三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

保阪正康『戦後政治家暴言録』3

2013年05月28日 | 

橋下氏の慰安婦容認 石原慎太郎氏「軍と売春はつきもの」と擁護
 日本維新の会の石原慎太郎共同代表は14日午後、橋下徹共同代表(大阪市長)が旧日本軍の従軍慰安婦制度は必要だったと発言したことについて「軍と売春はつきもので、歴史の原理みたいなものだ。それを踏まえて発言したと思う。彼はそんなに間違ったことは言っていない」と述べ、問題はないとの認識を示した。国会内で記者団に語った。
 石原氏はさらに、橋下氏の発言の報じられ方にも触れ、「あなた方(メディア)のとらえ方にも問題がある。この問題は被虐的に考えない方がいい」と指摘した。(産経新聞5月14日)
暴言・失言の常連である石原慎太郎氏にも、「問題はないとの認識」についての説明をしてもらったほうがいいのではないだろうか。

保阪正康『戦後政治家暴言録』では、石原慎太郎氏のテロを容認した発言を取り上げている。
2003年9月、北朝鮮の高官と交渉しているといわれていた外務省の田中均審議官宅で、発火物と見られる不審物が見つかった
石原慎太郎は「田中均というやつ、今度爆弾しかけられて、あったり前の話だ」と繰り返し語った。
私が思うに、憂国の士が石原暗殺を企てたとして、石原慎太郎氏は「国のためを思ってしたことだから」と擁護するのだろうか。

保阪正康氏はこの石原発言をこのように批判している。
「昭和前期のテロリズム(血盟団事件や五・一五事件など)で決行者を弁護する政治家や軍事指導者と同じ言論なのである。「行為は悪いがその動機は悪くない」という論である。(略)日本社会が、行為を責めないで動機に比重を置く感性的な論理(私はそれを動機至純論というのだが)で覆われていく突破口になった発言でもあった」

保阪正康『仮説の昭和史』によると、五・一五事件の被告の軍人たちを法廷では英雄とたたえていたそうだ。
「被告たちは、自分の身はどうなってもいいから、国を救わなければと思ったと証言すると、法廷では弁護人が声をつまらせるという異様ぶりだった」

「軍法会議だから判士もまた軍人なのだが、訊問中に被告に労りの言葉をかけたり、ときに被告たちの情感あふれる証言に被告とともに泣いたのである。それを見た司法記者が、これほど感動的な法廷はないとこれまた記者席で涙を流し、原稿の中にも涙なしではこの法廷内を報じることはできないと書いた」
新聞もテロリストの擁護に同調したわけである。

「主君の仇を討つために何人にも知らせずに出むいた赤穂浪士にたとえられ、彼らの私心なき行為は賞められて当然だという意味をもつ記事まで発表される有様だった」

陸軍側の判決は各被告とも一律4年の禁錮刑。
海軍側は指導者格の三上卓、古賀清志に禁錮15年、その他は禁錮10年から13年。
民間側は橘孝三郎は無期懲役、後藤圀彦は懲役15年。

軍人たちは民間人に比べてあまりにも軽い判決だが、それでも陸軍よりは海軍のほうがやや厳しい。

海軍側被告を裁いた法廷での検察官の山本孝治は、彼らの行動は反乱罪および反乱予備罪にあたるとし、三上、古賀、黒岩の三人に死刑、他の三人には無期禁錮を求刑した。
「山本には脅迫状が寄せられたともいうのだ。その自宅は常に憲兵の保護下に置かれたという」
石原慎太郎氏の「爆弾しかけられて、あったり前の話だ」発言はこの脅迫状とどう違うのか。

保阪正康氏は「彼らはまさに英雄なのだ。殺された犬養首相の遺族が肩を狭めて歩いたというのも確かにうなずける事態だった」と書いている。
石原慎太郎氏もテロの被害者や家族に思いをはせることをしない。
まして慰安婦や風俗で働く女性の気持ちへの想像力が欠けていることに驚くには当たらないと思う。

目的が正しければ手段は問わないというのがテロの論理である。
連合赤軍やオウム真理教がいい例だが、戦前の日本も同じ。
「石原発言に対して、私たちは敏感にならなければいけないというのは、昭和という時代に見られた自滅への道につながる怖さをもっているからだ。
ところが石原の発言への怒りはそれほど大きくは広がらなかった」
このように保阪正康氏は言うが、石原慎太郎氏は数多く暴言を吐いているのに、どうして失脚しないのか、私も本当に不思議です。

「この社会が、政治家の暴言・失言に鈍感になっていくにつれ、国民のなかではしだいにアパシーの状態が加速されていくと考えているが、それが政治的にはウラの言論の表出につながっていると、私は見ている。戦後60年を経て、日本はもういちど大日本帝国型の国家に戻ってしまうのではないかとの懸念にもつながっている」
『戦後政治家暴言録』が出版されて8年、保阪正康氏の危惧は現実のものとなりつつあるように思う。

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保阪正康『戦後政治家暴言録』2

2013年05月24日 | 

<歴史認識問題>高市氏発言、再び波紋
 自民党の高市早苗政調会長が、第二次世界大戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)や、植民地支配と侵略へのおわびを表明した村山富市首相談話に疑問を呈したのを受け、政府と同党は13日、火消しに追われた。安倍晋三首相の歴史認識を巡る言動に中韓だけでなく米国にも懸念が広がり、菅義偉官房長官が10日の記者会見で村山談話の「全体を引き継ぐ」と収拾を図ったばかり。歴史認識問題は安倍政権の不安要因になりつつある。
 高市氏は12日のNHKの番組で、「国家観、歴史観については首相は(歴代内閣と)違った点もあるかと思う」と表明。村山談話についても「『国策を誤り』とあるが、それでは当時、資源封鎖され、まったく抵抗せずに日本が植民地となる道を選ぶのがベストだったのか」と強調した。
 問題の発端は、首相が4月22日の参院予算委員会で村山談話を「安倍内閣としてそのまま継承しているというわけではない」と答弁したこと。翌23日には「侵略の定義は学界的にも国際的にも定まっていない」と述べた。高市氏の発言は首相の意向に沿っているとも言える。
 だが、国内外への影響を考慮し、政府は歴史認識論争に終止符を打とうとしていた。菅氏は13日の記者会見で「高市議員個人の見解だ。政府の見解は(10日に)明確に私が述べた通り」と釈明し、出張中の高市氏に電話で「政府の見解は首相の見解だ」とクギを刺した。政府高官は「歴史認識問題は先週末で終わりのはずだったのに」と不満を漏らした。(略)
 出張で役員会を欠席した高市氏は羽田空港で記者団に、「党に迷惑がかかったのならおわびする」としながらも、「私の考え方は変わらない」と言い切った。(毎日新聞5月13日)

橋下徹氏の発言の陰に隠れたためか、みんな「またか」と思ってしまうほど慣れてしまったためか、あまり話題にならなかった高市早苗氏の発言。
保阪正康『戦後政治家暴言録』の言葉を借りるならば、アパシー(無気力・無関心)である。

『戦後政治家暴言録』は小泉政権のときに出版されている。
「(森喜朗と小泉純一郎の)ふたりの首相の発言があまりにも軽く、本質を論じないという点で一致しているからだと思うが、そのことによってこの社会全体が「アパシー」というべき状態になっているとの見方をしている。
この理念なき無気力な社会につけこむような形で、暴言・失言の類が増えているように思えてならないのだ」

「オモテの言論」と「ウラの言論」があると保阪正康氏は言う。
「「平和憲法」絶対視の人々の言論を「オモテの言論」と名づける。これが戦後60年間の大半を担ってきた日本の言論の特徴である。これに楯つく言論や抵触する言論が暴言・失言とされてきたのであった。
一方で「ウラの言論」があった。もっとも典型的なのが大日本帝国憲法の理念を引き継いでいる思想や信条をもとにした言論である」
オモテの言論とは?
「平和、人権、自由、環境といった語をそれ自体で肯定する言論といってもいい」

2003年7月15日付の朝日新聞に「政治家発言攻撃型に」という記事にある、飯尾潤政策研究大学大学院教授の「ナショナリズムと戦後民主主義の分裂の現れた。政治家が本音のナショナリズムを自信を持って口に出し、正当化するようになった」という分析を保阪正康氏は引用し、「本音のナショナリズム」をウラの言論という言い方をしている。

ウラの言論の歴史観。
「大東亜戦争は聖戦であり民族解放戦争である」
「この戦争はABCD包囲陣に抗するための自衛戦争だ」
「東京裁判によって日本人は誤った史観を植えつけられた」
『戦後政治家暴言録』で取り上げられている暴言の多くはウラの言論である。

オモテとウラは戦前と戦後で逆転している。
「なんのことはない、戦後社会のオモテとウラの図式は昭和という時代の前期(つまり昭和初年代から20年まで)の裏返しだということになる。戦後60年間のオモテの言論が、それ以前の20年はウラの言論であり、ウラの言論は戦前にはオモテの言論だったということになる。昭和20年8月を機に逆転したことがわかるのだ」

保阪正康氏の立場はどちらか?
「ウラの言論(つまりは戦前、戦時下のオモテの言論になるのだが)は常にオモテの言論のターゲットにされてきたと指摘した。私はこの構図を基本的に支持しているので、ウラの言論がオモテに浮上してくることに強い危機意識をもっている。(略)やはりウラの発言は、常にチェックされるべきという考えの側に立っている」

高市早苗氏のような確信犯による暴言・失言が積み重なることで、国民は多少の暴言・失言にも驚かなくなり、ウラの言論がオモテの言論を駆逐している現状に、私も危機感を持つ。

保阪正康氏は「21世紀に入って、日本社会は目標喪失の社会になってしまった」と見る。
その理由を三点指摘している。
1 政治指導者の発言の軽さ
「政治指導者がとにかく暴言・失言の類をくり返し、それを簡単に陳謝することによって、責任を回避してしまう点にある。その結果、発言だけがひとり歩きしてしまっている」

2 テレビメディアの感性重視
「テレビメディアの影響である。テレビでの討論番組を見ているとよくわかるのだが、とにかく発言が感情的で、そして結論のみが先行している。結論に至るプロセスがなんらも説明されていないので、思考そのものが必要でなくなっている」

3 対北朝鮮に対する怒り
「対北朝鮮問題である。この五年ほどの間、北朝鮮による核の脅威、そして日本人拉致問題をめぐる国内世論の沸騰という現象がこの社会を覆いつくした。対外問題はまさに北朝鮮との関係をすべての国にあてはめようとするかのような錯覚に支配されている。小泉政権は、その誕生以来巧みにこの問題を利用し、国民感情をある一点に集約することに成功している。そのことがきわめて憂慮すべき錯誤を国内世論に与えている。冷静さや冷徹さが一挙に失われているのである」
現在は北朝鮮だけでなく、対中国問題で危機感をあおっている。

「国益や理性にかわって感情をもちこむ土壌をつくりあげつつある」

ネットでは尖閣諸島の問題についての議論など感情むき出しなものは少なくないが、政治家の発言もネットと似たようなものである。

「テレビ番組がその軽さをあたかも庶民的と囃し立てるために、ますます錯覚してしまう政治家が増えている。国民の側は、政治家もタレントと同様に面白ければいいという判断で投票する。それゆえに政治家としてふさわしいのかと問いたくなる人物まで議員バッジをつけることになる」
言っちゃなんだが、橋下徹氏がその好例だと思う。

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保阪正康『戦後政治家暴言録』1

2013年05月20日 | 

「もっと風俗活用を」と橋下氏 凍り付く沖縄の米軍司令官
 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は13日夕、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を視察し同飛行場の司令官と面会した際に「もっと日本の風俗業を活用してほしい」と促していたことを明らかにした。「風俗業を活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーをコントロールできない」と伝えたというが、司令官は「米軍では禁止されている」などと取り合わなかったという。
 橋下氏は今月1日、同飛行場を視察。その際、司令官に「合法的に性的なエネルギーを解消できる場所が日本にはある」と述べた上で、海兵隊員に風俗業者を活用させるよう求めたという。橋下氏によると、司令官は凍り付いたような表情をみせ、「米軍では禁止の通達を出している。これ以上、この話はやめよう」と打ち切った。
 橋下氏は記者団に対して「(米兵による)事件が収まる因果関係があるようなものではないが、活用を真っ正面から認めないとダメ。兵士は命を落としかねない極限状況に追い込まれており、そのエネルギーを発散させることを考えないといけない」と述べた。
 橋下氏はこの日午前、戦時中の慰安婦制度について「必要なのは誰だって分かる」と発言。夕方、その発言について改めて言及した際、司令官とのやり取りを明らかにした。(産経新聞5月13日)

維新・橋下氏が慰安婦是認発言=在沖米軍には風俗業利用促す―与野党から批判
(略)橋下氏は同日午前、大阪市役所で記者団に対し、「銃弾が雨・嵐のごとく飛び交う中で、命を懸けて走っていく時に、猛者集団、精神的に高ぶっている集団をどこかで休息させてあげようと思ったら、慰安婦制度が必要なのは誰だって分かる」と述べた。
  橋下氏は同日夕にも記者団に「軍の規律を維持するため、当時は必要だった」と改めて主張。さらに、大型連休中に米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を視察した際、米司令官に「もっと風俗業を活用してほしい」と求めたことを明らかにした。その理由について橋下氏は「性的なエネルギーを合法的に解消できる場所は日本にはあるわけだから」などと語った。(時事通信5月13日)
「性的エネルギーを合法的に解消できる場所は日本にはある」というのだから、橋下徹氏は日本では売春が法的に認められていると言っているわけだ。

批判を受けて、橋下徹氏はこういう弁明をしている。

 こうした発言に国際的な非難が高まっていることについて、橋下氏は「米国では風俗と聞くと、すぐ売買春と思いつく。大きな誤解を生んだ。米国の風俗文化や性的な考え方、価値観への認識が甘かった」と話した。
 ただ、風俗業の活用自体は「法律で認められ、(従事する)女性たちも分かった上での話だ」として撤回せず、「(米兵の)性的エネルギーのコントロールを真剣に考えてくださいという趣旨だ」と釈明した。(毎日新聞5月16日)

米軍司令官への橋下発言は、下ネタの冗談だったのではないかという気がする。
米兵が風俗を利用すればエネルギーの発散になって性犯罪は減るし、地元に金は落ちるし、一石二鳥ですぜ、というような。
私が思うに、記者団に対しても笑ってもらおうと、これまた受け狙いで米軍司令官にこんな冗談を言ったのに受けなかったと話したのではないか。

保阪正康『戦後政治家暴言録』は政治家の多くの暴言を紹介しているが、その中にこういう発言がある。
1999年、西村眞悟防衛政務次官は「週刊プレイボーイ」の対談で、「核とは抑止力なんですよ。強姦してもなんにも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔になってるやん。けど核の抑止力があるからそうならない」とか「集団的自衛権は「強姦されてる女を男が助ける」という原理ですわ。同じように言えば、征服とは「その国の男を排除し、征服した国の女を強姦し、自分の子供を生ませる」ということです。逆に、国防とは「我々の愛すべき大和撫子が他国の男に強姦されることを防ぐこと」」などと発言している。
2003年6月に自民党議員だった太田誠一が「集団レイプする人はまだ元気があるからいい。正常に近い」と発言した。

政治評論家の伊藤昌哉氏からこんなことを聞いたと保阪正康氏は書いている。
「驚いたのだが、昭和20年代から40年代までの政治家のなかで激しい権力闘争を続けた者は、ライバルを謗るとき、あるいは自らの仲間の政治行動を語るとき、つまりあらゆる政治行動を語るときの表現は猥談として語り合うという話を聞いた。(略)
なぜそんな猥談(あらゆる政治現象を男女関係にたとえることなのだが)で胸中を語ったり、揶揄するのだろうか、という私の質問に、伊藤は「それは待合政治のためだろう」という一言で答えた」

保阪正康氏は「太田レイプ発言はまさにそうしたウラの会話が表出してきたともいえるように思う」と言う。
橋下徹氏も仲間内で飲みながら、「慰安婦で性的エネルギーの発散を」と笑いながら話しているのではないかと邪推してます。

『戦後政治家暴言録』は2005年、小泉政権の時代の発行である。
政治評論家の森田実氏「政治家のモラルが崩れてきたのは森首相のころからだ。森首相は、仲間内で話す軽口を公でも平気で言うと批判されたが、ある時期までは政治家は、表でも裏でも品のない発言はしなかった。裏で下品なことをいう政治家は決してトップには立てなかったのに」
橋下徹氏は大阪府知事になる前、自身のブログで「チンカス」などと人を攻撃しており、表でも下品なことを言っていたにもかかわらず、大阪府知事と大阪市長になった。

森田実「小泉首相の〝ふまじめ〟さは、与党だけでなく野党にも感染している。野党の議員も似たようなレベルだから追及しきれない。政治家がものすごく幼稚になっている」

保阪正康氏は「政治家のなかにもテレビに出たがりの議論好きな一団がいるが、彼らの発言をよく聞いていると、実に中身のない空虚な言を吐いていることがわかる。とくに司会者のペースに乗って、相手の言論そのものをきわめて短絡的に切り取ってしまい、考えるという基本的な姿勢を放棄させる、あるいは自らが放棄するという習慣が身についてしまっていることがわかる。彼らはまさにオモテの論を口にする代表であるが、それに馴れきってしまうときにテレビ以外の討論の場では分別を失い、聴衆にウケを狙う冗談のつもりで暴言・失言を吐き政治生命を失うという結果になってしまうのである」と言う。
テレビに出演して政治家になった橋下徹氏は「聴衆にウケを狙う冗談」によって政治生命を失うだろうか。

毎日新聞の調査です。
旧日本軍の従軍慰安婦制度が「必要だった」とした日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)の発言について71%が「妥当でない」と回答し、「妥当だ」の21%を大きく上回った。(毎日新聞5月19日)

5分の1が橋下発言を肯定しているのである。
どこの国でもしていることなのに、どうして日本ばかりが責められるんだ、という鬱憤を晴らしてもらったということだと思う。
このまま選挙になっても、維新の会はそこそこ票を取るような気がする。

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和久井みちる『生活保護とあたし』4

2013年05月17日 | 

生活保護利用者へのバッシングについて、和久井みちる氏は「でも、どうして、困った時に助けてもらってはいけないのでしょう?」と問う。
憲法25条に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあるわけで、人間らしい最低限の生活を国に保障してもらうのは基本的人権の一つである。
「生活保護は生きていくための権利ですよ。無差別平等という原則があって、理由のいかんを問わず、最低生活を下回ったら誰でも申請できる制度なんですよ」

生活保護を恥だと感じるのは、人に迷惑をかけたくないとか、国のやっかいにはなりたくない、という悪しき自助意識からのように思う。
「一生に一度や二度、誰かに助けてもらうことがあったっていいのではないでしょうか? それも、命に関わる深刻な事態なんですから。
助けてもらっているだけで、決して「楽をしている」わけではないし、助けがいらなくなったら、今度は自分が助ける側に回ればいいだけのことです」

今日、こんなニュースがあった。
生活保護断り母を承諾殺人 42歳娘に猶予判決 札幌地裁
 生活苦から心中を図り、同居の母親=当時(70)=を殺害したとして承諾殺人罪に問われた無職、大沢久美子被告(42)の判決公判が16日、札幌地裁であった。佐伯恒治裁判官は、判決理由で「かけがえのない命は戻らず悪質だが、反省しており、母の承諾もあった」として懲役3年、保護観察付き執行猶予5年(求刑懲役3年)を言い渡した。
 検察側冒頭陳述や被告の供述によると、2人は生活保護を受けていたが「仕事が見つからず、お金だけもらうのは心苦しい」と平成23年4月に辞退した。保護費をためた100万円が24年5月に底を突き、大沢被告は病気の母親から「おしまいにしよう」と持ち掛けられ心中を決意した。佐伯裁判官は、「困ったら周囲に相談することも必要だ。生活を立て直し、母の分もしっかり生きるように」と言葉を掛けた。

お互いさまなんだから、苦しいときには甘えたらいいのにと思う。
「時々、生活保護利用者に「誰のおかげで飯を食っているんだ」などと言う人たちがいます。あえていうなら、みんなのおかげです。そして、お互い様の制度のおかげです」

「最も困っている人たちを救う制度があることの、それで救われる人のいることの、どこが問題なのでしょうか。困窮している人たちが「恥」を優先して、制度の利用を控えるのが世の中の「あるべき姿」でしょうか? 問題なのは生活保護を必要とする人たちが増えている原因の方なのに」

もっともです。

話は飛ぶが、渡辺靖『アメリカン・デモクラシーの逆説』によると、国民皆保険制度導入に「白人――とりわけ低学歴・低所得者層――の警戒心」があるそうだ。

なぜなら国民皆保険制度は社会主義だから。
アメリカの保険制度の改革に最も反対する保守系の議員の選挙区ほど無保険者の割合が高くなっている。
生活が苦しい人たちのため施策に貧困層が反対するのは不思議な話である。
生活保護や年金や保険といった制度は、お互い様だから助け合おうということだと思う。

生活保護の利用者は、病気や障がいを持っている方たち、高齢者、失業者、DV被害者、ホームレス状態だった人、ひとり親家庭など、複雑でいくつもの問題を抱えている人がほとんど。

生活保護利用者の自殺率は普通の人の2倍。
また、生活保護利用者の中には、施設で育ったりして、台所の風景を記憶しておらず、料理を経験しないで育ってきた人も少なくない。
インスタントラーメンの作り方もわからないし、タマネギのむき方を知らない。
病気のために台所に立つことができなくなった人もいる。
それぞれに合わせた具体的な生活のサポートが必要。
ところが、生活保護利用者同士が結婚したらいけないとか、子供を作らないように、と言うケースワーカーがいるそうだ。

生活保護の利用者は病気や障がいをもっているために外出する機会が少なく、一人暮らしの生活では24時間誰とも話をしないことが珍しくないという。

多くの生活保護利用者は生活保護を受けていることを知られないようにしている。
そこで和久井みちる氏は生活保護の利用者の集まりを持つようになった。
「生活保護利用者を早く元気にしたいなら、社会との接点を取り戻し、また保障する意味でも、居場所づくりに公費を費やすことも絶対に無駄ではないと思います」

和久井みちる氏は2011年、生活保護の利用者ではなくなり、ほぼフルタイムで働いている。
「なぜ頑張れているかというと、それはあたしの後ろに生活保護制度があるからです。
新しい仕事にトライして、もしもやっぱり倒れてしまったら、最後の最後は生活保護があたしを守ってくれる、そう思えるから頑張れています。
もし、生活保護が改悪されて、次に倒れたらもう二度と頼ることができないような制度だったら、あたしは後がないことが怖くて、無理かもしれないことに挑戦することはできなかったでしょう」

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和久井みちる『生活保護とあたし』3

2013年05月14日 | 

「生活保護を利用するのは恥だと思うのが、かつての美徳だった」と語る大学教授がいると、和久井みちる氏は『生活保護とあたし』に書いている。
私も「そこまでは落ちたくない」と耳にすることがあるし、私自身がそういったことを口にしたこともある。

生活保護を利用することが恥だとされ、生活保護利用者は恥の意識を持たされる。
布川事件の桜井昌司さんも「日本の命に対する過酷さ、生きる力の弱さや力のなさがまるで個人の責任のようにする社会って何なんだろうと。生活保護を削るなどと言っています、生活保護にいっさい縁のない人たちが」と語っている。(「フォーラム90」VOL.128)

和久井みちる氏は「生活保護制度の利用は恥だという間違った報道や流布は、利用者にとっても社会にとっても何のプラスも生みません。「面白おかしさ」を追求したバッシングの結末が生み出したものは、挫折、絶望、孤独、孤立といった陰りの部分ばかりです」と言う。

不正受給やギャンブルをしている生活保護利用者についての報道は繰り返し大げさになされるのに、普通の慎ましい暮らしは報道してもらえない。

それに対するマスコミの反応は「そんな地味でつまらないものは誰も見ないし、読まないし……」とのこと。
ということで、誤解が増幅される。

たとえば、ホームレスの中に糖尿病の人がいて、いい生活をしていると冷やかす政治家がいる。
片山さつき参議院議員に次の文章を読んでほしい。

「ホームレス状態の人や、生活が困窮している人たちが食べているものは、とにかく空腹を紛らわすことが第一なので、ご飯や麺類の炭水化物が多いのです。
たとえば、おにぎり、パン、麺類、チェーン店のどんぶり物などです。魚や野菜をバランスよく摂れるような、望ましい食生活は到底できません。(略)
いいものを食べているからではなく、極端に偏った食生活の現れなのです」

渡辺靖『アメリカン・デモクラシーの逆説』にも、「大量生産されたものを安く買ったり、出来合いのファーストフードやインスタント食品で済ませたりすることで、低所得層や貧困地域で肥満傾向が見られることが指摘されている」とある。
贅沢しているわけではないのである。

こうした感情的な生活保護批判の一番大きな要因は「自分が苦しいこと」だと、和久井みちる氏は書いている。
「後がなく、緊張した暮らしの中で、自分より弱いものに対して向けられる攻撃、憂さ晴らし、吐き出しがバッシングです」
弱者が自分より弱い者を叩くという構造である。

上杉聰『これで納得!部落の歴史』にも同じことが書かれてある。
「人はなぜ差別するのでしょうか。それは、人から「尊敬」(尊重)を得たいからです。よく他人の悪口ばっかり話している人がいますね。いったいそれで何を言いたいのかといえば、「私はあの人とは違うよ」と言いたいわけです。つまり、他を差別することで、自分は尊敬される者だと、言外に訴えているのです」

学校では成績で差別され、会社での待遇の差は仕事の評価で決まる。
尊敬されたいのなら、よい成績をとり、実績を上げる努力をするしかない。
「しかし、安易な解決方法があります。自分を向上させるのではなくて、誰かを見下し、他を差別して、自分が「尊重されたい」という願望の代償、慰めを求めることです。差別とは、「まちがった方法でする、尊重への欲望の実現」なのです。尊重・尊敬されたいという願望は根源的で、かつ強いですから、こうして「差別したい」という欲求も、当然消えることはありません」
それにしても、東京大学卒、元大蔵官僚の片山さつき氏はどうして生活保護バッシングに血眼になるんだろうか。

生活保護利用者へのバッシングは何を生むか。

和久井みちる氏は「バッシングは、就労しようとする先の企業にも生活保護利用者への偏見を植え付け、働く場所から生活保護利用者をさらに排除させていきます。
その結果、就労の努力や社会に出ていこうと頑張った人ほど強い挫折感を抱くことになり、追い込まれていくのです」と言う。

和久井みちる氏はある自治体の非常勤職員に応募したがダメ。

生活保護の人は早く働いて経済的な自立をしろと言われているのに、いざ働こうとすると門前払い。
働けるのに働かない人がいるのは事実だが、働きたいのに働けない人もいる。
生活保護を受けている人が職探しをしても、なかなか仕事が見つからないのが現実である。

(追記)
「情けは人のためならず」ということわざがあります。
人に親切にすれば、めぐりめぐって自分にいい報いが返ってくるという意味です。
ところが、情けをかけることはその人のためにならないんだ、というふうに間違って解釈している人が多いそうです。
生活保護についても、そういう考えの人が少なくないと思いますが、それは間違い。
「情けは人のためならず」です。



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和久井みちる『生活保護とあたし』2

2013年05月11日 | 

生活保護というと、外車に乗ってるとか、暴力団の組員がもらっているとかいう話になる。
和久井みちる『生活保護とあたし』によると、不正受給は国全体の生活保護費支給額の0.4%。
その中には高校生のアルバイトという事例も含まれている。
生活保護を受けている人は、収入があれば申告しなければいけない。
「生活保護の利用者は、最低生活を上回る金額での生活は原則として認められていませんので、収入があったら必ず福祉事務所に申告をしなければなりません」

収入の金額を申告することは当然であるが、高校生の子供のアルバイト代も収入として扱われる。

後からアルバイトをしていたことが発覚すると、不正受給とされ、お金を返還させられることになる。
「高校生が学費の足しにするために自分で働くことを感心だなと思うことはあっても、不正だと思うことは一般的にはないでしょう」

知人の話だと水商売などでバイトしてて、収入を申告しない人は結構いるという。
市町村によってはケースワーカーが抜き打ちで訪問することがあるから、昼間に働くとばれるので、夜の仕事をするそうだ。

生活保護利用者のうち8割が病気や障がい、あるいは高齢で働けない人である。

知らなかったのが、保険証がないので、受診の際には医療券を、薬をもらうときには調剤券が必要だということ。
受診の前に福祉事務所に申し出なくてはならない。
医療券と調剤券には申し出た病院名や薬局名があらかじめ印刷されており、記載された以外のところでは受診も薬の調剤もしてもらえない。
そして生活保護利用者は、特別な場合を除いて生活保護の指定医療機関にしか受診できない。
「まるで今までは何の制限もなしに、好きなところへ何か所でも勝手に受診できていたかのような報道がなされています。
あれは真っ赤なウソです」

へえ~と思って、これまた知人に聞くと、市町村によって異なるそうだ。

前もってケースワーカーに「○○病院の××科を受診します」と電話すると、ケースワーカーから病院に連絡がいく市があれば、緊急に受診するときのための保険証(?)が支給される市もある。

和久井みちる氏は通院移送費(病院に通うための交通費)が削減対象になると、往復1000円だとして、一週間通院すれば7000円になると危惧している。
「まともに治療が受けられず、ずるずると改善もせず、いつまでも痛みや不快な症状を抱えて自宅に引きこもっていれば、それで良いのでしょうか。
早く少しでも良くなって、働けるようになった人は仕事に励み、治りにくい病気の人はそれ以上悪化させたり、暗い気持ちで生活しなくていいようにする。そういうことが「急がばまわれ」の生活保護の在り方ではないかと、あたしは思っていました」

またまた知人に尋ねると、生活保護受給者にはバスや電車の無料、もしくは半額パスをもらえる市町村があるそうだ。

もっとも、これも廃止になるかもしれないが。

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和久井みちる『生活保護とあたし』1

2013年05月07日 | 

生活保護適正化条例案 小野市会が可決 4月施行へ
生活保護費や児童扶養手当などの受給者がパチンコなどで過度に浪費することを禁じ、不正や浪費の情報提供を市民に求める「小野市福祉給付制度適正化条例」案が27日午後、小野市会本会議で可決された。生活保護などの適正支給を目的とした条例は全国でも例がない。4月1日から施行される。
 条例案では、生活保護費などの不正受給や、ギャンブルなどによる過度の浪費を禁止。受給者の不正や浪費を見つけた場合、市に通報することを市民の「責務」として定めている。また、生活困窮者を速やかに救済するため、困窮者情報も市民に求めている。(神戸新聞2013年3月27日)

またまた旧聞に属する話ですが、困った条例です。
よその家がパチンコなどに「過度に浪費」しているかどうかをどうやって知るのかと思うし、密告することが「市民の責務」になるというのも恐い話です

生活保護を受けている人は税金でのうのうと暮らしている、というイメージが強い。
ある人と話していて生活保護の話題になり、「あの人たちは……」と言うので、生活保護の受給額を下げることは問題があってと説明したが、納得してもらえなかった。
私自身も生活保護について知らないのだから仕方ないけれど。
というわけでもないのだが、生活保護利用者本人が書いた和久井みちる『生活保護とあたし』を読みました。

和久井みちる氏は2007年から3年半の間、生活保護を利用しており、生活保護利用者の声を伝えるために『生活保護とあたし』を書いたという。
2007年の生活保護利用者は161万人、2012年11月では212万人に増えている。

怠け者が増えたから?
いいえ、そうではありません。

生活保護利用者は怠け者ではありません。
生活保護制度は人間をダメにする制度でもありません。

「世の中の多くの方が、「生活保護利用者=働いていない人」と思っているのではないでしょうか。
生活保護世帯の母子家庭の方たちなどは、実に8割以上が働いています。残りの2割は病気などで働けない状態の方たちです。「稼働年齢層」と言われる、病気や障がいがなくて、年齢的にも働ける年代の人たちの多くが、短期や日払いのアルバイトやパートをしています。しかし、家賃や光熱費を払って、そのうえで生活できるほどの収入にはならない多くの方たちがいます。その方々は生活保護を利用せざるを得ないのです」

和久井みちる氏はDV夫から逃げ出し、ウツ病になり、月2回の通院。
体調に波があり、フルタイムで働けないので、週3回のパート。
それじゃ生活できないので、市役所で社会福祉協議会の生活貸付金について聞いたら、「あなたには返すアテがないでしょう? そういう人にはお貸しできません!」と決めつけられた。

捕捉率(最低生活基準を下回り、生活保護を必要としている世帯全体の中で、実際に生活保護を利用している世帯の比率)は30%と言われている。
現在利用している212万人の他に、800万人とも1000万人とも言われる人たちが生活保護を利用していないのである。

生活保護はそう簡単にはもらえないらしい。
和久井みちる氏が生活保護の申請してから決定までの調査記録は70ページに及ぶそうだ。
「とことん徹底的な調査がなされていることを改めて知りました」

生活保護の申請では「扶養照会」といって、親兄弟に「少しは扶養(援助)できませんか」といった趣旨の通知が送られる。
自民党の憲法草案の第24条に「家族は、互いに助け合わなければならない」とある。
そりゃまあそうだけど、親兄弟のためとはいえ、12万円以上の援助を毎月できる人がそんなにいるとは思えない。

この扶養照会を三親等にまで広げようという動きがあるそうだ。
「これをやろうとしている人たちは、それが拷問であることをちゃーんと知っているのだと思います。知っているからこそ、苦痛なら申請を諦めるだろうと見込んで、義務化しようとしているわけです」

札幌で福祉事務所からDV元夫の扶養を求められた女性(3人の子持ち)が、生活保護の利用をあきらめて餓死するという事件があったという。

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ワンデーポート編『ギャンブル依存との向きあい方』3

2013年05月03日 | 

『ギャンブル依存との向きあい方』によると、ギャンブルの問題を抱える本人はもちろん、家族もいろいろだから、それぞれの家庭の対応の仕方は違ってくる。
基本は「利用者が失敗を繰り返したり、つまずいたときに本人の責任にして「しっかりしなさい」と叱咤激励したり、突き放し、罰を与えるような支援は、支援とは言えないと思います」ということ。

家族の共通する対応の仕方。
・ギャンブルなどの問題行動を無理に止めない
・お金の問題には関与しない
・仕事や手伝いなど「何か」をやらせようとしない

本人がギャンブルにのめり込んでいる時。
「ギャンブルなどの問題行動は、この時点ではいくら外からの力でやめさせようとしても止まるものではありません。家族はそのような無駄な努力をやめてください」

お金の問題。

「借金の表面化はその隠れた問題を解決するチャンスなのです」

借金の肩代わり、本人の尻ぬぐいはしないのが原則である。
「借金の肩代わりをしないことは本人を見捨てることではない、それ以外の援助なら惜しみなくする、だから立ち直ってほしいというメッセージを家族が本人に伝えることが大事なのです」

借金の法的債務整理を急いですべきではないそうだ。
債務整理をしたらどうなるか。
・これまで借金をしていない親戚や友人に嘘を言って借りる。
・ヤミ金業者から借りる。
・会社の金を横領する。
・窃盗をする。
「借金の法的整理をしても、その原因を克服していないわけですから、本人たちのギャンブルへののめり込みは続きます」
債務整理は本質的な問題を克服し、社会復帰をしたのちでいい。

悪徳金融業者からの借金はどうすればいいのか。

「金融業者は底までの危険をおかして法律違反行為を行いません」
「家族に対する取り立て行為はほとんど行われていないのが実態です」
「むしろ、家族の側で恐怖を増長させているケースが多いように思われます」

トイチのヤミ金は恐いと聞くが、ヤミ金業者は犯罪者だから姿を現さず、電話での取り立てのみで、家にやって来ることはまずないそうだ。
「家族は、もし「ヤミ金」からの取り立てを受けた場合は、落ちついて対処してください。家族自身を守るために警察署のヤミ金担当に相談したり、弁護士や司法書士に相談することをお勧めいたします」

ダルクのなかには、ワンデーポートのように当事者だけでなく外部の支援者も一緒になって本人や家族への支援をしているところがある。
三重ダルクのホームページを見ると、「同じ経験を持つ仲間と専門知識を備えたスタッフがあなたをサポートします」とある。
ダルクは当事者によって運営されるのであって、支援者が手を出してはいけないと聞いていたが、どうやらそんな杓子定規なものではないらしい。

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