わまのミュージカルな毎日

主にミュージカルの観劇記を綴っています。リスクマネージャーとしての提言も少しずつ書いています。

天翔ける風に

2003年06月25日 | 観劇記
(06年7月に整理し、掲載したものです)

2003年6月25日マチネ 東京芸術劇場・中ホール最前列センター

あらすじ
 江戸時代末期、世の中は腐敗しきっていた。
 女でありながら塾生となっていた三条英(香寿たつきさん)は、「一人の悪人を殺してでも万の善人を救う」という思想のもとに、殺人を犯してしまう。思想を正しいと思いながらも、犯してしまった罪に悩む英。
 英の家族も苦労のしどうしであった。英の妹、智(伊東恵里さん)は、姉のために、そしてお金のために、愛のない結婚を受け入れようとしていた。
 英の親友、本当は坂本竜馬である才谷(畠中洋さん)は、無血革命のために奔走していた。そんな中でも、英の異変に気づき、「ひとつの命は、何万の志と引き換えにすることなど出来ない。死んでもいい人間などと出会ったことがないからだ。」と言い、英に自首させる。
 獄中で、恩赦を待つ英。そして、新しい時代に、才谷との新しい人生を歩もうとするのだが、才谷は帰らぬ人となっていた。

 簡単ですが、こんなお話でしょうか。

 初演は観たいと思いながら、チケットが取れず断念。今回も、あきらめムードだったのですが、さけもとあきらさんがご出演とのことで、突然パワーアップでチケット・ゲット。しかし、その思いが強過ぎたのか、最前列で観ることになってしまったのです。
 ご覧になった方はご存知だと思いますが、開幕前に「前説」がこざいまして、オケボックスと最前列の間の通路に、役者さんが立たれ、いろいろ解説してくださるわけです。 ところが、この日私は仕事が長引き、劇場入りが開幕5分前。駅からダッシュしていたため水もしたたるいい女状態でした。その上、よくチケットの場所を見ていなかったので、最前列などということは夢にも思わず、「席がない」という焦り・・・そして、私の席が最前列にぽっかり空いていることに気づき、呆然としてしまいました。座って荷物を置き、暑いんだけど扇ぐに扇げず・・・女優さんに、「大丈夫ですか?」と言われる始末。なんだか、とってもテンションの高いまま開幕と相成ったわけです。

 そして、舞台もテンションが高いんですよ。確かに、テンポも良く、迫力溢れる舞台でした。少し、引く場面があってもよいのではと思うほどでした。もう少し、後ろで観劇すれば、丁度よいぐらいだったかも知れませんが・・・
 
 もう一つ、気になったのは、ほとんどの役者さんの台詞回しが、怒鳴っている、と聞こえたことでした。テンションが高く、叩き込んでいくような台詞が多いのでそうなってしまうのかもしれませんが、ずっと続くと聞いているほうが疲れてしまうのです。

 そんなテンションの中、とても静かなのですが、真の強さを感じさせてくださったのが、智を演じられた伊東恵里さんでした。説得力のある歌声、動きの美しさ、とても心惹かれました。

 その智と婚約しているのですが、身勝手な男、溜水を演じるのが福井貴一さん。悪役ですが、最後に智に拒絶され自殺するという智とは逆の見かけばかりの強さを、リアルに演じ切って下さいました。

 坂本竜馬こと才谷の畠中洋さん。最初は、なんだか頼りない人だナァ。英の強さを見習えば、というような感じなのですが、竜馬であることがわかってからの凛々しさへのステップだったのかと、感動しました。
 竜馬の死を知らずに、幸せを夢見る英・・・という幕切れなのですが、その余りにも切ない幕切れに、英の笑顔の明るさが印象的なのです。それは、竜馬の「ひとつの命は・・・」という名台詞の印象が観客に大きければ大きいほど、より伝わってきます。畠中さんの素晴らしい演技に胸を打たれました。

 さけもとあきらさんのご活躍といえば、何と言ってもお坊さんですね。英が人を殺したことを悔やむのだけれど、絶対にばれないとも思っているわけです。その心の葛藤が起こっているときに、お坊さんが静かに通っていくのです。まあ、被害者の亡霊のような存在ですね。英を見ているわけでもないのに、すごくプレッシャーをかけているお坊さん。摩訶不思議な存在の役でした。
 他は、もうそれこそこんな香盤、誰が作ったのだろうというほどの忙しさで舞台を縦横無尽に暴れ(?)まわっていらっしゃいました。踊りも、旗振りも、とても美しくきびきびとしていました。

 そう言えば、二幕の始めのほうで、とても深刻な場面として設定された中で、旗振りをしたと思うのです。その振り手の数名がとても楽しそうにやっていらしたのが気になりました。やっていること自体の楽しさはわかりますが、アンサンブルも作品を作っているのですから、場面に合わせた表情を作っていただきたいと思いました。勿論、さけもとさんはすっごく怖い顔をなさっていました。だから、余計にそうではない人が気になったわけです。

 これは、前に書きましたが、「怒鳴る台詞が多すぎる」はさけもとさんにも当てはまっていて、強い声というよりは、かすれて落ち着きのない台詞がいくつかあったのは残念でした。ただ、さけもとさんのいつもの明瞭な台詞回しから思うと、そういう風に台詞を言うようにという指示があったのかナァ、という気もしています。しかし、もしそうだとすると、もっと問題かもしれませんね。怒鳴るというのと、怒りを表に出して、伝えるということは別のことだと思いますので。

 野田秀樹さんの「贋作・罪と罰」を下地にしたこの舞台。本当に今というときに、考えなければならない内容が詰め込まれていました。 「ひとつの命は、何万の志と引き換えにすることなど出来ない。死んでもいい人間などと出会ったことがないからだ。」 この言葉の重さを、ニュースを聞くだび思ってしまう日々が、いつか消えることを祈っています。

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