優しさの連鎖

いじめの連鎖、って嫌な言葉ですよね。
だから私は、優しさの連鎖。

80代の友人

2021-11-10 16:52:22 | 日記
先日、20歳年上の友人から「今年の賞は逃した」と電話があった。
彼女はエッセーの会に入っており、地元の大学主催の文芸賞などでは何度か入選したこともある。エッセーのネタを見つけるために何にでも挑戦するその心意気は80代になってもますます盛んで、そのバイタリティはすごいなぁと感心させられる。

その彼女から今年の夏ころ私に相談があると言われた。コロナのせいで外出も思うように出来ないので「手紙で送るから文章を添削してほしい」とのこと。今まで応募したところではなく、ちょっとランクが上のところに応募するエッセーだという。えー?なんで私に?と言うと、同じ会の人たちはライバルでもあるから評価を頼めないし、80歳を過ぎてからというもの自分の書いたものに自信が無い。自己流になってしまっていると思うがどこがおかしいのか自分ではわからないというのだ。そしてこのコンクールにはまだ応募したことが無くて最後にこのコンクールで賞を取りたい、この年になるともう先が無いというか、気持ちが急かされるというか…そう話す彼女は確かに切羽詰まったような顔をしていたので、大して役に立たないと思うけれど、と引き受けた。
送られてきたのは原稿用紙5枚。読んだ感想は、内容はとても良いんだけど文章が独りよがりで、これでは読者が置いてけぼりにされるのではと思った。彼女の人生にはエッセーを書くだけのネタが豊富にある。この内容をそっくり使ってもいいと言われたら私だったらもっと書けるのになと思った。でも、先生でもない私がそんなおこがましいこと言えない、言えるわけがない。それで彼女に伝えたのは、まず主語が分からなくて読み手が混乱するので、そこを直したほうがいいということと、引用した部分は誰の文章かをきちんと表記しなければならないということだった。彼女はとても喜んで
「主語が無い、とエッセーの会の先生にいつも言われる。やはりそこなんだな、書き直してみる」
と言った。

そして先日の電話だ。彼女はもしかしたら佳作くらいにでもと思っていたのかもしれない。がっかりしたのを笑いながら報告してくれた。私は
「最後に、なんて言うからだよ。まだまだこれからも挑戦してくださいよ。また目標が出来てううらやましいよ」
と言った。80代になって目標がある彼女を本当にうらやましいと思った。