三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

フランク・ブレイディー『完全なるチェス』

2014年02月26日 | 

ジャック・フットレル『思考機械の事件簿』の名探偵は「チェスの駒を初めて手にする者でも、論理的な思考能力さえ有効に働かせば、一生を盤面の研究にささげつくした専門棋士を相手にしても、容易に勝利をかちとることができる」とうそぶいて、チェスの全国大会で優勝した。

『思考機械の事件簿』は小説だが、実話を元にしたスティーヴン・ザイリアン『ボビー・フィッシャーを探して』では、7歳の少年が公園でチェスの試合を見ているうちに自然とチェスを覚え、世界チャンピオンをかつて負かしたことのある人と対等の試合をした。

 ←『ボビー・フィッシャーを探して』

天才というのはそういうものだと思っていたが、フランク・ブレイディー『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』を読むと、チェスは才能だけで勝てるような甘いものではない。

チェスの天才であり、奇行で有名なボビー・フィッシャーはIQは180。
6歳でチェスを始め、14歳で全米チャンピオンになっている。
そんなボビー・フィッシャーでも、7歳のときにブルックリン・チェスクラブで試合をして、最初は全ての対局で負けている。
12歳でアメリカで一番強いマンハッタン・チェスクラブに通ったり、ジョン・コリンズの指導を受けたりした。
放課後になると図書館へ行き、チェスの本を読破し、棋譜を暗記した。
そして、9歳から11歳までのあいだに年間1000局、11歳から13歳までの間に年間2000局をこなしている。
そんなボビー・フィッシャーでも世界チャンピオンになったのは32歳のとき。
天才は1%の才能と99%の努力だというが、99%の努力をしつづけることができる人が天才なわけです。

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「死刑囚の絵画展」のアンケート

2014年02月22日 | 死刑

「死刑囚の絵画展」でのアンケート結果を某氏からいただきましたた。
いくつかご紹介します。

「涙がとまりません。罪を悔いる人の命を奪ってはいけないと、心から思い至りました。(60代)
「死刑囚の生活環境はひどいものだと聞いているが、よくそのひどい環境の中で、これだけの作品を生み出せるということにまず驚いた」(40代)
「殺人を犯した人を許せるようになりたい。その立場に立った時どうすればよいか分からない」(20代)
「死刑囚が描いた絵の1つ1つから、彼らもまた人間であるということを感じられた」(20代)
「何故このような素晴らしい作品を残し、作り続けている人が、罪を犯してしまったのか、縁の深さ、すごさに胸が締め付けられます」(70代)

死刑囚の絵画を見て「すばらしい」と感じる人ばかりではありません。
「人を殺したりする人の絵は、何かとても恐ろしい物を感じます」(40代)
私はすばらしいと思う人より、どのように恐ろしいと感じてたかに関心があります。

死刑制度についても死刑賛成の方の感想もあります。
「「国家的殺人」と云う言葉は違和感を覚える.仏教の教えにも天国と地獄があります。悪い事をしたら人は地獄に落ちると日本人は学びました。
悪い事もしないのに命をうばわれた人々はどうなりますか? その子、その家族は? 肉体は滅びても罪は永遠に消えません」(70代)
「自分の子どもが被害に会ったら加害者を助けますか。疑問に思う。裁判になったら加害者を守り、遺族は見守るだけ。
オウムの宗教こそ全員早く死刑執行を願う。10年も生きている事が国の損失である。死刑廃止は反対です」(80代)
「死刑がよくないという事はわかります。裁きは人間がするものでもありません。死刑確定者達の想いも伝わりました。
でもなんであろうが悪い事をしている以上、死刑制度は必要だと想います。なにもかも許しの心をもてる人は人間ではなく“ホトケ”です。
であるならあやまちを犯した人間達は裁きを受け、後悔し、苦しみながら死をもって償い“来世”に生まれればよいのだと思います」(30代)
「死刑制度を被害者家族の救済と考えるのではなく、そもそも罪を犯さないための社会的ルールの一環と私は考えます。罪を犯した人を死刑にすることはそのルールを守るものであり、やはり必要なことだと思います」(20代)
「絵をかざっている死刑囚が何をしたか、書くべき。卑怯。卑劣。姑息。偏りがある」(20代)

「死刑を国家や法による殺人と捉えることに違和感があります。死刑に値するほどの犯罪を犯した者が悪いのであって、死刑は殺人ではなく因果応報です。国や法のせいにすべきではありません。
私は死刑執行に賛成しているわけではありません。それほどの犯罪おとはを犯すことのそのものに反対しています。家族の支え、社会の支え、自身の心のよりどころとなるもの全てに背を向け犯罪に手を染めてしまう者の、最後のとりで、ストッパーとなるものが死刑制度だと思います。死刑制度が抑止力にならない=自分の命に興味がない者は残念ですが、他の何であっても止めることは難しいと思います。しかし、死刑への怖れが犯罪を思いとどまらせることは現実にあるはずです。死刑に反対するのではなく、犯罪行為そのものをなくす運動の方が大きな価値があると思いました。死刑は遺族感情のためでも、国による殺人でもなく、犯罪を犯した者自身が選んだ道です」(30代)

「犯罪行為そのものをなくす運動」の一つが「社会を明るくする運動」です。
〝社会を明るくする運動〟作文コンテスト入賞作品に、小学校6年の女の子がこんなことを書いているので、一部ご紹介します。

それともう一つ、私が犯罪や非行のない社会にするために必要だと思うことは、家族です。(略)
また、社会の人々の目も大切です。もし、あなたが犯罪をおかしてしまって刑務所に入ったとします。その何年か後、しっかり反省して、あなたは刑務所から出てきました。でも、社会の人たちは、あなたのことを冷たい目で見てきます。そんな立場になったとき、あなたはいやな気持ちになりませんか。きっといやな気持ちになると思います。
だから、今の社会に必要なのは、その人のやったことに対して冷たく当たるのではなくて、やってしまったことは、やってしまったこととして、その人の未来をしっかりサポートしていってあげることが、今の社会に必要なことだと思います。
このように、人が、犯罪、非行をしてしまうのは、今の社会のせいであるのかもしれません。大切なのは、大人になっても、はなれていても続く親友という関係と、暖かく見守ってくれる家族、そして、今の社会を生きる私たちの暖かいサポートがあってこそ、明るい社会ができると思います。

排除しない社会が犯罪を減らすのだと私も思います。

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『ウルフ・オブ・ウォールストリート』

2014年02月18日 | 映画

私は映画を見ながら、一瞬寝てしまうことを何度も繰り返す。
しかし、マーティン・スコセッシ『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は上映時間約3時間にもかかわらず、眠気が吹っ飛ぶ映画だった。
しかし、見てて居心地が悪かった。
というのが、主人公を美化しているように思ったからである。

主人公のジョーダン・ベルフォートはインチキ投資会社ストラットン・オークモントの創業者で、投資詐欺の被害額は約200億円。
投資詐欺とマネーロンダリングの罪で4年と、1億1千万ドルの賠償金の実刑判決が下る。

映画のチラシにはこんなふうに書かれている。

実在したウォール街の株式ブローカーのダイナミックな成功とセンセーショナルな破滅を描く、仰天、興奮、衝撃のエンタテインメント!

ウォール街には、金にまつわる豪快な逸話がいくつも転がっているが、なかでも特別スケールの大きな話がある。26歳で証券会社を設立、年収4900万ドル(約49億円)を稼ぎ出し、10年間の栄光の果てに、36歳で楽園を追放された男、ジョーダン・ベルフォートの物語だ。成功、放蕩、破滅─そのすべてにおいて彼は、いまだ誰も超えられない破格の伝説を打ち立てたのだ。

度肝を抜くエピソードの宝庫であるベルフォートの半生を映画化したのは、アカデミー賞受賞監督マーティン・スコセッシ。監督がこの過激なキャラクターに指名したのは、5度目のタッグとなるレオナルド・ディカプリオ。ハリウッドのトップに君臨するふたりだからこそ、観る者の心をとらえて離さない強烈な問題作が誕生した。
学歴もコネもないのに、どうやってのしあがったのか? 周囲を熱狂させ、人々の〈欲望〉を巨額の〈カネ〉に換えた魅力とは? そして、すべてを手に入れた男が頂点から転がり落ちたその理由とは? 常識と良識を一時オフにして、破天荒な人生を楽しむ、驚愕のエンタテインメントが完成した!


「成功」と言ったって、人の金をだまし取ったからなのに。
8歳の子供がいるシングルマザーの社員が子供の学費として5千ドルを貸してほしいとジョーダン・ベルフォートに頼んだら、2万5千ドルの小切手をくれた。
本当は他人のことを気にかける優しい奴なんだ、というエピソードのつもりなのかもしれない。
しかし、そのころのジョーダン・ベルフォートにとっては2万5千ドルは紙切れみたいなものである。
このシングルマザーにしたって、口先三寸で顧客をだましては笑い物にしていたんだろう。

「破滅」とあるが、映画を見ているかぎり、破滅したようには思えない。
健全な生活に戻っただけのように思える。
刑務所に入ったといっても、「自分が大金持ちだということを忘れていた」というセリフがあるが、テニスをしているシーンがあるぐらいで、警備の軽い刑務所を22か月で出所している。
聞いた話だと、アメリカの刑務所では金があれば何でも手に入るそうだ。
逮捕され、離婚し、おそらく慰謝料や養育費に莫大な金額を支払ってるのだろうが、それでも依然として大金持ちなわけである。

ジョーダン・ベルフォートは現在、自己啓発プログラムの販売会社を経営、講演活動も行なっていて、著書を二冊書いているそうだ。
まあ、賠償金を支払わないといけないのだから、稼いでもらわないといけない。
かといって、今もいい暮らしをしているとしたら腹が立つ。



『アメリカン・ハッスル』も詐欺師の映画だが、主人公は自分を友達だと信じ切っている市長(みんなのためを考えているいい市長さんです)を裏切っていることに悩む。

こちらのほうがずっといい。

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『バックコーラスの歌姫たち』

2014年02月14日 | 映画

歌手の後ろで歌っている人たちは下手な歌手よりも上手なんだろうなと、かねがね思っていた。
モーガン・ネビル『バックコーラスの歌姫たち』はそんなバックシンガーのドキュメンタリー。
面白いのが、彼女たちの多くは父親が牧師で、小さいころから聖歌隊で歌っていたということ。

原題は『20 Feet from Stardom』、つまりスターの座までたったの20フィート、だけど無限の距離がある。
ダーレン・ラヴは2011年にロックの殿堂入りをし、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」で84位だが、一時は家政婦をしていた。
クラウディア・リニアはミック・ジャガーたちとデュエットしていたが、現在はスペイン語教師をしている。
リサ・フィッシャーは1992年にグラミー賞受賞しているが、バックシンガーをしている。

バックシンガーのすべてがソロを目指しているわけではないそうだが、ソロとしてデビューする人は少なくない。
しかし成功する人は少ない。
スターになるのにはどうすればいいのか。
歌唱力もさることながら、精神力が強い、エゴが強くて自己PRができなければならないそうだ。
そして、スティーヴィー・ワンダーは選曲とプロデューサーが大きいと言う。
自分で作曲しない歌手は作曲家やプロデューサーに頼るしかない。
しかし、歌のうまい者、予備軍はいくらでもいる。
結局のところ、スティングが言う、運というか宿命ということなのかもしれない。

ミック・ジャガー、ブルース・スプリングスティーン、スティング、スティーヴィー・ワンダー、ベット・ミドラーたちがバックコーラスの歌姫たちについて語っているが、これらの人たちこそ何十年も第一線で活躍を続けているわけで、奇跡みたいなものだと思う。

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「キネマ旬報」ベストテン特集号

2014年02月10日 | 映画

お待ちかねの「キネマ旬報」ベストテン特集号を買いました。
日本映画のベストテン。
1位『ペコロスの母に会いに行く』
2位『舟を編む』
3位『凶悪』
4位『かぐや姫の物語』
5位『共喰い』
6位『そして父になる』
7位『風立ちぬ』
8位『さよなら渓谷』
9位『もらとりあむタマ子』
10位『フラッシュバックメモリーズ 3D』

11位から20位
11位『フィギュアなあなた』
12位『甘い鞭』
12位『地獄でなぜ悪い』
14位『横道世之介』
15位『はじまりのみち』
16位『恋の渦』
17位『少年H』
18位『東京家族』
19位『許されざる者』
20位『ぼっちゃん』

その他の映画をいくつか。

21位『遺体』
24位『清須会議』
24位『ばしゃ馬さんとビッグマウス』
26位『永遠の0』
28位『チチを撮りに』
29位『日本の悲劇』
30位『リアル~完全なる首長竜の日~』
34位『戦争と一人の女』
42位『千年の愉楽』(若松孝二の遺作なのに)
選外『なにもこわいことはない』(「映画芸術」では4位)
ベストテン予想は7作が正解、20位までだと16本でした。

外国映画です。

1位『愛、アムール』
2位『ゼロ・グラビティ』
3位『ハンナ・アーレント』
4位『セデック・バレ第一部 太陽旗/第二部 虹の橋』
5位『三姉妹~雲南の子』
6位『ホーリー・モーターズ』
7位『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』
8位『ザ・マスター』
9位『熱波』
10位『もうひとりの息子』
たった3本しか当たりませんでしたが、予想した作品で20位まで入っているのは9本なので、まったく見当違いでもなかったです。

11位から20位

11位『嘆きのピエタ』
12位『ヴァン・ゴッホ』
13位『ジャンゴ 繋がれざる者』
14位『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』
14位『グランド・マスター』
16位『42〜世界を変えた男〜』
16位『リンカーン』(昨年7位の『戦火の馬』より落ちるわけでもなかろうに)
18位『塀の中のジュリアス・シーザー』
19位『ゼロ・ダーク・サーティ』
20位『ムーンライズ・キングダム』
20位までは14本が当たりました。

その他です。

21位『少女は自転車にのって』
22位『わたしはロランス』
23位『天使の分け前』
24位『きっと、うまくいく』
27位『キャプテン・フィリップス』
47位『世界にひとつのプレイブック』
56位『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』
59位『シュガーマン 奇跡に愛された男』
68位『恋するリベラーチェ』
68位『クロニクル』
75位『偽りなき者』
81位『テッド』(「スクリーン」では9位)
99位『キャビン』
146位『ウォールフラワー』(「スクリーン」では17位だが、「キネマ旬報」では1人が2点)
156位『パシフィック・リム』(「スクリーン」で15位、「映画秘宝」では1位なのに、「キネマ旬報」では1人だけの1点)

他のベストテンもご紹介します。

「映画芸術」日本映画ベストテン
1位『ペコロスの母に会いに行く』
2位『共喰い』
3位『舟を編む』
4位『恋の渦』
4位『なにもこわいことはない』
6位『もらとりあむタマ子』
7位『リアル~完全なる首長竜の日~』
8位『フラッシュバックメモリーズ3D』
8位『横道世之介』
10位『かぐや姫の物語』
10位『戦争と一人の女』

ワーストテン

1位『東京家族』
2位『風立ちぬ』
3位『地獄でなぜ悪い』
4位『人類資金』
5位『R100』
5位『そして父になる』
7位『少年H』
8位『清須会議』
9位『藁の楯』
10位『ガッチャマン』
10位『凶悪』
10位『戦争と一人の女』

ヨコハマ映画祭ベストテン

1位『凶悪』
2位『舟を編む』
3位『ペコロスの母に会いに行く』
4位『そして父になる』
5位『横道世之介』
6位『さよなら渓谷』
7位『地獄でなぜ悪い』
8位『許されざる者』
9位『共喰い』
10位『チチを撮りに』
11位『恋の渦』

「スクリーン」のベストテンです。

1位『ゼロ・グラビティ』
2位『愛、アムール』
3位『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』
4位『ゼロ・ダーク・サーティ』
5位『42〜世界を変えた男〜』
6位『ジャンゴ 繋がれざる者』
7位『嘆きのピエタ』
7位『ハンナ・アーレント』
9位『テッド』
10位『世界にひとつのプレイブック』
10位『天使の分け前』

12位『塀の中のジュリアス・シーザー』

13位『少女は自転車にのって』
13位『リンカーン』
15位『パシフィック・リム』
16位『キャプテン・フィリップス』
17位『ウォールフラワー』
18位『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』
19位『恋するリベラーチェ』
19位『ザ・マスター』
「キネマ旬報」と重なっているのは、ベストテンだと4本、ベスト20でも11本。

その他の映画をいくつか。

22位『セデック・バレ第一部 太陽旗/第二部 虹の橋』
24位『熱波』
31位『もうひとりの息子』
37位『ホーリー・モーターズ』
39位『ムーンライズ・キングダム』
『三姉妹~雲南の子』は順位不明。(49位までしか載っていないため)

「映画秘宝」

1位『パシフィック・リム』
2位『ゼロ・グラビティ』
3位『ジャンゴ 繋がれざる者』
4位『地獄でなぜ悪い』
5位『クロニクル』
6位『セデック・バレ』
7位『凶悪』
8位『キャビン』
9位『ゼロ・ダーク・サーティ』
10位『風立ちぬ』

気が早いですが、2014年キネマ旬報ベストテン予想をしてみました。

邦画
『舞妓はレディ』
『ほとりの朔子』
『小さいおうち』
『渇き。』
『蜩ノ記』
『TOKYO TRIBE』

洋画

『ドラッグ・ウォー 毒戦』
『ウルフ・オブ・ウォールストリート』
『アデル、ブルーは熱い色』
『アメリカン・ハッスル』
『ラッシュ/プライドと友情』
『鉄くず拾いの物語』
『エレニの帰郷』(シネコンで上映するそうで、世の中変わったものです)
『メイジーの瞳』
『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』
『追憶のローマ』
『ノア 約束の舟』
『スノーピアサー』(さすがのポン・ジュノでも無理か)
『光にふれる』
軽く10本を超えてしまいました。
ベストテンの傾向と対策を練らないと。

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青草民人「ヨイトマケの歌」

2014年02月06日 | 青草民人のコラム

車で聞いていた桑田佳祐のCDから、突然、美輪明宏の「ヨイトマケの歌」(作詞・作曲 丸山明宏)の歌詞が聞こえてきた。

子供の頃に小学校で
ヨイトマケの子供 きたない子供と
いじめぬかれて はやされて
くやし涙に暮れながら
泣いて帰った道すがら
母ちゃんの働くとこを見た
母ちゃんの働くとこを見た

歌は知っていたが、改めて聞いたとき、急にフロントガラスの風景がかすんで見えた。目にいっぱい涙が溢れてきた。

今はいっぱしになって、立派な家にも住み、贅沢な暮らしをさせていただいている自分。しかし、貧乏とまでは言わないまでも、風呂もない長屋暮らしのつつましい暮らしをしてきた少年時代を思い出したとき、歌詞と自分が重なって聞こえた。今思えば、親に迷惑もかけたのだろう。親は我慢しても、子どもには苦労をかけまいとしていたのだろうなと思った。

姉さんかぶりで 泥にまみれて
日にやけながら 汗を流して
男に混じって ツナを引き
天に向かって 声をあげて
力の限り 唄ってた
母ちゃんの働くとこを見た
母ちゃんの働くとこを見た

ある日、友だちが、新しい自転車を買ってもらった。当時は方向指示器のついたサイクリング車が流行っていたが、同級生でも裕福な家の子は、こぞって新しい自転車を買ってもらい、遠乗りをするのが遊びになった。俺もほしいな。と思ったが、高価な自転車をそう簡単に買ってくれなんて言えなかった。

でもあるとき、親父が知り合いの自転車屋で、中古のサイクリング車を買ってきてくれた。ドロップハンドルを普通のハンドルにかえた、足がやっと届くかどうかという、まあ、いまならレアものだろうが、自分がほしい自転車とはほど遠い自転車だった。子どもながらに不満もあったが、その時初めて贅沢は言えない自分を知った。


でも、親父の気持ちを考えたら、何とかしてやろうという気持ちが伝わり、子どもながらに不満もあったが、その時初めて贅沢は言えない自分を知った。でも、親父の気持ちを考えたら、何とかしてやろうという気持ちが伝わり、子どもながらに自分に納得するように言い聞かせた。

大学に入るとき、自分は教員に一日でも早くなって自立したいと思った。しかし、国立大学には落ち、日本一学費の高い私立大学に合格した。さすがに学費が高かったのだろう。学費の安い補欠で合格した私立大学に行ってくれと言われたが、どうしても小学校の先生になりたいと言った。しばらく考えていた親父が心配するなと言ってくれた。

親父は個人タクシーの運転手。少しでも稼げる深夜の仕事を続けた。大学入試の勉強をしている自分に、毎晩仕事の途中、吉野家の牛丼を差し入れてくれた。酒を飲むと「おれには学がないから」というのが口癖だった。親父は、若いときに福井から上京し、苦労しながら、おふくろと兄妹二人を育ててきた。

大学に入ると、回りには裕福な家庭で育ったお坊ちゃんやお嬢さんがたくさんいた。会話が弾まない。友だちなんかできるのかな。そんなことばかり考えていた。派手な遊びの話をする友だちがうらやましい。でも、勉強をしっかりしないと親に申し訳ない。一日も早く先生になって、親の期待に応えよう。大学は通過点だ。自分に言い聞かせるように大学時代を送った。

好きな女の子もいた。でも、付き合えなかった。生活が違いすぎるからだ。くやしかった。でも、今考えてみれば、そんなことを考えていた卑屈な自分がいたことがもっとくやしい。後悔しても、もうあの頃にはもどれないのだから。

あれから何年経ったことだろう
高校も出たし大学も出た
今じゃ機械の世の中で
おまけに僕はエンジニア
苦労苦労で死んでった
母ちゃん見てくれ この姿
母ちゃん見てくれ この姿

ヨイトマケの歌を聞いて、もう一つ感じた。今のお父さんやお母さんは自分の子どもを自分の背中で教えられるのだろうかと。もちろん私自身を含めてだが、満ち足りた暮らしの中で、子どもに苦労させないことが、本当によいことなのだろうか。美味しいものが山ほどあり、楽しいことがこんなにたくさんあって、今の子どもたちは本当に幸せなのだろうか。

「ヨイトマケの子ども」といじめ抜かれた子どもが、母ちゃんのはたらく姿見て、勉強するよと学校に戻る。今では、そんな親もいなければ、子どももいない。生活もない。貧しさがバネになって、がんばろうとしてきた自分たちが、子どもを甘やかして育ててしまったつけだろうか。

どんなきれいな声よりも
僕を励ましなぐさめた
母ちゃんの唄こそ 世界一

私たちの時代のものは、親を亡くすことが多い年代になってきている。年末になると喪中のはがきが多く届くようになった。自分も子育ての終盤を迎え、あの頃の親父やおふくろの苦労が身にしみてわかるようになってきた。「ヨイトマケの歌」、忘れてはいけない歌に聞こえた。美輪明宏が歌う「ヨイトマケの歌」を、深夜一人でもう一度聞いた。

父ちゃんのためなら エンヤコラ
子どものためなら エンヤコラ
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マイケル・ジョーンズ『レニングラード封鎖』

2014年02月02日 | 戦争

デイヴィッド ベニオフ『卵をめぐる祖父の戦争』という、ドイツ軍によって封鎖されたレニングラードが舞台の小説がすごく面白くて、それでレニングラード攻防戦に興味を持ち、マイケル・ジョーンズ『レニングラード封鎖』を読みました。

レニングラードはドイツ軍によって1941年9月8日から1944年1月27日までの872日間封鎖され、当時、約300万人の人口のうち約100万人の市民が死亡した。
気温がマイナス40度に下がった1941年12月半ばから1942年3月半ばまでの三か月の餓死者は80万人を超すと推計されている。
レニングラードの人々はどのようにして生き延びたのか。

『レニングラード封鎖』を読みながら、災害時には人々は助け合うことを検証したレベッカ・ソルニット『災害ユートピア』を思い出した。
レベッカ・ソルニットは「災害時には二つの集団がある」と言う。
・利他主義と相互扶助の方向に向かう多数派
・冷酷さと私利優先がしばしば二次災害を引き起こす少数派
多数派は一般市民であり、少数派には権力者・エリート・メディアが含まれる。

レニングラードでも同じだった。
『レニングラード封鎖』によると、三者に分けられると思う。
・人間的価値を保ち続けようとした人たち
・生き延びようとして自己を見失った人たち
・私利私欲しか頭にない人たち

1942年1月と2月の公式死者は20万人。
1日に7000人、あるいは8000人が死亡している。
3月には赤痢が発生し、1日の死者数は2万~2万5000人に達したと推定される。
そういう状態の中でも、他人を助けたいという思いが、人々に生き延びようという気を起こさせた。

イリーナ・スクリパチョーワ

他人を助けることが生き残る鍵になった。

見ず知らずの人から援助を受けるといった、助け合いと犠牲の精神も現れた。
マカロニの配給の長い行列で、老婦人が小さい子供がいるエレーナ・コーチナに最後のマカロニを譲ってくれたり、体調を崩したエレーナ・コーチナの叔母に同僚が配給券を届けてくれた。

ダニール・グラーニン

他人を救った人たちは、自分自身を救った。芸術と文化がそれを助けた。

封鎖中でもいくつかの劇場とコンサートホールはずっと活動を続けており、飢えに苦しむ市民たちは展覧会やコンサートに出かけた。

もっとも、献身的行動ばかりではなく、生き延びるために醜い行動へ追い込まれた人たちもいた。

アナトリー・モルチャノフ

ほかの人たちと交際しなかった人はもたなかった。そしてわれわれは市内で多くの人がろくでなしになり、いつも他人の不幸から利益を引き出そうとしているのを目にした。

エレーナ・コーチナ

どんなことをしてでも自分の命を救うことを追求する人たちがいる。彼らは配給券を盗む。通行人の手からパンをひったくり、拳骨の雨の中でそれを食らう。子供をさらうことまでする。彼らは飢えと死の恐怖のために狂いながら市街をうろつく。毎日、数えきれない悲劇が起き、この都市の沈黙の中へと消えていく。


食べるために肉が切り取られた死体が少なくなかった。
組織された人食い団が活動していた。

ドミトリー・リハチョフ

肉を手に入れて売るために人を殺した悪党どもがいた。

封鎖中に少なくとも300名の市民がカニバリズム(人肉食)のかどで処刑され、1400名以上が同じ罪状で投獄された。

しかし、食糧がなかったわけではない。
1941年12月には、凍結したラドガ湖を通ってトラックが毎日食糧と補給品を運び込んでいた。
1942年2月10日ごろは、食糧の輸送量は1日3000トンに達している。
『卵をめぐる祖父の戦争』で描かれているように、市、党、軍隊の幹部には食糧や衣類などは十分にあったが、市民への配給は増えなかった。
一般市民よりも権力を持っている人がかえって怖いと『災害ユートピア』にあるが、レニングラードでも同じである。

そもそもドイツ軍にあっさりとレニングラードを封鎖されたのは、ソ連軍北西戦域軍総司令部総司令官ヴォロシーロフ元帥が無能だったからである。
1937~1938年の赤軍粛清では、5人の元帥のうち3人が銃殺、軍司令官16名のうち15名、軍団長67名のうち60名、師団長169名のうち136名が粛清され、軍隊に事実上指揮官がいなくなったのだが、粛清の中心にいたのがこのヴォロシーロフである。

春が近づき、雪の下のたくさんの死体や大量の排泄物が出てきて、伝染病の感染源となる恐れが生じたので、女性住民に道路清掃をするよう命令が出た。
衰弱して動けない人が逮捕されることもあった。
しかし、市民は自ら進んで清掃するようになり、集団作業は生き延びるという決意をもたらし、市民に連帯感、使命感が生まれた。

1942年の春から事態は好転するが、市の当局者は検閲を強化し、自分の日記に状況を素直に書いたことだけで、逮捕される人が続いた。

ドミトリー・リハチョフ

電気も水道も新聞もなかった時でさえ、当局はなおもわれわれを監視し続けていた。

当時のレニングラードの党指導者ジダーノフはスターリンの腰巾着で、戦後にジダーノフ批判といわれる文化人や知識人への抑圧をした人。

だからソ連はダメなんだと思うが、しかし考えてみると、封鎖下のレニングラードは世界の縮図ではないだろうか。
世界中にはレニングラードのように戦争や飢餓で苦しむ人が大勢いるが、それは政治の無策ためだし、持てる者が食糧を抱え込んでいるからである。

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