三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

カール・ポパー

2006年05月27日 | 日記

 

カール・ポパー(1902~1984)という科学哲学者は精神分析やマルクス主義の批判をもしている。
ポパーは「貧困を終わらせること以上に重要なものはありえない」と感じ、十代のころは自分を共産主義者と見なすようになった。
そのポパーがどうしてマルクス主義の批判者となったのか。

ポパーが17歳の時、共産主義者のデモ行進に警官が発砲して数人が殺される事件が起こった。
普通なら、デモ隊に発砲する権力に対して怒りを感じ、ますます闘争をエスカレートしていくのだが、ポパーはそうではない。
この時、ポパーは警察に対して恐怖を感じただけではなく、共産主義者である自分自身に対しても同じことを感じたという。

なぜなら、マルクス主義理論は社会主義の到来を早めるために、階級闘争を激化させることを要求する。
革命はある程度の犠牲を必要とし、人の生命を危険にさらすことを義務づけている。
このことは恐るべきことである。

目的達成のために多くの人の死を当然視することはマルクス主義だけの問題ではない。
ポパーは、人々を幸福にする理想社会を革命的な方法で一挙に実現しようとする全体論(ユートピア主義)を批判し、それに代わって、避けられる不幸を一つ一つ取り除いていこうとする地道な漸次的社会工学を提唱したそうだ。

屍を積み上げて理想社会を作ろうとした連合赤軍やオウム真理教がポパーを知っていたらと、関雅美「ポパーの科学論と社会論」を読んで思った。

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ロン・ハワード『ダ・ヴィンチ・コード』

2006年05月25日 | 映画

ロン・ハワード『ダ・ヴィンチ・コード』はカンヌ映画祭で失笑を買ったそうだが、原作を読んでいない人はこの映画を見て、どういう話か理解できるのかと思った。
たとえば、銀行の夜間支配人の行動なんてまるっきり理解できず、この変なオジサン、何者なんだと思うだろう。
あるいは、修道僧シラスの過去(子供のころから司教と出会うまで)がフラッシュバックで描かれるが、これも観客にわかってもらおうなんて少しも考えていない。
だいたい、こういった調子で映画は展開する。

そもそも、原作はミステリーとしては大したものではない。

犯罪の黒幕はすぐわかる。
『ダ・ヴィンチ・コード』は物語よりもウンチクを楽しむ小説である。
それなのに、映画ではフィボナッチ数列の説明はないし、鏡文字もあっさり。
これじゃ、クリームの入っていないクリームパンみたいなもの。

物語の謎とは、黒幕が誰かよりも、イエスがマグダラのマリアと結婚して子供が生まれた、ということである。

そして、聖杯とはマグダラのマリアのことであり、マグダラのマリアの遺体がどこかに隠されている、ということになっている。
イエスに子供がいたら、イエスは神ではなくて人間だということになるので、教会はこのことを隠してきた。
異教徒の私としてはどうでもいい話に思える。

で、イエスの子供の子孫が今も現存していて、DNAを調べたらイエスの子供だとわかる、だから聖杯(=マグダラのマリア)を探している、という説明がなされている。

しかしですな、2千年前の人物となると、1世代30年として、約60世代。
2千年前の遺体からDNA鑑定ができるとして、60世代も経ていたら血縁関係がある確率はかなり低いものになるだろう。
神武天皇の遺伝子が云々と似た話ではあります。

おまけに、マグダラのマリアの子孫だと証明されても、イエスのDNA(神にそんなものがあるとして)は見つかっていないわけだから、イエスの子孫かどうかはわからない。

どうしてそんなに必死になるのかさっぱり理解できない。

そもそもマグダラのマリアは聖人に列せられているから、仮に遺体が見つかったとしたら、教会にとってプラスになるはず。

なにせ明らかにウソっぽい聖遺物(イエスの包皮まである)ですら、崇拝されているのだから。

キリスト教の異端思想のウンチク・ミステリーを読みたいのなら、『ダ・ヴィンチ・コード』よりも笠井潔『サマー・アポカリプス』のほうがお勧めです。

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カニバリズムとスカトロジー

2006年05月19日 | 日記

小2の時だったと思うが、「人間豚」という人形劇を小学校で見た。
人間を豚に変える工場ができ、その人間豚を食糧にするというまさに悪夢のようなお話で、人間豚たちが歌う「僕も私も人間豚♪」というフレーズはいまだに頭に焼き付いている。

人肉を食べるということはおぞましさと同時に、何か気になって仕方ないという不思議な魅力があることはたしかだ。
以前の「少年マガジン」や「少年サンデー」はマンガばかりではなく、雑学や実録も載っていて、その中にフランスの船が難破し、ボートでイカダを引こうとしたが動かないのでロープを切り、イカダは漂流したが、食べ物がなくなり餓死した死体の肉を食べた、というような話もあって、ゾクゾクしたもんです。
ネットで調べると、1816年に起きたメデューズ号の遭難事件のことでした。

『水滸伝』には人を殺して食べたり、人肉を売ったりする場面が何度か出てきて、それがまたあっさりと書かれている。
桑原隲蔵『東洋文明史論』には、中国での人肉食の歴史についての論文もあって、唐の時代には実際に人肉が売買されていたそうだから、『水滸伝』が書かれた当時の人は「うまそうだな」と思いながら読んだのかもしれない。

日本でも飢饉の時にはやはり人間を食べたわけで、『日本残酷物語』にもそのことが書かれている。
へえーと思ったのが、

当時の人々にとっても、人肉を食うことがおそろしい罪悪だったことはもちろんである。ただ家畜の肉を食うことも、それにおとらぬ残虐な行為だった。

ということ。

馬肉を食うことにたいする当時の嫌悪と恐怖は、今日ではそのままうけとりにくいであろう。

として、こういう話が紹介されている。

人肉を食うという噂のある家へ用事があってたずねると、「馬肉を食べないか」と案内された。

見ると勝手では大釜で馬の骨を煮ており、男女がこのまわりをかこんで骨をとりあげ、骨の油を吸い、骨のあいだの肉をむしり食っていた。その様子はじつに鬼どもの食事といったらよかろうか、たとえようもないおそろしいことであった。

馬刺が好きな私としては、生きるか死ぬかという時に馬を食べないなんて、ちょっと信じられない。

森谷司郎『漂流』では、鳥島に漂流した漁師の一人はアホウドリの肉を食べようとせず、死んでしまった。
映画を見た時は、鳥の肉を食べないなんてウソっぽいと思ったのだが、あり得る話なのだろう。

なぜ日本人は動物の肉を食べなかったのか。
清水ちなみ『禿頭考』に、なぜハゲは嫌われるかの理由の一つは脂ぎっているからである、なぜ脂ぎっていると嫌われるかというと脂を日本人は嫌うからだ、それは日本人が肉を食べることを嫌うので、という風が吹けば桶屋が儲かる式証明がされている。

それでは、どうして日本人は肉食を禁止したのか。
仏教では殺生を禁じているからと考えがちだが、『禿頭考』によると、他の仏教国で肉食禁止は聞いたことがない、肉や乳製品を嫌うのは肉による穢れを言う神道しかない、ということになる。
『魏志倭人伝』に、服喪中には肉を食べないという禁忌が書かれているそうです。
明治2年になっても、八丈島の「一部の島民がひそかに牛を殺して食べるという事件が起きた。それが露顕して一味は逮捕され、十人が八丈小島に島流し」というんだから徹底している。

清水ちなみ説によると、肉食を忌むのは米作りと関係があるわけで、天皇制とも関係する。
我々ハゲがつらい思いをするのは天皇のせいなのか、という結論でした。
禿頭考


 

 

 


難破してイカダで漂流する人たちが、飢えや乾きのために小便を飲み、ウンコを食べた、というのは、人肉を食べるのとは違った種類の驚きだった。
ウンコを食べることに妖しさは感じられませんからね。

パゾリーニ『ソドムの市』はサドの小説が原作だが、ウンコを食べるシーンがあった(人肉も食べる)。
映画だからそれらしいものを作ったのだろうが、何やらにおってくるような、そんなシーンでした。

谷崎潤一郎『少将滋幹の母』には、ウンコ(香で作ったニセ物)の微に入り細をうがった描写があった。
『春琴抄』にも、春琴のウンコをどう処理しているかという場面があった。
谷崎潤一郎はウンコを実際に食べてみそうな気がする。

ウンチについてのウンチク本、小早川博(式貴士名義の『Uターン病』は心に残る傑作です)の『トイレで読む本』に、漫画家の東海林さだおは便意を感じると一分しか我慢できない、ということが書かれてあった、その時は中学生だったので、信じられなかった。
学校でウンコをしたくなると、家に帰るまでずっと我慢してましたからね。
ところが現在は、恥ずかしながら東海林さだお的状態。

コーエン兄弟『レディ・キラーズ』という映画に、突然便意をもよおし、そうなると我慢できないという人物が出てくる。
過敏性大腸症で治療法がない、全米に100万人(500万人だったかも)の患者がいる、と言ってた。
そうか、東海林さだおもその一人なのか、と妙に納得した次第です。

ところが、下痢が続いて病院へ行くと、「昨日は何を食べましたか。酒を飲みましたか」と聞かれ、「カレーを食べ、ビールを飲んだ」と答えると、「そりゃ下痢をしても仕方ない」とあっさりと診断されてしまいました。
そうか、過敏性大腸症じゃなくて酒のせいか。

このところ胃がもたれて、こりゃ胃ガンになったか、と医者に行くと、年のせいで胃の働きがよわったからだと言われ、胃薬(三種類)をもらって飲むと、調子がいい。
年はとりたくないものです。

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宮本常一編『日本残酷物語』

2006年05月17日 | 

江戸時代の農民はとにかく貧しく、いつも飢えていて、一揆ばかりしていたというイメージがありますが、佐藤常雄、大石慎三郎『貧農史観を見直す 新書・江戸時代〈3〉』には、実際はそうではなかった、ということが書かれています。

へえ、そうなんか、と思っていたのですが、『日本残酷物語』を読むと、貧農史観で正しいじゃないかと感じました。
もっとも貧しいかどうかというのはどこに基準をおくかですが、粗末な食事で長時間の重労働、そして収入はわずか、となると、やっぱり貧しかった。

江戸時代には自作農が主で、小作農は少なかったが、明治になり、地租を払うお金がないので、土地を売る者が増え、大地主が誕生した、とどこかで読んだことがあります。
となると、明治以前の日本は貧しかったが、次第に豊かになった、ということは間違いで、高度成長時代までは貧しい人はとにかく貧しかった、ということなんでしょう。
『日本残酷物語』は昭和34年の発行ですが、この時点でも決して豊かとは言えない人たちが普通にいたことが書かれているわけですから。

これは戦時中の話です。

第二次世界大戦中国民精神作興のためとのふれこみで、日をきめて梅干入りの握りメシでがんばろうという指令が中央から流されて来たときに、怒ったのはこの地方の人々であった。
「おれたちにそんなぜいたくなまねはできない。そんなぜいたくなことを耐乏生活と考えている政治家の顔が見たい」

この地方では、米のメシなど食べることなどなかったので、母親は米を満足に炊けることすらできなかったそうです。

貧しい人がいることによって豊かな人が存在するわけですが、『ホテル・ルワンダ』や『ナイロビの蜂』といったアフリカを舞台とした映画を見ると、アフリカの貧しさによって豊かな国がよりいっそう富むということがわかります。 

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池澤夏樹『憲法なんて知らないよ』

2006年05月15日 | 

少々長いけど、池澤夏樹『憲法なんて知らないよ』から引用。

五十年以上たってもまだ憲法とはどういうものかわかっていない人がいる。特に政治家にそういう人が多いから困ってしまう。
たとえば、「国民の権利と義務」のところに、国民の権利ばかり書いてあって義務がほとんどないと文句を言う。(略)
たしかに、国民の権利を書いた条項の方がずっと多い。だけど憲法というのはそういうものなんだ。もともと国というものが強すぎて困るから、それを憲法で制限することになった。
国というのはものすごく大きい。今の日本ならば一億三千万の人が国に属している。だから国を代理する立場の役人たちだってそれだけ大きな権限を持っている。
役人の方は専門家で法律の知識があるし、組織もある。予算だってたっぷりある。何かで個人と国が対立した場合、法律も知らない、たった一人の、お金もない個人はそのままではかなわない。
警察に呼ばれたら、普通の人は誰だってどきどきする。ライオンの前に立ったような気持ちになる。だって警察の後ろには国家があるから。
だから、国の強大な力の前に個人を対等の相手として立たせるために、憲法は国の力の方を制限して、なるべく個人を守るようにしている。
それが憲法というものの役割なんだ。
ある意味で、憲法は理想の表明だ。国をこういうふうに運営していこうという宣言だ。
憲法そのものは言葉でしかない。みんながその理想に向けて努力しなければ、憲法はすかすかになる。公布から五十六年、憲法に書かれたことで日本人の努力が足りなかった面は少なくない。
今、大臣たちや、国会議員や、裁判官や、官僚たちは第九九条に書かれたように「この憲法を尊重し、しっかり護る義務」を果たしているだろうか。憲法が邪魔と言わんばかりの発言は少なくないよ。


今の憲法はアメリカの押しつけだから改正すべきだ、という意見をよく聞きます。
しかし、憲法の理念(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義など)は素晴らしいものです。
国のために国民がいるのではありません。
国民のために国があるのです。
憲法を改正すべきだと主張する人は、国民なんて国のための歯車・道具だと考えているふしがあります。
憲法はなんのためにあるのか、理念は守っていかないと。

(追記)
安保法案に賛成した人、特に安倍首相に読んでほしいです。 

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被害者の救いへの道は

2006年05月13日 | 死刑

高橋哲哉『靖国問題』第一章「感情の問題」に、夫が戦死した方の陳述書が引用されています。
そこにはこういうことが書かれています。

私にとって夫が生前、戦死すれば必ずそこに祀られると信じて死地に赴いたその靖国神社を汚されることは、私自身を汚されることの何億倍の屈辱です。愛する夫のためにも絶対に許すことの出来ない出来事です。

靖国国家護持に反対する人たちが、戦死者の家族の素朴な感情を政治家は利用していることを批判することに対して、戦死者を侮蔑しているように感じる遺族がいるのでしょう。

死刑問題でもまず被害者感情が言われます。
被害者感情とは、怒り・恨み・鬱、そして復讐心だろうと我々は考えます。
テレビの討論番組で、「被害者は厳罰を求めている」とわめいたタレントがいました。
こういった感情が起こるのは当然のことです。

まわりの人はこうした感情をどのように受け止めていくべきか。
怒りや怨みは自分自身をも傷つけます。
ですから、怒りや怨みが別のものに変えられるような、そうした支援が必要だと思います。

坂上香『癒しと和解への旅』は、殺人事件の被害者と死刑囚の家族が一緒になって行っている死刑廃止運動のルポルタージュです。
娘が殺された(犯人は捕まっていない)女性アンはこう語っています。

ダニエル(アンの息子)も私と同様に復讐心で煮えたぎっていました。しかし、そういう感情は時とともに乗り越えていくべきものです。

ダニエルは復讐心を乗り越えることができず、鬱状態が続き、ついには自殺します。

子供二人を亡くしたアンはこう言います。

ダニエルはやり場のない憎悪を自分自身に向け、自殺するに至ったのです。彼を死に追いやったのは、まぎれもなく、復讐心です。

それではアンはどうやって復讐心を乗り越えたのかというと、子供を殺された親たちによるサポートグループに参加することが、復讐心から抜け出せるきっかけになったそうです。

坂上香さんは中2の時、学校でリンチを受けています。
憎しみ、恨み、自己嫌悪、屈辱感、自責の念、人への不信感、あきらめ、などなどが鬱積していったそうです。
その後、さまざまな出会い(リンチをした不良や見ぬふりをした中学の教師など)の中で、

十八年たった今ようやく、中学時代に受けたリンチを私なりにとらえ直すことができたのかもしれない。

と書いています。

『癒しと和解への旅』を読んで、仏の慈悲とは、そういう意志を持った超越者がいるのではなく、人との出会い、関わりの中で生まれてくるもののではないかと思いました。
家族が戦死した人のすべてが「靖国でなくてはいけない」とは思っていないように、犯罪の被害者が全員、いつまでも復讐心を抱いているわけでしょう。

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マスコミ報道の過熱には、第三者の冷静さを

2006年05月11日 | 厳罰化

バイオリンの先生の隣のビルに、光市母子殺人事件で弁護をしている足立修一弁護士の事務所があります。
先生は「足立さんはすごくいい人で、金にもならない事件ばかり引き受けている」とほめていたので、「ネットじゃボロクソに言われていますよ」と言うと、先生は驚いてました。

最高裁の口頭弁論に安田好弘、足立修一弁護士が欠席したことについて、ある人が「欠席は仕方ない。最高裁が悪い」というので説明してくれました。

前任弁護士と交代したばかりで準備ができず、十分な弁護ができないため裁判の延期を申し入れた。
通例では期日の延期が認められる。
しかし、定年を間近に控えた裁判長が任期中に結審しようとして申請を却下した。
そういうことなんだそうです。

憲法には「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」とあります。

どんな犯罪者であろうとも誰かが弁護をしなくてはいけないし、弁護をするんだったら依頼人のために全力を尽くすのは当然です。
ひょっとしたら冤罪(部分冤罪を含む)かもしれないし、情状酌量の余地があるかもしれない。

ところが、安田好弘、足立修一弁護士へのパッシングを見ると、そういったごく当たり前のことを理解されていず、感情に流されているように感じます。

事件の第三者である我々はもう少し冷静であるべきです。

安田好弘弁護士が麻原彰晃の主任弁護人をしていた時も、強制執行妨害容疑で逮捕され、保釈が許されず十ヵ月もの拘置されたことがありました。

これはまったく不当なことなんですが、その不当性をマスコミはきちんと伝えていません。

ですから、光市の事件でもメディアが流した情報のどの程度までが真実なのかと思います。

東京新聞に安田好弘弁護士に好意的な記事が出ていると、某氏に教えてもらいました。
報道もバランスですよね。

(追記)
いわゆる光市母子「殺害」事件のマスコミ報道やネットの過熱ぶりは異常でした。
テレビ局の記者が「私も足立さんを叩いた一人だ。足立さんが人権問題を手弁当で手伝う立派な弁護士だと知っているのに」と言ってました。
ネットでは、被告や加害者を少しでも擁護するようなブログはたちまち炎上しました。
私もこの事件や死刑問題について何度か記事を書いていますが、冷やかし、からかいのコメントが少なくありません。
知ることによって見方が変わると思っていましたが、そうではない場合もあると知らされました。

安田好弘弁護士、足立修一弁護士が最高裁の弁論を欠席したことについて、安田好弘弁護士自身が説明しています。
http://blog.goo.ne.jp/a1214/e/4a2aa49cf47b2858fb7009c6bd1f6de9 

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高橋哲哉『靖国問題』

2006年05月09日 | 戦争

新聞を読むと、A級戦犯合祀が靖国問題で、分祀すれば問題解決という感じになっていますが、高橋哲哉『靖国問題』を読むと、靖国問題とは政治問題だということがよくわかります。

靖国の論理は戦死を悲しむことを本質とするのではなく、その悲しみを正反対の喜びに転換させようとするものである。(略)
天皇であれ皇后であれ、親であれ妻子であれ、それこそ「当たり前の人情」を持っていれば、戦死はまず悲しみとして経験されるだろう。だが靖国の論理は、この「当たり前の人情」である悲しみを抑圧し、戦死を喜びとして感じるように仕向けるのだ。戦死の不幸は幸福に、その悲劇は栄光に転換されねばならない。そうでなければ国家は、新たな戦争に国民を動員できなくなるであろう。戦死することを「目的」として戦場に赴く将兵はいないとしても、戦場でひたすら「無事生還」を願っているような将兵を靖国の論理は認めない。


戦死を美化することにより、進んで戦争に赴く人間を再生産し、家族の戦死を喜ばせる役割を靖国神社はします。

大日本帝国が天皇の神社・靖国を特権化し、その祭祀によって軍人軍属の戦死者を「英霊」として顕彰し続けたのは、それによって遺族の不満をなだめ、その不満の矛先が決して国家へと向かうことのないようにすると同時に、何よりも軍人軍属の戦死者に最高の栄誉を付与することによって、「君国のために死すること」を願って彼らに続く兵士たちを調達するためであった。そしてその際、戦死者であれば一兵卒でも「おまいりして」くださる、「ほめて」くださるという「お天子様」の「ありがたさ」、「もったいなさ」が絶大な威力を発揮した。

このように死を受容させる靖国神社はきわめて宗教的である。

既成仏教教団も進んで協力している。

自分のものだと思っている財産も、実は自分のものではありません。みんな国家のものです。いや、財産ばかりではない。この身体も、生命も、みんな上御一人からお預かりしているのです。(高神覚昇「靖国の精神」)

靖国という物語をいかに無化していくかをこそ仏教教団は考えていくべきなのに。

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竹田恒泰『語られなかった皇族たちの真実』

2006年05月07日 | 

竹田恒泰『語られなかった皇族たちの真実』をおそまきながら読みました。
著者は男系天皇論者であり、旧皇族の皇族復帰を主張している旧皇族の人ですから、予想通りの内容でした。

なぜ、天皇は尊いのか。それは皇祖、つまり初代天皇の血を受け継いでいるからである。歴代の天皇は、皇祖の血を受け継いできている。それゆえに天皇は尊いのである。

神武天皇の血がありがたいわけです。
とにかく天皇や皇族は特別な存在だということです。

となると、旧皇族の著者も皇祖の血を受け継いでいるから、一般の人とは違うんだということになります。
そのあたりエリート意識が見え見えで、ちょっとねえ、という感じ。

でも、皇別摂家といって、五摂家のうち江戸時代に皇族が養子に入って相続した家(近衛家・一条家・鷹司家)、およびその男系子孫がいます。
こちらのほうが竹田恒泰氏たち伏見宮家とその分家の人たちより天皇の血は断然濃いはずです。

天皇や皇族がいなければ日本という国は成り立たない、その一例として戦争中の皇族の活躍(対米開戦を避ける、終戦工作をする、さらには東条英機暗殺を)が書かれています。

竹田恒泰氏は戦争責任をすべて東条英機に押しつけていますが、東京裁判史観に賛成なのでしょうか。

『昭和天皇独白録』によると、昭和天皇は東条英機に好意的です。

元来東条と云ふ人物は、話せばよく判る、それが圧政家の様に評判が立つたのは、本人が余りに多くの職をかけ持ち、忙しすぎる為に、本人の気持が下に伝わらなかつたことゝ又憲兵を余りに使ひ過ぎた。


あの時、非戦闘員の玉砕には極力反対してゐたが、世間では東条が玉砕させた様に、至つてゐる。

 

又彼が大東亜各地を飛んで廻つた事も、彼自身の宣伝の様に云はれて評判が悪いが、これも私の許可を得てやつた事である。

 

私は東条に同情してゐるが、強いて弁護しようと云ふのではない、只真相を明らかにして置き度いから、之丈云つて置く。


謡の先生は、家元制度はなくならないだろう、後継者がいなければ養子をもらえばいい、と話してました。

継承者がいなくて困っているのは現在の皇室だけではない。伝統芸能の家、代々続く老舗などでは男子がいなければ同じ苦悩を抱えている。

このように竹田恒泰氏は言うわけで、家を継承すべきだということなら、天皇家も女系でいいように思います。

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今枝由郎『ブータン仏教から見た日本仏教』(2)

2006年05月03日 | 仏教

田中公明『活仏たちのチベット』によると、妻帯する活仏がいるそうです。

たとえ還俗しても転生ラマの資格を失うわけではない。特にチベット動乱後は、多くの転生ラマが海外に亡命し、チベット仏教の欧米伝播に大きな貢献をしたが、彼らの多くは亡命先で還俗し、妻帯してしまった。しかしながら彼らは依然として転生ラマとして尊敬を受け、なかには還俗してからの方が、社会に貢献したと評価される人物もいる。

『ブータン仏教から見た日本仏教』で今枝由郎さんは日本仏教における僧侶の妻帯を問題にしていますが、僧侶の妻帯は日本だけではなく、還俗するとはいえチベット仏教、しかも活仏が妻帯しているとは驚きです。
活仏が還俗するということは、仏から人間になるということなんでしょうが、仏の時よりも人間になったほうがより活躍するとは、なんだか奇妙な話ではあります。

今枝さんは日本の僧侶についてこのように批判しています。

僧侶ですら、お経の意味を理解せずに、極端に言えばお経に意味があるとすら思わず、ただ呪術的に唱えているのが日本仏教である。日本仏教には、仏教を理解するというもっとも初歩的な努力があまりにも欠如している。そこには、本来の正しい仏教が根付く可能性はない。


今枝さんはブータンのロポン・ペマラ師について学ばれました。
ロポン・ペマラ師は質問を受けると、「すべて記憶から、正確無比によどみなく答える」方で、

ロポン・ペマラの博識ぶりに驚いたが、それ以上に感銘を受けたのは、師の真摯さと崇高さであった。それは、仏教の修行・学習に全身全霊を捧げてきた一生から自然と滲み出、伝わってくるものであった。



私がもっとも薫陶を受けたのは、師の人柄からである。大乗仏教徒としての師の生き方は、経典に述べられているとおり崇高なもので、自ずと畏敬の念が湧いてきた。それは、仏教の理想としている生き方の、生き証人であり、尊厳さと美しさがあった。

と最高の敬意を捧げています。
教えによって人間が生み出されるからこそ、その教えが真実だと証しされるわけで、人間が生まれてこない教え(日本仏教)が真実だと言えるのか、という、耳が痛くなる指摘です。

私にしたって妻や子供に教えを伝えることができません。

そりゃまあ、突然怒鳴りだしたてガミガミ言ったり、酒を飲んではグダグダ文句をたれる私の姿を見ていたら、仏教がどうのこうのといくら言っても、聞く気が起きないものもっともです。
ある人から「救われていない人は人を救うことはできないということです」と、きついことを言われたことがありますが、ほんとその通りだと思います。

とはいうものの、ロポン・ペマラ師のように学識が深く、徳行が高い人だけが仏教を伝えることができるのだったら、教えが広まることはないでしょう。

河口慧海や西川一三たちのチベット旅行記を読むと、僧侶がみなロポン・ペマラ師のような人ばかりではないことがわかります。
ケンカばかりしている僧侶、同性愛にはげむ僧侶も珍しくないし、宗派の内紛は東本願寺どころではない派手さです。

でも、教義をろくろく理解していないごく普通の信者やボンクラ僧侶が大勢いて、そういう裾野の広がりからロポン・ペマラ師のような方が生まれてくるんだと思います。

その意味で、日本の仏教が衰退している理由の第一は何といっても坊さんの怠慢にありますが、今枝さんのお父さんのような方がいなくなったということが大きいです。

今枝さんのお父さんは毎朝『正信偈』のお勤めをされていたそうです。

『正信偈』に何が書かれているかわからず、南無阿弥陀仏がどういう意味かを知らない、だけども念仏を称え、お勤めを欠かさない人が以前は大勢いました。
そうした人たちによって本当に大切なこと(本尊)が受け継がれてきたのです。
ところが、仏教を底辺で支えていたそういう名もなき人たちがいなくなった。
それが日本仏教の一番の問題だと思います。

もう一つ批判を。

ロポン・ペマラ師は次のように説かれています。

病気には三つのタイプがあると言う。一つは、本当の病気で、これには医学的な治療がある。もう一つは、悪霊の祟りであり、これは占いと法要によって対処できる。最後は、過去世の業の結果であり、自分がいま体調が優れないのは、このタイプである。だから、薬も、法要も役にたたず、唯一の対処策は善業を積むことである。だから、自分は念仏を唱えているのである。

悪霊の祟りや過去世の悪業で病気になると、今枝さんも信じているんでしょうか。

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