三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

阿刀田高「小説家のふところ」

2009年05月31日 | 日記

以前、ローカル新聞に山歩きのガイドを二、三回書いたことがある。
原稿料はたしか6200円だった(原稿用紙何枚分だったかは忘れた)。
その時に思ったのが、文章を書いて生活するのは至難の業だということである。
というのも、原稿を書く前に、まず山を実際に歩かなくてはいけないし、山名の由来とかも図書館で調べたりするから、それだけで最低2日はつぶれてしまう。
原稿料だけで生活するためには、まずは原稿の注文をコンスタントに受けないといけないわけだし、その原稿をきちんと書いていかないとやっていけないわけで、フリーライターという人たちは楽ではないなと思った。

阿刀田高氏に「小説家のふところ」(『殺し文句の研究』)というエッセイがある。
日本にはプロの作家が何人いるだろうかと編集者に尋ねられた阿刀田高氏は、税金、必要経費込みで総年収1200万円はなきゃ駄目だと答える。
仕事場の確保、交際費、資料費、取材費、光熱費などを自分でまかなわないといけないから、1200万円かせいでようやく実収600万円。
で、日本には総年収1200万円の小説家は200人ぐらいだと、阿刀田高氏は結論する。

原稿を1日にどれくらい書けるかというと、何も考えずにただ書くだけで1時間に5、6枚が限界、1日20枚くらい。
何を書くかを考え、調査し、取材し、推敲を加え、書き変えるわけだから、毎日20枚も書けない。
思案2日、執筆1日として、1ヵ月に24日働いて、執筆は8日となり、1ヵ月の作業量は160枚。
年収1200万円として月に100万円、これを160枚で割ると、1枚あたり6250円。
これ以下の原稿料だと赤字労働になる。
実感から言うと1ヵ月100枚前後がほどよいところだそうで、それだと原稿料は1枚1万円。
それだけの原稿料をもらえればいいわけだが、そこまではなかなかもらえないらしい。

「素直なところ、まず平均レベルで一枚六千円を常時取れる書き手は、相当な書き手である。みなさんが、名前を見て、「あ、知ってる」くらいの知名度のある人と考えてよい」
「新人賞を取ったばかりくらいの小説家となると本業の小説では、せいぜい年に五百枚足らずの注文しか来ない(これは単行本一冊と短編三本くらいの注文、むしろ恵まれているほう)。一ヵ月四十枚。原稿料は、五千円くらい。月収二十万足らず。さまざまな経費を自分でまかなっているという事情を考えると、月給十万円程度の収入。かなり苦しい」

「小説家のふところ」がいつ書かれたのかわからないが、金額は今とはいくらかは違うだろう。
まあ何にせよ、ペン一本で食べていくのは楽ではないということです。

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佐野洋子『シズコさん』

2009年05月28日 | 

金子大栄先生は父と息子、姑と嫁の問題は人類始まってからの問題だ、というようなことを言っている。
だったら母親と娘とはうまくいっているかというと、これはこれでなかなか大変らしい。
佐野洋子『シズコさん』は佐野洋子氏と母親の愛と憎しみの話。

「四歳位の時、手をつなごうと思って母さんの手に入れた瞬間、チッと舌打ちして私の手をふりはらった。私はその時、二度と手をつながないと決意した。その時から私と母さんのきつい関係が始まった」
「私は母を母としてではなく、人として嫌いだった」
「私はずっと母を嫌いだった。ずっと、ずっと嫌いだった」

そして、母親に対する恨みつらみをこれでもかというほど書いている。

「母は誰にもごめんなさいとありがとうを云わない人だった」
ひどい母親だなと思うのだが、しかし佐野洋子氏の母親は料理、縫い物、家の片づけ、客の応対その他、家事については有能だし、他人には親切で優しく、人に好かれて頼りにされた。
母親は70歳で胃がんになり胃の摘出をしたとき、3人の娘ではなく、親友が病院にほとんどつききりで世話をしているほどである。

小説家は身内や知り合いのことを小説の中で書くから世界が狭くなるとどこかで読んだが、『シズコさん』に書かれている悪口は母親に対するものばかりではない。
叔母(母親の妹)の顔のまずさについて妹とずけずけ話をし、その妹たちに対しても要領がいいと書くのを忘れない。
「妹は何故か人が居る所でことさらテレビの中みたいな優しい人をやってくれるのだ」
「そして妹は夜になるとくたくたに疲れてイライラした」

母親を追い出した弟の嫁は思わず笑ってしまうほどの悪妻。
親戚にも遠慮しない。
伯父(父親の兄)のことを「あの伯父さんは死ぬまで悪党だったよ」と言い切る。
ここまで書いて大丈夫なのだろうかと心配になった。

母親に対する感情は恨み、憎しみだけではない複雑なものがある。
「私は母を好きになれないという自責の念から解放された事はなかった」
母親は77歳の時に、弟の妻に自分が建てた家を追い出される。
佐野洋子氏の家に同居するのだが、2年足らずで老人ホームに入れる。
「私は母を愛さなかったという負い目のために、最上級のホームを選ばざるを得なかった」
「私はお金をかき集めた。貯金をはき出し自分の年金保険もはがし、すってんてんになった。毎月かかる経費は三十万以上だったが、何とかなると私は大胆だった。
私は母を金で捨てたとはっきり認識した」

母親への生理的嫌悪感もはっきりと書いている。
「私は素手で母の首にさわるなんて嫌だ。母さんの匂いが嫌だ。私は洗たく機でなくっちゃあ母さんの下着洗えない」
しかし、母親が呆け、子どもたちのこともわからなくなると、見舞いに行くと、「母さんの目が急に少女マンガの星がやどる様に光る。喜びが爆発、顔全体が、まるで赤ん坊が笑う様になる」
「あの母さんの目と顔の表情を見る様になって、私は母さんをさわれる様になった」

どうして気持ちに変化が生まれたのだろうか。
母親のふとんにいっしょに寝て話をしているうちに涙が湧き出してきて、「ごめんね、母さん、ごめんね」という言葉が出てきた。
「私悪い子だったね、ごめんね」
「私の方こそごめんなさい。あんたが悪いんじゃないのよ」
そして佐野洋子氏はこう書く。
「母さん、呆けてくれて、ありがとう。神様、母さんを呆けさせてくれてありがとう」
「何十年も私の中でこりかたまっていた嫌悪感が、氷山にお湯をぶっかけた様にとけていった」
「私はほとんど五十年以上の年月、私を苦しめていた自責の念から解放された。
私は生きていてよかったと思った。本当に生きていてよかった。こんな日が来ると思っていなかった」
いささかオーバーな表現ではある。

中村うさぎ氏は『私という病』で
「親だって人間だ、神様じゃないんだから完璧じゃないのは当たり前じゃん、と思えるようになって初めて、人は親に対する過剰な期待や失望や恐怖から逃れられるのだ。それは「親を許す」という行為でもある。同じ人間として対等な目線にならなければ、我々はいつまでも「親を許す」こともできず、したがって「親に支配される」ことからも逃れられない。要するに、「自立できない」のだ」
と言っているが、佐野洋子氏はこういう割り切ったわけではないように思う。

ヘンリー・フォンダとジェーン・フォンダ父娘は絶縁状態だったのだが、『黄昏』という仲の悪い親子が和解するという映画で共演した。
そんな簡単にこじれた関係が修復されるものかいなといささか白けたが、『シズコさん』にもちょっとそういう感じがする。

佐野洋子氏の母親は2006年8月に93歳で死ぬのだが、佐野洋子氏(1938年生まれ)はその数年前に乳ガンがんになり、乳ガンの再発が骨に転移して葬式では歩けなくて車椅子なのである。
そして、『シズコさん』は2006年1月号から2007年12月号まで「波」に連載されている。
ガンになって自らの死を目の前にし、そして母親が寝たきり・呆けになったことで、重くのしかかっていた母親への思いが変わってきたのか、それとも『シズコさん』を書くことが母親との確執を溶けさせたのだろうか。

それで思ったのは、よくポックリ死にたいと言うが、死んでいく本人はそれでいいとして、残された者としては突然死なれてしまうと、死者との間にある問題が整理されず、中途半端なままになってしまい、それが負い目となっていつまでも引きずってしまうのではないかということである。
その意味でも、きちんと別れをする時間が必要だなと思う。

『シズコさん』について一つ文句を書くと、母親を弁護しているのかもしれないが、こんなことを書いている。
「いつから母はあの様な人になったのか私ははっきりわかる。
終戦のどさくさのあと民主主義というなじみのないものの洗礼を受けたからだ。
母は父に口答えをする様になり、子供をこづき回す様になった。時代のしつけに埋もれていた女の価値観が全部はがれ落ちたのだ」
「片手落ちの民主主義で、権利はどこまでも主張し、権利と義務が表裏一体であることに気づかない様なのである」
佐野洋子氏からこんなお説教を聞きたくない。

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ジョン・M・マグレガー『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』

2009年05月25日 | 


『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』という映画の予告編を見て唖然とした。
何なんだこれは、という驚き。

レイトショーだったので、残念ながら映画を見なかった。
だけど、ジョン・M・マグレガー『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』という本が図書館にあったので借りてきました。

ヘンリー・ダーガーは(1892―1973)が死んだ時、家主のネイサン・ラーナー(世界的に名前の知られた写真家であり、シカゴ・バウハウスの美術教育者であり、画家)は持ち物を整理するために部屋を訪れ、驚くべきものを発見する。
8冊におよぶ自伝『私の人生の歴史』、そして『非現実の王国で』というタープライターで清書された15冊、15145ページの原稿である。
世界最長のフィクションだとマグレガーは言う。
さらには、この物語の挿絵を綴じた製本済みの画集3冊が見つかった。
数百枚の絵は3m65cmを超える長いものもあり、紙の表と裏の両面に描かれている。
それらをダーガーは人に見せることも語ることもなかった。
ラーナーはダーガーの死後も部屋をそのままの状態で、2000年まで保管したというのだから、ラーナーさんも大した人物である。

ダーガーは1892年4月12日、シカゴで生まれる。
4歳になる直前に生母が35歳でなくなる。
ダーガーが生まれた時に50歳だった父に育てられる。
8歳で父親が身体を悪くし、ダーガーはカトリックの児童施設に入る。
12歳のころ知的障害児の施設に移されるが、ダーガーは精神遅滞ではなかった。
父が死に、脱走を何度かくり返した後、17歳の時に逃げ出してシカゴに戻る。
聖ジョゼフ病院の掃除人となり、その後50年以上、あちこちの病院で仕事をする。

他人とうまく人間関係を結べなかったダーガーには、親しい人はなく、部屋を訪ねてくる人もいなかった。
1963年、掃除人の仕事を強制的にやめさせられて自伝を書き始める。
この自伝『私の人生の歴史』は手書きの原稿にして5084ページあるが、実際にあったことについて語っているのは冒頭の206ページだけで、残りはすべて架空の出来事と言ってよいと、マグレガーは書いているから、どこまで本当かはわからないと思う。
1973年、81歳で亡くなる。

『非現実の王国で』の執筆を始めたのは1910年、19歳の時、執筆は11年以上続く。
『非現実の王国で』は7人のヴィヴィアン姉妹(5歳から7歳)が活躍する物語だが、暴力やサディズムが満ちあふれている。
「ダーガーは今や数百ものページをさいて、ひとりひとりの子供たちに加えられた拷問と殺戮を際限なく、血まみれの細部にいたるまで描写している。首を絞められ、吊され、首を切られ、ばらばらにされ、火炙りにされ、磔にされた子供たち、なかでも多いのは腹を開かれ内臓をかきだされた子供たちだ。子供奴隷は服を剥ぎとられ、滅多打ちにされ、飢えに苦しめられ、殺された」
大洪水や森林火災の描写が何百ページにもわたって続く。
「時には明らかに性的なものだ」
ダーガーの絵は稚拙だと私は思うが、何やら異様な迫力がある。
挿絵には少女の裸体が多く描かれており、股間には男性器がある。
「ダーガーが男女の解剖学的相違を知らなかった」という説があるそうだ。

8歳から17歳までいたカトリックの施設は1500人もの子供が収容されており、多くが重度の精神遅滞だったという。
ダーガーは信心深く、働いていたころは毎日1回、やめてからは1日4回ミサに出席した。
何らかの抑圧があったのかもしれないが、少女を描いた絵を見るとダーガーはロリコンだったのかと思う。

ヘンリー・ダーガーの謎

で、ロリータに話は飛ぶのだが、ずっと以前、ナボコフ『ロリータ』の大久保康雄訳(河出書房版)を読んだ時は、何が書いてあるかチンプンカンプンで、ただただ退屈だった。
若島正訳(新潮文庫版)はそれに比べるとまだ読みやすいが、すべてはハンバート・ハンバートの妄想なのかという、物語ることよりも冗舌さを楽しむナボコフの文体には辟易する。

ロリータといえばスタンリー・キューブリックの映画であり、主演のスー・リオンなのだが、ウィキペディアの「スー・リオン」の項を読むと、ロリータが17歳で死なずに長生きしたらこういう人生を送るのではないかと思う生活をしている。

http://www.geocities.jp/jkz203/blog14/Lolita2.jpg

母親が56歳の時の子供で、父親は10ヵ月の時に自殺しているというのがまず驚きである。
『ロリータ』の出演後、ジョン・ヒューストン『イグアナの夜』、ジョン・フォード『荒野の女たち』といった大監督の映画に出ている。
でも、17歳で結婚して、11年もたたないうちに破局。
次にアフリカ系アメリカ人のフットボール選手と再婚。
当時のアメリカは人種差別が激しかったのでスペインに移住するが、そこでアメリカ兵と浮気。
2度目の離婚を経験しアメリカに帰国すると、今度は殺人罪で40年の刑を宣告された男に一目惚れし、27歳で再々婚、これで女優生命は終わってしまう。
とはいえ、1983年に『サイキック・マーダー/透明殺人鬼の復讐』という映画に出演している。
37歳の時の作品である。
見たいような見たくないような。

ポスターに4人の俳優の写真があり、どれがスー・リオンなのだろうか。

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日本漢字能力検定協会の元理事と元評議員たち

2009年05月22日 | 日記

日本漢字能力検定協会の前理事長親子、背任の疑いで逮捕
日本漢字能力検定協会の大久保 昇前理事長らが、自らが経営する関連会社との取引で協会に損害を与えたとして、背任の疑いで逮捕された。大久保容疑者は19日、任意同行される際、「(背任については?)ないね、そういうことは。(メディアボックスはペーパーカンパニー?)そんなことない」と話した。
(関西テレビ5月19日)

容疑者は否認しているし、推定無罪の原則があるから、この二人についてはあれこれ言わない。
気になるのが、日本漢字能力検定協会の理事・評議員を辞任した人たちのことである。
理事長  大久保 昇
副理事長 大久保 浩(事務局長)
理事(6名)
明石 康(元国際連合事務次長)
犬丸 直(日本芸術院顧問)
坂井 利之(京都大学名誉教授)
千 玄室(茶道裏千家家元・大宗匠、日本国連親善大使)
水谷 修(名古屋外国語大学学長、元国立国語研究所長)
森 清範(清水寺貫主)
評議員(13名)
阿辻 哲次(京都大学教授)
梅原 猛(国際日本文化研究センター顧問)
大森 厚(全国専修学校各種学校総連合会名誉会長)
樺島 忠夫(大阪府立大学名誉教授)
菊池 明(全日本中学校国語教育研究協議会顧問)
木村 治美(共立女子大学名誉教授・エッセイスト)
倉澤 栄吉(日本国語教育学会会長)
小林 一仁(桜美林大学名誉教授)
小林 芳規(広島大学名誉教授)
杉戸 清樹(独立行政法人国立国語研究所長)
寺嶋 秋子(劇作家・脚本家)
長岡 宣雄(京都市国語教育研究会顧問・元公立小学校長)
野間 佐和子(株式会社講談社代表取締役社長)

このそうそうたる顔ぶれが、2009年5月19日現在ではこういうメンバーとなっている。
理事長 鬼追 明夫(元日本弁護士連合会会長)
理事(6名)
植田 耕治(元京都成安学園常務理事)
長田 全(元新日本証券株式会社常務取締役)
高坂 節三(コンパス・プロバイダーズL.L.C.ゼネラルパートナー日本代表)
高木 直二(元早稲田大学理事)
水谷 修(名古屋外国語大学長・元国立国語研究所長)
監事(2名)
中野 淑夫(公認会計士)
松浦 正弘(弁護士)
評議員(13名)
阿辻 哲次(京都大学教授)
大森 厚(全国専修学校各種学校総連合会名誉会長)
菊地 明(元青山学院大学文学部講師)
木村 治美(共立女子大学名誉教授・エッセイスト)
倉澤 栄吉(日本国語教育学会会長)
小林 一仁(桜美林大学名誉教授)
小林 芳規(広島大学名誉教授)
近藤 勝重(元㈱ダイエーホールディングコーポレーション代表取締役社長)
笹原 宏之(早稲田大学教授)
寺嶋 秋子(劇作家・脚本家)
長岡 宣雄(京都市国語教育研究会顧問・元公立小学校長)
森 博達(京都産業大学教授)
山本 真吾(白百合女子大学教授)

明石康氏、千玄室氏、森清範師、梅原猛氏といった人たちはどうして辞めたのだろうか。
おぼれる船からネズミが逃げ出したのかと、私などは邪推してしまう。

○○検定というのは山ほどあって、中にはおかしなものもある。
その中で、漢検を2,893,071人もの人が受けている(平成20年度)のはいろんな理由があるだろうけど、理事会の顔ぶれが有名人ぞろいというのも大きい。
漢検はこの人たちが理事会に名前を連ねているからという安心感があると思う。
ところが、漢検の看板とでもいうべき人たちがさっさと辞めてしまった。
問題が明らかになったとたんに辞任したのでは、じゃあ、一体何なんだ、ということになる。
こういう状況だからこそ踏ん張って信頼を取り戻そうとは思わなかったのか。

名前を貸しただけというのがホンネだろうけど、理事会の一員になることを承諾した責任があるわけで、明石康氏の辞任の理由が「多忙なことなど」なんて言いわけにもならない。

今年の漢字を揮毫している清水寺の森清範貫主にしても、漢検の広告塔となっていたことをどう考えているのだろうかと思う。
「旅費及び日当は除き、理事としての報酬は一切支払われていない」とのことだが、はたしてそれだけのことなのだろうか。
鈴木宗男議員が
国会で報酬額などについて質問しているのももっともである。

船場吉兆の客が食べ残した料理の使い回し、赤福餅の偽装事件などがなぜ問題かというと、老舗だから間違いない、という信頼を裏切ったからである。
辞任した人たちは似たようなものだと思う。

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松尾剛次『破戒と男色の仏教史』

2009年05月19日 | 仏教

親鸞が比叡山を下りたのは性欲の問題を抱えていたからだとされるが、ある先生は性欲よりも権力欲ではないかと言われていた。
中級貴族出身の親鸞が出世を望んでも先は見えている。
ところが、松尾剛次『破戒と男色の仏教史』によると別の理由があったそうだ。
「親鸞は、当時、最澄作とされた『末法燈明記』を引用しながら、末法の今、戒律を守っている僧は、市場にいる虎のような存在で、危険で信頼できないと、切り捨てている点でした。親鸞のそうした、痛烈きわまりない、切々たる心情の背景には、何があったのでしょうか。こうした歯に衣着せぬ批評の背景に、親鸞の実体験があったはずです」
という問題提起を松尾剛次氏はする。

「こうした末法意識や無戒の認識は、やはり、自己が修行生活を送った延暦寺での破戒状況に基ずくと考えられます。兵法をこととする僧兵の存在、多くの真弟子(僧侶の子どもで自分の弟子となった僧)の存在に見られる女犯の流行、そして、男色の一般化、がその背景にあったのでしょう」
「当時の延暦寺の官僧たちの間では、女犯や童子たちとの男色が一般的でした。九歳で入寺した親鸞も、男色の環境を免れなかったと思われます」
ええっと驚く説だが、『破戒と男色の仏教史』を読むと納得である。
「僧侶の男色は、11世紀頃には一般的となっていたと思われます」
「中世寺院における、僧の男色相手といえば、童子とか稚児と呼ばれた、垂れ髪の男児が有名です」

男色は僧侶だけではなく、貴族や武士でも当たり前のことだったそうだ。

東大寺別当になった学僧の宗性(1202~1278)の起請文を松尾氏は紹介している。
35歳の時の誓文。
「二、現在までで、九五人である。男を犯すこと百人以上は、淫欲を行なうべきでないこと。
三、亀王丸以外に、愛童をつくらないこと。
五、上童・中童のなかに、念者をつくらないこと。」
35歳で95人と経験しているというのもすごいが、不淫戒を犯していることに恥じているわけではないし、まして男色をやめようという気もさらさらないようである。
「当時、男色はなんら恥じることではなかったことが窺えます」

親鸞のひ孫である覚如はその意味でずいぶんかわいがられている。
「幼少の頃から学才の誉れが高く、容姿端麗であったようです。13歳で延暦寺の学僧宗澄の許に入室しましたが、14歳の時に、三井寺の浄珍が、僧兵を遣わして武力で宗澄から覚如を奪ったといいます。その理由は、「容儀事がらも優美なる体」(容姿端麗)であったからといいます。しかしまもなく、興福寺の一乗院の信昭が、浄珍の許から覚如を奪おうとしたようです。しかし叶わなかったため、父親の覚恵に頼んで、ついに覚如を興福寺に移住させたというのです」

宗性のほかの起請文を見ると、不淫戒ばかりでなく、不飲酒戒なども破っている。
33歳の時の誓文には
「飲酒の薫習は、久しく、全く断ずることたやすいことではない。病患を治さんがために良薬として用いんとす。すなわち、六時の間、三合を許すのである」
41歳の時の別の誓文には
「敬白す 一生涯ないし尽未来際断酒すること
 右、酒は、これ放逸の源であり、多くの罪の基である。しかるに、生年十二歳の夏より、四十一歳の冬に至るまで、愛して多飲し、酔うては狂乱した」

これじゃアル中である。

宗性の別の起請文によると、仏教を勉強するのは悟りを得るためよりもまずは名誉欲、出世欲からである。
「五、たとえ、名利のために聖教を学ぶといえども、必ず無上菩提に廻向すべきであること」
「名利のために聖教を学ぶ」こと自体を否定していない。
「官僧たちは、天皇の命令によって開かれる勅会に招待され、僧正・法印を頂点とする僧位・僧官の昇進を「名利」としていました。そのために、仏教を研究していたのです」

宗性は破戒僧と言うべきかもしれないのだが、しかし学僧として一流の人物であり、また東大寺の別当をつとめている。

「法然、親鸞、日蓮、道元、叡尊、忍性といった鎌倉新仏教の担い手たちも、破戒が一般化していた延暦寺や醍醐寺などの官寺で、童子として過ごした経験があるのであり、寺の実態に疑問を持ち、いわば内部批判からの新しい運動が生まれたともいえます」
「僧侶の男色の一般化を目の当たりにして、自己の封印した過去をも見つめて、「無戒」と「持戒」の相反する運動が起こったといえるかもしれません」

なるほど。

でもプラトン『饗宴』によると、古代ギリシャでは男女の愛よりも男男の愛のほうを上位に置いている。
宗性が古代ギリシャに生まれていたら公然と愛童を囲うことができただろうし、親鸞が比叡山から下りることもなかったかもしれない。
以下、『饗宴』からの引用。
「男の種族の片割れは男を恋求め、少年の時代には男の種族の子孫として、大人の男にあこがれ、かれに付き従い、纏わりつくのである、そしてかれらは、もっとも優れた存在である太陽の子孫として、男らしく優れた存在なのである」
「またかれらが成人したとき美しき少年を愛し、結婚や子供を作ることには自然と無頓着となり、かれらが結婚し子供をつくるのは習わしからそうするだけのことである。むしろ結婚することなしに若い、美しい少年と一生を過ごすことをよしとするのである」
もっともソクラテスには妻が二人いたそうで、なかなか侮れないおじさんなのである。

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中村うさぎ『私という病』2

2009年05月16日 | 

他人に認めてもらうことで自己確認しようとするのは、自分の中に何もないからだ。
中村うさぎ氏は「自分の行為の動機が「自己確認」であることを知っている。だが、問題は、「どのような自己を確認したいのか」という点だ」と言う。
清沢満之の「自己とはなんぞや、これ人世の根本問題なり」ですね。
しかし、自己評価の低い人に「自己とはなんぞや」と問うても、そんなものありませんとという答えが返るのではないだろうか。
自分の中に何もないと思っているから、外から何かを持ってきて空白を埋めようとする。
そんなことをしているうちに依存になってしまう。

近藤恒夫『薬物依存を越えて』に、薬物依存についてこう書かれてある。
「私は、薬物依存とは「痛み」と「寂しさの痛み」の表現だと受けとめている。「痛み」とは身体的な痛みで、「寂しさの痛み」とは自分は学校や社会の中で必要とされていない、役に立たないという気分の悪さ、疎外感、虚しさ……という心の痛みである」
「覚醒剤やコカイン、シンナーなどの薬物は、耐え難かった身体の痛みや寂しさの痛みを、努力なしできわめて効率的に取り除いてくれる魔法のクスリなのである。そして、身体的な痛みと寂しさの痛みが強ければ強いほど効き目は大きく、薬物依存に陥りやすい」

近藤恒夫氏によると、依存症者は心に飢えを抱えており、自分自身にはないパワーを自分の外に求めて飢えを満たそうとするそうだ。
それは他者からの賞賛や関心だったり、あるいは覚醒剤や酒だったりするわけだ。

中村うさぎ氏が依存症について、ガス漏れ不安からガス栓を何度も確認し、ついには外出できなくなってしまう強迫神経症に快感がプラスされた病が依存症だ、と説明していて、きわめてわかりやすい。
「己の不安を解消するための思い切った行為が強烈な快感を呼び、以後、ガス栓を確認するようにその行為を何度も何度も繰り返すのだが、それは「不安解消と恍惚感の確認の儀式」に過ぎず根本的な問題解決ではないから、あっという間に形骸化し、しかも儀式であるがゆえに何やら呪術的な強迫観念が生まれて、止められなくなってしまうのだ」

他によって自己確認するわけだから、常に他人が自分をどう思っているかが気になる。
近藤恒夫氏は「依存症者とは、いつも自分以外の他人を気にしながら生きている人」と言う。
アルコール依存症の自助グループの人が、「今まではプライドが高くて、自己中で、人のことを考えずに生きてきました。そのくせ他人が自分をどう思っているかが気になる。アルコール依存症はみなそうなんです。自分を中心に世界がまわっていると思ってるから、人がどう思ってるかが気になるんです」と話してて、思わず「そう、そう」とうなずいてしまった。

香山リカ「心が傷つき、回復するということ」を読むと、中村うさぎ氏のような人(私のような人でもある)が増えているらしい。
診察室での相談を聞いていると、「現在生きている多くの人たちは、みんな何となく不本意な気持ちとか理不尽な気持ちを持っていると思うのです。自分は一生懸命やっているのに報われないという気持ちの人が今非常に多い」と香山リカ氏は言う。
「私はまじめにやっているのに、私は頑張っているのになぜ幸せになれないんだ。こんなに頑張っているのに。こんなに一生懸命やっているのに」
だから、不本意な現状を認められない。
でも認めざるを得なくなってくる。
そうなると怒り(「どうして私がこんなひどい目に」)を感じる。
そしてまた否認し、そして怒りを持つ。
否認と怒りをずっとぐるぐる繰り返して、次の段階に行けない。

この怒りということ、近藤恒夫氏が言う恨みと通じていると思う。
「もう一つ、薬物を理解するうえでキーワードとなるのは「恨み」の感情だ。薬物依存者の心の中は、自分ではコントロールのできない恨みの感情で満ちている。薬物依存者は家庭や学校、職場で、自分の思い通りにならなかった体験をたくさん抱えている。コンプレックスと言い換えてもいい。嫉妬や羨望、自己憐憫、高慢なども含むコンプレックスが、ドロドロとした恨みの感情になって、心の中に沈殿されたままになっている」
「やっかいなことに、薬物依存者はクスリを使い続けるために、この恨みさえも巧みに利用する。クスリを使うためには理由が必要だ。そこで、誰かを悪者にして恨みを晴らすために、クスリを使う。恨みが大きければ大きいほど、クスリを使い続けるためには好都合なのだ」

恨みが内に向かえば依存症(薬物に限らず摂食障害とか)になるし、外に向かえば、たとえば動機のない通り魔事件になるのではないかと思う。

「何をもって幸せとするかみたいなことに対して、今、価値観が非常に揺らいでいるわけですね」と香山リカ氏は言ってる。
現実の生活の中でどうして価値を見いだすか、生きている意味を見つけるか、基本的な自信をどのようにしてつちかうか。
「「私という病」は、私が死ぬまで抱えていかなくてはならない「自意識」という名の不治の病なのである」と中村うさぎ氏は言うが、ほんとその通りだなと思う。

ロバート・I・サイモン『邪悪な夢』に、ウィリアム・スローン・コフィン牧師「私はオーケーじゃない。あなたもオーケーじゃない。だからこそオーケーなんだ」という言葉が紹介されていて、そこらに答えがあるような気がする。
近藤恒夫氏によると、シンナーやガス依存者本人は「自分はいい人間ではない」と思っている、つまり自尊感情が乏しい子が多いそうだ。
誘われると、「友達を失いたくない」という気持に負けて一緒にやってしまう。
シンナーやガス依存の人にコフィン牧師の言葉は届くだろうと思う。

ネットで検索すると、コフィン牧師は神学者・聖職者・反戦運動家、ルービンシュタインの娘婿であり、1968年5月スポック(小児科医)ら5人とともに徴兵拒否の教唆扇動罪で起訴されている。
大したもんだと感心した。

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中村うさぎ『私という病』1

2009年05月13日 | 

ある本を読んでいたら「アンパンマンのマーチ」
「なんのために生まれて なにをして生きるのか
 こたえられないなんて そんなのはいやだ!」

が引用されていた。

これはまさに「生まれた意義と生きる喜びを見つけよう」である。
子どもが小さいころは耳にたこができるくらい聞いていたが、こういう歌詞だとは気づかなかった。

47歳の中村うさぎ氏はデリヘル嬢を三日間する。
いい歳したオバサンがいったい何を考えているのかと思うが、『私という病』を読むと、なぜデリヘル嬢をする気になったのか、その気持ちがよくわかる。
中村うさぎ氏は他人から求められることによって、「生まれた意義と生きる意味を見出そう」としたのだろうと思う。
ホストに金目当てのセックスをしていただいた中村うさぎ氏は、「私はもう女としての価値はないの?」と思って、女としての自信を取り戻したい、そのためには男に求められる必要がある、と考える。
「早い話が、私は男にムラムラされたいのである」

しかし、男に求められればそれで自己確認欲求が満たされるかというと、そうはいかないことを中村うさぎ氏は自覚している。
他人から認められることによって自己確認しようとするのだが、一度認めてくれたらそれで満足というわけにはいかない。
常に他人が認めてくれないと安心できないのである。
でも、そんなことは無理な注文だし、それにほめられることに慣れれば、本当だろうかと不安になる。
じゃあ、どうなったらいいのか。

「自分の欲しいものがわからない、という感覚は、私にとってお馴染みのものである」
問題は、何がどうなれば満足するのか、それがわからない、ということである。
「私たちは、自分を肯定したいのである。社会的にも性的にも人間的にも、「私はこれでOK。ちゃんと、周囲の皆に認めてもらってるわ」と安心したいのである。仕事場の上司や同僚や後輩たち、取引先の人々、友人、恋人、家族から、自分の「存在意義」をそれぞれ肯定されて、初めて私たちは自分が一人前の人間であることを確認する」
と中村うさぎ氏は言う。
自己確認のために中村うさぎ氏は買い物、プチ整形、ホストなど依存のはしごをするわけである。

ロン・ハワード『フロスト×ニクソン』という映画は、ウォーターゲート事件で辞任したニクソン前大統領にテレビ・インタビューする話。
ニクソンは中産階級の出身である。
いくら成功しても名門の奴らは認めてくれない、だから賞賛されるためには常に勝ち続けなければならない、というようなことをニクソンが言う。
このニクソンの独白は中村うさぎ氏の言ってることと同じ。
人からなぜか好かれないニクソンが必死で自己確認していると思うと、なんだかかわいそうになってくる映画でした。

リストカットも認めてほしいから、注目してほしいから何度もするんだそうだ。
ある人は「リストカットするのは誰かにかまってほしいからなんですよ。かまってほしい、見てほしい、ということですね。包帯やリストカットした傷跡を人に見せてね、「どうしたの」と聞かれたら、「実は昨日ね」という感じです」と言っている。
で、何かあるたびにリストカットする。
リストカットが他者の注目を集める自己確認という行為だとしたら、自己確認のために自殺する場合があるかもしれない。
自殺すれば、死ぬほど苦しんでいる自分の苦しみを他人はわかってくれるだろうというような。

『私という病』を読むと、風俗へ行く男たちもこれまた自己確認ということになる。
風俗嬢は私を拒まず、私や私の欲求をそのままを受け入れてくれる。
そして、風俗嬢を蔑視することで自我を保つことができる。
デリヘル嬢になった中村うさぎ氏も客も、そして私も、他の何かによって自分の価値を確かめ、そうして自尊心を回復しようとする。

宮城先生が外道とは自分の外にあるものを支えとする道だと言われているが、こうした自己確認のやり方ではいつまでたっても飢餓感が満たされることはない。
それはわかっていても、外のものによって満たそうとする。
それが依存になるらしい。

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自分のいとしさを知る者は 他の者を害してはならぬ

2009年05月10日 | 仏教

私は頭の回転が鈍いので、人と話をしていても、後から「ああ言えばよかった」と思うことがしょっちゅうである。
ある人が「宅間守でも死刑には反対か」と聞いてきた時も、「死刑になりたいからというので殺す人間には死刑は意味がない」というようなことを言ったのだが、それだけではなくて、自分を大切に思えない人は他人をも大切に思えないということをつけ加えればよかったと思った。

コーサラ国のパセナーディ王が王妃のマツリカに、「あなたには自分自身よりももっと大事なもの、いとしいものがあるか」と王が尋ねると、マツリカは「私には自分よりももっといとしいと思うようなものは考えられません」と答えた。
これじゃ自分勝手すぎやしないかと心配になった二人は釈尊に相談した。
すると釈尊はこのように答えた。
「人の思いはどこへも赴くことができる
 されとどこへ赴こうとも
 自分よりさらにいとしいものを見出すことはできない
 それと同じく他の人々にも 自分自身はこのうえもなくいとしい
 されば自分のいとしさを知る者は 他の者を害してはならぬ」


この話はどんな人間も自分が一番大切だと思っているという前提があってのことなのだが、自分が大切ではない、生きようと死のうとどっちでもいいと思っている人が少なからずいる。
そういう人に「自分を大切に思うなら他人も大切にしなさい」と言っても理解してもらえないと思う。
たとえば、一審で死刑判決を受けた被告が控訴せず、一審で死刑が確定することばしばしばある。
名古屋の闇サイト殺人事件でもそうで、一審で死刑判決を受けた二人の被告は控訴しなかった。
おそらく彼らは自分なんかどうなってもいいと思っていて、生きようという気がないのではないか。
自分がいなくなっても誰も悲しまない、自分なんかいてもいなくてもかまわない人間なんだ、と思っているかもしれない。
死刑を求刑する検事は、お前みたいなクズはさっさと死ぬのが世の中のためなんだ、と言い、そして死刑判決を出す裁判官は、お前なんか生きてる価値がないからおとなしく死んでくれ、というメッセージを被告に送っているわけである。
被告自身もそう思っているわけで、それに追い打ちをかけるように否定されることを言われたのでは、被告が罪の意識とか反省するとか、あるいは生き直そうという気にはなかなかなれないだろうと思う。

自分はダメなんだ、いないほうがいいと思っているのは犯罪者だけではない。
死にたいと本気で考えたことがある成人は19%いて、その中でこの1年間に自殺を考えた人が20%。
つまり成人が約1億として、4%、約400万人がこの1年間に自殺したいと思っている。
そして実際に自殺を試みた人が10万人以上いて、3万何千人かが死んでいる。
自殺まで考えなくても、自分なんてどうなってもいいと思っている人はもっと多いはずだ。

香山リカ氏は「心が傷つき、回復するということ」という講義録で、「最近さらにわかりにくい心の傷みたいなものも非常に感じることがあるのです」と言っている。
「特に心の傷になるような事件や事故や虐待とか何か出来事、リストラされたとか失恋したとかがあるわけではないのだけれども、漠然と傷ついているといいますか。この人たちは、いわゆる自己肯定感、自分を肯定する力が非常に弱い。自分の価値を低く見積もっている。でも、それの原因になるようなはっきりした何かがあったわけではどうもない。でも、はた目から見ると、結果としては心が傷ついている。そして自分は無価値だとか、だれからも必要とされていないとか、私なんか意味がないとか、いなくなったって同じだとか、どこにも居場所がないという、自己肯定感が目減りしているような人たち、特に若い人を中心としてこういう人たちが目につく」
「この人たちと話をしていると、じゃあいつからそういう傷つきが始まったのかと思って話していると、本人も思い出せないぐらい昔からそうなわけです」
「ずっとそうだったけれども、そのままでは生きていけないから、自分はだめだけれども、だめだというのを隠さなければいけない。だから、例えば学校では一生懸命勉強するわけです。そして、親からはいい子だとか、勉強できると思われることでようやく自分の生きる権利みたいなのを確保するわけです。いつもいつもよく見せているわけです。非常に無理をしている」

自分を否定している人が大勢いるわけだ。
自殺と犯罪は自己否定ということでは裏表の関係にあるのかもしれない。

酒鬼薔薇事件などの少年事件の弁護人を務めている野口善国弁護士はこういう話をしている。
「非行少年は非常に気弱です。いわゆるつっぱった少年に会った記憶はありません。非行少年というのはみんな自分がダメだと思ってます。自分はどうでもいいダメな人間だと思っているんですね。自己評価が低い。自分が無価値な存在だから、他人も無価値だと考えている。人の命の大事さというのがわかんないから、自分の命も大事じゃないんです。だから他人の命もどうでもいい。
自己評価の低い人は自分を大切に思うことができない。自分を大切に思わない人は、他人を大切に思うことはできない。そして、自分をダメだと思っている子は、努力する意欲が少ない。そういう意味で自信というか、自己評価を高めていただきたい。
自分が大事にされているという感情、他人に認められているという感情を持ててはじめて、本当の意味の人に対する思いやりであるとか、罪の意識とかを持つことができるんです。
人間というのは自分の命が大事だと本当に思えば、それによって人の命も大事だと思う。そのことによって、はじめて本当に反省が生まれてくると思うんですね」

じゃあ、自尊感情がない人に対して、自分が大切に思えるようになるためにどうはたらきかければいいのか。
香山リカ氏の話の続き。
「成績がよくなれば自信がつくとか、あるいはかわいい彼女ができて自信がつくなんていう人もいるかもしれませんね。現実的な解決です」
普通はそういうアドバイスをするわけだが、それではうまくいかないそうだ。
「何とかその人たちに少しは自分に対する肯定感みたいなものを得てもらおうとしていくわけなのですけれども、これはなかなか難しい。そこで限界を感じるのか、スピリチュアル的なほうによく行ってしまいます。占い師のところに行ったら、私は前世からの宿題を背負って今苦労していると言われて納得したとか。そういう話にすごく納得して、それで自分の価値があるんだとか、自分というのは今、だから困難を背負っているんだとかいうふうに、スピリチュアル的なところに行ったりして」
カルトにはまるのもこういう人たちなのかもしれない。
どうして占い師の言うことを信じてしまうのか、スピリチュアルにはまる人が自分を肯定するようになるのだろうか、そこらを知りたいものです。

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「サウイウモノニワタシハナリタイ」

2009年05月07日 | 死刑

坂上香氏は「死刑と終身刑を考える」で、かつては死刑に消極的に賛成だったと語っている。
考えを変えたのはチリからアメリカに亡命したベロニカ・デ・ネグリという女性との出会いがあったからである。
ネグリさんはチリの秘密警察に1年半にわたってさまざまな拷問と強姦を受けている。
『癒しと和解への旅』に、ネグリさんがどういう拷問を受けたか書かれている。
たとえば、膣の中に生きたネズミを入れられ、出ようとしたネズミがネグリさんの内蔵を引き裂いた。
ネグリさんはそのままの状態で何日も放置されたという。
さらには、息子さんはカメラを手にデモに参加し、秘密警察によってガソリンをかけられて焼き殺された。

坂上香氏はネグリさんに会い、体験を聞いているうちにネグリさんの被害者性が乗り移ってしまう。
「被害者ではない私が、あたかも自分が被害にあったかのような、バーチャルな被害者になってしまい、最後には私は興奮しながら彼女にこう言いました。「ひどいよね。そんな奴、あなたをそんな目に遭わせた人や、息子さんを焼き殺した秘密警察なんかは、死刑になって当然よね」
そうすると、それまではパッションを持って語っていた彼女の表情が、ガラッと変わったんですね。今でも覚えているんですが、血の気が引いていくような感じで、「何を言ってるの、あなたは」という表情になって、「死刑にしてどうなるのよ」と、今度は私が問い返されたんですね。私はどこかで、被害者だったら死刑を望んで当然だろうと思っていて、彼女を慰めるつもりで言った、その言葉が実は慰めになっていなかった」
ネグリさんはこう言う。
「私が拷問を受けたことも、息子が殺されたことも、すでに起こってしまったことなのよ。事実を変えることはできないでしょう。私はね、何がどのようにおこなわれたのか、真実が知りたいのよ。そして犯人は、自分のおこなったことを悔い改めるような処遇にされるべきだと思う」
被害者遺族は死刑を望むに決まっていると思っていた坂上香氏は、被害者感情にもいろいろあるのだということを初めて実感したという。

私も以前は、死刑に反対だが死刑になっても仕方ない場合もある、という考えだった。
死刑反対と言いながら、条件付き死刑反対、つまりは消極的死刑賛成論者なのに、それを自覚していない偽善者だったわけである。
でも、私もささやかな出会いがあって、どういう場合でも死刑を認めるわけにはいかないという考えるようになった。

被害者はすべてネグリさんのようでなければならない、と言いたいのではない。
坂上香氏はマーサ・ミノウ『復讐と赦しのあいだ』という本を紹介している。
マーサ・ミノウの考えは、死刑はすべての権利を奪う、何の可能性も残さないということ。
「被害者に赦すことを強要してもいけないが、赦す機会さえ奪ってしまうこともいけない。加害者にしても被害者にしても、その間で選択できるように、何らかの社会的政策を講じるべきだというふうにマーサ・ミノウは言っています」
「全部の可能性を奪ってしまう死刑も、社会的な政策としては間違っているし、「赦せ」とい政策も間違っている。その間のベクトルを大切にすべきだ」

話は飛ぶのだが、A神父のキリスト教についての話を聞いた。
「キリスト教とは?」という話で、これが面白かった。
A神父の話のような、わかりやすい真宗入門本を誰か書いてくれないかと思う。
A神父によると、キリスト教の核とはイエスが救世主だと信じることではなくて、人間としてのイエスの教えと生き方を受けいれ、イエスの教えを自分の生き方のモデルとして生きようとすることである。
宮沢賢治ではないが、「そういう人に私はなりたい」と思う人がキリスト教徒だというわけだ。
となると、仏教徒とは釈尊の生きたような生き方を自分の生き方にしたいと思う人だし、真宗門徒とは阿弥陀如来の願いを自分の願いとして生きていく人となる。
十方無量の諸仏という言葉があるように、こういう生き方をしたいと思う人(私にとっての仏)は大勢いるはずだ。

で、A神父は死刑には反対だというので、私は被害者感情をどう考えたらいいのだろうかという質問した。
そうしたら、A神父に代わってB牧師がこういう話をしてくれた。
「自分にはできないかもしれないけど、ああ、いいなあ、こういうふうになれたらいいなという例を二つ紹介します。
一つは松本サリン事件の河野義行さんです。河野さんはオウム真理教の元信者と親しいそうで、河野さんの家や庭の手入れをその元信者がしているそうです。河野さんは、憎んだり恨んだりして人生を送りたくない、と考えた。
私は自分の妻が殺されてもそうできるかどうかはわからないけど、こういう生き方はいいなと思います。
もう一つは、徳山高専の女子学生が殺された事件が2006年にありました。加害者と思われる男子学生は自殺をしました。ある人から教えてもらったんですけど、娘さんを失って1年半ぐらいたった時に、このご両親は男子学生の両親はどんな気持ちでいるのかなと、ふっと思って、連絡したんだそうです。そしたら男子学生の両親がやって来た。その時に、被害者のお母さんが加害者のお母さんに手を差しのべた。そして二組の夫婦が泣き合ったんだそうです。それからお互いこの1年半の間をどういう思いで過ごしたかを語った、ということがあったんですね。
加害者の親はどんな気持ちなんだろうか。どういうふうに暮らしているんだろうか。そういう思いが被害者の両親に生まれたということはものすごいことだと思うんです。自分にできるかどうかわからないけど、できればそういう思いを持てたらと思います」
私もそう思います。

また話は飛んで、クリント・イーストウッド『グラン・トリノ』『ミリオンダラー・ベイビー』を思わせる作品。
最後に主人公がする選択、これはいろいろ解釈ができるだろうが、怒りや憎しみに対してどうすればいいのかという生き方をモン族の若者に示したのだと思う。
高倉健や鶴田浩二が敵役の理不尽な仕打ちに耐えに耐え、そうして最後、殴り込みをかけるという東映任侠映画はこれはこれでかっこいいのだが。

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「死刑反対論者は被害者のことを考えていない」

2009年05月04日 | 死刑

ある場所で、B氏が「死刑反対論者は被害者のことを少しも考えていない」という内容の歌を歌って拍手喝采を浴びた。
そこで私としてはあれこれと反論を考えたわけです。

いつも思うのだが、「死刑反対論者は被害者のことを考えていない」と言うのなら、だったら死刑に賛成のあなたは被害者のことを考えているんですか、考えているとしたら被害者のために何かしているのですか、と聞きたい。
そして、「死刑反対論者は被害者のことを少しも考えていない」としたら、死刑に反対している被害者遺族も被害者のことを考えていないことになるし、シスター・プレジャンのように被害者支援をし、被害者から信頼されている死刑反対論者も被害者のことを考えずに被害者支援をしているということになってしまう。
そもそも殺人事件の4割は加害者が家族、つまり被害者遺族が同時に加害者家族でもある。
この人たちの多くはおそらく死刑を求めていないだろうと思う。

次の邪推混じりの反論。
「加害者は死刑にしろ」と叫ぶことは被害者のことを考えることにはならないと思う。
国が被害者を利用して厳罰化を進めているからだ。

治安は良好なのに、体感治安が悪化しているのはマスコミの責任が大きい。
日本は殺人事件が少ないから、事件が起きるたびにマスコミは大々的に取り上げるし、何日も事細かに報道する時間がある。
だから治安が悪化してる、凶悪犯罪が増えていると思い込んでしまう。
ところがアメリカでは殺人事件は珍しくないから、すべての事件を取り上げることはできないし、次々と事件が起こるのでみんな忘れ去ってしまうそうだ。
それなのに、日本はなぜか厳罰化が進み、刑の長期化、死刑判決が増えている。
死刑大国のアメリカですら死刑執行、死刑判決はともに減っている。
アメリカの死刑執行数のピークは1999年で、98人を執行している。
2000年から減り、2000年は85人、2006年は53人、2007年は42人、2008年は37人。
アメリカの死刑囚の数も2008年1月に3,309人だが、以前よりは数百人単位で減っているし、死刑判決も1993年に287だったのが、2007年には110と減少している。
日本での死刑執行は2005年は1人、2006年は4人、2007年は9人、2008年は15人と年々増えており、ひょっとしたらアメリカを追い抜くかもしれない。

なぜ日本では厳罰化が進んでいるかというと、それは国(そしてマスコミも)がいわゆる「被害者感情」を強調することによって、厳罰化を求める世論を作っているということがある。
国の狙いは国民の管理統制強化ではないかと邪推している。
いわゆる「被害者感情」とは怒りや恨み、憎しみ、そして復讐心である。
しかし、被害者のすべてがそういう感情を持っているわけではない。
警察が流す情報をメディアはそのまま報道し、それによって世論が作られていく。

坂上香「死刑と終身刑を考える」で紹介されている『JUVES』というカリフォルニア州の少年刑務所を舞台にしたドキュメンタリーの中で、町の人が少年終身刑受刑者についてこう語っているそうだ。
「子どもたちが罪を犯したのだから仕方ないでしょう。終身刑で当たり前でしょう」
「14歳だろうと15歳だろうと、ちゃんと判断できる年齢なのだから当然でしょう」

坂上香氏はこう言う。
「ほとんどがテレビなどのマス・メディアから情報を得て、厳罰化を支持しています。元警察官も「マス・メディアが私の意見に影響を与えていると思います」と認めています。彼はメディアの影響について話しています。「テレビなどでは少年犯罪が凶悪なイメージで報道されています。長い人だと終身刑を言い渡されます。でも、メディアの報道とは反対に、実際には犯罪は減っています。メディアがいかに少年たちを悪魔のように描いているか。それによって世論や政策が厳罰化に向かっているか」ということを言っています」

作られた「被害者感情」に我々が安易に同調することによって、加害者(中には無実の人もいる)を攻撃し、厳罰を求めることになる。
死刑について話している時に、「治安を守るためには厳しくしないと」とある人が言うので、「日本は治安がいいし、犯罪は少ない」とあれこれ説明したら、「いくら犯罪が少ないといっても被害者はつらい思いをしている。だから」と言われた。
そりゃそうだけれど。
別の人は「被害者に代わって国が復讐するのが死刑だ」なんてことを言っていた。
その場にいた人たちは保守派ではなく、どっちかというとアウトロー的、反体制的な人ばかりなのに、国が国民を監視し、今よりももっと管理、統制することを望み、その力を国に与えるようなことを言ってるわけで、これはどういうことなのだろうかと不思議になった。
ネットでは「あんな奴は裁判なんかせずに、さっさと死刑にしろ」という意見にしても同じ。
実際、小林多喜二は特高に殺されてしまったわけで、そういう時代になることを望んでいるのだろうか。

これからは屁理屈。
ヒトラーは、ドイツ人が苦しい生活を送っているのはベルサイユ条約(ドイツとその同盟国はドイツのGNP20年分の賠償金を課せられた)のせいだ、ドイツは被害者だと被害者意識を強調し、復讐心を煽った。
ドイツ国民は「被害者感情」、そして正義は我にありと思い、そうしてナチスは政権を取った。
今の厳罰化賛成の雰囲気は国民皆被害者という感じがする。
B氏の歌にしろ、「被害者感情」に乗っかって「許せない」「殺してやる」と攻撃しているわけで、それを笑いながら聞いている観客がいて、これは草の根ファシズムだなと思ったわけです。

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