福岡市を知る&学ぶ&楽しむ!子連れおでかけと地域史を学び続ける日々

大好きなまち~福岡市~での育児やおでかけと、福岡市の地域史を知り次の世代に伝えたいと学び続ける日々を綴ります。

地理の地図帳と いろんな資料を 突き合わせてみました。

2012年08月29日 23時29分03秒 | 鴻臚館跡・福岡城址・舞鶴公園(歴史)
筑紫館&鴻臚館の場所と、発見に至るまでの話。

見つかったのは まぁ日本の歴史の流れでみたら、まだ最近といえるギリギリかな?くらいだとは思うのですが、
鴻臚館関係はまとめて一か所にペタペタ貼っておきたかったので、
日本史の復習と地域史のおべんきょの冊子では 平安初期あたりの鴻臚館のことをまとめてきた そのあとのページに
いろいろあつめていた資料をコピーして、ペタペタ貼りました。



結局、地図は 私が学生時代、選択・地理の時間に使っていた地図帳をまだ取っているので、
その地図帳を参考にすることにしました。


文章もいろいろ貼って、こんな感じ




でも、万葉集の句の対訳は載ってなくて。




おっと様に聞いてみようかなぁ~と思って、帰宅後のおっと様に聞いたら
「ええ~?もう忘れたよ~」と言いながらも
「万葉は古今より、おおらかなんだよねぇ」
「叙情詩と叙事詩とありそうだね」なんて言いながら、4句+2句、ざっくりと訳してくれました。

場所の解説も してくれました。



ありがとー!

日々のお買い物は「なぜ、そう間違う」ってことを 結構やってくれてビックリしちゃうんですけど
学生時代に覚えたことの領域の記憶力は 本当にすごいんですよねぇ


そうそう。
「もとの官内町って、どこ?蓮池って どこ??
 よくわからんちゃんね
 福岡市って 流入人口多いっていうけど・・・・・
 引っ越してきた人たち、言葉だけで聞いて、みんな すぐ わかるっちゃろうか?」
と おっと様に尋ねたら、
「本当にそのあたりに縁のある人か、歴史研究家じゃないと、すぐにはわかんないんじゃない?
 僕だって、そんな、わかんなかったよ。
 高校卒業して、進学して、社会人になって・・・という流れで行動範囲が広くなって、
 それでバス停で初めて知った地名だと思うな」
との答えが。

ああ、「場所がわからん すぐ思い浮かばん」って凹んでたけど
そこの部分では あんまり悩まなくてもいいのかな?と思えました 



あと・・・・・
「歴史研究家になりたいと?」って 質問されたんですけど

う~~~~ん・・・・・その〝ことば〟ではないんですよね


おかあさんとして、地域のことを、ちゃんと 自分の子どもに話せるようになりたいとか、
友達や自分の親族がこのまちに訪ねてきたときに、少しは案内できるようになっていたいとか。
そういうのって、なんて言ったらいいんでしょうね。

歴史研究家と おかあさんって、両立するの難しいと思っているんですよ。
わが子が出来て、その子が大きくなって
世界に出たときや、国内でも 違う都道府県、違う地方に出たときに、
自分の住むまちの特徴を話せる助けになるように・・・・という思いで いろいろ 今 まちまなびしているのですが、
それを歴史研究家といってしまうと、ちょっと違うような気がしているんですよね

じゃぁ、私がやっていることを何と言ったらいいのかは 正直 わからないんですが


小6の時、社会科だったと思うけど、ひとりひとりにテーマを与えられて、それを調べて発表するというのをやって。
その時、大人用の日本の歴史の本が我が家にあったので、それを使って調べて、みんなの前で発表したんですよね。
ことば そのまま、引用しちゃったっていうか・・・。
そうしたら
「何言ってるか、わかんない」って感想ばかりで
先生からは
「調べたのは偉いと思うけど、みんなに伝わるかどうか、考えなさい。
 ここまで調べたのは、私、すごいでしょっていってるように聞こえるよ」みたいな感想で。

それはそれは ショックでしたね

でも、「ここまで調べた私、すごいでしょ」の気持ちがなかったかといえば・・・・・ええ、先生、よく見抜いてらっしゃる




いずれ こどもに まちのことをちゃんと話せるようになりたいなって思っているのだとしたら、
その〝伝えた内容〟を その子が どう理解して、自分の中で消化して、
そして、その子なりのことばで、その子の成長にあったことばで どう周りの人に話し伝えるんだろう・・ってことまで考えていないと
私の 小6の時の失敗をやっちゃうんじゃないかなと思っていて。

それは あまり よろしくないだろうなって思っているので、
私自身も まちまなびの内容を どう理解して、どう消化して、どう伝えたらいいかを しっかり考えなきゃいけないなと考えています。