おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

大阪物語

2022-03-15 08:46:56 | 映画
「大阪物語」 1957年 日本


監督 吉村公三郎
出演 市川雷蔵 香川京子 勝新太郎 小野道子
   林成年 浪花千栄子 中村鴈治郎

ストーリー
元禄の頃。東近江の水呑百姓仁兵衛(二代目中村鴈治郎)は、年貢米を納められぬままに代官所の催促に堪えかね地主にすがろうと、女房のお筆(浪花千栄子)と二人の子供を連れ大阪へ夜逃げした。
一度は一家心中を決意した仁兵衛だが船から米俵を荷揚げする土佐堀川の岸で、こぼれ米を拾って露命をつなぐことを覚えた。
そして十年、それが積り積って仁兵衛は堺筋に近江屋を名のる茶屋を副業の両替屋に出世した。
吉太郎(林成年)、おなつ(香川京子)の二人の子供も成人、何不足のない仁兵衛だが貧乏の味をいやという程なめた彼は徹底したケチンボ。
花屋が取潰しになると早速後釜に入り鼻を明かすが、大店に移っても彼の守銭奴ぶりは変らない。
正月の門松が大き過ぎると番頭の忠三郎(市川雷蔵)を怒鳴り、年始めにお筆が髪結いを呼ぶと、それも追返す始末。
その仁兵衛は、ある日、近くの普請場で会った油問屋、鐙屋の女主人お徳(三益愛子)と意気投合、話の末に、お徳は伜市之助(勝新太郎)の嫁に、おなつをくれと縁談の申込み。
仁兵衛は快諾するが女房のお筆は大反対し、夫婦喧嘩に激情したお筆は喀血して病の床に臥す。
しかしケチな仁兵衛はろくに薬もやらず妻を死なせてしまう。
お通夜には鐙屋のお徳も市之助を連れてくる。
放蕩息子の市之助は気晴しに女でも買いに行こうと吉太郎を扇屋へ誘う。
その上、初めての経験に上機嫌の吉太郎につけこんだ市之助は、馴染みの滝野(小野道子)を身受けする金の工面まで頼む。
一方、鐙屋との縁談を嫌うおなつは番頭の忠三郎にかねての思いを告げ駈落ちを迫る。
そして吉太郎は蔵から市之助へ渡す銀を盗み出す。


寸評
タイトルが大阪物語となっているが、ケチ物語とでもしたほうが良いような内容で、中村鴈治郎のドケチぶりが何とも滑稽な喜劇である。
中村鴈治郎一家は赤貧の小作人で夜逃げをして、地主だった花屋という屋号の店に助けを求めるが、まったく相手にされず路頭に迷い、集積場に運び込まれた米のこぼれたものを拾い集め金に換える。
チリも積もれば何とやらで、10年間で使用人もいる店を持つようになる。
そこからの中村鴈治郎のケチぶりがすさまじくて可笑しいのだが、僕はケチぶりが過ぎて不愉快になった。
使用人に家々を回わらせ使ったお茶の葉を集めさせてくる。
それを乾かして本来のお茶の葉と混ぜて売るのである。
鴈治郎に言わせれば酒屋が水を混ぜて売っているのと同じだという理屈であるが、どちらもサギ営業である。
宴席は中座し、食べ残しは持って帰る。
正月の準備では門松も貧相なもので済ますし、娘や女房の髪結いも許さない。
女房の浪花千栄子が病気になっても、どうせ死ぬのだから高い薬は医者を儲けさせるだけだと与えない。
葬式では招いたわけではないと、お参りに来てくれた人への接待もしない。
質素倹約と言えば聞こえはいいが、ここまで来ると始末というよりケチである。

娘の香川京子の結婚相手を三益愛子の一人息子と決めるのだが、この三益愛子も鴈治郎に負けず劣らずのケチぶりで、二人の掛け合いが愉快である。
二人は建築中の家で出会うのだが、大工がいないことを良いことに切れ端の木を拾い集めている。
鴈治郎は風呂の焚きつけにすると言うのだが、三益愛子はこれを削って割りばしにして売るのだと言う。
ケチとケチが意気投合して香川京子の縁談をまとめてしまうのだが、結納金の額やら持参金の額で丁々発止のやり取りをするのは、まるで漫才を見ているようなもの出面白い。
僕はこの二人の絡みはもっとあって、ケチ合戦のやりとりがもっと描かれても良かったように思う。
兎に角、中村鴈治郎が際立っていて、「座頭市物語」でブレイクする前の勝新太郎も、スターとして売り出された市川雷蔵も影が薄い。
中村鴈治郎は上方の歌舞伎役者だったが、上方歌舞伎の凋落がいちじるしかったこともあって、もっぱら映画に活躍の場を求めており、僕は映画における中村鴈治郎しか印象にない。
独特の雰囲気を持った演技は冴えており、市川崑の「炎上」や「鍵」、小津安二郎の「浮草」や「小早川家の秋」、黒澤明の「どん底」、川島雄三の「雁の寺」など大物監督の作品で名演技を見せている。
大阪生まれなだけに大阪を舞台にした映画にはうってつけの役者で、この映画でも同様の浪花千栄子との会話が造られた大阪弁ではない心地よさがあった。

最後は子供たちに見捨てられて発狂するが、三益愛子がお金は持って死ねるわけではないと言うのに対し、鴈治郎はあくまでもこの金は自分の物だと譲らない。
最後の姿は金の亡者への警告なのだろう。
息子の吉太郎は市之助の為に300両を持ち出したのだから、自分たちが家を出るにあたってもっと持ち出しても良かったのにと、家を飛び出した三人の行く末が少し気にかかった。