悲劇がある以上その犯人が居るはずだ、という感情的な反応に終始し、事態を冷静に判断しようともしないのです。そのようなマスメディアのあり方に便乗して、若しくは迎合して、検察官は、スケープゴートを作り上げ、思考停止による一件落着という結末を選んだとも言えるのです」

今もあまり変わらない状況にあるらしい。
「今回の出版での最大の苦労は、本書の出版を引き受けてくれるところを見つけることであった。無罪判決が下されても、なお、マスメディアの作り出した安部医師悪者イメージは強く残っていた。被害者側からの攻撃のおそれを口にして尻込みをする出版者も少なくなかった。言論の自由の敵は権力者とは限らないということを痛感した」
冤罪事件の映画は『真昼の暗黒』『松川事件』などあり、薬害エイズ事件をもとに映画を作ったら面白いのではと思うが、無理なようです。

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『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』3

2011年10月25日 | 厳罰化

2001年、東京地裁は「薬害エイズ」事件の被告である安部英医師に無罪の判決を言い渡した。
翌日の新聞の見出し。
「どよめく傍聴席 『まさか』天仰ぐ母」(毎日新聞)
「『論理のすり替え』追認 市民感覚から離れた司法」(毎日新聞)
「『医の聖域』踏み込めず」(読売新聞)
「『無罪になるとは』厚労省幹部も複雑」(読売新聞)
「安部被告の責任変わりない」(読売新聞)
「命の代価 だれが……」(朝日新聞)
「『それでも罪の自覚を』30代の息子を亡くした母」(朝日新聞)

それまでマスメディアは、
「安部医師が血友病治療医の中で圧倒的な権力を有していて、他の医師にも、危険な非加熱製剤の投与継続をさせたというように宣伝した」し、「非加熱製剤の投与によるエイズ感染の危険性の認識が持たれるようになったのはずっと後のことであったのに、当時も、非加熱製剤の投与によるエイズ感染の危険性の認識があったのだという決めつけ」報道をしていたと、『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』は書いている。
今までホロカスに叩いていたのが、無罪判決が出たとたんに「冤罪だ」と検察を攻撃することはさすがにできなかったのだろう。

『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』にこうある。
「マスメディアはなぜここまで動揺し、感情的になったのでしょうか。それは、マスメディアが「エイズ問題の諸悪の根源は安部医師である」という間違ったメッセージを送り続け、その結果、血液製剤によるエイズ感染の原因と責任についてきちんと取り組むべき患者のエネルギーを「個人安部医師への憎悪」に置き換えてしまったからでした。諸悪の根源が安部医師であり、日本の検察が安部医師の訴追に全力を尽くしてくれた以上、安部医師への厳しい有罪判決が下されなければ収まらないのは当然のことです。ところが、安部医師に対して完全無罪の判決が下されてしまったのです。患者が「まさか」と思ったのは当然のことでした。
このままでは、市民の輿論が患者へ間違ったメッセージを送り続けたメディアへ攻撃の矛先を向けることが必至でした。そこでそれを逃れるために、メディアは、判決文を冷静に読むという当たり前の手順さえも踏まずに、また「公正」というメディアの基本的立場さえかなぐり捨てて、このような感情的な対応をしたのです」

無罪判決が出たのなら、きちんと検証し、それまでの報道に過ちがあれば、素直に認めなければいけないはずだが、そんなことをマスメディアはしない。
たとえば、検察が不起訴にしたにもかかわらずマスメディアは小沢一郎氏を非難しつづけていることを、カレル・ヴァン・ウォルフレン『誰が小沢一郎を殺すのか?』は問題にする。
マスコミと司法が一体となった魔女狩りである。

「ジャーナリストの中には、ただ目立ちたいということだけからと思いますが、十分な取材をしないで証拠も確かめないまま、検察官ですら主張することを控えた殺人罪を安部医師にかぶせようとして躍起になり、安部医師がどれだけの金を貰って医師の魂を売渡したのか、というような極めて失礼な主張を繰り返している者がおります。そして、このようなやりかたに同調する新聞や週刊誌もありました」
その一人である櫻井よしこ氏の安部医師に対するインタビューは、
「実際のやりとりの重要な部分を省略したり、ないものをつけ足したりしたものであって、インタビューのねつ造と言って過言ではないものでした」
『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』付録のCDには、櫻井よしこ氏の「ねつ造」について詳しく書かれた論文が収録されている。

「メディアがインタビューを行うのは、そこで獲得した映像や言葉の一部分を、報道したいストーリーのパーツとして用いるために過ぎないのですが、被取材者に対しては、このことをごまかすことが少なくありません」
30分インタビューしても、実際にテレビで使うのは15秒ぐらい、おまけに都合よく編集するんですからね。
NHKやTBSについても具体的に批判しているが、省略。

そもそも、血液製剤によるエイズウイルス感染は世界中で同時に起こっているが、血友病の臨床医がこの問題で刑事責任を問われた国は日本以外にないそうだ。
「仮に、メディアがこの事実を報道していれば、安部医師攻撃などできるはずもありませんでした。しかし、わが国のメディアは意図的にこのことを隠蔽しました。弁護人の1人が、S新聞のO記者に、「なぜ、メディアはこのような海外の状況を報道しないのか?」と尋ねたことがありました。O記者はこう答えました。「先生のおっしゃるとおりで、そのことはわかっています。しかし、現在は、そのようなことを書くわけにはいかないのです」と」
現場の記者が、これはおかしいとか、やりすぎだと思っても、デスクが書き換えてしまうというから、あり得る話ではあります。

たしかに、あのころ安部英医師をちょっとでも擁護するような報道をすると、世論から攻撃されることは間違いなかったと思う。
ということは、受け手である我々にも問題があるわけである。
「大衆としては、このような惨劇を作り出した極悪人たる個人が存在して、その個人を攻撃することが解決につながるという筋書きは誠に受け入れやすいものでした。その場合、「白い巨塔」の中心に居座っている権威者のようなタイプがその極悪人にぴったりだったのです」
悪の権化みたいなステレオタイプが好きですから、それにぴったりだったわけです。

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『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』2

2011年10月22日 | 厳罰化

1985年5月~6月 刑事事件となった患者に非加熱製剤の投与。
1991年12月 患者が死亡。
1994年4月 保田弁護士等が安部医師を殺人罪で告発
1996年1月 患者の母が安部医師を殺人罪で告訴
このころからバッシングが始まる。
1996年8月 逮捕
2001年3月 無罪判決

安部英医師は死亡した患者の母親から殺人罪で告訴されたが、検察は業務上過失致死罪で起訴している。
安部英医師は患者に血液製剤を注射したわけではないし、宿直医と研修医が注射をしたことも知らなかった。
では、どうして安部英医師に責任があるのかというと、検察官の主張は以下のとおり。
「1984年9月の時点では、非加熱製剤の使用を続ければ高い確率で患者をエイズに感染させ、その結果エイズを発症させて死亡させることを予見できたから、生命に切迫した危険のない患者には、非加熱製剤でなく、クリオ製剤を投与させるべきであったのに、そうしなかった過失により、患者を死亡させた」
安部英医師は非加熱製剤の危険性は認識できたのに、ついうっかりして、宿直医が非加熱製剤を注射するのを制止しなかったというわけである。
知らないうちにそうなってしまった、意図的ではない、と検察も認めているから過失致死罪で起訴したはずである。

ところが、検察官の描くストーリーは「安部医師は、製薬会社から金を受け取っていたので、製薬会社の利益を図ることを目的として、非加熱製剤を投与すれば患者が死亡する可能性が高いことを具体的に認識していたにもかかわらず、非加熱製剤の投与を続けさせ、患者を死亡させた」ということだった。
そして、検察は
「安部医師は血液製剤の致死の危険性を認識していながら宿直医に投与させた、と故意であるかのように主張した」

安部英医師が非加熱製剤を使用することでエイズに感染しても仕方ないと思っていたら、未必の殺意、死の結果が生じてもやむを得ないという認識があったということになる。
故意だったら殺人罪なのに、過失致死で起訴しているのだから、検察は矛盾した主張をしていることになる。

『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』を読むと、冤罪事件のよくあるパターン、すなわち自白強要・密室での取り調べ・証拠隠しが、「薬害エイズ」事件でもなされている。
検察はアメリカとフランスのウイルス学者(エイズ原因ウイルスの発見者)の嘱託尋問調書を隠していた。
二人とも安部英医師に有利な証言をしたから。

木下忠俊帝京大学教授(1985年5月、6月当時の臨床実務の責任者)は検察側証人である。
判決文「被告人と同様に刑事責任を問われかねない状況の下で、自分に対する責任の追及を緩和するために検察官に迎合し、その誘導に沿って安易に供述したのではないかという疑いも、払拭し得ないところである」
木下忠俊氏は、検察に迎合した証言をしなければ、自分も訴追されるのではという怖れを持ったらしい。
「実際、法廷での彼の証言によれば、木下氏は毎回の証言にあたり、何十時間もかけて、検察官作成のB4判数十枚にも及ぶ証言内容を記載したメモを完全に暗記するまで練習させられ、それに従って、法廷で証言を続けたことが明らかになりました」

参考人の事情聴取も執拗に行われ、検察のストーリーに合うような証言を参考人は求められている。
安部英医師本人に対する取り調べは言うまでもなく厳しいものだった。
8月29日から10月24日まで勾留。
持病の心臓と肺、上下気道障害が増悪し、不整脈、心不全、胃潰瘍、椎間板ヘルニア、間質性肺炎等が再発憎悪して、歩行困難となった。
意識も混濁、不明になりかけた時期もあったが、一日7時間あまりの取調べは、病舎に入っても一日の休みもなく続けられたそうだ。

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『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』1

2011年10月19日 | 厳罰化

安部英医師といえば、「薬害エイズ」事件で悪徳医師として叩かれまくった人。
ミドリ十字から金をもらい、加熱製剤の製造が遅れていたミドリ十字の便宜を図るため、加熱製剤の治験の進行をわざと遅らせた。
おまけに、非加熱製剤を使うとエイズに感染することを承知していたのに、非加熱製剤を使うよう指示し、多くの血友病患者にエイズ感染させた。
1988年2月 毎日新聞は、安部英医師が「加熱製剤の開発が遅れていたミドリ十字のために治験を調整し、日本で加熱製剤の使用開始を遅らせ、多勢の血友病患者をエイズに感染させた」と報じた。
櫻井よしこ氏や小林よしのり氏も「安部医師は金で医師の良心を売った」などと酷評している。
私もそう思っていた。

ところが、武藤春光・弘中惇一郎編『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実 誤った責任追及の構図』を読むと、なんと濡れ衣なんですね。
安部英医師がミドリ十字から金銭を受け取ったという事実はなく、何の根拠も示されていない。
安部英医師が製薬会社から資金の提供を受けていたことは事実だそうだ。
しかし、
「資金の使途はすべて血友病治療の研究のための学会の開催費用等に充てられており、安部医師が自分の懐に入れたことなど一度もありません。それどころか、安部医師は、血友病研究のための財団設立のために、多額の自己資金を拠出したほどであります」
また、ミドリ十字は開発が送れていたというのは噂話にすぎない。

1983年7月 エイズ研究班で、帝京大学病院の血友病患者の症例がエイズの疑いありとして議論された。
安部英医師は「エイズに間違いない」と主張するが、他の委員が否定し、エイズ認定は見送られた。
小林よしのり氏は、安部英医師は日本での最初のエイズ患者は同性愛者にしたかったので、血友病患者の事例を隠したと『ゴーマニズム宣言』で書いているが、これも嘘だったようです。

1985年5月~6月 非加熱製剤の投与(これが裁判に)
1985年7月 加熱製剤の製造承認
加熱製剤が販売されるまでは、日本の血友病専門医のほとんどが非加熱製剤を治療に用いていた。
「当時、血友病専門医において、今日分かっているような「非加熱製剤」の注射による「エイズ感染の危険性」を認識していた血友病専門医は、一人もいませんでした」
当時の世界中の血友病専門医は、血液製剤によるエイズ感染の危険性がわからなかったのである。

1996年、菅直人厚生大臣は「1983年当時、厚生省内に、非加熱製剤が危険だという認識があった」と発表した。
しかし、各国政府や国際機関では、非加熱製剤の投与によってエイズが感染することがわかっても、長期間にわたって非加熱製剤の投与を受けてきた血友病患者は、従来どおり非加熱製剤を使用することが推奨された。
「使用を中止すれば激烈な痛みの持続に加えて出血死の危険もあるが、他方で使用するとエイズウイルス感染の危険がありエイズ罹患しての死亡の危険がある」
さあ、どっちを選びますか、という問題である。

加熱製剤が承認されるまでの期間、今までの治療法を継続するというのが一般的な考えだった。
地裁の判決文にはこうある。
「本件当時、血友病につき非加熱製剤によって高い治療効果を挙げることとエイズの予防に万全を期すことは、容易に両立しがたい関係にあった。すなわち、非加熱製剤を使用すれば高い治療効果は得られるが、それにはエイズの危険が伴うことになり、また同製剤の使用を中止すればエイズの危険は避けられるが、血友病の治療には支障を来すという困難な問題が生じていた」
マスコミと世論は後知恵で安部英医師を裁いていたわけである。

安部英医師がいなければ加熱製剤の承認は遅れていたそうだ。
「日本における加熱製剤の承認は、ひとえに治験に際しての安部医師の力量による」
衝撃の事実でした。

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新聞紙と週刊誌の小沢一郎

2011年10月16日 | 厳罰化

カレル・ヴァン・ウォルフレン『誰が小沢一郎を殺すのか?』を読み、小沢一郎氏の秘書の有罪判決、そして検察が起訴しなかった小沢一郎氏の裁判に疑問を持った。
面白いのが、新聞は小沢批判を続けているが、週刊誌は裁判批判をしているものがあるということ。

ニュースの匠:まさに「仰天判決」だ=鳥越俊太郎
 先月26日、小沢一郎・民主党元代表の元秘書3人に対する政治資金規正法違反の裁判で東京地裁の判決が出ました。3人の供述調書の大半が裁判の過程で証拠採用されず「無罪では?」との予想もありましたが、判決は有罪でした。私は各メディアがどう報じるかに注目しました。新聞、テレビの報道は判決を重く受けとめ、小沢氏に議員辞職を迫る社説もありました。
 私も経験がありますが、メディアはなかなか司法の判断に異を唱えることはできませんでした。こうしたメディアの司法への対応が過去多くの冤罪を許してきた原因の一つなのです。今回もそうしたケースなのでしょうか?
 というのは、今週発売の週刊誌には判決への真っ向批判記事が続出したからです。まず「週刊ポスト」はトップ記事で全面展開。「本誌だけしか書けない大謀略の全詳報」「小沢一郎『抹殺裁判』わが国はいつからこんなに恐ろしい国になったんだ!?」。しかも、登石郁朗裁判長は“判検交流人事”で3年間、法務省刑事局付検事の経験を持つ「検事の身内」であると暴露しています。
 「週刊朝日」も厳しい。「裁判所の暴走」「こんな判決 まかり通るのか?」。「サンデー毎日」もトップの大見出しで「小沢叩きかくも極まる 秘書判決はトンチキ推理小説だ!」。「司法は天の声なのか」「“ミスター推認”登石裁判長は検察の救世主」などと判決の徹底検証を行っています。
 これに対し「週刊現代」は「小沢一郎 かげりゆく権力」と判決に乗っかっていつもの小沢批判。もっとも同じ系列の「日刊ゲンダイ」は「小沢潰し 専門家も仰天 奇怪判決」と批判しています。「週刊文春」「週刊新潮」も注目していましたが、ま、両誌の“体質”からか、司法に正面から挑戦することはありませんでした。私自身は1億円の裏献金が何の証拠もなしに認定されたことに、それこそ“仰天”してしまいました。
毎日新聞10月8日

なるほどと思い、ネットで調べると、毎日新聞の社説は「秘書を監督する政治家としての説明責任を果たすべきだと改めて指摘したい」と小沢一郎氏に厳しいのに対して、「サンデー毎日」には「あるまじき抹殺裁判 小沢シロの核心生証言」と小沢寄り(読んでませんが)。
新聞社発行の週刊誌が社説と違うことを訴えているわけで、この裁判の行方が気になります。

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児童養護施設について

2011年10月12日 | 日記

ブルース・D・ペリー『犬として育てられた少年』の解説で杉山登志郎氏は、虐待先進国アメリカよりも「わが国はもっと深刻」だと書いている。
「子どもが保護されても行く場所がない状況に陥っている」
「さらにわが国における社会的養護が破綻していることはご存じだろうか」

「ロシア、そしてわが日本を例外として、乳児院はいわゆる先進国では既に消失している。健全な人としての成長に、人生早期の乳児院でのケアが大きな弊害をもたらすことは、はるか以前に科学的に証明されているからである。さらにわが国は、社会的養護の大多数が大舎制(沢山の子どもが一緒に大部屋で暮らす)の児童養護施設によって担われている唯一の先進国である。児童養護施設は昭和二四年から変更がない。子ども六人に対して職員一人という極端な人手不足の中で運営されている」

「様々なトラウマを抱えた三歳から一八歳の児童が大集合し、個人への配慮も大人による十全な世話も不可能な状態で暮らしているのだから、「悪いモデル」のみが提供され、健全な育ちの不全はおろか、再虐待が起きないはずがない。実際、児童間の暴力、児童間の性的虐待の連鎖が、今やどの施設にも存在する。しかもこのような危機的な状況が、限られた職種の人間以外にはまったく知られていない」
「お隣の韓国ですら、大舎制児童養護施設は2012年までにすべて廃止になることが決まった」
知らんかった。

某氏にいただいた「BOX―916」に、ある人がこんなことを書いている。
この人は継母との折り合いが悪く、昭和44年の夏、小学校4年から中学を卒業するまでの6年間、養護施設で生活することになった。
「当時、わが国でもっとも規模が大きかった男子児童だけの養護施設に兄弟で収容されました。小学校、中学校も併設されており、まったく学園の外へ出る必要はありません。
広大な敷地は、高い塀と金網で取り囲まれていました。広い農場もあり、まさに自己完結型の施設でした。
その養護施設は、カトリックの男子修道会が経営にあたっていました。
運用は規則がベースとなっていました。
祈りと沈黙。あたかも修道院そのもののような厳格な雰囲気でした。
食堂へは子ども達が二列縦隊で移動。入浴はシャワーで水曜と土曜の15分ずつの二回。外部からの手紙はすべて園長が検閲。
外出は、月1度の面会、または全員での買い物のみ。経験はありませんが、まるで捕虜収容所、または少年刑務所のイメージに近かったかも知れません。
園生の間では、学園から逃げる事を「逃亡」そして外部のことを「世間」と言っていました。
園内では、児童指導員である修道士、神学生(神父のたまご)から、しつけと称した凄まじい暴力の洗礼を受けました。
これが当時、心に深い傷を負って入所してきた、家庭に居場所が無い子ども達に対する処遇の実態でした。
男子修道会のため男色の被害者は小学生に集中しました」

養護施設で育った人
(30代)から聞いた話。
テレビで体罰の特集をしていて、「えっ、これって普通じゃん」と、みんな驚いたという。
その養護施設では当たり前のように体罰が行われていたわけだ。
林眞須美『死刑判決は『シルエット・ロマンス』を聴きながら』にも、児童養護施設に入った林眞須美死刑囚の子どもたちがイジメなどを受けたことが書かれてあった。

579ヵ所の児童養護施設には約3万人の子どもたちが生活している。
09年調査によると、一つの生活棟で20人以上が暮らす施設が6割。
小学生以上の10人が相部屋という施設もあるそうだ。
毎日新聞にこんな記事があった。
厚生労働省は、児童養護施設の現行の「小学生以上の子供6人に対し職員1人」の職員配置基準を、「4人前後に1人」とする目標値を打ち出す。また、現状で9対1となっている施設と里親など養育家庭の生活割合を十数年後に、施設、グループホーム、里親など養育家庭で同比率とする全体目標も掲げる。
(毎日新聞6月29日)

行き場のない子どもたちの世話をしている人の話を聞くと、今の日本の話なのかと驚くことばしばしば。
人手が足りないし、お金はないしで、なんとかならんのかと思う。

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身を削り 人に尽くさん すりこぎの

2011年10月08日 | 青草民人のコラム

青草民人さんのコラムです。

 身を削り 人に尽くさん すりこぎの
  その味知れる 人ぞ尊し

これは、母から聞いた福井県の曹洞宗永平寺にある、大きなすりこぎを詠んだ歌です。

今年の夏休みは、家族で両親のふるさとである福井県に出かけました。何十年かぶりに東尋坊や永平寺を訪れました。今回は、母も連れて、亡き父を偲びつつ、両親の実家の墓参りなども済ませることができました。

福井県といえば、北陸の真宗王国です。親戚のお内仏は、お寺のような立派さ。家の大きさよりもお内仏の大きさを競うほど信心深い土地柄です。
残念ながら時間の都合で、吉崎御坊には行けませんでしたが、福井別院の大きさに驚きました。自らの血の中にも真宗魂が息づいていることを改めて実感しました。

さて、先ほどの短歌に話を戻しましょう。
永平寺はご存知のように、親鸞聖人と同じ鎌倉時代に生きられた道元禅師が開かれた曹洞宗の坐禅道場です。厳しい修行を通して、ひたすら自らと向き合う神聖な場所です。
仏教の教義は異なりますが、道を求めるその姿に清心さを感じました。

そしてさらに、仏教は、私のようなこうした厳しい修行に耐えられない凡夫の身の置き所まで考えられた、すそ野の広い教えであることもありがたく思うとともに、若い雲水の修行が、満行されますようにと願いました。

大きなすりこぎが、厨房の前に下がっています。すりこぎは、自分の身を削り、やがて役目を終わっていきます。毎日ごりごりと、永平寺ゆかりの胡麻豆腐の胡麻などをすりながら。
多くの雲水がその味に、食のありがたさ、尊さを感じ、すりこぎが身を削った分、我が身を支えていることへの感謝の心を味わうのでしょう。

真宗の教えにも、
 如来大悲の恩徳は
  身を粉にして報ずべし
 師主知識の恩徳も
  骨を砕きても謝すべし
とあり、このすりこぎの捨て身の恩徳に報いる覚悟が示されているように思います。

食育の大切さがさけばれている昨今、すりこぎの歌が、山深い越前の古刹の景色とともに、深く胸に刻まれたひとときでした。

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放射能と誤作動と「被害者のイス」の三題噺

2011年10月05日 | 日記

陸前高田市の松で作った薪を京都五山送り火で燃やす計画の中止、風評被害で苦しむ福島県の農家らを支援しようと福岡市で予定されていた「ふくしま応援ショップ」の中止、愛知県日進市の花火大会で福島県川俣町の花火打ち上げの中止、いずれも抗議の電話やメールがあったからだという。
京都では抗議電話が少なくとも40件、福岡は抗議メールが10数件、日進市はメールが20件以上、成田山新勝寺で陸前高田の松の一部を使った「柴灯大護摩供」では、中止を求める電話などが100件以上。

それにしても、「福島からトラックが福岡に来るだけでも放射性物質を拡散する」といったメールや電話をする人はどういう人なのか気になる。
心配性の人もいるだろうが、おそらく文句を言うのが好きな人なのだろうと思う。
行政だったら安心して文句を言えるし。
でも、どうして「福島のトラック」→「放射能」→「危険」→「抗議」という発想になるのか不思議である。

べてるの家では「誤作動」という言葉があり、ひょっとしたらこれかなと思った。
たとえば、昔の嫌なこと、失敗したこと、恥ずかしかったことをふっと思い出し、それで「みんなから嫌われている」とか「誰にも相手にされていない」と思い込み、妄想がどんどこどんと突っ走る。
そうやって自分を責め、「自分はダメ人間」だと思い詰めて(これも自己責任ですね)動きが取れなくなるのとは逆に、爆発系のように他者を攻撃する誤作動もある。
誤作動が内に向かえば自己否定するし、外に向かえばクレーマーとなるんじゃなかろうか。
放射能云々で電話やメールでわざわざ抗議する人も似たようなものじゃないかと考えたわけです。

そういう人は被害者意識が強いのだと思う。
物事がうまくいかないとき、気に入らないことがあると、自分が悪いからと自分の責任にしてたらしんどくなる。
それよりも、自分はいつも人から迫害されているんだと、人のせいにしたほうが楽である。
そうして、被害者である自分が反撃してどうして悪いとなって抗議する。
本人としては、当然のことをしていると思っているんじゃなかろうか。

そういえば、大阪ダルクのK氏の「薬物をやめたいのなら、まずあなたが被害者のイスから立ち上がりなさい。被害者であると思い続け、言い続けているかぎり、薬物をやめることはできません。自分のイスを探しなさい」という言葉を聞いた。
なるほどねえ、と感心しました。
抗議のメールや電話をしたのは「被害者のイス」に座っている人ではないか。

何かうまくいかないことはすべて人のせいにして文句をつけては責め立てる。
そういうことをしていたら誰からも相手にされなくなる。
それでますます被害者意識が強まり、ますますまわりの人を攻撃するという悪循環。
以上、いつものこじつけです。

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「べてるの家の当事者研究について」2

2011年10月01日 | 日記

「べてる楽会in広島」は申し込み先着500人で、そんなに人が来るのだろうかと思ってたら、会場は満員だった。
通常、申し込みをしていても実際に来る人は7~8割だという話だが、ほとんどの人が来たことになる。

私はというと、13時から開演だったのに、13時半だと思い込んでいた。
私もぱぴぷぺぽ状態でした。
席はほとんど埋まっていて、スタッフの方が空席に案内してくれて座ることができました。
感謝。

向谷地生良氏とべてるの家のメンバー3人のトーク、そして広島の当事者3人の当事者研究。
自分の病気によって生じる問題や課題をテーマとして研究し、発表し、仲間と一緒に考えていく、という当事者研究の一端を知ることができた。

私は講演を聴くと、すぐに眠たくなるのだが、今回は1時半から5時までちゃんと起きてました。
なぜかというと、聞いていて飽きないから。
当事者研究の理念の一つは「にもかかわらず笑うこと―ユーモアの大切さ」ということで、いくらでも暗く、重たくなる話なのに、会場には笑いが絶えない。
それは進行役の向谷地生良氏の話の引き出し方、受け答え方のうまさが大きい。
それと早坂さんのキャラ。
向谷地氏「大事にしてきたのは笑うということ」

なるほどなと思ったことをいくつか。
早坂さんは40回も入院している。
なぜ何度も入院するのか?

 今が充実しない
   ↓
 人生が物足りない、つまらない
   ↓
 病気になって入院
   ↓
 看護師さんにかまってもらえる

具合が悪くなったときは、人に甘えたいとき。
人にかまってもらいたい、面倒をみてもらいたいわけです。
病院が最後の癒しの場となっているということでした。

ある方の自己分析。

 人からよく思われたい
 人に嫌われたくない
   ↓
 いつもニコニコ
 反論しない
 常に「ハイ」と答える
 和を保つ

学校の教師が子どもたちに「こんな人になりなさい」と諭すような方である。
ところが、その人は、

 人に弱みを見せられない
   ↓
 自分の中でため込んで倒れる
   ↓
 その結果、入院30回

最近、こういう全力疾走型の人が増えているそうだ。
自分じゃブレーキをかけられない。
で、病気がブレーキとなる。

あるいは、こんな人が多い。

 小中学校のころにいじめられた
   ↓
 友だちは一人もいない
   ↓
 人間不信、人との関わりは不要

あるいは

 「イヤだったこと」
 「つらかったこと」
 「失敗したこと」などが、ふっと頭によみがえってくる
 しかし、いいことは思いだせない
   ↓誤作動
 「みんなに嫌われている」
 「人に受け入れられていない」
 「相手にされていない」
 「ひとりぼっちだ」と思い込む

つまり、「お客さん」ですね。
そういう時にはどうしたらいいか。

 誤作動だと気づく
   ↓
 他の人にそのことを伝える

それをべてるのメンバーが舞台で実演した。
亀井さんが自転車でべてるの家に行こうとしていると、そこに「みんなが嫌ってるぞ」という、伊藤さん演じる「幻聴さん」が聞こえてくる。
以前だったら、亀井さんはそこで家に帰るのだが、べてるの仲間に話すことで、「幻聴さん」だったんだとわかる。
「研究は頭でしない。身体でする」

このように、お互いが自分の弱さを仲間に話すことで、「自分もそういうことがある」と共通点を見出す。
そして、みんなが応援してくれる。
吉田さん「一人だとつらすぎることでも、みんなに話すと笑えて、肩の力が抜ける」
「みんなで戦えば無敵だ」

当事者研究をしたからといって、やってもやっても現実は変わらない。
現実は変わらないけれども、やってるうちにだんだん楽になるらしい。
亀井さん「苦労は棚上げすると楽」
「病気は治すより活かす」

質疑応答のとき、子どもが統合失調症で長年苦労したという方が『見上げてごらん夜の星を』を歌われた。
不覚ではあるが、目頭が熱くなった。

気になるのが、発表をされた方々は、家に帰って落ち込まないだろうか、ということ。
というのも、アルコール依存症の人に話をしてもらったことああるが、その人はスリップしてしまった。

それと、べてるの家では自死する人がいるのだろうかということ。
というのも、想田和弘『精神』のクレジットが終わった後、撮影後に3人が亡くなったと出る。
そのうち2人は自ら命を断っているそうだ。
べてるの家でも希死念慮がある人がいるそうだけど。

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