おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

“エロ事師たち”より 人類学入門

2022-03-12 09:43:35 | 映画
「“エロ事師たち”より 人類学入門」 1966年 日本


監督 今村昌平
出演 小沢昭一 坂本スミ子 佐川啓子 近藤正臣
   田中春男 ミヤコ蝶々 殿山泰司 中村鴈治郎
   菅井きん 西村晃 菅井一郎 加藤武

ストーリー
人間生きる楽しみいうたら食うことと、これや、こっちゃの方があかんようになったらもう終りやで。
スブやんこと緒方義元(小沢昭一)は、いつも口ぐせのようにこうつぶやくと、エロと名のつくもの総てを網羅して提供することに夢を抱いている。
スブやんは関西のある寺に生れたが、ナマグサ坊主の父親(菅井一郎)とアバズレ芸者の義母(園佳也子)の手で育てられ、高校を卒えて大阪へ出て来たスブやんは、サラリーマンとなったが、ふとしたことからエロ事師の仲間入りをしたのがもとで、この家業で一家を支えることになった。
彼の一家とは彼が下宿をしていた松田理髪店の女王人で未亡人の春(坂本スミ子)と彼女の二人の子供、予備校通いの幸一(近藤正臣)と中学三年生の恵子(佐川啓子)である。
スブやんは春の黒髪と豊満な肉体に魅かれてこうなったのだが、春にとっては思春期の娘をもって、スブやんを間に三角関係めいたもやもやが家を覆い、気持がいらつくばかりだ。
そして、歳末も近づいた頃、遂に春は心蔵病で倒れた。
仲間の伴的(田中春男)は暴力団との提携をすすめたが、スブやんは質の低下を恐れて話を断わる。
その8ミリエロ映画製作とは実の親が娘を犯すといったもので、さすがのスブやんも考え込んでしまった。
スブやんはニュタイプの器具から足がついて、警官に拉致された。
その頃、春の病状は思わしくなかったが、幸一のバリ雑言の中で、春はスブやんの仕事を信じていた。
出所したスブやんにまた生気がよみがえってきた。
数日後、酔いつぶれて帰って来た恵子に、スブやんはいとしさがこみあげて来た。
事の成りゆきを知った幸一は家出した。
四月、春はスブやんの子供を妊ごもったまま、恵子の写真を針でつきながら死んでいった・・・。


寸評
小沢昭一演じるエロ事師のスブやんは、アダルトフィルムやいかがわしい写真を撮影して売りつけたり、売春婦の斡旋をして生計を立てている。
これだけだったら、特殊な風俗産業に取材した内幕物の風俗映画で終わったかもしれないが、今村はこれに小沢の異常な私生活を絡めて人間ドラマに昇華させている。
スブやんは夫を亡くして間もない二人の子供がある女と同居しており、その女を愛する一方で自分の性欲が自然な高まりを見せてくると、まだ中学生である娘と情を交すようにもなる。
ところがスブやんは、単なるスケベ親爺ではなくて、いちおう分別を備えた人間として描かれていて、自分の行為を客観的な目で反省するし、子育てに関しては随分まともな意見を述べるのである。
しかしスブやんは彼の持つ真面目な部分は生身の女の体の前では形をなさなくなって、つい本能のままに行動してしまう弱い人間でもある。
それは男女の関係が理屈では割り切れず、自分ではどうしようもない本能のような力によって動かされているからだと、まるでスブやんの行為を正当化するような描き方である。
多分にこの映画が風刺喜劇的であることでそう感じるのだろう。

この映画は大阪がよく似合うし、話される大阪弁が心地よく長回し的に撮られるシーンでの会話が楽しめる。
出演者もミヤコ蝶々や中村鴈治郎の芸達者を据えて雰囲気を出し、小沢昭一、坂本スミ子、田中晴夫が持てる魅力を存分に発揮している。
とにかく小沢昭一の演技が迫力を感じさせる。
小沢は多芸の人でバイプレーヤーとして映画出演も多くの本数を数えるが、主演作でもあるこの作品が彼の出演作品の中では一番だろう。
小沢の相手の女を演じた坂本スミ子もすさまじい迫力だ。
坂本スミ子は出発が歌手で、僕はテレビ番組の「スミ子と歌おう」をよく見ていて彼女のファンになった。
御堂筋を唄った歌として欧陽菲菲の「雨の御堂筋」が有名であるが、僕にとっては坂本スミ子の「たそがれの御堂筋」が一番で、その後に出た「大阪の夜はふけて」も好きな一曲なのだが、レコードを処分してしまった今となってはネット上でもこの曲を聞けないでいる。
この映画では小太り気味の体から小さな目をギラギラさせて小沢昭一と五分に渡り合っている。
発狂したときの演技などは動物園のオリに閉じ込められた猛獣が吠えているような迫力を出している。
登場する人物たちの描写は魅力的である。
暴力団とは違う裏社会に生きている人たちで、決して小市民というべき人種ではないが、必死に生きている人間たちであることは確かで、スブやんの仕事が汚いと言う恵子に食って掛かる場面は生きる力を感じさせた。
ダンナが死んで間もない春が下宿人のスブやんに「ダメ、ダメ」と言いながら誘惑するシーンは可笑しい。
春が死んでスブやんが乱交パーティを開催するシーン辺りから作品内容が芸術性を帯びてくる。
船が大海に流れ出していることに気が付かないほどスブやんはダッチワイフの制作に没頭していて、カメラがグーンと引いて映像が小さくなった所で終わるのに少々の違和感がある。
風刺喜劇のラストシーンとして最後のパンチを繰り出して欲しかったが、描き方は思いつかない。
スブやんの生き方を僕は出来ないが、彼の存在は理解できるものがある。