地図で読む『古事記』『日本書紀』

2012-08-08 15:22:36 | 日記

武光 誠著  PHP文庫

タイトル通りに地図が役に立っているとは思えなかった。勿論、『古事記』や『日本書紀』を初めて読む人には旧国名で書いてある土地は見当がつかないだろうから、十分役に立っていると思うが。多分、そういう意図で執筆したのだろう。
ひとつ良かったのは、これまで諸説あった見解に最新の知見から「現在では、これが正しいと言われている」として、全体としてスッキリさせていることではないか。
逆に、地図を改めて見て不思議に思ったことがある。前々から思っていたことなのだが、神武東征である。なぜ、神武は大和に入るのに岡山に留まって、八年も準備しなければならなかったのだろうか。そして、大和に入るのに紀伊半島の南端を迂回して熊野に上陸したのか。紀伊半島を迂回するのはかなりの危険を伴った筈だ。八年の準備期間の結論としてはどうにも納得できない。
根拠はないが、ヤマトにはすでに卑弥呼がたてた邪馬台国があり、神武を阻んだ長髄彦は卑弥呼の弟だとすると、俄然おもしろくなるのだが、それはないか。でも、もうひとりの「ハツクニシラススメラミコト(崇神天皇)」だつたとしたら、彼は大和を平定したというから……妄想はどんどん膨らむ……。

 

 


ヒマラヤを越える子供たち

2012-08-08 09:21:01 | 日記

マリア・ブルーメンクローン著  小学館刊

実は、「うつ病」の本の前に読了していた本。
この本のメインテーマは、たった6才から18才の子供達6人が6000mのヒマラヤを粗末な運動靴と簡素なアノラック、そして手袋も持たず、チベットから亡命した感動的な話である。それを手助けした亡命請負人や、インドに着いた子供達を親身に世話した人々も素晴らしい人達だ。
唯、ブログに書くのを躊躇ったのはその背景である。何故、年端もいかない子供達が言ってみれば着の身着のままで亡命を決意し、ヒマラヤを越えなければならなかったのか、なぜ両親は同行しなかったのか?
その根底にあるのは、現中国の厚顔無恥な領土拡張主義である。ここまで来て、ブログを書くのを止めたのだ。自分がかなり過激なことを書く予感がしたからである。書いてもいい。しかし、それには私には詳細なデータが不足している。
読んでいて子供達になんとかしてあげる方法はないのかと思い悩む一方、腹が立って読んでいる間中不愉快な気分を味わった。
しかし、中国が覚醒するのはまだまだ先のことだろうな。