おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

おとうと

2022-03-24 07:34:51 | 映画
「おとうと」 2009年 日本


監督 山田洋次
出演 吉永小百合 笑福亭鶴瓶 蒼井優 加瀬亮
   小林稔侍 森本レオ 茅島成美 キムラ緑子
   笹野高史 小日向文世 石田ゆり子 加藤治子

ストーリー
東京で薬局を営む高野吟子は、夫を早くに亡くし、女手ひとつで一人娘の小春を育ててきた。
その小春もエリート医師との結婚が決まり、喜びもひとしお。
式の当日、吟子の兄の庄平は、「お世話になりました」と母に頭を下げる小春を見ただけで涙ぐむ。
ところが式の当日、音信不通だった吟子の弟、鉄郎が突然羽織袴姿で現われた。
鉄郎は酒癖が悪く、たびたび問題を起こしてきた家族の鼻つまみ者。
庄平に酒を飲むなと強く釘を刺されるが、我慢できたのは最初の数十分だけ。
若者に交じって酒を一気飲みた鉄郎は、タガが外れて大暴れし結婚式を台無しにしてしまう。
誰もが激怒する中、それでも鉄郎をかばってしまう吟子だった。
小春の結婚生活は長くは続かなかった。離婚が成立し、再び高野家で三人の暮らしが始まった。
ある夏の日のこと、鉄郎の恋人だという女性が、借金を返してほしいと高野薬局にやってきた。
吟子はなけなしの預金を引き出すと全額手渡すのだった。
ほどなく、鉄郎が東京に現れ言い訳をするが、その不誠実な言動に「もうこれきりにして、お姉ちゃんなんて呼ぶのは」と、吟子は鉄郎との絶縁を言い渡す。
「わいみたいな、どないにもならんごんたくれの惨めな気持なんか分かってもらえへんのや」と言って去った鉄郎の消息はぷっつりと途絶えてしまった。
季節が流れ、小春をひそかに想い続けていた幼なじみで大工の長田亨が、何かと高野薬局に顔を出すようになり小春の表情にも明るさが戻ってきた。
消息不明だった鉄郎が、救急車で病院に運ばれたという連絡が入った。
反対する小春を諭して大阪に向かう吟子。駆けつけた大阪で、吟子の恐れは現実となる。
鉄郎の身体中にガンが転移、あと何カ月も生きられないというのだ。
吟子は去来する想いを胸に、鉄郎と再会を果たすが──。


寸評
市川崑監督の「おとうと」に捧げる作品とあったが、岸恵子さんと川口浩さん主演による市川版「おとうと」とはモチーフは同じでも少し違った内容であった。
一番の違いは、どちらもしっかり者の姉がダメな弟をかばってやり、弟は姉だけには心開きながら死んで行くのだが、川口浩の弟が時折姉さんを助けてやったりするのに対し、笑福亭鶴瓶が演じる鉄郎は姉さんに迷惑の掛けっぱなしで助けてもらうばかりなところ。
それでも最後にテープで手つないで眠るところなどは引き継がれていて、市川崑監督の「おとうと」を思い起こさせた。

「ディア・ドクター」に続いて笑福亭鶴瓶が頑張っていてダメな弟を熱演していた。
ホームレスとも親しくなって御馳走してもらうような人なつっこさを持った気のいい男の雰囲気を十二分に表現していたと思う。
脇役陣に人のよい善良な人々として森本レオや笹野高史などの人情味あふれた商店街のおじさん達や、小日向文世や石田ゆり子などの福祉施設を支えるボランティア活動の人々などを登場させ、この世の中は善意の人たちが満ち溢れていると言わんばかりの人間愛を信じたような演出はいつもながらである。
したがって、小春が離婚することになるお医者さんも「それは違うだろう・・・」と誰にでも思わせるような描き方をして、とことんぶつかり合う丹野家の家族との違いを感じさせ、唯一の悪役をやらせていたが、それでも決してこんな憎たらしい奴はいないと感じさせる描き方はしていない。
この辺りは山田洋次映画の特徴でもある。

脇役の出色は吟子の亡くなった夫の母親を演じた加藤治子で、嫁と姑の関係をコミカルに描きながらも、その実家族を思っている老婆を好演していたと思う。
キムラ緑子の大阪の女も光っていた。
「アンタが悪いわけやない」と思わず囁かせるような熱演ぶりだった。
肉親だからこその骨肉の争いもあるなかでの、切っても切れない肉親の感情を丁寧に描いていて、感動する場面もたくさんあって安心できる映画であった。
私は、吟子が縁切りだと言っていた弟の命があとわずかと知って「死んでしまう・・・」と泣き崩れるシーンに大泣きだった。
ただ、この役は吉永小百合さんが一番の適役だったのだろうか?
主演女優賞も何回か取っており、性格もすこぶるよさそうな高感度バツグンの女優さんなのだけれど、どうも現実感のない女優さんで兄弟の切っても切れない、特に母親代わりとなって面倒を見てきた弟の関係を内面から感じさせるには至っていなかったように思う。
これは演技力以前の問題で、彼女の持っている雰囲気の損な部分だと思っている。
小林稔侍の兄をその後一度も登場させなかったのだから、そのあたりをもう少し感じさせてもらいたかったなあと言うのも正直な気持ち。
池乃めだかや横山あきおは登場シーンや台詞は少ないがいいアクセントになっていた。
心配していた「男はつらいよ」のイメージは全くなかったが、出来は市川崑版の方が断然いい。