この嘉祥寺もなかなか分かり難い場所に位置しています。まぁ、迷所案内
ですからしょうがないんですけどネ。
山門の代わりに建っている石柱は隣の仁明天皇陵に使用されていたそうです。宝塔
も御陵の敷地内にあったもの。というか昔は御陵と寺を分けている塀はなかった、と
いう話を、この寺を守されている奥様からお聞きしました。
それもそのはず、寺と御陵の由縁はコチラ→仁明天皇陵。
かつては寺領も広く、何人もの修行僧が暮らしていたそうです。「檀家寺じゃないから(天台宗)
維持していくのも大変です」、と奥様はおっしゃっていました。
そういえば、以前訪ねた「深草毘沙門天」もこの近所でしたが、同じく天台宗のお寺で、以前
は幼稚園と音楽院を経営されていましたナ。
檀家寺もだんだんお年寄りが少なくなって、苦しくなっている、という話も聞きますが・・・・。
何で、お寺の改修に私たちが寄付しなくちゃいけないの?って若い人が増えているそうです。
でも、それもいたしかた無い、といえばそうですけどね。それじゃイカンと、もっと地元と密接
な関係を持とうと頑張っているお寺さんもいはります、頑張ってほしいもんです。